魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
男爵領の視察で頂いてきた、家畜用のトウモロコシ。懐かしさに惹かれて頂いてきたのだけれど、食べられるだろうか。流石にこれを料理長さんに手渡す訳にはいかないので、自分で茹でて食べてみる為、食堂の一角を借りている所。
ソフィーアさまとセレスティアさまは、家畜用のトウモロコシを食べようと試みる私を馬車の中で何度か止めたが、私の興味が上回っていることを悟って子爵邸に戻ると後はもう諦めた様子だった。
料理長さんにも渋い顔をされたが押し切った。だって食べたいから。茹でたトウモロコシ美味しいから。ジークとリンも興味があるのか厨房に立つ私の側で見守っている。深めの鍋にお水を張って塩を適量入れ、皮を剥き薄皮を数枚残した実を沸騰した鍋の中へと沈める。そうして待つこと十分少々。お湯を捨てつつザルへ移動したトウモロコシの薄皮を取り、待ちきれなかったので熱いまま実を毟り取って口の中へと放り込んだ。
「あ、美味しい。普通に食べられるよ」
味は前世で食べたトウモロコシと同じ味。甘くて身もしっかりしているので、どうやら当たりを引いたようだ。お腹を壊すかどうかはまだ分からないけれど、壊した時は壊した時だなと割り切って、まだ熱いトウモロコシを適当なサイズに切り分けた。
「私も食べていい?」
リンが私の後ろに立ったまま声を掛けてきた。面白そうに見ていたので、興味があるようだ。
「ん。まだ熱いから気を付けてね」
そう伝えてリンにお皿を差し出すと『熱いね』と言って苦笑いしたので、私もほらみたことかと笑い返す。
「美味しい」
何度か息を吹きかけて冷ました後、トウモロコシに齧りついたリンの感想だった。どうやらリンも問題なく食べられたようで安心。これでお腹が痛くなれば私が魔術を施せば良いし、私がお腹を壊したならお手洗いの住人と化すだけ。
「ジークは食べる?」
「ああ」
こくりと頷いたジークも切り分けたトウモロコシをお皿から取って、豪快に齧りつく。一口が大きいし噛み切る力が強そうだなあと、トウモロコシを咀嚼するジークを見つつ、どうと問いかけた。
「普通に食べられるな」
「ね」
美味しいのにどうして家畜用の餌扱いなのか不満なのだけれど。彩りが良くなるし、料理に使われていそうだけれど、家畜用として食べられているのが本当に意外だ。
「よっ。なにしてるんだ、こんな所で」
「本当に。貴族のご当主さまが調理場に居るだなんて」
調理場に居た私たち三人に声を掛けたのは、クレイグとサフィールだった。クレイグは面白そうな顔を浮かべ、サフィールは困ったような顔をしている。
たまたま休憩時間が重なったようで、暇だから二人で子爵邸内をウロウロしていたのだそうだ。取りあえず、賜った男爵領へ視察に行った際にトウモロコシを見つけ、欲しかったので頂こうとしたら家畜用だと教えられたことを伝える。
「え……、人間が食うもんじゃねえのか?」
普通に食ってたろ俺たち、と困惑顔のクレイグ。まあこっそり家畜用の餌を拝借していたこともあるから、そう思って当然だよね。ぱさぱさだから飲み物が必要で、あまり大量に食べられないのが難点だったけれど。あ、だからこそお腹壊さなかった可能性も。家畜用だし虫が居てもあまり気を使わない可能性もあるしなあ。この辺りは本当に孤児時代の私たちの運が良かったのだろう。
「そういえばトウモロコシが売っている所を見たことないし、食事で出されたこともないよね」
思い返せば王都の市場や商店で売っていた所を見たことがない。キュウリやトマトにピーマン、キャベツにレタス。前世で見ていた野菜はほぼ揃っていたので、あまり気にしたことがなかった。
単純に王都にはないだけかとも考えていたのだけれど、まさか家畜用途のみだとは。本当に不思議だよねえと目を細めつつ、こんなに美味しいのに食べないのは勿体ない気がするし、料理長さんに伝えて彼にも味見をしていただこう。
「俺も食って良いか?」
「あ、僕も食べたい。味、違うのかな?」
「はい。――お腹壊したら教えてね。治癒魔術掛けるから」
お前はどうするんだと言うクレイグの問い掛けに、苦笑いを浮かべながらその時はお手洗いの住人になると伝えると『馬鹿だなあ』と手厳しい一言が。食の追求なんてそんなものだろう。フグの毒とかも誰かが犠牲にならなければ分からなかっただろうし、草にしか見えない野菜を食べようと思いついた人は偉大だ。
夜になってもトウモロコシを食べた五人にお腹の変化は訪れず、次の日料理長さんに茹でたトウモロコシを味見して頂いた。家畜用と知っている所為で怪訝な顔をしていたけれど、私たちが食べたことは知っていたので口を付けてくれる。
「甘い……これを家畜用の餌にしておくのは勿体ないですな」
料理長さんの言葉に安堵しつつ、バターコーンを作りたいと提案してみた。美味しそうですなあという言葉を頂き、今度作ってみましょうという話になった。数日後、私のお願いを叶えてくれた料理長さんが慌てて私の下へとやって来る。
「お館さま、作ってみたのですが……味がありませんし、実の皮が厚くて堅いです」
これを食事として提供する訳にはいかないと、残念そうな顔をしていた。私も凄く落ち込んで『バターコーン……』とその日は何度も呟いていた。
ソフィーアさまとセレスティアさまが一体何事という顔をしていたけれど、バターコーンの所為で全然気にならない。原因究明をと思い男爵領へ向かおうとする私にソフィーアさまが、口にした台詞が今でも頭の中に残っている。
――お前が食べたいと願ったからじゃないか?
