魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――聖王国から帰国してから十日も過ぎていた。
聖王国は大聖女さまと先々代の教皇さまたちで再興を目指し頑張って行くそうだ。
腐っているとは言えど、ちゃんとしている人はちゃんとしていたようで。先々代の教皇さまはサクラを仕込んでいたようだし、教皇ちゃんに取り入っていた人の中にも、立場上そうせざるを得なくて仕方なくの人も居た。それに教皇ちゃんがアレな人なので、諫めたり苦言を呈すれば閑職に追いやられたり職位を奪われたり。
関わりたくない人も居たようで、自ら遠ざかっていた人も居たようだ。あとは聖職者として真っ当であるほど権力に興味はなく、現場で行動していた人がようやく会議の場にやってきてくれたこと。早く来て頂戴なと思わなくもないが、他国の王さまへの不敬は不味いだろうと重い腰をようやく上げたようで。
大聖女さまに協力を申し出た男性は七大聖家のご当主さまだそうで。なんで今まで名乗り出なかったのかというと、あんなのに関わりたくはないと本気で嫌な顔をしつつ口にした。
大陸内では聖王国の教会が潰れると困る国もあるようだから、話を聞きつけた国が協力を名乗り出た所もあるそう。
腐っていたのは前々から危惧していたので、この際綺麗に浄化すると願ったり叶ったりとか言ってた。傀儡や属国にする気はないらしいのだが、本当かどうかはその国の人たちにしか分からない。
宗教って必要なのか謎だけれど、必要な人には必要らしい。姿も見えない神さまを拝む気にはなれないが、そういう人たちにとっては救いなのだろう。
現にクレイジーシスターや盲目のシスターに教会の神父さまたちは、熱心に朝拝やら週末のミサやらに出向いている。教会信徒だから当たり前だけれど、止むをえない事情で入信した人も居て、そういう人は表面上だけ取り繕っていることもあるから人それぞれ。
大聖女さまたちが改革を名乗り出るにあたって、暗殺の可能性等もあるので護衛が確りと付くことになった。
各国からも代表が派遣されて、自国の教会との橋渡し役に自国へ送られる聖王国の人間の選出。他にも七大聖家から教皇さまを選出することを止め、枢機卿さま全員が候補となりその中からの選出となったそうで。まだ時間は掛かるだろうけれど、政治と宗教の切り離しを行って健全な運営を目指すそう。
この短期間で良く決められたなあと思う。やることは沢山あるだろうけれど、頑張って欲しい。私はお金が返ってきたので文句はないし、遅かれ早かれ露見することだったから、誰かが矢面に立たなきゃならないし。
それがたまたま大聖女さまと言うだけだ。邪魔だから聖王国を潰せと宣言され、他国から侵略されたり亡国にされるよりはマシな展開。観光資源が主の国にそんな旨味があるのか、実際のところ分からないけれど。
大聖女さま方には頑張って貰って、マシな枢機卿さまを選んでこっちへ送ってもらいたいものである。
アルバトロス王国の教会へ行って今後の話し合いやら、聖王国へ行った報告書の作成に子爵家運営の決済に報告とか采配やら、何故か毎日やることがある。
学院にも行かなきゃ駄目だし、教会の孤児院にも顔を出しているし、子爵邸内の託児所も気になるから様子を伺いに行ったり。フライハイト男爵家の聖樹候補がどうなっているかの視察とか、天馬さまたちの繁殖場所候補が他にもないか聞いてみたり。城の魔術陣への魔力補填も当然ながらある訳で。
「な、なんでこんなに忙しいの……」
本当に休む暇がないのだけれど。あと休みの日といっても何かしらが舞い込んでくるか、ソフィーアさまによって予定を告げられるのだ。何度も言っている気がするが、忙しいのだから仕方ない。
