魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
子供たちと一緒にお芋さんが育ちますようにとお祈りした。子供たちと庭師の小父さまにサフィールと私で。
もう十五歳だし、そんなことをするのは少々恥ずかしいけれど子供たちの可愛らしいお願いである。まあ一番恥ずかしかったのは庭師の小父さまか。子供も既に成人していると聞いたから、声だけとはいえ恥ずかしかったに違いない。そして魔力を練ってもいないのに……。
――魔力が減った気がするけれど、気の所為、気の所為。
子供たちと別れて屋敷の裏口へ向かうと、泥だらけになっているアクロアイトさまを見て悲鳴を上げる人。ついでに泥だらけだった私を見て顔を青くする人多数。
お貴族さま出身の侍女の方がそういう顔をしていて、下働きの女性や男性陣はやれやれと言った感じで。軽く汚れを落としてきますと言い残して、裏庭へとまた出た。
「お風呂は無理だから、井戸で流そうか」
取りあえず汚れた私よりアクロアイトさまが問題だよなあと、厩の近くにある井戸へと向かう。厩で世話をしている人に声を掛けて井戸を使うことを伝えると、アクロアイトさまがすっぽりと収まるサイズの桶を借りることが出来た。あと、馬糞を少々譲り受けることも。畑に撒けば丁度良い肥料となりそうだ。
これから何が起こるのか理解していないのか、アクロアイトさまは桶を眺めて首をくるっと捻る。
「俺はタオルを借りてくる。リン、頼む」
井戸の滑車を使って桶を垂らして暫く待ったあとに引き上げていると、ジークがタオルを借りにこの場から去って行く。
「うん、兄さん」
「ジーク、よろしく」
時間的に用意が出来ていないだろうから、シャワーで我慢しないと。こういうことをするなら外にシャワー室を作っても良いかも。庭師の人や厩の世話係の人たちも使えるし、アクロアイトさまも泥遊びが気に入ったようだからシャワー室で泥を落とすことが出来れば便利だ。
こうして子爵邸内をウロウロしていると、足りない物とか発見できるから偶には良いかもしれない。子爵邸で働く人たちと顔を突き合わせた時に一応聞いてはいるものの、遠慮していってくれない。意見や文句はタダだというのに、勿体ないというかなんというか。
「ほら、桶の中に入ってね」
抱きかかえていたアクロアイトさまを桶の中へと入れると、今度は水遊びを始めた。パシャパシャとワザと音を立てながら、身体全体を水へ浸ける為に寝そべってみたり、立ち上がって足を動かして水を蹴ったり。楽しいのか同じことを何度も繰り返している。私は後から邸の中のシャワーを借りるつもりだ。リンと私で桶の中に入って無邪気に遊んでいるアクロアイトさまを見る。付いた泥は勝手に落ちているので、手で落とさなくても大丈夫そうだった。
「……可愛い」
「うん」
リンがぼそりと呟いたので同意すると、顔を見合わせて二人で笑う。私たちを見ていたアクロアイトさまが、不思議そうに首を傾げながらこちらを見ていた。
長命種なので大きくなるのはずっと先になるだろうから、まだまだこの小さいアクロアイトさまと一緒に暮らすはず。ゆっくりと今のような時間が過ぎていけば良いと願うけれど、本当に大きくなったらどうなるのか。その頃には私はこの世に居ないかもしれないから、無用な心配なのかも知れない。
「気持ちいい?」
私を見上げたアクロアイトさまが一鳴きすると、羽と身体をぷるぷるさせて水を切って、また水遊びを始めた。ジークが戻ってくるまでは好きにして貰えばいいかと、リンと私とで見守っていると厩の馬が騒ぎ始める。
