魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――なん……だと……。
どうしてこうも原作から乖離しているのだろう。それもこれも全部、黒髪聖女の所為だと断言できる。
ゲームのモブでしかない俺は、真実を知ることは出来ないが、聞き出した情報や流れてくる噂で推測することは十分に可能だ。二学期が始まった初日、ヴァンディリア王国の第四王子とリーム王国の第三王子は二作目のヒロイン、アリア・フライハイトには近寄らず、黒髪の聖女にコンタクトを取った。
「……なんでそうなるんだ」
教室の自席でそうぼやく俺の視界には、廊下側の席に座る黒髪の聖女を見る。殿下二人との邂逅を終えた帰り道、上級生の男子生徒から嘆願された。その男子生徒はゲームキャラで攻略対象で。
アウグスト・カルヴァイン男爵子息。教会信徒として敬虔な両親に育てられ継嗣である彼も、鏡のように熱心な信徒へと育つ。そうして学院の二年生となり、学院へ編入してきたアリアと治癒院で一緒になり、それから関係を築き上げて恋仲となっていくのだが。
未だその気配を見せていないし、アウグスト・カルヴァインは教会の不正を暴くために王都の民を扇動した首謀者として一ヶ月間、王城の幽閉棟に閉じ込められていたのだが。最近、解放されたようで学院内でその姿を時々見ることがある。王都の民を扇動した男であるが、理由が理由の為に解放されたようだ。竜が王都に現れて教会の不正を見逃す者は不正を働いた者と同じであると言い、何もしないならば王都を滅ぼすと言わんばかりの言葉を残して去って行った。
ゲームの展開と全く違う状況に、流石の俺も肝が冷えた。
教会ルート、ようするにアウグスト・カルヴァインルートは教会の不正を恋仲となったヒロインのアリアと一緒に暴き、二人で教会を盛り立てて行こうという話。不正をして捕まえたのは誰だったか。今回、首謀者として捕まった枢機卿三人ではなかったのは確実だ。
枢機卿ならばインパクトがあり過ぎるので、必ず覚えている。枢機卿ともあろう聖職者が不正に手を染めるのか……と。だからゲームで二人が捕らえた者は小物だったのだろう。
薄れている記憶を探る。
確か、聖女が教会へ預けている金を使い込んだという所までは同じだ。ただ黒髪の聖女は預けていた額がかなりの高額だったと聞く。枢機卿という身分の聖職者でさえ、目が眩んでしまうほどの魅力だったのかもしれない。だからあの黒髪の聖女が預けている金に手を付けてしまった。
手を付けたことによって虎の尾どころか竜の尾を踏み抜いてしまっているが。馬鹿な事をしたものだと思う。国の魔術陣に魔力補填を一度行えばかなりの額を貰えるとゲームでも言っていた。
しかも見習いとなったばかりのアリアは三ヶ月に一度のペースであるが、四年前から聖女を務めている黒髪の聖女は週に一回と聞いた。
アリアがまだ慣れなくて、倒れた描写が共通ルートにあったはずだ。それほど体力と魔力を消費すると言われているのに、なんなくやり遂げてみせる黒髪の聖女の異常性は明らかで。
黒髪の聖女が金を使い込まれたショックで倒れている間、王都では竜がやって来て王都の民を脅し、それに怯えた王都民はアウグスト・カルヴァインの扇動により教会襲撃し枢機卿を捕まえたなんざ。教会への怒りの矛先が国へと向かうなんて誰が思うだろうか。
理性のある人間の制止も聞かずに王城へと向かった王都民を収めたのは黒髪の聖女とアルバトロス王だ。上手いこと王都の民を納得させていたと思う。なんだろうな、この上手く行き過ぎているシナリオは誰かが書いたとしか思えない。まあ俺が真相を知ることなんて一生ないのだろう。
――親父、やっぱ無理だって。
ああ、無理だ。伯爵である親父に黒髪の聖女と接触を図れと告げられたが、彼女に近づくことすら叶わない。授業中は無論無理であるし、休み時間中は辺境伯家と公爵家のご令嬢が傍に侍っている。しかもゲーム一期の悪役令嬢という立ち位置の人間がだ。
