魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
一週間ほど前にアクセル殿下が突然『国へ戻る』と告げ、アルバトロスからヴァンディリア王国へ戻ったのだが、その後が大変だった。アクセル殿下はアルバトロス側に突然の帰国をただ一言『国へ戻ります』と伝えただけで済ませ、周囲の者にはアルバトロス側や学院には『きちんと説明したから問題ない』と嘘を吐いた。
殿下と側近数名に護衛である我々はヴァンディリア王国へ戻ると、殿下は直ぐに陛下やヴァンディリア王国上層部の方々から呼び出された。アルバトロス側から『殿下が急に帰ったが、我々が彼に不愉快なことでもしてしまったのだろうか?』という問い合わせがあったらしい。
『お前が熱を入れて希望したからアルバトロスの学院へ留学させたが、一体どういうことだ?』
殿下の留学理由はアルバトロス王国の教会に所属する黒髪の聖女と懇意になりたいというものだった。
側妃さま……殿下のお母上が病気を患ってから彼はみるみるうちに疲弊し、一時期は第四王子殿下としての職責を果たせるのかと疑問視されていたが、ある時期を境に持ち直した。我々も心配していたし、ご家族である陛下やご兄弟の皆さま、正妃さまもようやく安堵することが出来た。
暫くしてアクセル殿下は『アルバトロスの黒髪の聖女に興味がある』と言い始めた後『彼女と婚姻できればヴァンディリアにとって大きな益となる』と主張し始めた。確かに大きな利益だろう。ただアルバトロスも黒髪の聖女を手放さない為に爵位を与え、平民から貴族へと籍を変えさせたのだから。
その話があった時の殿下は『僕が婿入りすれば問題はありません』と良い顔で言い切った。陛下もこれは真剣に考えているのだろうと、聖女が『不快』を示さなければ友人関係となり可能性があるならば婚姻を望んでみろと命を下した。
だが結果は、言わずもがなである。
初手に友人関係を築くはずが、いきなりの告白だった。普通の貴族令嬢ならば、ヴァンディリア王国第四王子妃の地位は魅力的であろうが、成り上がりの黒髪の聖女だ。初対面で突然の告白など警戒しても仕方ないというのに、その後も執拗に声を掛けていた殿下を普通の態度でのらりくらりと躱していた。
殿下をぞんざいに扱う彼女を見て憤る同僚も居たが、私が『もし黒髪の聖女殿の立場となって、一国の王子とはいえど他国の者からいきなり告白されれば警戒くらい当然だろう』と諭すとそれ以上何も言わなくなった。
結局、劇場へのお誘いも不発に終わったあげく、黒髪の聖女から下心があるのではないかと問われて目的を語ることになる……。
不敬となってしまうが心の中だから言わせて欲しい。――本当に馬鹿な方だ。
アクセル殿下から齎された言葉はヴァンディリア王国の者にとって……いや、事実を知る者たちにとって荒唐無稽な話だった。
『僕の母へ貴方の魔力を注いで頂きたかった』
そう、本当に何を考えているのだろうか。事実を知らない黒髪の聖女さまは殿下の言葉の本当の意味を理解していない。後に交わされた言葉で側妃さまの病状を聞いていたのだから。
何かの切っ掛けで気付くかもしれないが、殿下や我々が国へ戻った時点でもう彼女には関係ないことだ。むしろ知らないままで良いとさえ願ってしまう。だって、そうだろう?