いきなりの出来事に厩の世話人の方が慌てて馬を宥めていた。一体どうしたのかとリンを見ると空を見上げていたので、私もそれに倣うと『え?』と声が出てしまった。
「何で王都に……」
「フライハイト男爵家か辺境伯領に居るはずなんじゃ」
「ナイ!」
ジークが走ってこちらへとやって来たけれど、多分大丈夫……なんだけれど王都の空を飛ぶ白い姿の天馬さまは凄く目立つ。しかも二頭も。人間よりも生き物の方が敏感なようで、庭木に止まっている鳥もバサバサと音を立てて飛び立っていく。どんどんと高度を下げていくけれど一体どこへ向かうのやら。
「大丈夫。空見て、ジーク」
私の声で立ち止まり空を見上げたジーク。
「は?」
空を見てジークが抜けた声を出し、こちらを見たのでふるふると首を振った。王都の空を天馬さまたちが飛んでいる理由なんて知らないし、一体何処に向かっているのだろうと暫く顔を空へと向けていると何故か子爵邸へと近づいて来る。
『お騒がせをして申し訳ございません。あちらこちらを飛んでみましたが、こちらも良さそうな雰囲気がしておりましたので……』
『こんなに沢山の人間が居る場所で……とも考えましたが、逆に良いかもしれないと相談の上でこちらへ参りました』
私の姿を目視した天馬さま二頭は子爵邸を目指して一足飛びだった。水遊びをまだ続けているアクロアイトさまを微笑ましそうに、チラ見したあと私を見てそう告げた。
「辺境伯領や男爵領のように魔素が多い場所が王都にあるのですか?」
適切な繁殖場所は魔素が多い場所と聞いているけれど、王都にそんな場所はないはず。
『貴女自身が魔力を零しておりますので、下手な場所よりもこの辺りは魔素が濃くなっております』
気付いておられませんでしたか、と天馬さま。いや、そんな話は初耳だし、それって魔力制御が甘々だと言われているようなもので。私がきちんと魔力制御を覚えてしまえば、この場所は繁殖場所には不適切となってしまうのだけれど。
『それに竜の御仁が居られますので、他の場所より安全です』
確かに子爵邸ならばエルフのお姉さんズと副団長さまによる結界が施されているので、侵入者の心配は必要ない。魔素が濃いかどうかは疑問だけれど、安全面と言う意味では十分な場所だと思うけれども。
「それは……私個人としては構いませんが、流石にアルバトロス王国にお伺いを立ててみないと」
『ああ、そうでした。人間の掟を良く理解しておらず、勝手を申して……』
『先走ったようですね――』
「――ナイっ!」
珍しい顔でソフィーアさまがやって来たけれど、天馬さまを見ると『ああ』と納得したようで走る速度を落として、私の下へと立った。
「ソフィーアさま?」
「子爵邸内が騒がしかったからこちらへ来てみたが……」
ふうと息を吐いて天馬さまを見ると、天馬さまたちも彼女へ頭を軽く下げる。
『お邪魔しております』
『お騒がせをして……ご迷惑を掛けております』
「い、いや構いませんが」
予想以上に丁寧な対応の天馬さまに、若干気押されている様子のソフィーアさま。お貴族さまとして教育を受けている彼女が、ああいう様子になるのは珍しい。
そういえば辺境伯領へ戻っているセレスティアさまの目的は、天馬さまたちが竜のみなさまたちと共存出来るかの確認を取る為だったはず。あれ、もしかして空振りに終わるのかと考えていると、ジークがソフィーアさまへの説明を終えていたようで。
「理由は伺いました。王家へお伺いを立ててみます」
まあ断ることはないでしょうが、とソフィーアさま。あれ、子爵邸で天馬さまたちが繁殖することが決定してるのかしらと、顔が引きつるのだった。
◇
天馬さまたちの話をソフィーアさまが王家へ問い合わせてみると、すぐさま謁見場へと呼ばれ呆れた顔をした陛下から許可が下りた。