高スペックなご令嬢に隙なんてあるはずもなく。しかも黒髪の聖女は幼竜を学院へ連れ込んでまで世話をしている。
噂では国王陛下が学院長に命を下したと聞いたが、実のところは分からない。分からないが、ほぼ事実なのだろう。そもそも竜は希少種で幼竜ともなれば珍しい。見つけて捕らえたあとに売り払えば、一生遊ぶ金に困らないと言われているほどだ。
まあ、そんなことをして亜人連合国の竜が知ったとなれば、売り払った馬鹿と買った馬鹿に怒りの鉄槌を下すだろう。
話が逸れた。
不正を正した後、仲睦まじく教会を盛り立てたアウグスト・カルヴァインは随分と未来に教会幹部となるそうだが、現実のアウグスト・カルヴァインは枢機卿の座が用意されていると聞く。
ただ今回の事で教会は民からの求心力がなくなってしまい、教会が弱体化し始めていると噂されている。
聖王国でもあの黒髪の聖女は騒動を起こしたようで、さらに弱体化に拍車を掛ける可能性もあると囁かれ始めた。領地持ちだった枢機卿二名の領地も風評被害を受けて、あまりいい状態とは言い難いようだから、国はどう動くのだろう。
そして立て直しの為に教会の人間は必死になって動いているそうだが、失われたものを取り戻すことはそう簡単ではないのだろう。どう動いていくのか全く想像がつかない。治癒院の開催頻度を上げ割高な寄付をもう少し安くするとか、炊き出しの回数を増やすくらいしか俺には思いつかないが。
教会信徒や教会の職員たちは今回の騒動を起こした枢機卿三人を随分と恨んでいるらしい。聖職者でありながら、アルバトロス王国の防衛を担っている聖女たちの金を貪っていたのだから当然と言えば当然である。
「本当、金に汚い奴は……」
俺も金には目がないが、流石に他人の金にまで手を付けようとは思わない。それに噂が本当であれば黒髪の聖女は金を貯めたあかつきには、孤児院の開設や新しい事業を起こす気だったそうだから、怒るのも止む無しではある。
ただ、竜まで怒ったことは想定外とでもいおうか。『竜使いの聖女』と呼ばれ始めていたが、そこまで竜たちが彼女に陶酔していると誰が思うだろうか。竜は知能が高く、孤高の生き物だと思っていたのに。何頭も群れをなして王都の空を飛ぶだなんて。
しかも今回の一件は聖王国にまで波及し、向こうも大変な状況になっているんだとか。まあ、向こうもこちらの教会と同様で腐敗していたから丁度良かったのかもな。
下手をすればアウグスト・カルヴァインや王子殿下たちはアリアと接触すらしていない可能性も出て来た。完全に狂ってしまっているシナリオにどうしたものかと考えるが、俺はただのモブである。出来ることなんて周りの動向を見守るくらいだし、彼ら彼女らと関りを持とうだなんて全く思わない。
親父から言われている手前、黒髪の聖女と顔見知りくらいにはなっておくべきかと思案する。
ただ彼女と知り合いになった所で、俺が彼女に益のある話など差し出せるはずはなく。彼女は俺に益を齎してくれるのかもしれないが。親父、俺は見ているだけが限界だ。貴族としてなら接触すべきだろうが、己の身が可愛いからスマン。
はあ……とため息を零したその時、リーム王国の第三王子殿下で攻略対象のギド・リームが黒髪の聖女の下へ歩いて行き、にっと笑って彼女へ声を掛けるのだった。
――ああ、聖樹の問題もあったな。
教室の片隅で窓の外を見上げると白い馬が……天馬が一頭飛んでおり、青色の空に綺麗に映えていた。
◇
――リーム王国の聖樹が枯れた。
魔力補填でどうにか聖樹を生き永らえる為に、アルバトロス王国へと協力要請がリーム王国からあったのは耳にした。指名依頼された黒髪の聖女は教会の使い込みが発覚しショックを受けて倒れている最中だったから、代理で選ばれたのは侯爵家出身の聖女とゲームのヒロインであるアリアだった。
