魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
第四王子殿下をそそのかした魔術師が、アルバトロスの街を吹き飛ばす可能性が出て来たことに何故と心の中で問答する。
どうしてそんな意味のない事をしてまで私と接触したいのか。どうして子供を使って、私の気を引こうとしているのか。どうして第四王子殿下のお母さまを生き返らせようなんて、彼に囁いたのか。
膝に置いている手をぎゅっと握り込む。
詮無い事を考えても仕方ないと前を向く。今の私が考えるべきことは、魔石を使って危ない事をしようと企んでいる魔術師への対処だ。
何も私一人で立ち向かわなければならない、ということはない。馬車の中にはお婆さまとシスター・リズという魔術関連に対して詳しい人がいるのだから。彼女らに頼るのも一つの方法だと考えて、口を開こうとしたその時だった。
「ナイ、いえ――ミナーヴァ子爵」
セレスティアさまが真剣に私の目を覗き込みながら、呼び方を変えて名を呼んだ。これからの事を考えなければいけないのに、何故このタイミングで私を呼んだのだろうか。いつもならば黙って見守ってくれている。
「少し落ち着きましょう。外には護衛の騎士や軍の方々に魔術師団の方がいらっしゃるのです。我が国の最高峰に位置する方々が、在野の魔術師に気が付かないとお考えで?」
彼女の言葉に、少し平常心を取り戻す。嗚呼、そうだ。外にはかなりの数の方々が街の中に溶け込んでいるし、魔術師の方々も副団長さまが選んだ精鋭である。日々、訓練に明け暮れ非常時には身を挺して護衛対象を守ると誓っている人たちなのだ。それを疑うようなことをすべきではないと彼女は言いたいのだろう。
「魔術師は貴女と接触出来るまで下手に動けません。恐らく傍に居る子供を使って貴女と接触を果たすつもりでしょうが、それで上手くいくとお思いになっている時点で小物だというのです」
「いえ、彼らが見逃すなんて思えません」
首をゆっくりと振ってセレスティアさまと視線を合わすと、彼女がゆっくりとひとつ頷く。
「では、どっしりと構えていれば良いのです。貴女の出番は相手が捕まってからでしょう」
余り落ち着かないが、お貴族さまの当主として下の者を信用しろということなのだろう。私があっさりと出て行けば護衛の人たちを信頼していないと言っているようなものだ。ジークとリンも鍛錬を欠かしていないのだから、私の命を、そして王都の方たちの命を預ける。背凭れに背を預けて、静かに息を吐く。
『大丈夫なの?』
「魔術師の興味が引けるはずなので、何かあれば私が出ます」
『分かったわ。私、外の様子を見てくるわね!』
いうやいなや、お婆さまが姿を消した。ジークとリンには祝福が掛かっているのでお婆さまと共闘出来るし、亜人連合国へ向かった護衛の方々が居るなら祝福の効果が消えていないかも知れない。
私の肩に乗っているアクロアイトさまが私の顔に顔を擦り付けたあと、セレスティアさまの膝の上に乗って一鳴きした。でれでれな表情を浮かべている彼女に苦笑いをして、シスター・リズへ視線を向ける。
「相手との距離はどれほどですか?」
「まだ距離はありますが……時間だと五分ほど。あまり当てにはならないでしょう」
そう言っているシスターではあるが、割と当たる。目が見えないけれど、場所と馬車の移動距離と時間を目算して、時間を割り出したのだろう。
五分の間に護衛の人たちが捕まえてくれると良いのだけれど。座して待つしかない現状だ。今までなら一人で勝手に動いていたけれど、こうして立場を得ているが為に動けないことになるだなんて。
「馬車が……」
「止まりましたわね」
進むこと暫く、ゆっくりと馬車が止まると御者の方が顔を覗かせた。
「前で騒ぎが起こっていますので、巻き込まれないよう停車させました。――申し訳ありませんが、暫くお待ちを」
御者の方にセレスティアさまが分かったと返事をして、言われた通りに暫く待っていると、ジークが顔を出した。
「ナイ」
「ジーク。捕らえたの?」
魔術師に警戒していたのだし、シスター・ジルやお婆さまが異変に気が付いていた。だから聞くことはこれだけだ。
「ああ。ヴァレンシュタイン卿が手刀で昏倒させた。このまま城に連行するが、お前はどうするのかと」
手刀で相手を倒したって副団長さま……貴方は魔術師ですよねと問いたくなるけれど、派手な魔術が得意な方だ。街中だから魔術を使えず、魔術師らしくない手段を取ったのだろう。意外だなあと苦笑いをしつつ安堵する。
アルバトロスの王都が火の海に包まれなくて本当に良かった。一応、今世の故郷となる街なのだから、思い入れはある。孤児として貧民街で過ごさなければ、ジークやリン、クレイグとサフィールに出会わなかっただろう。もし他の街で過ごしていれば、生きていない可能性だってあるのだ。