次の日、何故か大聖女さまから私宛の手紙が届き開封してみると、聖王国の最近の事が綴られていた。処分された人たちは多くいて、上層部はてんやわんやしているが、碌でもない人たちが減ったので随分と空気が良くなったとのこと。他国の人たちも出入りし始めていて、見られていることもあり良い緊張感が流れているそう。
あと一番大きな事は教皇ちゃんが退位したとのこと。役に立っていなかったので特段問題はなく次の選挙の為の準備を始め、全枢機卿さまの中からの選挙戦となるそうだ。
更に数日。
子爵邸には雨が凌げる程度の厩が建てられると下見にやって来た天馬さまたちが『私たちの為にわざわざありがとうございます』と丁寧に頭を下げられた。
厩の世話人の方は凄く天馬さまたちを気に入っていた。天馬さまたちは子爵邸の馬たちとも打ち解け、仲が良くなっているそうだ。同じような種だし仲良くなることもあるのだろうと一人納得しつつ、天馬さまと馬たちを見ていると確実に上下関係があるような気がする。
『私たちも馬車を引きましょうか?』
子爵邸の庭の片隅に出来た天馬さま用の厩でそんなことを、天馬さまから告げられた。
「恐れ多いので大丈夫ですよ。それにこれから子育てが始まるなら大変でしょう」
有難い申し出ではあるが、子爵邸の馬車を天馬さまが引くことになったら王都中が騒ぎとなってしまうし、今度は『天馬に馬車を引かせる黒髪聖女』と噂が必ず立つ。これ以上妙な二つ名を増やしたくないので、丁重にお断りをした。この話をセレスティアさまが聞いていなくて良かったと心底安堵する。
『お役に立てず残念です。――もし気が変われば仰ってくださいね』
前足をかきかきしつつ顔を私の方へ寄せて、天馬さまが言ってくれた。顔を撫でつつ指を立ててマッサージしてみると、目を細めているので気持ち良いようだ。
『ずるいです、私も』
もう一頭も顔を私の方へ寄せてそんなことを言った。可愛い我儘なのでもちろん断る理由はないと、片手をそちらの天馬さまへと移動させて天馬さまを撫でると目を細めながら身体の筋肉をぴくぴくさせつつ、尻尾もゆらゆら。
で、何故か私の肩に乗っているアクロアイトさまも何かを訴えているのか、顔を顔へすりすりしてくる。なんだろうこのモフモフではないが、可愛い生き物たちは。凄く癒しだなあと私も彼らと一緒に目を細める。
「ナイ……羨ましいですわ。わたくしの知らぬ間に天馬さま方が子爵邸に住むことになっただなんて」
辺境伯領から戻っていたセレスティアさまが、愚痴に近いような言葉を口にしたけれど仕方ないじゃないか。セレスティアさまが辺境伯領に戻った理由は辺境伯さまに、近いうちに天馬さまたちが大木の下へ参るかもしれないと報告しに戻っていたのだった。
よしんば天馬さまが大木で見れて喋ることが出来たならと嬉々としてその場所へ向かったそうだが、天馬さまたちとは邂逅出来ず。しょんぼりしながら王都へ戻って来て、子爵邸へ顔を出すと何故か天馬さまの姿が。嬉しいけれど、辺境伯領に住むことにならなかった事が残念だったようで、妙な心のせめぎ合いになっているようだ。
「いいじゃないか。好きなだけ拝めるようになったし仔馬も見られるんだ。しかも至近距離でな」
「確かにそうですが……辺境伯領で竜と天馬が一緒にいる光景も素敵ではありませんか?」
確かに神秘的な光景ではあるとは思う。竜の方々と天馬さまたちが同じ場所で、生活しているだなんて。しかも仔も一緒であるし、なかなか見れる光景ではない。
「よく分からんな。そんなに良いものなのか」
「それはもうっ!」
ソフィーアさまとセレスティアさまの会話を聞きながら苦笑いしながら、未だに天馬さまたちを撫でていた。アクロアイトさまも私にまだすりすりしている。
