魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0015:魔獣。魔術具。

 魔物ではなく魔獣の出現により森の中は大混乱を極める。

 

 恐怖におびえる学院生たちを騎士や軍の人たちが必死に宥めて、後ろへと逃げるように指示をしているのだけれど、上手くいかない。理由は怯えて動けなくなった人と闘おうとする人たちが入り交じっているからだった。

 

 貴族の子女が多く通う学院らしい理由で、家格次第で不敬と問われてしまう為、騎士や軍の人たちは強制や無理強いが出来ずに難儀していた。彼らが逃げないならばその場に留まり魔物や獣を倒さなければならない。

 

 「何故、襲ってこない?」

 

 フェンリルは私たち一団を威嚇しつつも、手を出してこない。圧倒的強者であるというのに、何故と疑問を浮かべる指揮官。

 

 「ナイ、見ろ。――足元だ」

 

 ジークの言葉に従って視線を動かすと、酷い怪我を負っていた。痛みで半狂乱になり、眷属である狼にも影響を及ぼしているのだろうか。

 

 「……」

 

 手負いの所為で動きが鈍いのならば有難いことだけれど、それでも目の前の魔獣と狼の数が多すぎる。

 

 「大丈夫だよ、三人一緒なら……絶対に」

 

 「うん」

 

 リンの言葉に頷く。そう、きっと大丈夫。孤児のみんなやジークとリンが居れば、どんなことでも乗り越えてきたのだから。

 失ってしまったものもあるけれど、手に入れたものや守りたいものがあるのだから。小さい頃の無力なままの孤児だった私ではない。

 

 「――全隊員に告ぐっ! 非常事態だっ! 魔術師は森の被害を気にするな、得意な魔術を畜生共にくれてやれっ! 騎士や軍は一人で行動するなっ! 必ず二人一組以上でかかれ! 相手がどういう行動をとるか分からん、フォローし合え!!!」

 

 その言葉に騎士の人たちが答えてフェンリルへと突っ込んでいき、剣を繰り出すけれどどれも効果が見られない。軽く前足で払いのけられて、何人もの人が軽く数メートル吹っ飛ぶ。

 

 「――"汝ら、陽の唄を聴け"」

 

 吹っ飛んでしまった人たちに基礎の治癒魔術を施した。気持ち程度だろうけれど痛みは和らいでいるはず。

 

 この緊迫した状態で何もしないというのはあり得ない。騎士や軍の人の能力を上げる魔術を使えるし、王城の魔術陣に魔力を提供してる為に、他の聖女さまやシスターたちから防御系の魔術についての理解と運用には自信があるつもりだ。全員を守ることは不可能だけれど、限定的に支援すれば少しは有利に働くだろう。

 

 「――ふう」

 

 息を大きく吐く。体内にある魔力を巡らせる。

 

 「ジーク、リン」

 

 「ああ」

 

 「うん」

 

 私は魔術が使えるといっても、攻撃特化ではなく防御や補助に治癒といった後衛向きのものしか使えない。

 

 「引き付けるよ、派手にいこう」

 

 特進科の人たちも守らないといけないので、二人に前衛を任せるよりほかない。――また三人で拳を合わせた刹那。

 

 「……――っ」

 

 「っ」

 

 踵に力を入れ足先へ力を伝えて二人は走り出す。その加速は人のものとは思えないほどに早かった。

 

 ――生き物全てに魔力は宿る。

 

 そう、大なり小なりと生き物全てに魔力は宿っている。そして体内に眠っている魔力を呼び起こすことが第一段階。次に、己の魔力を体内から外へと自分の意思で出せるかどうかで、魔術行使の鍵となる。

 

 ジークとリンは魔術は使えない。けれど全ての生き物には魔力が宿るので、彼らも漏れず魔力持ちである。

 公爵さまに願い出て無事保護されて落ち着いたころ魔力測定を行った結果は、二人も一般的な魔力量よりも多く宿っていたそうだ。魔力持ちなのだけれど、外に放出することができないタイプ。

 

 そういう人には顕著に表れる特徴がある。魔術が使える人たちよりも肉体が強いとでも表現すればいいだろうか。だから騎士や軍に所属する人たちは、こういう人たちが多い。

 

 運動能力が高いし力も強い。ジークとリンが同年代の男女よりも背が高いのは、それも関係しているのだろう。魔術を使うことは出来ないけれど、腕っぷしに関してはかなりの使い手。――だから私はふたりを頼る。

 

 「――"吹け一陣の風"」

 

 右手を前に出し起動詠唱を兼ねた風属性の基礎魔術を行使すると、背から風が吹き髪を揺らす。――一歩。

 

 「――"かの者たちの追い風となれ"」

 

 段階を踏んで、次となる中級の風魔術。先を走るジークとリンの走る速度がさらに上がった。――また一歩。

 

 「な!?」

 

 「おいっ! なんで出てきたっ!!」

 

 「いや、まてっ! 赤髪の双子――……黒髪聖女の双璧だっ!!」

 

 どうやら騎士の人たちが誰なのか理解してくれたようだ。教会騎士の装いではないし、殿下の護衛を全うしなければならないから余裕がなかったのだろう。

 魔物討伐で一緒になった人たちの中には、軍の人だけじゃなく騎士の人もいる。軍の人たちの方は私が隊長さんに『学院行事なので』と告げたから、知らぬ存ぜぬを決め込んでおけとでも言いまわってくれたのだと思う。

 

 ――ものすごく恥ずかしいけれども!

