魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
広いグラウンドに出る。いつもは誰かしら居るというのに、今日は人っ子一人いない。
この場所は魔術科も使用するグラウンドなので、魔力壁を張ることが出来た。お城の魔術陣から魔力を引っ張ってきている為、私の魔力が多少ともあると思うと妙な気分だった。
私が魔石へ魔力を込めることに興味がある人は付いて来ていたし、興味のない人は教室で留守番である。殆どの人がグラウンドに出ているし、魔術の授業を受け持つ講師が何故か外に出ているし、魔術科の生徒も見学に赴いていた。
見世物扱いだなあと、ここ最近は人目に晒されることが多くなって気にならなくなっていた。感覚が鈍くなっているなあと苦笑いしつつ、討伐遠征時の感覚だけは鈍らないようにしないと。
立場と爵位を手に入れて、やっかいな討伐遠征しか回ってこなさそう。楽……ではないけれど、普通の討伐遠征にも出張りたいなあ。知り合いになった人や仲良くなった軍の方が居るのだし。元気かどうか気になるし、治した怪我が妙なことになっていないか聞き出すのも仕事の内。
時折、他の聖女さまからやり過ぎではと聞かれるけれど、自分が施した魔術が効かなくて困っているとか死んでしまったとなれば寝覚めが悪い。確かに気にしすぎなのかもしれないが、この辺りは性分だろう。細かい所が気になるのだ。
「グラウンドに施されている防御壁を最大限に上げるよう学院側へ要請致しました」
先生が遅れてこちらへとやって来た。私が魔術を使うと聞いた学院長が二つ返事で了承してくれたとのこと。
城から魔力を引っ張ってきているのだから私の魔力で張っているようなものである。これなら自分で防御壁を張っても同じじゃないかと心の中で悪態をつくが、同時に複数の魔術を行使するのは頭に負担が掛かる。やっぱりグラウンドに施してある防御壁を頼った方が良いなと結論付けた。
「さあ子爵さま。これで遠慮なく魔力を注ぎ込むことができますよ」
あれ、みんなの安全を考えるなら教室よりも断然グラウンドなのだろうけれど。先生、もとい副団長さまに妙なスイッチが入ってしまったのでは。
グラウンドに出た方が良いと教えてくれたソフィーアさまとセレスティアさまに感謝しなければと、しみじみと副団長さまが語ってる。
妙なスイッチの入った副団長さまを止める術は、陛下を呼んで止めて貰うしかない。流石に学院のことまで陛下を呼ぶわけにもいかないし、副団長さまの言いなりになるしかないのか。スライム創造の術式だし高価で上質な魔石を使用する訳ではないから、大丈夫だろう。
やる前から心配するよりも、事を起こしてから考えよう。これまでもどうにかなっていたのだ。大丈夫だ問題ないと心の中で呟き、配られた紙を制服のポケットから取り出す。
アクロアイトさまに何かあるといけないのでソフィーアさまに預けてある。今は彼女の腕の中で大人しくこちらを見ていた。副団長さまの顔を見て一度頷くと、頷き返されたので魔力を練る。
「――"我が命の欠片を与えよう"」
大袈裟な詠唱だなと頭の片隅で考える。魔石の質と魔術式次第でスライム以外の魔物や魔獣を創造出来るらしいから、仕方ないのかもしれないけれど。
唱えている私は随分と恥ずかしい。グラウンドの中央部に一人佇んで、少し離れた所に副団長さまが立ち、他のみんなはかなり距離を取っている。危険人物扱いの気もするが、仕方ない対処だろう。何か起こって怪我人でも出れば副団長さまの責任となるけれど、私も関わっているのだから寝覚めが悪くなる。
「――"服従せよ、我が命の欠片を得た者よ"」
どえらい上から目線だ。まあ開発した人のセンスが大きくかかわるから、厨二病でも患っていた真っ最中だったのかもしれないから、何も言わないでおこう。黒歴史ノートは誰にでもあるはずである。
「あ」
続きを詠唱しようとして口を開くと魔石が割れた。私の様子を見ていた副団長さまがそっとこちらへやって来て、地面に魔石を再度置いて元の位置へと戻って行った。
もう一度やれということらしい。先程よりも一回り大きくなっており、質も魔力の量もありふれた魔石、要するに普通の魔石である。なら大丈夫かなと、やり直しを試みた。
「――"我が命の欠片を与えよう""服従せよ、我が命の欠片を得た者よ"""従属せよ、我が命の欠片を得た者よ"」
語彙力、誰か開発者に語彙力をあげてと悲しくなってくる。殆ど変わらないじゃん! なんでこんな詠唱を当てたのだ。それでもちゃんと術式が発動されるあたり、術として成り立っているのだからなんも言えねえ……。
「む」
あれ、ごっそりと魔力が持っていかれた気がする。具体的に伝えるなら、アクロアイトさまが空腹時に私の魔力を搔っ攫う時と同じくらいかそれ以上。ちょっと尋常ではない魔力消費に目がチカチカするけれど、瞬きを何度かして元に戻す。
――ででーん!
