魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――何故、こんなことに……。
何故か特進科のみんなが集まり行動を共にすることになった。どうやら原因はヒロインちゃんの鶴の一声で決定したそう。
『せっかくだからみんなの親睦を深めようっ!』
そう殿下たちに進言すれば彼らは彼女の言葉を叶えるのは当然で。赤子の手をひねるより簡単なのである。言葉にすればいいだけだもの。
何故という疑問と、巻き込まれるのは勘弁してくださいという懇願を心の中で口にする。特進科生徒二十名と騎士科と魔術科の護衛役が三十名に本職の護衛である軍と騎士の人たちが数えるのが面倒になるくらいの大所帯になっていた。
只今、拠点である広場を離れて森の中を探索中。
先陣を切るのは言い出しっぺの殿下たちとヒロインちゃんの六人。その少し後ろにソフィーアさまとセレスティアさま特進科の女性たち。その左右に別れて男性陣が。
で、私はというと一番後ろでぽつんと歩いてる。いや周りに護衛の人たちやらが居るので、この言葉には語弊があるけれど。特進科の人たちと一緒に居ないということで、一人なのだ。ここ一ヶ月間で当たり前となってしまったが。そしてその周りには騎士の人たちが固め、軍の人はその外縁部を守っているようだ。
「……なんだろう、空気が重いような?」
ああ、そうか目の前で見えない火花を飛ばしている彼らたちの感情でも移ってしまったのだろうか。
セレスティアさまは鉄扇を広げたり閉じたりして忙しないし、他のご令嬢たちも気が気でない様子。ソフィーアさまは無言で前を向いて歩いているので、感情が読み取れない。参ったなあと、目を細め頭を振る。
「どうした?」
「?」
一日目に一緒に行動していたのが功を奏したのかジークとリンがまた一緒になっていた。
「ん、気の所為かな、天気も悪くなってきてるし……」
違和感を感じ取りそう言って空を見上げると晴れ渡っていた朝の時間よりも、随分とどんよりとしている。木々の葉の間から零れる陽の光も弱かった。
「ああ、確かにな。……明日まで持ってくれればいいが」
「兄さん、多分持たない」
顔を上げすんすんと鼻を鳴らすリンは何かを感じ取ったのだろう。こういう勘はリンが一番的確であまり外れない。
「雨具用意しておいてよかったね」
天気予報なんてない世界だから空を見上げてなんとなく予想するしかないし、ことわざ的なものがあるのでソレを当てにしてる。今回は念の為に荷物の中に雨具を忍ばせておいたのだけれど、降らない方がいいのでお天道さまには頑張って欲しい所。
「ん?」
「どうしたのジーク」
「前が止まったな。何をしているんだ……?」
「魔物が出たみたいだね」
どうやら前を行く一行が魔物と遭遇したようだ。殿下たちを危険に晒す訳はないので、斥候部隊がある程度は魔物の選別しているだろう。心配する必要などないなあと、最後方で前の様子を伺うだけで気楽なものだった。
「彼女には指一本触れさせない!」
「ヘルベルトさま、お気をつけて!!」
風に乗ってそんな声が聞こえてくる。勝手に盛り上がっている最前列の人たちとその後ろに居る人たちの温度差が酷い。ここ最近、常態化している光景なのだけれどあと三年弱耐えなきゃならないのだろうか。
「アリス、下がって」
「ああ、怪我をしたら大変だ」
「大丈夫、僕たちが付いていますからね」
「うん、こんな雑魚なんかに僕たちは負けない」
彼らの目の前で対峙しているのはゴブリンだった。数は五匹と少ないし、武芸にある程度嗜みがあるのならば楽に倒せる。
