魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
夜の帳が下りる。
鬱蒼と茂る木々が星明りを遮って、暗闇を更に暗くしていた。周りの人間は各々食事をしたり既に眠っている者など様々だ。
私は食事を済ませたあと時間を持て余し、周囲を軽く歩いて回っている。一度寝床に入ったが野宿など慣れない身の上、まったく眠気が襲ってこなかった。
笑い種だ。公爵令嬢として他の者に示しがつかぬと一度息を吐きながら頭を振る。
お付きの侍女も執事も居ない――もちろん護衛の騎士は就いているが――状況に違和感を覚え、彼らがいなければ何もできないのだと思い知らされる。
この森に居る学院生で平民出身の彼ら彼女らには当たり前のことなのだろう。水場を確保し、火を熾し、寝床を用意することなど。時折聞こえる笑い声は、貴族出身者ではなく平民からなのだから。
何故そんな不慣れな人間を合同訓練に参加させるのかは、騎士科や魔術科の訓練と学院の生徒と仲を深めるという意味合いが名目ではあるが、何もできない貴族の子女にこうして野宿を経験させることが一番の目的なのだそうだ。
おそらく有事の際に我が儘を言わせないようにとの配慮なのだろう。二泊三日で大きなものが得られるとは思い難いが、経験しておくのは悪いことではない。
「――貴族とは、か……」
特権を備えた名誉や称号を持ち、それ故に他の社会階級の々と明確に区別された社会階層に属する集団。
公爵家ともなればその責務は多大で王国軍の元帥の地位を担う祖父は、大陸の近隣情勢がまだ安定していなかった頃は国の防衛の為と若かりし頃は西へ東へと奔走していたし、騎士団や魔術師団との折衝に苦心していたと聞く。父も次期元帥候補と呼ばれ名高いし長兄も軍属となっており、ハイゼンベルグ公爵家は軍人家系としてその名を馳せている。
私も祖父や父の背に憧れたが生憎と貴族の女の役割など、他家との繋がりを求めるのみだった。
もちろん家族は私の幸せを願ってくれるが公爵家としての自負もある、数々舞い込む縁談から良きものをみつけようと難儀している父と母の姿を知っていた。
そんな折に第二王子殿下との婚約話が降って湧いたそうだ。話があると告げられ父の執務室へと赴けば、祖父の姿まであった。これは何かあったのだなと幼いながらに感じ取っていた。
『第二王子殿下との婚約打診が王家からきた。ソフィーア、君はどうしたい?』
選択肢を与えてくれていたのは親の愛だったのだろう。執務机に座る父と応接用のソファーにどっしりと構えていた祖父の顔は、嫌ならば断っても良いと如実に語っていたのだから。
第一王子妃の婚約者は他国の王女が据えられていたから、その座はあり得ない。
公爵家ともなれば王家との繋がりに旨味は薄いのかも知れないが、掲げるものがあった当時十歳の私には都合がよかった。
『よろしくお願いいたします、お父さま』
そうして二つ返事で頷いたのだった。それから第二王子殿下との顔合わせに、王子妃教育の開始。公爵家での勉強にと忙しい日々が続いたが、苦を感じることはほとんどなかった。
とはいえ器用な方ではないから、難儀することもあったし心が折れそうになることもあったが、五年の間に婚約を白紙にされていないということは、私が認めて貰えたという証。
ヘルベルト殿下との仲は良くもなく悪くもなくという関係だったが、学院へ入ると状況が変わった。
月に一度の茶会も初めて取りやめる旨の知らせが届いたし、私の窘めもなかなか受け入れてもらえない。特進科へと転科した平民の内の一人が原因であることは明らかであったが、愛妾にするというのならば問題はないのだが殿下から明言されていない。一抹の不安を感じつつ、学院へと進んでから一ヶ月の時間が過ぎるが、日々は変わらず過ぎていった。
どこかで引っ掛かりを感じていたものが、今日氷解した。
彼女たち三人に王城で声を掛けた時から抱いていた違和感だった。
――今でもあの光景は私の心の中に強く鮮明に残っている。
仲良さそうに熾した火を三人で囲み、和気あいあいとしている彼らの幼き頃を。