そんな擬音が耳に届きそうだった。スライム創造なのだからスライムさんが私の目の前に現れているのだが、クラスの皆さまが創造したスライムとは意匠が全く違うというか。スライムは粘性生物とも呼ばれている。
教室で生まれたスライムさんはでろーんと伸びてハリ艶は殆どなかったが、私の目の前のスライムさんはぱんぱんに膨れ、艶もあるしハリもある。何でこんなことになっているんだろうと考えていると、スライムな身体を上手く動かして私の足元へやって来て、身体を私の足に擦り付けた。つるんとしてて、妙に冷たい。気持ち悪くはないけれど、不思議な肌触り。
やたらと足元ですりすりしているので、なんだろうかとしゃがみ込むと、スライムさんは身体を縦に伸ばしてお辞儀のように体を折った。
「流石聖女さまです。新たなスライムを生み出してしまうとは」
「……副団長さま。あの新しい魔石は一体なんですか?」
先生と呼ばず、副団長さまを見上げる。一見普通の魔石に見えたが、私の魔力をごっそりと持っていった。普通の魔石にみえるけれど、中身はなにか違う物ではないかと疑っている。
「一般に普及している魔石ですよ。ある程度のお金を出せば誰でも手に入れられるものです」
質が高い魔石や大きな魔石は市場に出回らない。危険だし、件の魔術師のように妙な人物に渡って危ない事をされては困る。国が管理し、適切な方法で保管されているのだ。アルバトロスにも国宝級の魔石がいくつかあると聞いた。
「好奇心で代表殿の血を垂らしたので何かしらの変化はあるかもしれませんが。――至って普通の魔石ですね」
なにしてるのこの人! 滅茶苦茶早い速度で言葉にしそうになったのを堪えた。いや、だって副団長さまだし。興味本位で垂らしてみましたテヘペロと言われれば、副団長さまだから仕方ないと納得しそうだ。私も周りも。
代表さまの血を垂らしただなんて。魔力が高いし、元々は竜である。そんな方の血を魔石に垂らしたら、何か特殊なものに変化するに決まっているじゃないか。魔石は魔力に反応して、変質することがあるのだから。
スライムさんが私の足に巻き付いて肩へ乗ろうとしている。創造されて間もないからか、動きが随分と緩慢だ。ぐるぐると足を這いずり、背中へ回り肩へ乗って本来の丸い形に戻ると、アクロアイトさまがかなりの速度でこちらへ飛んで来る。
なんだろう、こんな速く飛んでるアクロアイトさまを見たことがない。いつもパタパタと羽を動かして、ゆっくり飛んでいるのだけれど。今回はピンと羽を広げたまま飛んでいる。竜の背中に何度か乗らせて頂いたけれど、その時の方たちの飛び方に似ていた。
私の目の前で急停止して滞空したままのアクロアイトさまが、スライムさんへ向けてかなり大きな声で一鳴き、二鳴き、三鳴きする。珍しい。いつもは周りの迷惑にならないようにと、声を抑えているのだけれど、今回は何の遠慮もなく鳴いている様子。
「おや、嫉妬でしょうかね。可愛らしいものです」
副団長さまが呑気にそう言い切るやいなや、ソフィーアさまとセレスティアさまが急いでこちらへやって来た。どうやらアクロアイトさまが勝手に飛び立ったので、驚いてこちらへ来たようだ。
「ナイ、すまない。勝手に飛び出して……」
「ええ、本当に。貴女が待っていてと声を掛ければ、ソフィーアさんの腕の中で大人しくしているものとばかりに」
「珍しいですよね。原因は……まあ……」
私の肩で丸く光っているスライムさんへ顔を向ける。
「……やはりそうなったか」
「ナイですものね」
ソフィーアさまとセレスティアさまが呆れた視線をスライムさんへ向けている。アクロアイトさまはスライムさんが乗っている反対側の肩へ乗って、足踏みをしていた。何か伝えたいことがあるようだけれど、残念ながら言葉が通じない。
『ゴシュジンサマ、ナマエ』
スライムさんが私の耳元で声を出した。え、発声器官あるのと驚く。
「おおっ!」
「なっ!」
「……!」
副団長さまが歓喜の表情を浮かべ、ソフィーアさまは驚きの顔を、セレスティアさまは驚きと何かしらを孕んだ顔になるのだった。
◇
――ゴシュジンサマ、ナマエ。
私の肩の上に乗るスライムさんのお願いだった。数十分から数時間、長くて数週間程度で消えてしまう命のスライムさんを名付けて情が移ったらどうしようか。