子爵邸の執務室でぼやくと家宰さまがにっこりと笑って、早く確認して決裁書類に押印してという圧を掛けてきた。
みんな手厳しくないかなあ。ジークとリンは壁際で護衛を務めてくれているので、助けを求めることが出来ないし、クレイグは家宰さまの命によってお使いに出ている。サフィールは託児所で預かっている子供の面倒をみているので、此処には居ないし。
ソフィーアさまは別室で子爵邸の差配をしているし、セレスティアさまも辺境伯領の大木に行くといって今日は留守にしていた。
「仕方ありませんね。なにせ貴女は時の人。まだまだ忙しくなる可能性だってあるのですから、覚悟していただかないと。――ああ、そちらは私に」
「お願いします」
私のぼやきを耳ざとく捉えたらしく、我が家の家宰さまが笑ってそんなことを告げて押印した書類を受け取る。でもまあ、彼らのお陰で子爵家当主としての仕事は午前中で終わるので有難いこと。
この後お昼ご飯を頂いて、前々からやりたかったことを始めるつもりだ。勝手には出来ないことだから前もってみんなには相談していたけれど。でも何故か反応がそれぞれ違うんだよね。
ソフィーアさまは、あまり私にソレをやらせたくなさそうな雰囲気で『本気なのか?』と一度確かめられる。やりたいと彼女に伝えると『世話をきちんとするなら構わない。だが子爵邸の外でやるなよ、約束だぞ』と両肩を掴まれた。
セレスティアさまは、やりたいのならお好きに……みたいな感じだったけれど何故か良い笑顔を浮かべていた。
ジークとリンは、私がやりたいようにやれば良いというスタンスなので、人の道から外れること以外は咎めないと思う。クレイグとサフィールは楽しそうだから暇な時は手伝うと言ってくれた。他の子爵邸の主だった面々は好意的だけれど、お貴族さま出身の女性陣はあまり良い顔をしないが、当主である私が言ったことなので仕方ないという感じ。
うーん、何故そんな反応をされるのかと疑問を抱きつつ。
リーム王国へと赴いた時、畑にお芋さんが植わっていたので食べたくなった。流石にサツマイモは見つけられなくて諦めたけれど、男爵芋だかメークインだか品種は良く分からないけれど、お芋さんを頂くことになった。
物欲しそうに見ていたのがバレたのか、ギド殿下から最近大量のお芋さんを頂いたのだ。
困っているのではと問いかけると、そこまで切羽詰まっていないし備蓄もあるから大丈夫とのことで。殆どは子爵邸のご飯の材料として消化されるのだけれど、自分で作ってみるのもアリだなあとふと思い至り。
取りあえずみんなにお芋さんを育てたいから、庭で家庭菜園を始めたいと伝えた。知識は学院の図書棟で本を借りて、ノートに書き写しているから問題ないはず。食用と種芋用が存在するらしいのだが、芽が出なければ出ないで構わないし。
そうして返ってきた答えは、お貴族さまは本来そんなことをしないが私だからなあ、とのことで庭師の方に許可を頂けるなら良いんじゃないのかと。庭師の小父さまに相談すると、表は駄目だけれど邸の裏でなら構わないとのことで。
午前中の仕事を終えてお昼ご飯を済ませると、裏庭に出る。平民服に着替えて泥仕事をしても大丈夫な格好になっていた。下働きの人に汚れた服を洗って貰うことになるのだけれど、仕事を増やしたことに対してお給金ってどうなるのだろうか。そういえばボーナスの概念がないし、導入しても良さそうだなあと頭の片隅で考える。
ジークとリンも私と一緒に来ており、サフィールに預かっている子供たちが興味を引けば連れてきてねと伝えていたのだけれど、来てくれるだろうか。
「ナイ、みんな来ちゃった」