ジークとリンはそんな私たちを眺めつつ、警護に努めていた。
天馬さまはこのまま子爵邸に住むことになる。天馬さまは既に身籠っているそうだが、まだお腹が大きくないので実感はあまりないが楽しみではある。獣医さんとか居ないので少々不安であるが、自然分娩が常だそうで死産した時はその時だそう。無事で生まれて欲しいのだけれど大丈夫だろうかと、天馬さまたちをみるとまた顔を寄せてくる。
「あ、もしよければ……なのですが」
ふと、思い付いた。
『どういたしました?』
「我が家で働いている方たちの子供を預かって面倒をみているのですが、人間の小さな子供が苦手でなければ少し相手をして頂いても構いませんか?」
情操教育に丁度良さそうなのでお願いしてみる。魔獣になるけれど、天馬さまたちは温厚なので子供たちなら喜びそうである。
そして天馬さまたちは凄く紳士なので、子供たちが少々無茶をしても笑って許してくれそう。まあ、触れ合う時は事前にやっていい事と駄目な事を伝えて、それから触れ合いをもって貰うけれど。
『おや。そのくらいお安い御用ですよ』
『はい。小さな子は種族を超えて可愛らしいものです』
「良かった。馬でも良いのですが、やはり言葉が通じないと不安な部分はありますので」
馬車引き用の馬は居ても、乗馬用の馬じゃないし人と触れ合う訓練もしていないし。気性が荒いと世話人以外に懐かないこともあるから、結構大変。天馬さまたちが子爵邸にタダで居座るのが気が引けるというなら丁度良い。
子爵邸の警備を担ってくれている人たちの為の小さな屋敷の中に、託児所が併設されていると伝えると『分かりました』と返事をくれる。凄く贅沢な情操教育だと笑みを浮かべると、また天馬さまが顔を寄せてくるので撫でり撫でりと手を滑らせる。
そして少し離れた場所から、凄く羨まし気にこちらを見ている方がお一人。
「あの……申し訳ないのですがセレスティアさまとお話をして下さると有難いのですが」
『あちらのお嬢さんですね。そんなに私たちが珍しいのでしょうか』
天馬や竜と触れ合う機会なんてない筈だけれど。亜人連合の方たちに天馬さまたちのことを報告すると、珍しいって言っていた。あと繁殖するなら是非成功させて欲しいとも。数が減っているので、増えて欲しいみたい。保護したくとも、割と奔放で亜人連合国内でも珍しいみたいだし。
片割れの天馬さまが私の話を聞いてセレスティアさまの下へ向かう。
『こんにちは、お嬢さん。これからお世話になりますね』
「――……っ! はっ、はいっ! よ、よろしくお願いいたしますわっ! わたくしセレスティア・ヴァイセンベルクと申します」
辺境伯出身であるとは言わなかった。恐らく野生の魔獣に人間のしきたりやルールは関係ないから、きっとそれで良いのだろう。
『名乗りを有難うございます。ですが私たちに名前はなくて。自然界に生きる者なので、人間のような個体識別できる呼称を持っていないのです』
亜人連合の方々は名前はあるけれど親しい方たちにしか教えないし、呼ばせないと聞いているけれど。野生なお馬さんなので、名前を付ける習慣はないみたいだ。考えることが出来る上に、喋ることも出来るのにこれ如何に。同種族の方たちならばフィーリングで個体識別できていたのだろうか。
『確かにここに住むならば、名前はあった方が良いのかもしれませんね』
遅れてもう一頭がセレスティアさまの下へと行って、そんなことを言い始めた。あれ、話が妙な方向になってきたような。
『お嬢さん、私たちに名を頂けませんか?』
「え、へ?」
突然の天馬さまたちの申し出にキャパオーバーしたセレスティアさまがその場に立ち尽くすのだった。