魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0156:非合法の魔術師。

――捕まってしまった。

 

 俺にとって魔術とは寝食を忘れて研究を行ってしまうような、広く深く……まるで世界の真理を覗き込むような気持にさせてくれるもの。神秘の再現。

 己の魔力を練り体の外へと放出させ、魔術式によって魔力を変化や変質させて起こす奇跡。幼い頃、偉大な魔術師として名を馳せていた男が魔術を行使する場面に出会い、それ以来俺は魔術の虜となったのだ。

 

 俺は平民出身であったが、生まれもった魔力の高さで国が運営する魔術師養成学校へ入学することが出来、その中で成績上位者と競い合っていた。

 貴族特有の魔力量の多さに私は及ばなかったが、ソレが強さに直結するとは限らない。詠唱速度や術式構築の改良、出来ることは沢山ある。切磋琢磨して偉大な魔術師のようになるのだと、純真な心をその時の俺は持っていた。

 

 だがやはり、生まれもった魔力量の多さに敵わないと悟る。

 

 継戦能力や魔術の威力にどうしても負けてしまう。どんな工夫を用いても、どんな奇策を考えて実行しても、魔力量の多い者には敵わない。

 どうすればいいかと頭を抱えた俺は、誰かと競うことよりも魔術の研究へ没頭していったのだ。学校を卒業する頃には、日陰者となっていたことはお笑い種だ。魔術師として実力を提示できない俺は国が抱える魔術師団に属することも出来ず、魔術師団の下に位置する研究職にすら就けなかった。

 

 居場所を失くした俺は国を捨てた。出身国よりも魔術が発展していない国へと赴き、仕事を探そうとしたのだ。冒険者として日銭を稼ぎつつ、大陸北部を中心に移動することになる。大陸南部よりも、北部方面は魔力量が乏しい者が多い。大陸南部に向かっても良かったが、魔術師団に所属するとなると身分がはっきりしていないと難しいと聞いたから止めた。

 

 ある程度の実力があれば貴族に召し抱えられる可能性もあれば、冒険者として名を上げることも出来る。職探しと同時に研究も怠らない。魔力量が多いとはいえ、貴族の連中を超えることは中々難しい。

 魔石で誤魔化すことも可能であるが、なにせマトモな魔石は貴重で値段が高い。冒険者として強い魔物を狩れば魔石を落とす時が稀にある。ただそういう魔物はパーティーを組み、複数人で倒すものだ。換金して分配するのが常で、個人が入手するには少々難しい。自分で買い取ることもできるが、市場に出されれば更に値が上がる。

 

 『なあアンタ……魔術師なんだろう?』

 

 とある国のとある場所の酒場で、くたびれた男が俺の目の前の席へと掛けた。一体どういうつもりかと睨み返しても、男がたじろぐことはなく。

 

 『この魔術、行使出来るか?』

 

 数枚の紙を俺の前に出し金なら払うと男が告げた。金、という言葉にピクリと片眉が動いたことを自覚しつつ、出された紙に目を通す。

 それは禁術と呼ばれている魔術で、執り行えば魔術師として名声も富も失ってしまうと学校で教諭から教わった。もちろん、学生であった我々に術式が提示されたのではなく、こういうものがあるが使ってはいけないと、魔術師としての在り方を説かれただけ。

 

 男が言うには、貴族のご令嬢が大切になさっていた愛犬が亡くなったそうだ。幼い頃から一緒に時間を過ごしながら成長してきた。当然ながら人間よりも犬の方が命は短い。嘆き悲しむ令嬢を哀れに感じた親がどうにか犬を生き返らせることが出来る魔術師が居ないかと探しているらしい。

 

 たとえ畜生であったとしても死者蘇生の魔術は禁術であるのだが、男が差し出した紙は死者蘇生ではなく魂の転写と言うべきか。だから俺の言葉は決まっていた。

 

 『無理な話だな』

 

 俺はこの紙が死者蘇生の魔術式を記したものではないと男に告げる。何故か男は口元を伸ばして片方を歪に押し上げた。

 