厄介なのは巣を作り繁殖して数が増えることだ。近隣の村や町の農作物に被害が出るし稀に人攫いもするので、数が増えてしまうと舐めてはいけない相手。
「大丈夫かな?」
「大丈夫だろう。一通りの教育は受けているお貴族さまだ。あとは切れるか切れないかの覚悟次第だな」
「切ったことがないなら、躊躇するかも」
相手が人間じゃないだけマシなのだろうけれど、一応は生き物である。切れば血が出るし叫び声も上げて痛がりのたうち回る。
その光景に耐えれる人ならば問題はないけれど、精神的に駄目になって切れなくなる人も一定数は居るそうだ。度胸試しの一環だろうけれど、女の子がいるし良い所を見せたいだろうから表面上は取り繕うだろう。
男の子も大変だ。
私たちがこんなに余裕をこいていられるのは一度経験しているからである。初めての魔物討伐、いわゆる初陣の時なんてビビりまくりだったし、なんなら漏らしてしまうような目にもあったことがある。
ヒロインちゃんの前に殿下が立つと、護衛の人たちの緊張感が一気に上がる。
殿下は周囲の人たちの様子に気が付かないまま、ゴブリンと相対して細身の剣を構えている。装飾されているの見て、売り払ったらどんな値が付くのかが気になる所。
そんなこんなをしている内に、それぞれの得意分野でゴブリンを一人一体ずつ倒したようだ。中身をぶちまけているし、魔術で倒された影響なのか生臭さと糞尿の臭いが混じって、こちらまで届く。
臭いに充てられたのか、吐いている人がいた。強がっている人は気丈に振舞いながら、気分がすぐれない人たちを鼓舞している。こればっかりは慣れがあるから仕方ないので、その人たちを笑うなんてことはしない。
「倒せたようだな」
「だね。進むかな?」
「死体処理があるからもう暫くは足止めだろうな」
死体をそのままにすると獣や魔物が寄ってきて危ないので、大事な作業だ。殿下たちの度胸試しは終わったから、次は彼らの後ろを行く女性陣になるのだろうか。そうして暫く待っているとようやく前へと進み始める。
殿下たちに怪我がなくて良かった。
「――敵襲っ! 敵襲だっ!! 逃げろぉおおおお!!」
私たちが居る場所よりも奥の方から、軍の人数名が走りながら叫ぶ。突然の咆哮に動揺が走り、この場が騒然とするのは言うまでもない。
◇
「――敵襲っ! 敵襲だっ!! 逃げろぉおおおお!!」
森の奥から駆けてきた斥候の言葉にいち早く反応したのは、急な事態に慣れている軍や騎士の人たちだった。
「全員抜刀っ! ――まだどうなるか状況がわからん、慎重に対処しろよ!」
殿下やソフィーアさまたち貴族の前に立ち一人の騎士が叫ぶ。他の騎士よりも装飾が派手なので、彼が現場指揮官なのだろう。
「殿下方を護りきれっ!」
騎士や軍人は腰に下げていた剣を抜き、魔術師は詠唱体勢に入る。逃げるべきなのかこの場に留まるべきなのか判断のつかない学院生たちは、戸惑っていた。その中で一番に行動へと移したのは、あの二人だった。
「ヘルベルト殿下、おさがり下さいっ!!」
騎士や軍人を前にしながら殿下を庇うように立つソフィーアさま。
「し、しかし……!」
ヒロインちゃんを庇いつつ、この状況に戸惑っている殿下は彼女の言葉に従うべきか迷っている様子。
「ええ、殿下。――貴方は総大将、後ろでどっしりと構えてわたくしたちに命じればよいのですわ!」
開いた鉄扇を閉じながら高らかに宣言するセレスティアさまは、ソフィーアさまの横に立つ。普段罵り合っているふたりだけれど、こういう時には息が合うようだった。
「……っ、すまない。アリスここは危ない、下がろう」
「え、でもっ!」
「ええ、アリスは殿下と一緒に下がってください」
