魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
フェンリルの前へと出たヒロインちゃんはその場から動けずしゃがみ込んだままだった。障壁を張ってあるので大丈夫なのだが、騎士や軍の人たちから見れば邪魔でしかない。
「その女子生徒を下げろっ!」
「はっ!」
殿下と懇意にしている女子生徒ということで、扱いが難しいようだ。無碍に扱うと殿下の怒りを買うかもしれない。
ただ今は非常時でそんなことを言っていられない状況になりつつある。
「……どうして、なんで……? だってゲームじゃあ聖女として覚醒したんだよ? なんで何も起きないの……!」
「さあ、向こうへ戻りましょう。ここは危険です」
本来ならば首根っこを掴まれて引きずられていてもおかしくはないのだけれど、殿下の威光が邪魔をして近寄った騎士の人は強く出られない。
「待ってっ! もう一回……もう一回試してみるのっ! 絶対にシナリオ通りになるはずだから!」
この子はなにを言っているのだと周囲に困惑が走る。微かに聞こえた『ゲーム』と『シナリオ』という言葉にぴくりと反応してしまうけれど、今は置いておく。
「駄目ですよっ、早くいきましょうっ!」
聞く耳を持たないヒロインちゃん。殿下がヒロインちゃんの下へと駆けつけようとしているが、ソフィーアさまとセレスティアさまに殿下の側に残った緑髪くんと青髪くんが引き留めているので、こちらへこれない。
「仕方ない、か」
そう呟いてヒロインちゃんの下へと歩いて行く。障壁は未だ破られる気配はないので安全ではあるが、フェンリルの本気がどんなものか全く分からないので気を付けないと。
「下がるよ、メッサリナさん――"風が吹く"」
「え?」
そう言い放つときょとんとした顔で私を見上げる彼女の襟首を持って、元の位置というよりも殿下たちが居る場所まで引き摺って歩いて行く。
殿下とプラスアルファくんたちがなんだか言っているけれど、全て無視。自分に身体強化魔術はかけられないので、ヒロインちゃんに軽量化の魔術を付与してここまで運んだので疲れはない。
「ここでじっとしてて。邪魔だよ」
「貴様っ、アリスになんて酷いことをっ!!」
「殿下、彼女が大切だというのならば、その腕の中にでも閉じ込めておいてください」
ヒロインちゃんに暴言を吐くと殿下が怒ったのだけれど、そんなに大事だというのならば外に出すべきではなかったのだ。
王城のどこかしらの一室に大事に大事に閉まっておけばよかっただろうに。最低限の生活はそこで出来るし、殿下たちがことのほか甘やかしてくれるだろうから不便もなさそうである。
彼女の勝手な行動の所為で騎士や軍の人に被害があれば、その責任は誰が取るというのだ。殿下たちは取らないだろうし、ヒロインちゃんが取れるはずもない。
不用意な被害を出した責任は指揮官へと下るのだ。きっちり仕事をこなしている彼らにその責任を押し付けるのは、理不尽である。
「……!」
殿下が私の言葉に言い返せなかったのは、言葉通りに腕の中にでも閉じ込めておきたいからなのか。
取り合えず今は言葉の応酬をするつもりはないので、踵を返して指揮官さんの所へと戻る。
「聖女さまの障壁で我々に被害がありませんが……」
「突破口がない、ですね」
ただいまフェンリルくんは絶賛暴れ中なのだけれど、障壁のお陰で被害はない。
ないけれど、いつまでもこうしている訳にはいかない。ここは王都に近いので、仮に撤退しても逃してしまっても、王都に被害が出てしまうと軍や騎士団が糾弾されてしまう。だから倒してしまいたいのだろう、彼らは。
私も魔術具が壊れてしまったので、普段よりは長く障壁を張れるだろうけれど、どこまでもつかが未知数だ。魔力量が少なくなれば眠くなるという前兆があるので、ある程度の予想は出来る。今のところはまだ大丈夫だけれど、さてどうしたものか。
「ナイ」
「ジーク?」
ジークが私の側による。もちろんリンも一緒に。
「もう一度、リンと試してみる。いけるか?」