 『犬を生き返らせようなんて思っちゃいないさ。ただ、犬の記憶や魂を他のモノに移すことが出来りゃ、貴族のダンナも認めてくれるっつーことだ』

 

 死者蘇生の願いなど叶わないと知っているからか、譲歩案で犬の複製や魂の転写でも構わないと、裏界隈で噂が広がっているとのこと。男が提示した金額は俺にとって魅力的なものだった。

 冒険者として日銭を稼がなくとも良くなるうえに、定住できる金額であったのだから。失敗しても話を持ってきた男に被せれば良いだけだし、術式もあるならば可能だった。あとは魔力が足りるかどうかが一番の問題であるが、所持してある魔石で事足りる。

 

 『わかった。話を受けよう』

 

 俺の言葉に人好きのする笑みを浮かべる男は、裏社会の中では顔が利くようだった。こっそりと依頼主の貴族と会う手筈が整えられ、自身が持っていた魔石と男が念の為と用意した魔石に俺自身の魔力で術を成功させる。

 死んだ犬から生きている犬への記憶の転写は成功したのであろう。悲しみに暮れていた貴族の令嬢が笑みを浮かべ『あの子と仕草がそっくりよっ!』と涙を浮かべながら語ったのだから。

 

 本当かどうかは分からないが、金にはなる。

 

 令嬢のように望むものは多くいるだろうし、後ろ暗いことをしているから仮に失敗しても痛くはない。追っ手が掛かる可能性もあるが、国を捨てた俺が今居る場所を捨てることに躊躇いはないのだ。

 そして禁術やあまり勧められない魔術は金になると学んだ。しばらくは居付いた国の裏社会で顔の利く男の世話になった。男は魔術が使えない故に、俺を便利な者として扱ったし金払いも良かった。魔石の購入や魔術の研究費には困らなくなったし、自己流で新たに魔術を生み出し行使することは楽しい。

 

 研究に行き詰まり街をフラフラしていた時、たまたま入った劇場で初めてみた劇に魅入られた。あれは小さな世界だ。演者が舞台の上で世界を造って客を魅了する。世の中にはこんなものがあったのだなと、新鮮な気持ちを抱いた。

 家に戻り魔術の研究に取り掛かると、幾度もの失敗により鬱屈としていた気持ちは観劇のお陰で晴れており、新たな魔術を生み出すことが出来、気分転換も兼ねて時折劇場へと足を向けることになる。

 

 そうこうしているうちに十年が過ぎた頃、男が俺の下に現れなくなった。恐らく死んだか、何か失敗して逃げたのか。理由は定かではないが男の下で働いていた俺にも危険が及ぶ可能性があると判断して、十数年居付いていた国をまた捨てた。

 

 今度は南を目指してみよう。アルバトロスやヴァンディリアは魔力に優れているものが多いと聞く。魔術師や聖女を多く抱え、魔術の開発や発展に力を入れているらしい。逆を言えば、禁術に対しての制約が多い国ともいえよう。

 

 魔力量が多く備わっている、すなわち禁術の行使が簡単に出来てしまうということだ。禁術の殆どは魔力を大量に消費する為、複数人で執り行ったり、魔力量の多い者が行使する。魔石で代用することもできるが、あまりお勧めはしない。体内で循環している魔力が一番新しく、術式に馴染みやすい。あとは術者との相性となるが、魔力さえ多ければそれも関係なくなる。

 

 仲介役の男が居なくなったのだ。これから仕事は自力で仕入れなければならない。辿り着いたヴァンディリア王国の王都。大陸北部よりも温暖な気候で、街は活気に溢れていた。金持ちが多そうだし、どうにかして客を捕まえなければ。

 

 取りあえず観劇に行くかと慣れない土地を方々歩き、ようやく劇場を見つけ中へと入る。一般席の一番いい場所を陣取って暫くすると、随分と身形の良い少年が現れた。

 平民を装ってはいるが貴族のお坊ちゃんだろう。身に着けている布の質が平民が纏うものではない。やれやれ妙な奴が俺の隣に座ってしまったと溜め息を吐くが、五月蠅くしなければ問題はなかろう。暫く待っていると開演し、二時間ほどの公演であったが内容が面白く直ぐに終わってしまった。席を立たねばならぬことを残念に思いながら、腰を上げようと肘掛けに手を掛けたその時。