 

 黒髪黒目の聖女なんて王国には私しかいないし、そしてチビである。ふたりは大人よりも既に背が高いのだ。魔物討伐の時は私から側を離れず、付き従ってくれている。私の身に危険があるならば、その脅威をさっさと片づけてしまうし軍や騎士の人たちが手古摺る魔物も難なく倒すことができる。

 なのでいつの間にか騎士団と軍の間で勝手に二つ名が生まれてた。『黒髪聖女の双璧』――と。私が呼ばれている訳じゃないけれど、何故か凄く恥ずかしいんだよね。何の捻りもないし、何故こんな二つ名がジークとリンに付いてしまったのか。二人はまんざらでもなさそうだったので、私が恥ずかしいだけという理不尽。

 

 「リンっ!」

 

 「――兄さんっ」

 

 一番前へと飛び出した二人は狼の集団は無視してフェンリルに一直線に向かったけれど、巨体ゆえに急所には届かない。だからジークが先に前に出てしゃがみ込むと、遅れて走るリンが彼の背中に思いっきり片足を乗せた。――私の歩はゆっくりと前へと進む。

 

 「行けっ!!」

 

 「――"吹け、吹け、吹け"」

 

 魔術が途切れないように。リンやジークの助けになるようにと、また発動させ。それと同時にジークが立ち上がると、リンが異常な高さにまで飛びフェンリルの目の位置にまで差し迫る。

 

 「――はあっ!」

 

 迫るリンの剣劇をフェンリルは避けようとして、出来なかった。怪我をしていた足にジークが剣を突き立てた為に一瞬怯んでしまい、目を狙っていたリンの剣が掠る。目から血を流しながら、痛みの所為で大きな口を開けたフェンリルが咆哮する。――さらに前へ。

 

 「ぐあっ!」

 

 「なんだ、これは!!」

 

 「耳がっ……痛い……!」

 

 最前にいた人たちが耳を抑えながら何かに耐えている。――これは……。

 

 「――"母の腕の中で眠れ"」

 

 やはり人前で詠唱しながら魔術を行使するのは恥ずかしい。無詠唱でも使えるけれど、その場合は魔力の消費量が半端なく跳ね上がるので、勿体なさすぎる。何が起こるか分からない現場で無駄なことをすべきではないから、恥など捨て去る。

 

 「聖女さまっ!!」

 

 雄たけびによる余波で苦しんでいた人たちに魔術が効いたようで、意識がしっかりしていた。驚いた顔で騎士団の指揮官が頭を下げた。

 

 「申し訳ありません、遅くなりました」

 

 「何故、こちらに?」

 

 「説明は後で。――今は騎士団や軍の人たちの立て直しと共闘で、目の前のフェンリルをどう倒すかを考えましょう」

 

 戦う意思は折れていない。ならば魔獣の打倒は可能だろうと前を向く。

 

 ――さて、みんなを守りながらどこまでできるやら。

 

 そう独り言ちて私の側に来たジークとリンに顔を向けるのだった。

 

 ◇

 

 「ごめんねナイ。一回で決められなかった」

 

 しょぼんと犬が耳と尻尾を垂れているような顔をしながら、私の側へと寄ってくるリン。

 

 「ううん。片方の視界を奪えたから十分だよ」

 

 生き物が視覚から得る情報の割合は多大である。狼の視界は三六〇度あると言われているので、単純計算で半分には減った。

 死角から攻めれば、ある程度有利に運ぶだろう。だからリンの行動は決して無駄ではない。未だに痛みに耐えかねて、こちらを襲ってくる様子はないのだから。眷属である狼もつられているのか、今のところ動きはない。

 

 「だが、どうする?――魔獣退治は難しいと聞くが……」

 

 討伐報告例が少なく攻略法が確立されていないし、特出した力を持った人間が倒すことが多いが故の弊害だった。沈黙が下りていた為なのかジークが問うてきた。

 

 「どうにか……学院の生徒や教諭方だけでも無事に逃がしたい所ではありますが」

 

 「その意見には我々も賛成です」

 

 フェンリルを気にしつつ、いつの間にか近づいていた騎士団と軍の指揮官が苦悶の表情を浮かべて隣に立っていた。

 

 「殿下や他の方々は?」

 