――側妃さまはもうこの世には居られないのだから。
一介の騎士に過ぎない私が側妃さまが既にお亡くなりになっている事実を知っているのは、第四王子殿下の護衛を務めていたからに限る。ヴァンディリア王国特有の風土病を患い、まだお若いというのに儚い命を散らせてしまった。それが今年の夏の初め頃。
側妃さまがお亡くなりになり、少しばかり問題が起こる。
立て続けに王族が身罷られていたのだ。王族でありながら独身を貫き聖女として務め上げた、現陛下の年の離れた姉君も春先に亡くなられ、前陛下の王弟殿下が亡くなられたのが、五月の下旬。
お二人ともまだまだ長生きするぞと意気込んでいた最中だったというのに、天からの迎えがやって来た。死因は年齢によるものだそうだ。そして病気を理由に側妃さまもお隠れになった。余りにも立て続けに起こった訃報に、王家は呪われているのではないかと噂が立てば困る。
『緘口令を敷く。皆、済まないが暫くは黙っていてくれ』
王家の皆さまや国の重鎮が集まる会議室の中で、きちんと弔うべきだが王家や生きている者を優先させると苦悶の表情で陛下は重く低い言葉を呟かれた。側妃さまには状態維持の魔術を施し霊廟に安置され、亡くなられたことは来年公表される手筈となっている。
第四王子殿下には甘い所があった所為なのか、彼は母親である側妃さまに凄く懐いていており親離れが出来ぬのではと周囲の者が心配していた程だ。十五歳となっても側妃さまが大好きだという空気を醸し出していたから、妃殿下が亡くなったことは殿下にとって受け入れがたい事実だったようで、暫くは食事もまともに取らず疲弊していた。
第四王子として本当に大丈夫なのかと噂が立ち始めた頃に気を持ち直し始め、アルバトロスへ参りたいと強く願い出るようになり、その願いが叶う頃には落ちていた体重も元に戻り健康そのもの……に見えた。
……だが、あれは。
黒髪の聖女へ語ったあの言葉は、事実を知っている殿下の側近や護衛である我々は驚いた。もう既に居ない側妃さまに魔力を注いでどうするのかと。
私は騎士なので魔術について詳しくないが、死者蘇生という禁術があるらしいと眉唾物の噂を聞いたことがある。魔術師を何人も要し、何日間も儀式魔術を執り行うのだとか。真意は定かではないが、もし殿下がその知識や情報を手に入れていれば。
危うさを覚えた我々は帰国して直ぐ陛下へ報告したと同時に、アルバトロスからも殿下が急に国へ戻った理由の問い合わせが舞い込んでいた。
その知らせを受けた陛下は、アクセル殿下に激怒した。お前が望んだからアルバトロスの王立学院へ留学させたというのにどういうことだと。アルバトロスからの問い合わせに遅れて追加で、黒髪の聖女に無理な絡み方をしたことをどうしてくれようかと書状が届いたそうだ。
アルバトロスの黒髪の聖女へは無茶なことはしないと約束していたことを破った上に、お亡くなりになられている側妃さまへ魔力を注いで欲しいと願い出たこと。
少し考えればアクセル殿下は危ない橋を渡ろうとしているのは明白だ。だから陛下は殿下に謹慎処分を下し、落ち着いた頃に信頼たる貴族に願い出て、婿入りさせると告げたのだ。そうして殿下の謹慎が始まって一週間。
「はあ」
「疲れたのか?」
「いや、すまん。少し考え事をしていた」
勤務中であるが溜め息が出るのは仕方ない。立ち番をしている同僚へ届いてしまったのか小声で私に気を使ってくれる。殿下は大人しく自室で日々を過ごしている。入室できるのは限られた者だけなので、私が彼の様子を知ることはないが耳に届いた噂によると、真面目に大人しく過ごしているそうだ。
時間が経てば彼も側妃さまの死を受け入れられる日がくるだろう。今の殿下はその余裕がなかったというだけで。王族としては駄目かもしれないが、人として誰かの死を悲しむのは当然で、ましてや母親である。
――ガタン。
あり得ない大きな音が響き後ろを振り返るが、私の目にはこの国の第四王子であるアクセル殿下の部屋の扉しか映らない。一緒に立ち番をしていた同僚の顔を見て一度頷き、五回扉を強く叩く。これは何かあった時の為、騎士が許可を得ず部屋に入りますという合図だった。
「殿下っ! どういたしましたっ!?」
かなり大きな音だった。物が倒れたのか、それとも殿下自身が倒れてしまったのか。緊急事態故に扉を勢いよく開け部屋の中へと踏み入れた私たちが見た光景。
「なっ、居ないっ! 殿下が居られない!!」
何処にも殿下は居なかった。窓が開いているがかなり高い位置にある部屋で、抜け出るには覚悟が必要だ。
「問答しても仕方ない、報告と他の者を呼ぼうっ!」
誰かと大声で叫ぶと騎士が駆けつけてくる。そうして報告に向かう者に城中を走り回る者。暫くして部屋から逃げたアクセル殿下を王城内で確保したと知らせが入った際、私の騎士人生に終止符を打つ決意を抱かせるには十分な出来事だった。
◇
――どうして母上は目を覚まさないっ!!!