サフィールが苦笑いを浮かべて私の下へとやって来た。確かに託児所で預かっている殆どの子が来ていて、サフィールと一緒に苦笑する。
どうやら珍しいらしく、興味を引いたようだ。王都なので田畑を持っている人は限られているし、野菜はお店で買うのが一般的だ。珍しいんだろうなあと笑っていると、彼が手を引いている小さな女の子が興味深そうに私の顔を見上げていた。
「聖女さまっ!」
「ん、どうしたの?」
女の子に視線を合わせる為にしゃがみ込んだ私。
「何するのっ?」
「お芋さん、植えようね。収穫出来たらみんなで食べてみよう」
無事に芽吹いたとして、病気に掛からないように世話をして収穫出来るまでには三ヶ月ほど時間が掛かるだろうけれど。
わぁと喜んだ少女の頭を撫でると、肩に乗っていたアクロアイトさまが一鳴きした。なんだろうと腕の中に抱えてみるけれど、アクロアイトさまは首を傾げるだけで良く分からなかった。
◇
子爵邸の裏で家庭菜園ぽくお芋さんを植えてみた。こんもりと盛られた畝には、種芋が埋まっている。ちゃんと無事に萌芽して、どうにか土の中から若芽が出てくれれば良いけれど。
仮に病気に掛かったり、天候不良で作育が満足いかなくても、子供たちにはいい経験になるだろう。もちろん家庭菜園初挑戦の私にも。
持っているスコップを手にしたまま汗を拭う。植えたお芋さんの種類はアルバトロスやリームの気候に特化しているらしく、年中どの時期に植えても萌芽して成長するという代物だそうだ。
自然災害や飢饉に困ることも多々あるだろうから必死こいて開発したか、自生しているものを目敏く見つけたのだろう。
「早く食べたいなっ!」
「だね」
子供とサフィールが泥に紛れながら、楽しそうに笑ってる。
彼らと一緒に植えながら、収穫出来たら何が食べたいとかいろいろと語っていた。マヨネーズがあるならポテトサラダとか食べたい欲が湧いてくるけれど、マヨネーズの材料は知っていても酢酸ってどう作るのか分からないしなあ。
誰かがそのうち発見してくれそうだけれど、そうなるのはいつの日か。子爵邸で作ることが可能なもなら、蒸かし芋にバターが王道か。
でも、油があるので薄切りにして揚げて塩を振りかけるのも、全然アリ。料理長の手を煩わせる訳にはいけないので、厨房の片隅を借りて調理することになるだろうけれど、あまり良い顔はされない。どうにもお貴族さまの当主兼聖女である私に『そんなことをさせる訳には』という気持ちが勝るらしい。
まあ料理は得意という訳ではないし、料理長や料理人の方に任せる方が美味しいものが出来上がるという事実。やってくれると言うならば、彼らに任せてしまうのも手だ。仕事を増やして申し訳ないが。
やはりボーナス制度を導入すべきだろうか。今度、家宰さまやソフィーアさまにセレスティアさまたちに相談してみよう。私の懐が寂しくなるだけなので、子爵邸で働く人になら朗報となると良いのだけれど。
「よし、終わりだね。後は水撒いて終わりかな。ジョウロ取ってくるね」
「あ、僕が借りてくるよ」
ジョウロを取りに行こうとすると、サフィールが代わりに名乗り出てくれた。あまり私がウロウロするのも宜しくないので、気を使ってくれたのだろう。
ちなみにアクロアイトさまは泥遊びしていた。邪魔にならない畑の端っこで。超デカいミミズを見つけて、そのミミズとしばらく格闘してたのだけれど勝負に負けてた。
負けてしょんぼりしているアクロアイトさまを見ると情けなさそうな顔をしていたので、私が小さく笑うと小さく一鳴きしてた。泥だらけになっているので後で水浴びでもして泥を落とさないと。そのまま屋敷に入っても良いのだけれど、後処理が大変だもんなあ。
「サフィール、頼んでも良い?」