 あまり気にしていなかったので聞いてみる。殿下たちもであるが他の人たちも怪我なく無事であろうか。本来ならこんなことにはなっていない筈なのに、運が良いのか悪いのか。

 

 「後ろに下がっては頂きましたが、未だゴブリンや狼共がウロウロしているので単独で避難させるには危険です。しかし人数を割けば目の前の魔獣にやられてしまう可能性が上がってしまう」

 

 殉職者なんてだしたくはないだろう。被害が大きければ大きいほど遺族に対しての弔意や隊の再編等、やる事が多くなってしまうのだから。

 

 「その場にとどまって頂くしかないのですね……」

 

 危険ではあるけれど、小物が時々彼らを襲っているだけである。ソフィーアさまとセレスティアさまが指揮を執りながら生徒を鼓舞しつつ無難に倒しているので、今のところ問題はなさそう。

 

 「そう……なりますな」

 

 「……申し訳ありません」

 

 私に負担がかかってしまう場合があることを考えてのことだろう。

 

 「いえ。――被害が大きくなってしまう前にカタを付けましょう」

 

 殿下たちの警備に人数を割かなければらないし、フェンリル討伐の為の人数も割かなければならないので、采配が難しい。

 本当なら、騎士団と軍を全てフェンリル討伐に割り当てて、殿下たちの護衛は私が請け負うと言いたい所だけれど、失敗した時は何故警護を疎かにしたと罪に問われる。だから勝手は言えないので、全力を尽くすしかない。

 

 「アリスっ! 出ては駄目だっ!!!」

 

 「大丈夫だよ、ヘルベルトさまっ! 私だって魔術は使えるものっ!」

 

 殿下や二人の静止を押し切ってヒロインちゃんが前へと走ってくる。まさか学院生が出てくるなんて誰も考えていなかったようで、彼女を止められる人が居なかった。

 

 「痛いよねっ! 苦しいよねっ! でも、大丈夫だよっ!! 私が助けてあげるから!! ――さあ、心を開いて!」

 

 フェンリルの前へと躍り出て両手を広げて、大声を張っている彼女。殿下や側近五人は、悲惨な顔をして彼女の名前を呼びながら戻れと叫ぶ。

 ソフィーアさまとセレスティアさまも珍しく驚いている顔を見せ、慌てている様子なので危ないと分かっているのだろう。

 

 「死にたいのか!」

 

 「馬鹿なことをっ!!」

 

 指揮官二人が舌打ちをしそうな勢いで、言葉を漏らした。

 

 「逃げろぉおおおおお! アリスぅぅぅううう!!!」

 

 殿下の裂けるような叫び声が響くと同時痛みから立ち直ったフェンリルが彼女を一瞥して咆哮。

 

 ――"目覚めは明日の腕の中"。

 

 怪我をしていない方の前脚でヒロインちゃんへと狙いを定める。

 

 ――"堅朗たる父よ、かの者を守り給え"。

 

 フェンリルの咆哮に耐えられるようにとまた魔術を発動させ、次いでヒロインちゃんを守るための障壁魔術も施行させた。一瞬でやり遂げねばならなかったので、無詠唱である。無駄に魔力を消費したことが告げるように、身体がずんと重くなると同時に指にはめていた魔術具が壊れた。

 

 「――ナイ?」

 

 「まさか……無詠唱」

 

 察しのいい二人がいの一番に気付いてこちらを向く。

 

 「まだ余裕はあるから――他の人には黙ってて」

 

 不安にさせてしまう。魔力量は限られているものなので、使用した魔力の量と自身の総魔力量を考えながら使うのが常識である。だから無詠唱で魔術行使なんて滅多にしない。それより、きょとんとしながらその場にへたり込んだヒロインちゃんを回収しにいかないと。ついでに拘束魔術を使ってでも大人しくさせなければ、被害が大きくなってしまう。

 

 「指……魔術具が……」

 

 リンが私の手元を見てぼそりと呟いた。よく分かったなあと苦笑いをしがなら彼女に視線を向ける。

 

 「大丈夫だよ。制御が甘くなるけれどね」

 

 私の多すぎる魔力量は体の中を駆け回っていろいろと不都合をおこしてしまう。それをみかねた公爵さまが、家で雇っている魔術師に魔力を抑える魔術具を作らせて私に与えてくれた。

 公爵さまは精度が良くないと漏らしており、もっと良いものを作れる人を探しているようだけれど、見つからないそうだ。頂いたもので十分だったのでまるで気にしていなかったのだけれど、ここにきて壊れてしまった。魔術の使用は可能だけれど、制御が甘くなってしまうだろう。マイナス要素はなく威力の加減が難しくなるくらいなので、あまり問題はない。

 

 「無茶……はするんだろうが、無謀は止めろよ」

 

 「わかってる。二人とも心配しすぎ」

 

 そう笑って、こちらへと殺気を向けたフェンリルに向き直るのだった。

 

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