消えてしまうと悲しい。何故か私に懐いているようだから余計である。というかご主人さまって。詠唱は従属とか服従とかの文言だったから、間違いはないのかもしれないが。屋敷でも呼ばれているけれど、未だに慣れる気配がない。
アクロアイトさまは何故かスライムさんが乗っている肩の反対側で、足踏みしたり顔を私に擦り付けたり、翼をパタパタさせたりと忙しない。時折甘鳴きもしているし、いったいどうしたというのか。珍しいなとアクロアイトさまを撫でる。
『ナマエ……』
一向に名前を付けてくれない私にしびれを切らしたのか、スライムさんがもう一度声を上げた。副団長さまが凄く興味がありますよと言いたげな顔をし、ソフィーアさまとセレスティアさまはもうどうにでもなれと言いたげ。
どうしたものかと考える。名前を付けるのが苦手だし、良い名前を付けてあげられるとも思えない。自分の名前も適当だし、アクロアイトさまに名を付けられたのは過去の記憶がふっと蘇ったからに過ぎないし。付けたら付けたで妙な展開になりそうだし、スライムさんの核は普通の魔石ではあるものの代表さまの血を垂らした特別なもの。
「子爵さま、望み通りに付けてあげて下さい。名前を与えれば貴女に隷属し、消滅することはないでしょう」
副団長さま、迷いが出るようなことを言わないで欲しい。自然の生き物ではないけれど、消滅することがないのならば不死になるのでは。生き物としての在り方が間違っているような気がする上に、勝手にそんなものを生み出しても良いのだろうか。
従属するとなれば私が死ぬと、スライムさんも一緒にお亡くなりになる可能性もあるのか。本当に名を付けて良いのかと迷う。
『……キエル、ハヤク』
うぐ。どうしよう。術式の開発者に語彙力をあげてと願っていたが、私にも語彙力というか名付けの為の知識を下さい。賢い方ではないし、知識量も劣っているから、そう簡単に良い名前なんて思いつかない。
真面目に考えると長考し始めるので、ここはパパっと響きが良さげで、この世界でも馴染むような言葉が良いのだろう。何か参考になるような出来事がなかったかなと、ここ最近の出来事を思い返す。
そういえばワインの栓を抜いて、お酢を作って貰ったなあ。
お酒は飲まないので赤とか白の差なんて分からないし、お酒よりも炭酸飲料が飲みたいと望んでしまう。天然の炭酸水に果汁を落として冷やせば作れるかな。出来れば黒いアレを飲みたいけれど、製造方法は秘匿されているとか眉唾ものの噂を聞いたことがある。
そんなことよりスライムさんの名前である。赤ワインを何かの名前で料理長が言っていた。何故そんな名前が赤ワインに付けられたのかは分からないけれど、響きは良い。ちょっと女の子っぽい名前だけれど、スライムさんの性別は分からないし。
「ロゼ、はどうかなあ?」
『!』
決めた名前を声に出すと、また魔力が減っていた。本当に私の魔力をバカスカ吸い取るけれど、翌日には回復しているあたり私も大概だ。普通は寝込んだりするものだけれど、慣れてきた証拠なのだろう。エルフのお姉さんズから賜った、極上反物の効果も大きいけれど。
『マスター。ナマエ、アリガトウ』
先程よりも少しだけ言葉が流暢になっていた。名付けが功を奏しているのだろうか。ご主人さまからマスター呼びになっているけれど、私の心の中を察しているのだろうか。本当に不思議だと考えていると私の肩からスライムさんがぴょんと飛び降りて、地面で丸くなってちょっとだけ身体を上に向ける。
恐らく顔を私に向けたのだろう。球体な身体なので、どこが正面でどこが後ろなのか全く分からないけれど。魔石はスライムさんの体内で核となって存在はしているはず。核がないと生きられない魔物だから。
「どういたしまして。――私の名前はナイと言います。これからよろしくね」
スライムさんと顔の位置を合わせる為にしゃがみ込んで挨拶をした。
『ヨロシク、マスター』
随分と言葉が達者である。今しがた創造されたスライムさんだとはとても思えない。ただ、こうして意思疎通が出来るのならば良い付き合いが出来そう。
「――と」
アクロアイトさまが私の肩を蹴って地面へ降り、スライムさんの横へと並び立つ。また大きな声で一鳴きした。
『オマエ、シャベレナイ』
おや、と首を傾げる。副団長さまやソフィーアさまとセレスティアさまも同様だった。スライムさん、もといロゼさんの言葉に対して、アクロアイトさまがまた鳴く。
『オコッテモ、オマエ、シャベレナイ』