そうしてリーム王国の聖女と協力して儀式魔法を執り行い、五年ほど寿命を延ばしたそうだが。五年後に枯れるという事実が不安で仕方なかったのか、ようやく回復した黒髪の聖女に再依頼を申し出たそうだ。謁見の場で黒髪の聖女はリーム王に『何があっても責任は問わない』と保険を掛けた上で依頼を受けた。
どうして聖女にしか過ぎない彼女が、他国の王からの要請を受ける受けないの選択の余地があるのか不思議であるが、竜使いの聖女と新たな二つ名が付く女だ。
逆らえば国が亡ぶ可能性もあるから、アルバトロス王も彼女のご機嫌を損ねる訳にはいかない。アルバトロス王国を捨ててよその国へ行くとなれば引手数多であろうから、聖女の魔力で国の防御魔術を構築している国として逃がせば大きな損失である。そんな馬鹿な王であれば貴族たちも反発して、一瞬に国が崩壊しそうである。もしくはクーデターでも起こって、首のすげ替えが行われるかだろう。
廊下の窓際の席でギドと話す黒髪の聖女はいたって普通だというのに。内包している魔力の多さ故に面倒事に巻き込まれている気がする。まあ俺に面倒事が回ってくる訳じゃないから全然かまわないのだが。トラブル体質とでもいうのだろうか。
黒髪の聖女の周りでは毎度なにかしらの問題が起こっている気がする。アルバトロス王国の子爵位でしかない彼女に他国の殿下が声を掛けている状況や、首を刎ねられる覚悟の上での土下座敢行やら。
俺なら嫌だ。
そんな面倒事しか起こらないなんて。俺の魔力保有量は極めて一般的な貴族のものだ。平民よりは多いが貴族としてならば普通。騎士や魔術師を目指すことが十分可能だが、今世は天寿を全うすると決めている。
自ら寿命を縮めるような真似はしたくないから、城勤めの文官か親父を頼って伯爵家の仕事を少々回して頂こうと画策している。上手くいくかは謎であるが、前世知識のお陰で国内最高峰の教育機関である王立学院に入学できたうえに特進科所属だ。
学と血筋がモノを言うのに、本当に黒髪の聖女は異質である。そして一期ヒロインのアリスも異質であったが、彼女は自らの行いで身を破滅させている。
「はあ……」
溜め息が思いのほか大きくなった。あまり貴族としては褒められた行為ではないと、首を振る。
「よぉ。なに考えているんだ?」
俺の下にクラスメイトの友人がやってくる。一学期に挨拶をしてそれから何故か縁が続いている。俺と一緒で彼も鳴かず飛ばすの伯爵家の五男坊だ。次の世代は長兄と決まっているし、スペアである次兄も元気で長兄を支える為にと領内を奔走しているらしい。
だから五男坊である俺は家から必要とされていないと苦笑いをしている。俺と同じ境遇で、彼も城の文官を目指しているから意気投合したのが始まり。それに貴族らしくない振舞いが俺たちを引き付けたのだろう。目の前の男も俺と一緒で、伯爵子息だというのに随分とラフである。
「いや……な」
ギドと話している黒髪の聖女へと顔を向けると、目の前の友人は顔を青くした。
「おい、馬鹿っ! アレには関わらない方が良い。あのな――」
小声で友人が俺を嗜める。黒髪の聖女がリーム王国の聖樹を枯らした責任を感じたのか、倒れてしまったリーム王の代わりに指揮を執っていたリームの王太子殿下に聖女が捜索を願い出たそうだ。
「一体何を探すんだ?」
聖樹は枯れたのだから、依頼はそれで終わり。依頼不達成になるので成功報酬はナシとなる筈だが。何故、捜索願いなど懇願する。
しかもそんな勝手を言える立場なのだろうか。一度アルバトロスに戻って陛下へお伺いを立てた方が良い気がするが。王国上層部の連中も彼女と一緒に付いていたハズなのに誰も止めないという事は問題がなかったという事だろう。国賓扱いのはずなのに、他国で割と勝手に出歩けるというのは問題があるような。
「噂じゃあ、聖樹に魔力を注ぎ込み過ぎたのは良いが、直ぐに聖樹から魔力が消失したんだと」