 

 『とても素晴らしいものでしたね』

 

 俺の隣に座っていた少年が声を掛けてきたのだった。

 

 ◇

 

 平民の格好をしているが、纏っている布の質や抱えるオーラが平民のものではなく、貴族だと直ぐに分かった。何のつもりなのか無邪気に『とても素晴らしかった』と俺に声を掛けた青年は、先ほどまで公演されていた劇の内容を楽し気に語る。

 別に俺は餓鬼に興味もないし、誰かと語り合う趣味を持ち合わせていない。俺自身の中で消化できればそれで構わないし、誰かにこうして語って貰わなくとも劇の素晴らしさは十分に理解しているのだが。

 

 ただ俺の目の前で楽しげに話す世間知らずのお坊ちゃんに取り入り、何か旨い話を聞きだせないだろうかと考えた。仕事を斡旋してくれていた男はもう居ない。なら目の前のお坊ちゃんは良い情報源であり、獲物でもあろう。

 

 得しかないと判断すると人間とは現金なもので、笑みを簡単に浮かべられた。それを勘違いしたお坊ちゃんは更に話を加速させる。お気に入りの演者や演目に、人気の劇団。俺だって観劇好きの端くれである。ある程度の知識は既に身に付いていたし、お坊ちゃんには敵わない年季というものがある。

 

 ――また来られますか?

 

 そう問われ、ああまた来ると答えるとせっかくならまたご一緒しませんかと問われた。毎度一緒に来ていた女性が病に臥せり、一人で観るのは寂しいと笑みを陰らせる。

 観終わった後にこうしてだらだらと話すのも悪くないと考えた俺は、お坊ちゃんが都合の良い日を聞き出す。どうせ今は暇なのだから、時間の融通は俺の方が合わせやすい。

 

 それから何度か顔を合わせるうちに、お坊ちゃんの情報を得られることとなる。毎度一緒に観にきていたのは母親だそうだ。病に倒れ療養中で好きな劇場へ足を向けることが出来ないと。

 代わりにお坊ちゃんが劇を観て母親に語ると楽しそうな顔を浮かべてくれるし、暇だからお喋りをしてくれる息子が居て嬉しいと伝えてくれる。

 

 母親と一緒に居ることを拒否しそうな年頃だというのに、お坊ちゃんにはそれがない。他所さまの家庭に首を突っ込むのは無粋であるが、病気の種類が分かれば俺でも治癒できるかもしれない。魔術師だと名乗っておくべきと判断して、お坊ちゃんに『俺は魔術師だ』と告げる。

 お坊ちゃんは俺の言葉に目を丸くした後、もし母親の病気が治せるのならば当主である父を紹介したいと言った。

 

 だが次の瞬間ヴァンディリア王国特有の風土病と聞き、治癒は無理だと分かってしまった。

 

 落胆するお坊ちゃんの肩を何度か軽く叩く。そういえばアルバトロスには黒髪の聖女が居たな。まだ無名であるが、魔力保有量がとてつもなく多いと風の噂で聞いた。聖女なので魔術師として大成することはないが、あと数年も経てば表舞台へ立つだろうと。そんな聖女の助力が得られるならば、禁術である死者蘇生さえ可能だろうなと頭をよぎる。

 

 助けられなかったことの詫びとして『アルバトロスの聖女の質は高い。もしかすれば……』と神妙な顔でおぼっちゃんに告げる。魔力が高いものが治癒魔術を施せば、風土病であれ治るかもしれない。一縷の望みを掛けてみるのもアリだが、他国から聖女を呼ぶとなればかなり高額な金を支払わなければならない。

 お坊ちゃんの家がどの程度のものなのか知らないが、金の工面が出来るのか……分からないが、彼の家の当主が決めることか。

 

 ――少し時間が経ち。夏真っ盛りの頃だった。

 