「ああ、俺たちに任せろ……必ず、守ってみせる。ユルゲンとヨアヒムは殿下たちを守ってくれ」
魔術師団長子息の青髪くんと近衛騎士団団長子息の赤髪くんがそんな声を掛けて。緑髪くんと紫髪くん、そして殿下とヒロインちゃんに下がれと告げる。
「……わかった、気を付けてくださいね」
「……」
緊張した面持ちで赤髪くんの言葉に頷いた二人は、殿下と一言二言交わしてこちらへと下がってきた。
「――来る」
リンが小さく呟いたと同時に、ゴブリンの群れがこちらに走ってやって来たのだけれど、様子がおかしい。後ろを気にしながらこちらへと走ってきており、数も多い。
「近づけさせるなっ! 第一小隊っ、突っ込めぇ!!」
切り込み役なのだろう、騎士六人がゴブリンの群れへ走って突っ込んでいくのだけれど、彼らを無視してどこかに去ろうとするので切ること自体が難しい。
小柄でありながらゴブリンの素早さに追いつけず、群れの塊を散らすだけ。そうして男子生徒の一団まで走っていくと、震えながら剣を持つ少年が歯をカチカチと鳴らしながら叫ぶ。
「ああああっ! 来るなっ! 来るなぁぁああああっ!」
叫ぶ少年を庇い一人の軍人が迫るゴブリンの首を剣で一閃し、地面へと倒れ込んでしばらくもがき苦しみながらこと切れた。
群れで行動するゴブリンはそれなりに知恵が回るようで、波状攻撃を仕掛けたり人間の武器を鹵獲し使い、様々な手段を使う魔物だ。そんなヤツらが怯えた様子を見せながら、こちらに走って来るだなんて。しかも怯えている人間を標的と定めていないだなんて。
「なんか変だよね……」
「ああ、気を付けた方がいい」
ジークと話しながら魔術を発動させるための前準備となる、体内の魔力を活性化させると、私の黒髪がふわりと揺れる。逃げ惑うゴブリンは騎士団と軍の人たちが難儀しつつ確実に数を減らしていた。
「ゴブリン共は怯えているっ! 何故か我々を標的としていない、逃げるゴブリンは捨て置けっ! 殿下方や生徒たちの安全が最優先だっ!!」
「――はっ!」
指揮官の声に何人もの声が答え、軍の人たちも機能している。私の出番はこの戦闘が終わってからだろう。
「なっ、今度は狼だとっ!?」
「何故、狼がっ!! ――っ、なんだこの数はっ!!」
また森の奥から新たな敵が現れた。でも狼なので魔物ではないけれど、図体がデカいし足がゴブリンよりも早い。鋭い牙で喉元を噛まれ首を振られたら、おそらく死んでしまうだろう。そしてなにより数が多かった。
「日ごろの訓練を思い出せっ! ――取るに足りん狼ごときに我々が後れを取る訳がない、焦らず落ち着いて対処していけっ!」
想定外の獣の出現に怯む様子が見受けられたけれど、こういう現場に慣れているのか立ち直りは早かった。
「俺たちを完全に敵として捉えているな……」
「……ああ、なにかいつもと様子がちがう気がするが」
数メートル先で距離を取って狙いを定めている狼の群れに息を呑みつつ、出方を伺う。お互いに動けず、状況が止まってしまった。どうなってしまうのか予想がつかないまま、睨み合ったまましばしの時間が流れる。
「なっ! うそ……だろ……」
「馬鹿な……なんで、なんでこの森にっ!!」
勇敢に学院生を守りながら戦っていた騎士や軍の人たちの口々から漏れる言葉は、恐怖と驚き。そして私も彼らと変わらず。
――ああ、なんでこんなことに。
「フェンリルだっ!!」
「フェンリルが出たっ!!!!」
王都にほど近いこの森で魔物ではなく魔獣と呼ばれるフェンリルが出るだなんて。一体誰が予想できたのだろうか。
そしてヒロインちゃんが喜色に溢れていたことなど、露とも知らなかったのである。