「それ、問題があるのか?」
「大アリだ。魔力が直ぐに消えるなんてことになれば、魔術が持続しないだろうが」
「あ、そっか。忘れてた」
「お前なあ……」
呆れた顔を浮かべて友人が俺を見る。興味がないというよりも魔術に関してそう詳しくないと言うべきか。もう少し魔力量が多ければ親父も俺に魔術師になれなんて言っただろうが、俺は貴族として魔力の量は平均的。抜きんでた量でも所持していれば、遠慮なく魔術師になっていたし親父もそう命令したことだろう。
しかしまあ友人の噂を仕入れる早さは凄いと思う。何処から情報を仕入れてきたのかは謎だが、噂となっている時点である程度の確度はある。無けりゃ噂なんて立たないからな。
「だから消えた魔力の行方を追ったって訳。――ただ見つからなかったらしいんだ」
「へえ。なら、どこへ消えたんだ……」
「フライハイト男爵領だって噂だ。聖樹の種が見つかったらしい」
あと魔石の鉱脈と薬草の群生地も友人は付け足した。あとフライハイトつったらアリアの実家じゃないかと、頭を抱えそうになる。ゲームでは貧乏な領地とだけしか語られていなかった。それが何故、フライハイト男爵領の名が上がるのだろうか。
あ、いや。黒髪の聖女の所為か。でなければあんな穏やかにギドが聖女に話しかける訳がない。聖樹はリーム王国にとって大事なものだ。それを枯らした張本人に、明るい感情など向けられるはずはないのだ。
「は? 聖樹の種ってなんだよ」
「名前の通りだよ。聖樹候補とでも言えば分かり易いか」
リーム王国で消えた魔力を探す際に二人の聖女による探索が行われたらしい。地図を広げて指輪を糸で垂らして反応した場所を探すという、オカルトな方法。
ただ昔から行われているそうで、探索を行った聖女の資質にもよるが高確率で何かがあるらしい。そうして見つけ出したのが聖樹の種と魔石の鉱脈。薬草の群生地は探索後の捜索の際に偶然に見つけたとか。
聖樹は人々に崇められて聖樹という役目を負うらしい。男爵領の聖樹の種が人々から聖樹と拝められたり、祀られたりすれば高確率で『聖樹』となるそうだ。なんだその適当な聖樹はと吐き捨てたくなるが、そういうものなのだそうだ。
「フライハイト男爵は凡人と評されてるから、これから大変だろうな」
片田舎の貧乏男爵に聖樹や魔石の鉱脈の管理など出来ようはずもない。出来るのは薬草の管理と人工化くらいだろうな。
まあ農業のノウハウがあるならば、人工栽培も可能だろう。あとは薬師の育成や薬草の研究が出来れば万々歳で。治癒魔術に頼り切りの側面があるから、薬草による治癒が確立できれば男爵家は大成功を収め、功績で陞爵可能かもしれない。
「まあ、頑張るしかないんだろう。貴族なら踏ん張りどころだろうし」
ゲームのシナリオ通りなら、アリアとギドの愛の力によって奇跡を起こしリームの聖樹は枯れなかった。それを理由にリーム王は王太子を第一王子から第三王子へと鞍替えし、アリアを王子妃とするのだが。
現実は、リーム王は病気と噂され表舞台から去ったと囁かれている。今は王太子殿下が代理を務めて、落ち着いたら戴冠式を執り行うと噂だが。本当に黒髪の聖女が関わるととんでもないことが巻き起こるなと、まだ喋り続けている友を苦笑いしながら話を聞く。
ヴァンディリア王国の第四王子殿下が残っているが、果たしてどうなるのか。ゲームのシナリオはプレイヤーの考え方や捉え方次第で評価が変わるシナリオだった。
俺も主人公のアリアと第四王子殿下が齎した結末は本当に良いものだろうかと考えた。だが現実の第四王子は主人公であるアリアを気に留めず、黒髪の聖女に取り入ろうとしていると聞いたが。
嫌われているのではと噂まで流れ始めているので、最近接触は慎重になっているようだ。果たしてゲーム通りにシナリオが動くのか。
俺は見ていることしか出来ないと、黒髪の聖女から視線を外すのだった。