 母が目を覚まさないとお坊ちゃんが項垂れながら俺に言ったが、いつもと様子が違う。少し前から疲れた雰囲気を醸し出していたが、今日は目の下に隈を作り少し頬がこけていた。

 目を覚まさないという言葉が衰弱して目を閉じたまま生命活動を維持しているのではなく、死んでしまっているとすれば……。弱っている人間に付け込むのは容易い。

 

 『……目を覚ます方法がある』

 

 下を向いていた顔が俺の方を向き、強く握っていた握り拳が解かれて俺の肩に置かれた。

 

 『本当ですか!!?』

 

 お坊ちゃんの耳元に顔を近づけて、小さく囁いた。この言葉を他の連中に聞かれる訳にはいかない。聞かれてしまえば、誰かが止めるだろう。

 

 『魔力を大量に注げば目が覚めるかもしれない。――今、この大陸で話題となっている黒髪の聖女のような者に頼めば……』

 

 嘘は吐いていない。過去、大量に魔力を注いで死者を生き返らせたという文献は残っている。秘術や禁術に分類されているが、魔術式は確かに存在した。

 魔術師として男の依頼を受けていたからか、眉唾ものの文献が男から俺に齎されていた。金持ち相手に商売するには必要だったのか、死者を生き返らせる魔術も男から情報を得ていた。記憶転写や寿命を延ばす魔術は実際に試して成功している。それらを応用して新たな魔術も生み出したこともある。

 

 金持ち相手に商売するには必要だったのか、死者を生き返らせる魔術も男から情報を得ていた。

 

 『本当にっ!?』

 

 『ああ。黒髪の聖女の魔力は一級品どころか、竜をも超える量らしい。もし俺の下に彼女を連れて来ることが出来れば、儀式魔術を執り行おう』

 

 『分かりました、必ず貴方の下へ連れて参りましょう』

 

 光が消えていいたお坊ちゃんの目にようやく、意思が宿る。明るい光などではなく、仄暗く淡い闇に魅了された者の目。

 俺の目と同じになったお坊ちゃんは正体を語った。ヴァンディリアの第四王子だと。長兄と次兄が優秀な為に民からの認知度が低く、街の中を勝手にウロウロすることが出来ると言い放ち、好きな観劇も気ままに観れるからこの方が良いのだそうだ。俺にとっては好都合だった。金はあればある程良いのだから。

 

 ただ死者を生き返らせる方法は、圧倒的な魔力の量が必要となり俺の魔力と所持している魔石では無理だ。実験として貧民街から死体を盗み出して儀式を執り行ったことがあるが、一瞬目を開いただけで終わってしまった。

 だが希望があった。これで十分な魔力さえ死体に補填出来れば……。だからこそお坊ちゃんを唆し、目を覚まさない人間へ魔力を注ぎ込めば可能性があるとこっそりと教え、準備の為にある程度の纏まった金が必要になると伝えた。

 

 お坊ちゃんは俺の言葉を真に受けて、私財を売り払ったのかある程度の金を工面した。依頼となるので金を袖の下にすることはなく、質の良い魔石を五個ほど用意し、更に上質な魔石を一個購入することが出来た。

 お坊ちゃんはアルバトロスへ向かい、二学期から王立学院へ通い黒髪聖女と接触する為に行動すると俺に告げてヴァンディリア王国を去った。俺の下へ連れて来るよりも、アルバトロスの王都に竜が再来したりリームの聖樹に関わり聖王国に乗り込んだと聞いた。お坊ちゃんが黒髪の聖女を連れて来ることはないだろうと諦めたが、本当にそれで良いのかと心の中の誰かが叫んだ。

 

 黒髪の聖女を手に入れることが出来れば、俺の名声が大陸中に広がるのではないか。俺を雇うことがなかったあの国の者たちを見返すことができるのではないか。金に困っていることを知って尚、安い金額で俺に魔術の行使を強要させた者たちにあっと言わせることが出来るのではないか。

 

 考え始めると止まらなかった。

 

 黒髪の聖女はまだ十五歳の子供と聞く。お坊ちゃんと同じ年齢で、アルバトロスで聖女を務めている。慈悲深く優しい聖女さまと噂だ。平民出身と聞いたが裕福な家庭出身なのであろう。