「いけるけれど……」
「この中で身体能力と剣捌きが一番高いのはリンだ。――それに賭ける」
「……でも」
「大丈夫だ。お前の援護があればなんの心配もない」
「だね、兄さん」
私は二人の信頼を失う……いや、私が失敗したことによって彼らを失ってしまうのが怖い、と言った方が正しいだろうか。
ずっと一緒に苦楽を共にしてきた。挫けそうになった時、支えてくれた。
「そんな顔をするな」
「大丈夫だよ、ナイがいるから」
考えていることはいつもバレバレである。――情けないなあと心の中で息を吐いて、二人に視線を向ける。
「わかった。全力で補助するよ……――だから、ちゃんとウチに帰ろう」
「ああ」
「うん」
五年も住めば、教会の宿舎は我が家も同然である。魔獣の出現で合同訓練どころじゃないし、直ぐに帰還命令が下るだろう。
「聖女さま、我々は?」
「彼らの援護と狼やゴブリンの処理をお願いできますか?」
「承知いたしました」
「了解」
指揮官それぞれが部下の人たちへと指示を出す。
私がこうして彼らに指示を出せるのは、私が作戦の中心人物になることが彼らより認定されているからである。普通、指揮権なんてものは指揮官がいるならばその人が担うべきである。指示系統が二つあるだなんて、社会主義で政治将校が大きな顔をしているくらいだろう。
なので彼らは私の指示に従ってくれる。もちろん不服があれば異議申請は出来るし、彼らが作戦を練ることもある。今回はたまたま私が指示を出すことになったというだけだ。
「邪魔をしてすまない、私たちにも出来ることはないか?」
「守られたままじっとしているのは、性分ではありませんもの」
作戦を練っているとソフィーアさまとセレスティアさまが、真剣な面持ちでこちらへとやって来ていた。
「いや、しかしっ!」
公爵令嬢さまと辺境伯令嬢さまに何かあると困るので、指揮官が慌てている。
「魔術なら上級のものをいくつか使える」
「ええ、わたくしもですわ!」
マジですか。おそらく護衛として就いていた魔術師たちより威力があるものを放てるようだ。戦力にはならんか、と視線を反らさず私を視界に捉えている。
「私の側を離れないで――」
「――面白そうなお話をしていますね、僕も混ぜてくださいませんか?」
唐突に背後から現れた人が楽しそうな調子の声を上げて、こちらへとやって来るのだった。
◇
――誰だろう、この人。
というのが正直な疑問だった。この緊迫した状況で、おどけた調子で話に割って入ってきた男性。
歳は二十代後半といったところだろうか。細身で銀色の長い髪をひとつに纏めて、柔和に笑っている。そして、またしても顔面偏差値が凄く高い。
「貴方は……何故、魔術師団の副団長殿がどうしてこちらに?」
騎士団の指揮官が驚いた様子で彼に問いかけた。どうやら顔見知りらしい。
「――いえね、念の為にとウチの団長殿からの命令だったのですが、いやはや……このような事態になってしまうとは」
団長というのは魔術師団長のことだろう。魔術師団に所属しているという証の紫色の外套を身に着けているのだから。
過保護ですよねえ、と小さく呟いて視線を殿下たちがいる方向、つまり青髪くんへと視線を向けていた。なるほど、今回の魔術師団からの派遣要員はいつもよりも充実しているようだ。
「そして異様な魔力を感じ取れば魔獣が出現しているではないですか。――これはいろいろと試すチャンスだと思い、お声がけをさせて頂いた次第なんですよ」
軽い調子で喋りながら視線を私へと向けて、礼を取る。
「お初目にかかります、聖女さま。――魔術師団副団長、ハインツ・ヴァレンシュタインと申します。以後、お見知りおきを」
家名を名乗ったという事はお金持ちの家の人かお貴族さまなのだろう。粗相をするわけにいかなくなったので、私も頭を下げる。
「ナイ、と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「先生」
「お師匠さま」