王国では珍しい黒髪黒目の少女と赤髪で瓜二つの顔の男女。どうして忘れてしまったのかが不思議に思えるほどにするすると簡単にあの時の光景が蘇る。
とはいえ彼らは私が知っているとは露にも思わないだろう。――いや違うか、知っていたと言う方が正しい気がする。
『どうしたのです?』
まだあどけなさの残る八歳頃の筈だ。社交シーズンを迎える時期となる故に父と母に連れられ公爵領から王都へと入った直後のことだった。
突然止まる馬車に疑問を浮かべると、父と母も同じ様子だった。まだ城下街だから公爵邸までには距離がある。
『――ああ、どうやら事故のようだね』
『まあ』
馬車の窓から御者に声を掛け、外の様子を聞いたようだった。時折起こるもので、そう珍しいことではない。おそらく前を行く馬車が脱輪でも起こして立ち往生したのだろうと溜息を吐いた。久しぶりに祖父に会えるというのにこんな所で足止めを喰らうなど、と幼いながらに考えていた記憶がある。
『待つしかないね、仕方ない』
避けることがままならない場所なので、苦笑を浮かべながら窓枠に肘を掛けて頬杖をついている父にため息を吐く母。直ぐに動き出すのかと思えば、随分と待たせている。公爵家の家紋が付いた馬車が後ろに止まっているというのに、前を塞ぐ人は何を考えているのだろうか。痺れを切らしたのか父が再度御者とやり取りをしていた。
『なにか揉めているようだけれど……出る。――二人はここで待っていなさい』
話すこと暫く、父が公爵家嫡男としての顔になる。どうやら窘めに行くようだ。父が出ていけば大抵の問題は解決してしまうだろう、荒業にはなるが公爵家の名を出せば逆らえる者は居ないのだから。
『旦那さま……遅いわね』
母がポツリと零した言葉は純粋に心配してのことだろう。そうして御者と一言二言交わすと、公爵家お抱えの騎士が数名現れて『待っていなさいね』と私に告げて外へと向かう。
一体なにをしているのだろうと少しばかりの苛立ちを感じて、言いつけを我慢できずに外へと向かってしまったのは、若さ故の無知と無謀さだったのだろう。
『――あっ……』
お待ちくださいお嬢さまという護衛の言葉を無視し、父と母の下へと駆けよればそこには路面に倒れた血塗れの少年とその彼を抱きかかえる黒髪黒目の少女の姿を私は捉えたのだった。
◇
馬車から飛び出した私の姿を見た父は大きくため息を吐き、母は目の前の凄惨な光景に持っていた扇で口元を隠していた。護衛の騎士たちもこの様子を静かに見守っている。
『ソフィーア、来てはいけないよと言ったのに』
『見ては駄目よ、ソフィーア』
『……いや、見せるべきだよ。――凄惨ではあるが見るべき現実だ』
こちらへと近づき目を塞いで隠そうとした母を父が止めると、周りの騎士たちもぎょっとした顔を露にする。今更だが八歳の子供に見せるべき光景ではないが、父の判断はきっと間違っていなかった。
『仲裁に入ろうとしたんだけれどね……女の子が凄い剣幕で怒ってて、情けないことにこれ以上事を荒立てないようにと見守るしかなかったんだ』
機を逃してしまったねえと目を細めながら、顎に手を置く父。事情は周囲の野次馬たちから護衛の騎士が聞き出したようで、それを父が私に語り始める。
どうやら馬車の前を横切った少年に馬が驚き興奮したので、その場に留まることを余儀なくされたようだ。馬車の家紋をみると、当時は成り上がりで良い意味でも悪い意味でも評判だった貴族家。黒髪の女の子が少年を庇い馬車の前を横切ってしまったことを、馬車に乗っていた当主に謝罪をしたが腹の虫が収まらなかった。
護衛の騎士から剣を抜き少年を叩き切ったそうだ。身寄りのない孤児だと知ったうえで。誰も咎めるものがいないと理解したうえで。
『どうしてっ! 何故、切ったのですかっ!!』
食べることもままならず痩せ細っているというのに、よく響く声だった。そして周囲の人間を惹き付けている。身動き一つしない同じように痩せ細った少年をか細い腕で抱え、泣いていた。
『あ、何故切っただと? 笑わせるな、貴族の馬車の前を遮るという大罪を犯した貧民街の餓鬼を処分したまでのことだっ!!』