 孤児院へ寄付をしたり、貧しい者からは金を取らず代わりのもので対価を払わせていると聞く。治癒院が開かれればよく顔を出すようだし、典型的で見本的な聖女である。竜を従わせることが出来ると聞いたが、眉唾物の情報だ。本当に竜を従わせることが出来る人間が居るとは思えない。

 

 聖女がお坊ちゃんのように死者を生き返らせたいと願う心があるのなら、希望があるのかもしれない。

 

 禁術ではあるが教会の連中も奇跡を起こそうと、死者蘇生の魔術に手を出したことがある。まあ、そういう連中は俺と同じで真っ当な者ではないが。

 死者の復活を願う者が居てもおかしくはない。大事な人間が死に、生き返って欲しいと願う可能性もある。そこに付け込むことが出来れば。

 

 記憶転写の魔術を聖女に施すことが出来れば、俺は聖女となり替わることも可能だ。

 

 何、心配は要らない。記憶を転写させて人格を乗っ取ったことは何度かある。後ろ暗い事をして国から追われた犯罪者が俺を頼って大枚を払った。貧民街から適当な人間を選び、犯罪者から貧民街の人間へ記憶を転写してソイツになり替わったのである。

 記憶転写により犯罪者の身体は抜け殻となり朽ちていた。貧民街の人間の記憶は何処に行ったかは分からない。要望は叶えることは出来たし、貧民街暮らしの人間が一人いなくなった所で騒ぎにもならないから問題はなかろう。

 

 これを自分に施せば。魔石を触媒として術式を仕込み起動できる状態に持ち込み、聖女と接触を果たすだけで良い。厳重な警備が敷かれてあるだろうが、お坊ちゃんに囁いたように子供に金を握らせて馬車を止めれば可能だろう。

 

 最強の魔術師に至る為の道筋が見えた頃、お坊ちゃんがアルバトロスから戻った早々謹慎処分を受けたと噂を耳にした。気のない聖女を無理に口説こうとしたことや、勝手にヴァンディリアへ戻ってきたことを咎められたと。

 

 もうお坊ちゃんに構う必要もないだろう。母親が目覚めなくなったと聞いてから、幾分か時間が経つ故に死者蘇生の魔術の成功率はかなり低くなっている。俺自身が黒髪の聖女と接触して、上手く事を運べば俺の下へ就かせ、無理ならば入れ替わる。厳重な警備を抜けられるかどうかは賭けだが、これまで分の悪い賭けを何度かやって勝っているのだ。

 

 今回も上手くいくと言い聞かせるが、どうにも嫌な予感がする。

 

 ならば一つ保身を図っておくべきかと、お坊ちゃんの金で手に入れた良質の魔石を取り出して、俺の記憶の一部を転写した。そうして懐に入れて隠れ家を出る。嫌な予感がひしひしとする為にいそいでその場を後にした。証拠は残っているが俺という人間に辿り着けるかどうか。

 

 何度か転移魔術を行使して、森の中で野宿する。魔素量が多い場所だったので、俺の記憶を転写した魔石を仕込むのに丁度良い。この場所から少し遠くはあるが大木の下で何組かの竜の番が子育てを行っている時点で、この辺りの魔素量が多いことは確定である。

 

 上手くいけば何か月後か何年か何十年後か何百年後かに魔素を吸収した俺の記憶が精霊化するはずなのだ。

 死んでも俺の記憶があるのならば、それは俺だ。たとえ今の俺が死んでも魔石に残した分身の記憶が新たな俺となる。大木の洞に魔石を放り投げて、枯れ葉を大量に詰め込んだ。人里から離れた森の中だから、見つかる心配も盗まれる心配もないだろう。

 

 ――さあ、行くか。

 

 朝日が昇る。裏社会で生きる魔術師には不似合いすぎると苦笑いし、転移魔術を発動させる。そうしてアルバトロス王国の王都へ着いた俺は、聖女に一度も会うことはなくお縄につくのだった。

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