「おや。奇遇ですねえ、お二人とも。元気でしたか?」
簡単な挨拶を終えると、ソフィーアさまとセレスティアさまが副団長さまへと声を掛け何度かやり取りをしている。
言葉尻から察するに魔術の家庭教師でもしていたのだろう。どうやら、師弟関係のようだった。
「しかし、いまだに魔獣の攻撃に耐え障壁の維持をされているとは驚きです」
「打開策が見つからず、膠着状態なのであまり良いとは言えませんが……」
「なるほど。では僕に任せて頂いても?」
「それは構いませんが……」
おそらく剣などの物理ダメージは魔獣相手だとあまり通らないようだった。ならば高威力の魔術となるのだけれど、それを行使できるだけの人がおらず困っており、こうして知恵を寄せ合っていたのだけれど。
魔術師団の副団長を任されるようなひとで、高位貴族のご令嬢の家庭教師を出来るほどなのだから、実力は間違いないだろう。
「では聖女さま、ひとつお願いがございます。魔術を今から行使しますが、周囲の安全を確保して頂けますか?」
「分かりました」
そのくらいならば今障壁を展開維持しているままなので、応用すれば他の範囲にも適応することができるので問題はない。
「ふふふ。――久方ぶりに全力が出せそうですね」
にやりと口角を歪に上げて副団長さまの足元に魔法陣が浮かぶと同時、ぶわりと彼の魔力の奔流が流れて髪を揺らした。
――なんつー馬鹿魔力。
多分今まで出会った人の中で一番魔力の量が高いのではないだろうか。魔力を多く有していると、相手の魔力にも敏感になることがあるそうだ。私は他の人の魔力を感知しやすい体質らしく、彼の魔力を感じ取る。
「……すごい」
「何をおっしゃいます、聖女さま。魔力量ならば貴女の方が僕よりも何十倍も上でしょうに」
魔術を発動させるための詠唱を唱えながら、器用にこちらへと話しかけてくる。どうやら彼も他人の魔力量が分かるようだけれど、随分と余裕そうに語りかけてくる。
場馴れしているのか、器用なものだ。魔術詠唱を一節、二節、三節と唱え、発動威力をどんどん高めていく。
「――"一条の光となりて、降り注げ""彼の者を貫き、絶命させよ"」
四節目、五節目を唱え終わると術が発動した。
「――"風よ、強固なる風よ""我らを害する者から阻み給え""安寧を恵み給え"」
強力な攻撃魔法はフェンリルを包み込み、肉体を霧散させていく。その影響で周囲には強力な衝撃波が襲う。
これは側にいるだけで大怪我どころか死んでしまうレベルであった。そりゃ、副団長さまが私に障壁展開を願うはずだと納得しつつ、割と必死になりながら詠唱を続ける。衝撃波の威力が半端ないので、常に唱えていないと障壁もフェンリルと同様に霧散してしまう。
「ああ、やはり高威力の魔術をこうして撃ち放つのは気持ちいいっ!!」
「……あの人は、いつも変わらんな」
「ええ。相変わらずのようですわね」
いや二人とも、そんなに落ち着いた様子で会話を交わさないでください。その代わりに私が必死なのですから。
はははと笑いながらいまだに魔術を放っている副団長さま。フェンリルは木っ端微塵どころか霧散しているというのに……楽しそうでなによりではあるけれど、そろそろ止めて頂きたい。
「副団長さま。フェンリルはもう消滅しております」
周りへの被害が大きくなってしまうので、さっさと高威力すぎる魔術行使を止めて欲しい。
「ん、ああ。申し訳ありません、聖女さま。こうして僕が遠慮なく魔術を放てる機会はかなり限定されておりますので」
にっこりと気持ちよさそうな笑顔を私に向けながら、ようやく魔術を解いてくれるのだった。はあ、と溜息を吐いて私も魔術の行使を止める。
――一体、なんだろうこの人は。
突然現れ、フェンリルという魔獣をあっさりと倒してしまった魔術師団副団長さまは、大きくけ伸びをしながら『すっきりしました』と一人で喜んでいたのだった。
ちなみに彼の教え子以外の面々はあっけにとられたまま、暫くの間放心しているのだった。
もっと文章で情景を描く力が欲しい……orz