疑問を投げかけた少女に醜悪な顔を晒しながら剣を彼女の鼻先へと向け咆哮した。
『彼は必死に毎日を生きていましたっ! そんな理由でっ……!』
そんな男を真っ直ぐに見据え目を反らすこともせず、ただ見上げ叫び睨みつけていた。ここで屈してしまってはいけないのだと如実に語るように。まるで死など恐れていないように。
『――もう止めろ、戻るぞ』
『帰ろう、ね?』
そんな少女の下に新たな少年と少女が現れた。どうやら少女の仲間内らしい。肩を掴み戻ろうと説得しているけれど、血塗れの少女はそれを拒む。
貧民街の子供が街の大人に……しかも貴族相手に真っ向から問い詰める光景など初めて見た。場所柄故にいろいろと諦め、なし崩し的に生きることだけに主眼を置いているそんな人間たちだ。――だというのに。
『貴方が彼の命を奪う必要までなかった筈ですっ!!』
何故命まで奪ったのかと責め立てる。隣で誰かが飢え死んでしまっても、泣き叫ぶこともなくただただ死んだという事実を受け入れ、死体回収が訪れるのを待つだけだというのに。
野次馬たちは叫んでいる貴族よりも、嘆いている少女たちに同情的だった。その場の空気は、興味本位で覗いていた好奇心から少女たちへの同情的なものへと変質する。
『五月蠅いぞ、餓鬼っ! 貴様も同じような目になりたいのかっ!!』
場に流れる空気を敏感に感じ取った貴族が慌て始めた。どうやら事を早々に収めたいらしいが、やりすぎれば悪評が立ってしまうと理解していたのだろう。
口々に呟かれる王都の民の声を聞き焦っている貴族は言葉とは裏腹に、三人を切ることができないでいるのだから。
『……ぐぅっ! 貴様ああああああああああああ!!』
『――待ちなさい』
大上段で構えた剣を振り下ろそうとしたその時、父の静かな言葉が街中へ響くと同時に剣と剣が鍔ぜり合う音も鳴る。
護衛の騎士が貴族と少女たちの間に入り、両の腕で振り下ろそうとした剣を一閃し片腕一本で剣を携え静止させていた。
『これ以上は貴卿になんの得にもならぬだろう?』
『あ、貴方さまはっ……!!』
『この場を大事にしたくないのならば、もう引きなさい。ここらで潮時だ』
あくまで穏やかな声で相手を諭すように言ってはいるが、父に逆らえる者などそうそういない。次期公爵家当主という肩書は貴族の世界では幅を利かせるものなのだから。野次馬たちからは安堵の息が漏れ、孤児の少年少女たちへと同情的な視線が向けられていた。
『…………っ、はい。お目汚し、申し訳ございませんでした』
ここで悪態をついて去るようならば貴族なんてものにならない方が本人の為である。いかなる理由であれ公爵家の人間に謝罪がなければ言い掛かりをつけられていた可能性もあるから、成り上がりと言われるだけの実力はあるのだろう。ただ小物ではあるが。
『ここに居る彼らも明日になれば今のことを忘れているよ。そのくらい貧民街に住む人や孤児の命は軽い』
騒動が収まり出来ていた人だかりは、まばらに散り始めた。その光景を見ていた父は私に語り掛ける。
『お父さま、それはどうしてですか?』
『難しい質問だがこれだけは答えられる。貧民街は無法地帯、犯罪の温床になっているからそれを街の人間は煙たがっているんだ』
巻き込まれたくない気持ちはまだ幼い当時の私でも理解は出来ていた。ただ何故弱者である彼女たちがあのように虐げられているのか、軽視されているのか納得ができず。
『腹が立つかい?』
道の端へと寄り、切られた少年を抱え血に塗れた黒髪黒目の痩せ細りいまだ涙を流す少女と赤毛の双子のきょうだいを見て、言葉にはせず小さく頷くだけに留めた。
『そう。――ならば沢山知識を手に入れ咀嚼し考え、行動に起こしなさい。君にはその力があるのだから』
父の言葉に再度無言で頷くと、私の頭に手を置いて優しく微笑んだ。手を置いて撫でるなんて初めてではなかろうかと考えながら、親の温かさすら知らず彼らは生きているのだと、子供ながらに苦い気持ちを抱いた。
――何故、忘れていたのだろう。