「ううん。捕まえたっていうならそれで良いし私が出しゃばることじゃないから。魔術師の傍に居た子供はどうなったの?」
魔術師の目的やこれまでのことは取り調べを行う騎士や軍の方たちに任せればいい。要請があるなら赴かなければならないが、呼ばれない限りは関係ない。魔術師よりも気になるのは、利用されようとした子供たちのことだった。
「お婆さまに言われて、子供も保護したし魔石も回収したぞ」
『私、役に立ったでしょうっ!』
ジークの言葉と同時にお婆さまが現れる。飛んだまま一か所にとどまり自信満々に胸を張る彼女。あとで魔力を要求されそうだと苦笑いを浮かべつつ、ジークへ視線を向ける。
「そっか、よかった。――怪我を負った人は?」
「いないな。ヴァレンシュタイン卿があっさりと見つけて昏倒させたからな。俺たちは拍子抜けだ」
片眉を少し上げて笑うジーク。怪我人も居ないなら外に出る必要はないし、魔術師を捕まえた場合や逃げた時のことを副団長さまから伝えられていた。
魔術師に逃げられれば副団長さまは責任を取って、副団長の座から退くと言い切った。捕まえれば禁術を使おうとした魔術師の処遇を、ある程度彼に任せて貰うという確約を陛下から頂いていたとのこと。
「そっか。状況が落ち着いたらそのまま屋敷に戻るね」
外に出て余計な騒ぎになっても、護衛の人たちの苦労が増えるだけ。だったら大人しく戻るべきで。気になることがあるのならば情報を得ることもできるし、城に赴いて直接騎士団を訪ねれば良い。
「分かった。他の方にも伝えておく」
「ん。お願いします」
騒々しい外の様子を気にしつつ、馬車が動き出し屋敷に戻る。警戒態勢が敷かれていたので、これでようやく日常が戻るなと馬車を降りて空を見上げると、私の肩に乗っていたアクロアイトさまが一鳴きするのだった。
◇
捕らわれた魔術師は騎士団や軍の人たちの手により取り調べが行われている。あと副団長さまも嬉々として加わっているみたい。ヴァンディリア王国で逃がしてしまったことを、悔いていたそうな。向こうだと行動制限があるし、出しゃばる訳にもいかないから仕方ないとい。
捕まった魔術師の所属国はなく、野良魔術師だそうで。第四王子殿下に接触したのは、偶然だそうだ。魔術師も観劇好きで、そこにお忍びで訪れていた第四王子殿下と知り合いになり仲を深めていったそうだ。側妃さまに禁術を使おうとしたのは、私と接触したいが為に殿下を唆したとのこと。
ただ死者蘇生の魔術式は手に入れていたので、魔術師として未知の領域に踏み込んでみたかった。深淵を覗いて魔術師としての格を上げて有名になれたらと欲が出たと。――副団長さまに魔術ではなく、手刀で意識を落とされるという運の無さが伺える。
まだまだ取り調べを続けると意気込んでいたし、アルバトロス王国で調べ尽くせばヴァンディリアへ引き渡しだそうだ。第四王子殿下を誑かしたことを徹底的に追い込むだろう。魔術師の精神が壊れなきゃ良いけれど。
――魔術師が捕らえられた翌日。
魔術師に利用され、護衛の方々が保護した子供は貧民街出身の子だった。次に通る馬車は黒髪の聖女が乗っていると言われ、袋の中に入れた魔石を持たせる。随分と簡単に魔術師の言葉に従ったと思う。貧民街で暮らしているならば、もう少し警戒心が強いはずだけれどと不思議になった。
保護された子は自称十歳で、その子もまた私たちのように子供だけで徒党を組んで日々を送っていた。
貧民街へと唐突に現れた魔術師が『黒髪の聖女さまに会いたくない?』と問いかけた。彼女と会えば竜を見えるよ、不思議なことが起こるかもしれないと子供が興味を惹かれることを囁いたが、その子の目的は別の所にあった。
仲間内の一人が倒れてしまったので、私に診て欲しかったと報告を受けた。
私に向けての願いだったので、報告した方が良いだろうと軍や騎士の方たちは判断したようだ。取り調べさえ終われば、保護された子は解放される。また貧民街へ戻るだけで、状況は改善されないまま過酷な日々を送ることになる。
彼らの仕事は騎士として軍人として、街の治安や要人警護に魔物討伐であり、子供を保護することじゃない。その手の仕事は国や教会の仕事なので、私に託したともいえる。
聞いてしまえば、放っておくことは出来ない。――でもタダで診るのも何か違う。
保護された子と話がしたいと願い出て、許可が下りた。城へ向かって騎士団の隊舎や施設がある場所へと向かう。
案内された部屋の前で二度ノックした後に、ゆっくりと扉が騎士の方の手によって開かれた。質素な部屋ではあったけれど、ソファーと机は立派なもの。服も着替えを与えられたのか、サイズがあっていないけれど身綺麗にしてある。
「あ、アンタが黒髪の聖女なのかっ!」
座っていたソファーから少年が勢いよく立ち上がって、確認を取る。痩せ細った体だったけれど、瞳に灯されている光は力強い物で。