そんな馬鹿なと否定しつつ、否定しきれない自分が居ることに気付き。うーん、家畜用の餌だから皮が堅かったし味がしなかったのか。
あれ、皮が堅いならポップコーンが出来るのじゃないかと、記憶の引き出しが開かれる。流石にあのトウモロコシに魔力を注ぎ込むのは駄目だろう。でも試してみたいことが一つある。次に男爵領へ視察に行った際にでも、焚火の中にでも放り込んでみようと決意するのだった。
◇
部屋に沈黙が訪れる。原因は我が国の第四王子アクセル・ディ・ヴァンディリア殿下が仰られた発言が原因なのは言うまでもない。
――何故、この人は諦めないのだろうか。
留学初日に目的の黒髪黒目の聖女に接触した――権力を振りかざした強引なものであったが――ことまでは良かった。
問題はあのキザな演出を演じたことである。まさか跪き相手の手をとって口づけもどきを敢行するとは。夢見がちな貴族のご令嬢ならばまだ芽があった可能性があるが、相手は他国の貴族の女性と言えど、平民からの成り上がりである。
竜の死骸の浄化を施した後に卵となった魔石と事態報告も兼ね、亜人連合国へ即座に使節団を編成し向かわせたアルバトロス王も流石であるが、使節団の長を務めた黒髪黒目の聖女が齎した功績は誰もが羨むものだ。
亜人連合国との繋がりを築き上げ、孵った幼竜の世話を仰せつかるなど、にわかに信じられない。だが黒髪黒目の聖女の肩に乗っている小さな竜と、彼女の専属護衛騎士が帯刀しているあの剣は亜人連合国内でしか出回らない物だ。騎士として、護衛騎士が佩いている剣に興味があるが、第四王子殿下の護衛である私にそんな立派なものが得られるはずもなく。
そんな人物を国が手放す訳はなく、一代限りの法衣子爵位をアルバトロス王は黒髪の聖女へ与えた。
その後も彼女はアルバトロス王国教会上層部が使い込んでいた聖女の金問題を解決した上に、聖王国に乗り込み予てから問題視されていた教皇一派を追い詰め、大聖女に教会改革を迫る。
リーム王国からの依頼で聖樹への魔力補填を執り行った後に枯らしたそうだが、何故かリーム王国の第三王子殿下はアルバトロス王国の王立学院へ留学したままなので遺恨は残っていないようだ。現在リーム王が臥せってしまい、国王代理として王太子殿下が担っている。
聖樹に頼り切りだったあの国で堂々と聖樹は枯れたと宣言し、国民への聖樹脱却宣言や各国への協力要請を行いアルバトロス王国が一番に名乗り出た。黒髪の聖女や自国の聖女の価値を落としたくなかったのだろう。素早いものである。
黒髪の聖女は小柄で幼い顔をしている為に、幼女趣味があると疑われても仕方ない気がするが殿下は良いのだろうか。
彼女に声を掛ける理由は何かしらあるのだろうが、私たちには聞かされていない。理由が分かれば多少なりとも協力しようという気が湧くのかもしれないが、殿下は私たちに教えるつもりはないようで。
母国では第四王子妃の座を狙う色んな女性に言い寄られていたが、靡く気配が全くなく男色家なのだろうかとあと少しの所で噂が立つ所だった。すんでの所でアルバトロス王国への留学話が持ち上がったので、帰国する頃には噂は沈静化しているだろう。
それを考えるとやはり幼女趣味……。黒髪の聖女と殿下の年齢を考えると同い年なのだから問題はないのだが、身長差と彼女の童顔でバランスの悪い組み合わせとなる。男色の次は幼女趣味の噂が立つのかと不安になってくるが、黒髪の聖女と縁を持てたならヴァンディリア王国にとって悪い話ではない。
彼女の後ろには亜人連合国も控えているのだから、上手くいけばヴァンディリア王国にも何か益があるかもしれないのだ。だからこそ我が国の陛下も、殿下の釣書を黒髪の聖女の下へと送り、留学までさせているのだから。