真っ暗な城の中をひた走る。僕が目指す先は代々の王族が安置されている霊廟だ。魔術具によって光が灯されているが、ところどころでしかなく場所によっては本当に真暗。窓から脱出する際、大きな物音を立ててしまったことは失敗だった。
部屋の扉の前に家具を置いたが、護衛の騎士たちにとっては些末な障害だろう。僕ひとりで重い物を動かすのは難しく、気休め程度のものにしかなっていなかったのだから。
必死に走っていると、心の臓の音がやたらと五月蠅くなってくる。母上が亡くなったと聞き、心の中で必死で否定していた時のように。走って走って走って。王城から随分と離れた裏手、霊廟の前へと辿り着く。
「母上、アルバトロスから戻ってまいりました」
正面には警備に就いている騎士がいるが、裏手へ回ると隠れて中へと入れる場所がある。幼い頃、城の敷地内を興味本位でウロウロとしていた際に偶然に見つけた。子供の頃は簡単に入れた穴も成長した僕には小さいものとなっているが、どうにか出入りは出来る。
見つからないように静かに穴の中へ身体を入れてゆっくりと進むと、中へと入ることが出来た。そうして母上がいらっしゃる場所を目指す。
天井が高い所為か足音が響く音を耳にしながら歩いていると、目的の場所の前に辿り着く。硝子張りの棺の中で眠る母上に近づいて膝を突く。母上がこの場に来られて四か月以上経っているというのに、相変わらずお綺麗だ。目を閉じて物言わぬ母上は、今も昔も変わらない。
「起きて下さい、母上。何故僕の名を呼んでくれないのですか」
アクセル、と歌うように僕の名を呼ぶ母が大好きだった。
母は父と政略結婚を果たした。
貴族同士の謀りの果ての結果で、正妃が居ることを知った上で受け入れるしかなかったのだと零したことがある。権力に固執していた母上の父親が無理矢理に父王との婚姻を取り付けたそうだ。正妃の実家とは敵対関係にあり、これ以上国内で正妃の実家の勢力を広げさせない為だと祖父が語った。
第三王子である兄上か僕に王太子の座に就かせたかったらしいが、第一王子殿下である長兄は僕たちよりも優秀で民からの人気もあった。僕も兄も王太子の座に興味はなかったので、祖父が語る夢物語は右から左に流しつつ聞いているフリをしていただけ。
そんな祖父に母上は思う所があったのか、僕や兄上を甘やかす癖があった。母上が好きだった観劇に連れて行って頂いたし、劇や物語の魅力を話す母上は城の中に居る時よりも饒舌で楽しそうで。義務さえ果たしていれば、無理に頑張る必要もないと常々語っていた。
だから僕はこの国の第四王子としてある程度貢献しつつ、母上が幸せであればそれでよかった。
黒髪の聖女の噂を聞いたのは夏真っ盛りの頃。母上が目を覚まさなくなってしばらくしてのことだった。
懇意にしている魔術師に母上の事を相談すると、魔力を多大に秘めている者ならば、母上を目覚めさせるための儀式も成功するかもしれないと教えてくれた。
それからしばらくして噂で耳に入った、アルバトロスの黒髪の聖女の話。
朽ちた竜の浄化儀式を執り行い亜人連合国へと事態報告を務め、彼の国とアルバトロスの橋渡し役となった黒髪の聖女。多大な魔力を有している上に、竜の浄化儀式を成功させた実績。彼女ならば魔術師が言った多大な魔力量を有している者に合致するのではないかと淡い期待を抱く。
魔術師と連絡を取ると彼もその噂を聞いていたらしく、もし話を付けることが出来れば術式や魔術陣の用意は彼が行うと。少々金が掛かってしまうらしいが母上の目が覚めるのならばと、私物を売り払ってどうにか金を工面した。
父王にもアルバトロスの黒髪の聖女へ取り入れば、ヴァンディリア王国へ益を齎せると説得し、見合いの釣書を送り付けるが返事がない為に留学という手段を取った。初めて目にした黒髪の聖女は僕の趣味ではない。僕の理想は母上のような優しく優雅な女性である。
母上が至上の女性であるし、母上以上の女が居るなど考えたくはないが、第四王子としての立場を考えると好みでもない女と添い遂げるべきである。黒髪の聖女が母上の目を覚ましてくれるというのならば、そのくらい受け入れよう。