火を囲んでいる三人を見る。幼い頃の面影はあまり残ってはいないが、記憶と照らし合わせれば十分に彼らだと断言できた。黒髪黒目は珍しいというのに学院で初めて声をかけ、ネクタイを締めなおさせた時に気付けなかったのは随分と間抜けである。
ただ成長した彼女と昔の彼女とは違っていた。貧民街に住む人間と思い込んだ所為もあるのだろうが、随分と肉付きが良くなっていたし背も伸びて悲壮感というものが全くなかった。
そしてようやくあの時を彷彿とさせる血濡れた彼女の姿で、忘れていた記憶が蘇った。
彼女たちは過酷な環境下で生きて……生き延びていたのだな。
『ソフィーア、きっと君が将来守るべきものだよ。――さあ、馬車へ戻りなさい』
彼らは取りこぼされた者たちだ。救いの手を誰も差し伸べず、見捨てられた者。父は彼女たちを救えといった訳ではない。彼女たちと似た境遇の子を、自身で手に入れた力で救い上げろいったのだ。
だから……私は、弱き者を救い上げてみせると誓った。肥え太った理不尽な大人に立ち向かった強さと勇気に、私もああやって立ち向かう為の強かさを。
あの日あの時、何もできずに見ていただけの私が思うことではないのかもしれないが、それでも彼らが生きていたことに嬉しさを覚て。
――もう一度誓おう。
誰も知ることのない独りよがりの誓いだけれど。私はきっとその立場を手に入れることが出来るのだから。
楽しそうに喋っている彼ら彼女らをもう一度見る。
私が上を目指すと決めた立脚点だ。その姿を目に焼き付け彼女たちに神の加護がありますようにと願いながら、その場を後にするのだった。
◇
目が覚めて、起き上がる。
「腰、痛い」
寝床があるだけマシだけれど、痛いものは痛いのであった。欠伸をしながら手を上に伸ばし、固まった筋をほぐしてから立ち上がる。どうやらジークとリンはすでに起きているようで、寝床には誰も居ない。ぼさぼさになっている髪を手櫛で治しながら、外に出た。
「おはよう」
「ああ、おはようナイ」
「ナイ、おはよう」
「……ごめん、遅くなった」
陽が昇ると同時に活動を始めるのが王国の民では基本だ。夜に煌々と明かりを灯せるのはお金持ちや貴族の特権であり、それ以外の人間はなるべく暗くなる前に一日に行うべき仕事を済ませてしまう。
平民に子供がぽんぽん産まれて大家族になってしまう原因はこの辺りだろう。ヤることないものね、そりゃそっちに流れる。とはいえ赤子の生存率が低いので人口が爆発的に増えたりすることは稀だし、農村部では労働力入手の為に増やすという理由もある。
既に作業を開始していた二人は小脇に燃料にする薪を拾ってきたようだった。一度火を消してしまうともう一度熾すのは手間なので、夜番の間絶やさずにいたのだろう。軍や騎士の人たちも周囲を警戒しつつ、自分たちの食事にありつくようだった。
「朝ご飯どうしよう?」
薪拾いは二人が終わらせていたのだから食事くらいは私が用意すべきだろう。といってもいろいろと制限があるので、美味しいものはなかなか作れないけれども。
「昨日ウロウロしてた時に採ったものでいいんじゃないか?」
「うん」
二人の言葉にこくりと頷いて、袋を取り出す。昨日に木の実や果物を採っておいたから、それで済ませてしまおうということだ。
何か他にも食べたいところだけれど……なにもなかった。干し肉とか作れたら良かったけれど、道具もないしそもそも時期があまりよろしくなかった。諦めるかと、ナイフを手に取り果物を切り分けていき、簡単に朝食を済ませた。
二日目となると一日目の疲れが出ているのか能動的な人は少なく、貴族の人たちは動くことを躊躇っている。
動けば喉も乾くしお腹が空くと学んだのだろう。あと一泊あるのだけれどこんな調子で大丈夫なのだろうか。安全は確保されているので死にはしないかと一人納得して、二日目は何をするのだろうか。
特に指定はされていないし、各々自由に過ごしているようだ。それなら私も適当に過ごせばいいかなと、とりあえずお手洗いを済ませようと茂みの中へと足を運ぶ途中だった。
「また、狼か?」
「ああ。よく出るな……それに小物ばかりだが魔物を処理する回数が昨日より増えていると聞いた」
狼の死骸を前にしながら軍の人たちがそんな言葉を漏らしていたのだった。