アルバトロス王国の王城、国賓用の部屋が殿下に割り当てられていた。先程殿下が『黒髪の聖女を落とす方法』を我々に聞いてきたが良い方法など思いつくはずもなく。
一応、私以外の者が金、名誉、ヴァンディリア王国からの後ろ盾と呟いていたが、黒髪の聖女は既に地位も金も名誉も手に入れているし、後ろ盾も亜人連合国で十分賄える。ハッキリ言って殿下が望んでいる展開にはならない気がする。それこそ奇跡でも起こらない限り。
「アクセル殿下、もう諦めては如何でしょうか?」
私が殿下へと声を掛けたが、あまり聞く耳は持っていそうもない。黒髪の聖女は殿下の事を歯牙にもかけていない筈である。二学期初日のあの行為に惹かれているならば、彼に近づこうとするはずだ。それが全くない。
あの日の出来事を全くなかったように振舞っている。浮かれた女性ならば『第四王子殿下に求められた』と吹聴しそうなものだが、噂にすらなっていないのだ。
恐らくあの部屋に居た者たちに緘口令を敷いたのだろう。黒髪の聖女が嫌がっているならば、愚行として広まってもおかしくはない。噂で立場を悪くした殿下はアルバトロス王国の王立学院に留学することが不可能となってしまう。それがないという事は、我々を慮ってくれているという証拠だろうに。殿下は気付いているのだろうか。
「いや、僕はまだ諦めていない。きっとどこかで機会があるはずだ……そう、諦めてはいけないんだ」
ぶつぶつと親指の爪を噛みながらそんなことを言った殿下。幼い頃からの癖が未だに抜けないのは如何なものか。一応身内ばかりなので構わないが、癖がつくとあっさりと露見してしまいそうで怖い。
見目が凄く良く、学力も悪くない為にヴァンディリア王国内では第四王子殿下を狙う貴族のご令嬢が沢山居たが。
そんな彼女たちに呆れ果てていたというのに、アルバトロス王国の黒髪の聖女を本気で口説き落とそうとしている。父王であるヴァンディリア王からも、聖女が『不快』を示さなければ口説き落としても構わないとは告げられているから国公認。
あの時の様子を見る限りあまり良いように思われていない気もするが、大丈夫だろうか。黒髪の聖女の怒りを買えば、第四王子殿下は元よりヴァンディリア王国も危ない気がするのだ。だから決して余計な事をして下さるなと願うが、現状の殿下を見るに難しそうだと頭を抱えたくなる。
「皆、済まないが協力してくれ。黒髪の聖女を僕は必ず手に入れたい」
その言葉を聞くとどうしても幼女趣味を疑ってしまう。十五歳を迎えているというのにあの小柄な背丈に幼い顔つき。周りの同年代の女性たちと比べるとどうしても幼く見えてしまう。だが、言動を見る限りは立派なものだろう。聖女として四年前から働き、討伐遠征や治癒院への参加も積極的だったようだし、孤児院へ定期的に少額の寄付をしているそうだ。
今は子爵となったから増額されているだろうが、定期的に少額を寄付していたのは横領や使い込みを懸念してだろう。そこまで考えられるのに、教会上層部の使い込みに気が付かなかったのだから、間抜けと言えば間抜けである。
どこか憎めない、しかし怒らせれば国を簡単に落とせてしまいそうな後ろ盾を持っている。そして尋常ではない魔力量の保持者。黒髪の聖女が治癒魔術と防御系の魔術に強化魔術しか使えないことに違和感がある。
恐らく国と教会は彼女に攻撃系魔術を仕込むことを危惧しているのだろう。でなければ、既に習得している筈である。
「プレゼントなどは如何でしょう。女性ならば宝石や花は喜ばれるのでは?」
「デートに誘うとかは……」
「思いを込めた手紙を認めては如何でしょうか」
護衛や側近が意見を述べる。いや、その前に彼女との接触を図り、殿下の個人的な所を知って頂くことから始めるのが常道ではと考えるが決して口にしない。どうせ一蹴されるのが関の山だ。嗚呼、国へ早く帰りたいと、誰にも露見しないように部屋の天井を見上げるのだった。