ああ、この子は生きることに絶望していない。それを捨ててしまうと本当に光の灯らない暗い瞳となる。貧民街で暮らしていた頃、幾度か見たことがある。大人だったこともあるし、子供だったことも。そんな人は、時期が経つと命を散らしていた。
「こんにちは。巷ではそう呼ばれていますね。――ナイと申します。貴方のお名前をお聞きしても構いませんか?」
「オレの名前なんてどうでも良いっ! 妹を……レナを助けてくれっ!!」
私に近づこうとして、案内を担ってくれていた騎士に阻まれた。それでも少年は必死の訴えを止めることなく、騎士の腕にしがみついて懇願している。
一緒に付いて来ていたジークとリンの気配が少し妙な感じだ。何か思うことがあるのだろうか。ソフィーアさまとセレスティアさまは、黙って状況を見守っている。私が何か不味い行動に出れば止めてくれるだろう。仲間内と聞いていたがどうやら彼の妹さんみたい。なら、取る行動は一択だ。
「聖女の治癒を望むのであれば教会を通すか、治癒院へ連れてきて下されば病状を診て、適切な治癒魔術を施して頂けるでしょう」
「そんなこと出来る訳ねえだろうっ! 弱って歩けないんだぞ! 早くしねえと死んじまうじゃねーかっ!」
一番穏便な方法でお金がなるべく掛からない方法だ。個別で呼ぶとなればそれなりの対価が必要となってくる。聖女さまによってタダで診てくれる方も居るけれど、まかり通ってしまえばこうして泣き落としされる羽目になるので、タダでやらない方が良い。
「では貴方がわたくしに差し出せるものはありますか? お金でなくとも構いません。同じ価値があるものを頂ければ、貧民街へと赴き治癒を施しましょう」
流石に十歳程度の子供、それも貧民街で暮らしている子にお金は無理なことは十分理解している。
「……そんなモン、貧民街の餓鬼にある訳ねえだろうっ!! なんだよっ、アンタは聖女じゃねえのかよっ!! 慈悲深くて、弱い者を助けてくれるって聞いたんだっ!」
慈悲深い、のかなあ。貰えるものは貰っているし、慈悲深いとか弱い者を助ける人ではない気がする。貧民街に住む人たちを救うことも出来る私が、それを行っていないのだから。
「聖女といえど決められた定めがあります。それを簡単に破る訳にはなりません。――貴方が差し出せるものがないというなら、この話はなかったということで」
「…………オレの身体に価値はあるか?」
何かを我慢するように少年がぼそりと呟いた。
「今の貴方では価値が低いでしょうね。私が治癒を施す価値には程遠いでしょう」
やせっぽっちの子供に出来ることは少ない。同年代の平民の子より、力は確実に劣っている。ちゃんとした食事を摂って適度な運動をして、ゆっくりと力を付けるのが一番だけれど。
「なら、未来のオレはどうだっ!?」
「そんなガリガリの身体のままでは仕事も碌にできないのでは?」
煽って折れればそれまで、かなあ。慈善事業ではないので、病気を治してくれと言われてホイホイと彼に付いて行く訳にはいかない。
「そうかもしれねえけど……でもっ! オレはちゃんとアンタの役に立ってみせるっ!」
これ以上、責めても仕方ないか。切っ掛けは良い物ではなかったが、こうして縁を持つことが出来たのだし、彼のこれからに期待すれば良い。
「分かりました。貴方のその言葉を信じます」
私の言葉に少年が確りと頷いて、そのまま彼を連れて貧民街へと赴いた。久方振りに足を踏み入れたけれど、あの頃よりは綺麗になっただろうか。でも結局貧民街は貧民街。治安はよろしくないし、柄が悪い場所。少年に案内されたボロボロの小屋の中に、彼の妹さんが堅いベッドの上で寝ていた。
「お兄ちゃん?」
「すまん、戻った。聖女を連れて来たぞ。これでお前の病気も治るからな!!」
妹さんが力なく伸ばした手を慌てて少年が握る。一昼夜拘束されていた後の感動の再会だが、あまり芳しくない様子なので話の途中ではあるが遮らせて頂く。
「こんにちは。――調子はどんな感じかな?」
怖がられないようになるべく優しく問いかけると妹さんはアクロアイトさまを見て、驚いた顔をした。私の肩に乗っていたアクロアイトさまは、妹さんの頭の近くへと飛び降りて小さく一鳴きする。何かを訴えているようだけれど、頑張れとでも言っているのか、もう大丈夫とでも言いたいのか。
妹さんの症状を鑑みるに、単純に栄養不足からくるもの。病気ではないが、栄養不足による歩行障害なのでこれ以上放置するのは不味い。この場所に食事を届けるように手配しても構わないが、それだと貧民街に住む大人たちに狙われる。
自然治癒を高める魔術を気休め程度に施した後、ちゃんとした施設に移動するべきだと判断。
この手の幼い子を診る施設が教会内にあり、私が話を付ければ多少の優遇は受けられる。事情をきちんと少年に話して了解を得てから、妹さんにも同じことを話す。
以前から寄付しておいて良かったと安堵しつつ、やせっぽっちの兄妹を馬車へ乗せてぱかぱかと軽快な音を鳴らしながら教会へと向かうのだった。