「もちろん。行ってくるね」
軽く片手を上げて庭師の人が居る小屋の方へと走り出すサフィールの背を見届けて、畑へと視線を変える。
「聖女さま、いっぱい取れるかな?」
「どうだろうね。でも、私たちが手を抜かずにちゃんと育てたら、きっとお芋さんたちも応えてくれていっぱいとれるんじゃないかなあ」
初挑戦なので手探りの部分もあるけれど。雑草抜きや肥料やりとかも考慮すればイケるんじゃなかろうかとは考えているけれど。
化学肥料のない時代だから、原始的な方法に頼るしか方法がないのが悩みの種というか。それでも生育方法が確立されているのは有難い。野菜の種類によってアドバイスが違うこととか、面白くて読み込んでいたし。
収穫したあとで美味しく頂けるならと欲を出して真剣に読んでいたあたり、欲求パワーは凄い。楽しみが少ない世界だから仕方ないよねと苦笑いしているとサフィールが戻ってきた。
「お待たせ」
「聖女さま、精を出されてますな」
サフィールと一緒にやって来たのは庭師の小父さまだった。日差し避けの為の麦わら帽子を手に取って胸に当てて礼を執る。
「ありがとう、サフィール。――我儘を申し訳ありませんでした。受け入れて下さり感謝致します」
家庭菜園を始めたいと伝えると要望を叶えてくれた上に、下準備まで終わっていた。
畝作りや肥料やりなんかを前もって自分でやるつもりだったのだけれど、庭師の小父さまが済ませてくれていた。なんだか気を使わせてしまって申し訳ないと心底思う。
「いえいえ。私は構いませんが、聖女さまが泥仕事とは。驚きです」
まあスコップや鍬を持って土いじりをする聖女さまの数は少ない。それこそ田舎の貧乏男爵領出身者や平民出身の聖女さまでもない限りやらないだろう。
私は子爵家当主だが一代限りの法衣貴族な上に孤児出身だから、何も気にならないから、こうして子供たちと一緒に土を触っているだけで。昆虫――超デカい――を捕まえた男の子が女の子へ差し出して『きゃー!』となるのはお約束だなと、微笑ましい時間を頂いた訳だけれど。
「単純に食い意地が張っているだけかと」
「それだとお金を払って贅沢をすれば良いだけでしょう」
そうだけれど、自分で作った作物を食べるって浪漫じゃないかなあ。小父さまの言葉に苦笑いを返しつつ、小さな畑を見渡す。前世はそんな場所がなかったし、プランターで育てるのは味気がないし。
こうして田舎の農家さんみたいに、家の隣で畑を耕すって憧れていたから。老後に余裕が出来ればやってみたいなあなんて考えていたが出来ず仕舞いだったので、こうして自宅で土いじり出来る環境は有難い。まあ……畑が似合わない場所だというのは理解しているけれど。王都の貴族街の屋敷の中で、家庭菜園をやっている物好きなんてかなり希少だけれどねえ。
「おじさんっ! お芋取れるかなっ!?」
「お? ちゃんと君たちが世話をすれば、きっと応えてくれるはずだ。上手くいかない時もあるかもしれないが、それで諦めちゃ駄目だぞ」
無邪気に庭師の小父さまに質問を飛ばした子供たちに、膝に手を突き子供たちに視線を合わせて笑いながら質問に答えた彼。
「大きくなあれ、美味しくなあれって願いながら育てると良いかもなっ!」
「本当? ――大きくなあれ、美味しくなあれっ!」
子供たちは無邪気だなあと、庭師の小父さんとサフィールに私で顔を突き合わせて笑うと、子供たちがこちらを見た。
「小父さんも、お兄ちゃんも、聖女さまも一緒に唱えようっ!」
子供らしい可愛いお願いに私たちも『大きくなあれ、美味しくなあれ』と唱えるのだった。ちょっと気恥ずかしさを覚えるけれど、大きくなって美味しいお芋さんが食べられる日が来るのを願うのだった。