状況を鑑みるに私と会話を交わしていることが、アクロアイトさまにとって喜ばしい状況じゃないのだろうか。
同じようなことをロゼさんは言い放っているけれど、その言葉がアクロアイトさまにクリティカルヒットしたのか頭を地面に下げて項垂れている。なんだかライバルでも現れたかのような状況だなと苦笑しつつ、しょぼくれているアクロアイトさまを抱える。
「言葉が通じなくても、気持ちは通じているんだから大丈夫」
抱きかかえてからそう伝えるとアクロアイトさまが甘鳴きして、私の脇に顔をぼすっと埋めた。汗臭くなきゃ良いけれどと願いつつ、スライムさんを見るとまん丸な体をぽよんと揺らした。いつかはアクロアイトさまと話せる日がくると良いけれど。
「えっと、これからどうしますか?」
自然に還りたいならそうすべきだ。創造したから人工物だと言われそうだけれど、元々は自然に生きる生き物……もとい魔物だし。
『マスター、ソバニイル』
あれ、どうしよう。てっきり自然に還るものだと考えていた。アクロアイトさまを連れているのに、ロゼさんまで引き連れることになるのだろうか。
『ダメ?』
まん丸だった球体がでろーんと横に伸びた。なんだろうこの感情表現豊かなスライムさんは。
「駄目じゃないけれど……目立つなあって」
これに尽きる。礼拝日にロゼさんとアクロアイトさまを引き連れて教会へ赴けば、また好奇の視線に晒されてしまう。アクロアイトさまだけでもかなり目立っているし、護衛の騎士を引き連れている時点でも凄く目立っているものね……。
子爵邸の中は好きにしても良いと思う。天馬さまであるエルやジョセは、子爵邸で働く人たちに受け入れられている。最近は護衛の騎士さまや軍の人とも交流を広げているようで、休憩時間に背中に乗せて大はしゃぎしている方たちを見たことがある。
童心に返っているのだなあと微笑ましく見ていると、私に気付いて大慌てで降りていたけれど。エルが問題ないと言っているし、勤務時間外なら問題ない筈である。彼らの上役である軍や騎士団の上層部に知られたらどうなるか分からないので、そこの所だけは気を付けて下さいねと伝えておいたが。
『カゲノナカ、ハイル』
まん丸に戻って体を揺らすと、縦に伸びてアーチ状になりながら私の影の中へと吸い込まれて消えた。吸い込まれたというよりも、入ったという方が正解なのかもしれないけれど。
「随分と知能が高いスライムですねえ。――やはり魔石の効果でしょうか」
なんだか確信犯の気がするけれど。考え始めると、面倒なことしか思いつかないので止めておく。
「あ、そういえば。魔石はどうしましょう?」
副団長さまが考察しながら語り掛けてきたけれど、竜の血なんてものを魔石に垂らすから。
普通の魔石から奇跡の魔石にでも変わってしまったのではなかろうか。あ、そんな魔石を私が使ってしまっても平気だったのだろうか。
おそらく副団長さまの所持している物のはずだ。授業で使った低質な魔石ならば安く買えるもので、平民の人たちが生活魔術具を動かす為に購入している。
「気になさらないで下さい。贅沢を望んでよいならば、聖女さまが生み出したスライムの観察をさせて頂けると僕は満足です」
私の影の中に居るはずのスライムさんがビクンと震えた気がした。マッドな副団長さまに目を付けられたのだから、諦める方が精神的に楽である。
無茶なことはしないはずだし、言葉の通り『観察』だけだろう。ただ尋常じゃない洞察力でいろいろと見透かされるだろうけど。子爵邸へ足繫く通っている時点で、ロゼさんは逃げられないことが確定した。
「分かりました。そんなことで良いならば」
対価も頂いているので、文句はなかった。時間があれば、副団長さまから攻撃系の魔術を習っている。ソフィーアさまとセレスティアさまも復習だと言って、時間が合えば副団長さまに師事しているし。魔力を込めすぎて不発に終わったり、威力調整が中々難しくはあるけれど、楽しい時間でもあった。
今度、魔物討伐に参加する機会があれば前線配置を願い出るつもり。この話を誰かに伝えると止められそうなので、まだ誰にも言っていないけれど。ジークとリンは感付いていそうだ。副団長さまの訓練を受けていると、微妙な顔をしていることがある。
「いったん教室へ戻りましょう。――特性解説や事後処理をしませんと」
副団長さまの言葉に従って、グラウンドに出ていた特進科の生徒たちがぞろぞろと教室へと戻る。
もちろん、スライムさんたちも引き連れて。