ただ早くしなければ母上が目覚める可能性がどんどん下がっていくと魔術師から告げられていた。
母上から『女の子は白馬の王子さまが大好きなのよ』と教えてくれていたので、そうあるように黒髪の聖女にも接したが何故か何も得られない。どうしてなのか、母上の言うことが間違っている筈はないと何度か繰り返してみるが、効果が現れなかった。
留学以前にヴァンディリア城で出会う貴族令嬢に試してみると、顔を赤らめ恥ずかし気に消え入りそうな声で僕と会話を交わしていたのに、黒髪の聖女の反応は理解が出来なかった。結局、婿入りも説得も失敗した。事情を話せば簡単に納得してくれるはずだった。
黒髪の聖女は答えてくれず、頭の中がぐちゃぐちゃで母上の顔が見たくなり帰国の途についたのだ。今後のことを魔術師と相談しようと考えていたのだが、アルバトロスの連中に邪魔をされた。何故、黒髪の聖女を口説いたくらいで抗議をするのか。母上の目を覚ませることの方が重大だろうに……。
「――こうなればこの場に黒髪の聖女を連れてきてみせましょう」
そう、それしか方法がない。懇意の魔術師を頼り転移魔術でアルバトロスへ向かい、厳重な警備を出し抜き黒髪の聖女と接触する。お優しい聖女さまとの噂だ。貧民街の子供に金を握らせて、黒髪の聖女が乗る馬車を止めさせ『聖女さま助けて』と懇願させれば必ず現れるだろう。
「そうはさせんぞ、アクセル」
重く低い声に振り替えると、護衛の騎士を引き連れた父王が立っていた。
「父上、どうしてここに……」
自然に疑問が漏れていた。誰も見ていなかったはずだし、霊廟の警備に就いている騎士も気付いていなかったはずなのだ。それが何故。
「お前が母親に拘っていたのは理解しておるし、アルバトロスでの行動を考えれば、逃げたお前がこの場に来るのは必然だろう。――捕らえろ」
「はっ!」
父王の言葉に何人もの騎士が僕の下へと駆け寄り、拘束しようと手を伸ばしてきた。
「僕に触るなっ! 母上をっ! 母上を必ず目覚めさせると誓ったんだっ! それの邪魔をするなっ!!」
抵抗するが、普段から鍛えている騎士たちに敵うはずもなく取り押さえられる。
「気を持ち直し、国の為に動こうとするお前に期待したことが間違いだったか…………」
父王はいつも王としての威厳を放っていた。誰の前であろうと気丈で確りとした一国の王たる態度で。だが今の父王はどうだろうか。少し背を屈めて騎士に捕らえられた僕を見つめるその姿は、何故か疲れ果てている一人の男でしかなかった。
そうして謁見場へと連れていかれた僕は、限られたヴァンディリア上層部と父王と正妃に第一王子と第二王子、第三王子が見守る中で今回の処分を受けることになる。
もう既にこの場に居る者は事情を知っているようで、厳しい表情を浮かべていた。母上の父、要するに祖父もこの場へ呼び出されており、眉間に皺をよせてなんとも言えない表情で僕を見ている。
「馬鹿なことを……」
「黒髪の聖女に接触したのは、側妃さまを生き返らせる為だなど」
「禁術を使うつもりだったのか」
「確かに黒髪の聖女ならば可能かもしれんが」
好き勝手を言っている者たちの言葉など無視していれば良い。僕は母上が目覚めればそれで良いのだから。
「父上っ! いえ、陛下っ! 望みがあるならば黒髪の聖女に請い、妃殿下に魔力を注いで頂きたいっ!!」
「無理を言うな。不可能だ」
僕の言葉を一蹴する父王に周りも賛同している。どうして皆、僕の言葉を聞いてくれない。
「皆の者、まだアクセルの背後関係が洗えていない。――処分はそれらがはっきりしてから下す。取りあえずは幽閉棟へ入れておけ」
そう言って父王は玉座から立ち宰相へ声を掛け『騎士団長を呼べ。今回のことで相談すべきことがある』となるべく周囲に聞こえぬように口にした。
何故、父王がそんなことを言ったのか分からない。ただ僕は母上が目覚める可能性が潰えてしまったことに、力なくその場に膝を就くと騎士に両脇を抱えられ幽閉棟へと連行されるのだった。