魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0179:サフィールのお仕事。

ナイが褐色の元奴隷の子を二人引き取った。

 

 『面倒を押し付けてごめん、サフィール』

 

 珍しくなんとも言えない顔で僕に謝ったナイ。本当に何をしているのと思うけれど、僕はそんな彼女だからこそ共に同じ時間を過ごしているのだろう。

 引き取った理由は単純なもので、誰も引き取り手が居なかったからだと彼女は口にしたけれど……。まだ幼い姉弟なんだよね、その子たち。年齢は一桁だろうし、働くにも即戦力とはいかないから、誰も手を挙げなかったのだろう。ジークとリンに重ねているんじゃないかと、クレイグと一緒に話をしたけれど態々彼女に聞いたりなんてしない。

 

 「あ、そっちに行っちゃ駄目だよ。その部屋は護衛の方たちの事務所だからね」

 

 子爵邸にある護衛の方々が仕事場や寝泊まりしている建屋に託児所が併設されている。仮に入ってしまっても護衛の皆さんは笑って許してくれるだろうけれど、決まり事は決まり事だから。子供だからといって許されてしまえば、甘え癖が付いてしまう。

 

 「……ごめんなさい。殴らないで」

 

 引き取った姉弟は子爵邸の託児所で預かっている。

 

 「謝らなくて良いよ、大丈夫。殴ったりもしないから。――まだこっちに来て日が浅いんだから、少しずつ覚えて行けば良いからね」

 

 しゃがみ込んで視線を合わせ、ゆっくりとした口調で笑いながら語り掛ける僕。上手くいっているのかなんて分からないけれど、姉弟より背の高い僕だから威圧感は多少なりとも感じているだろうから。

 二人の頭を軽く撫でて、さあ行こうと手を差し出す。意味があまり分かっておらず、きょとんとしている二人の手を取って立ち上がり歩き始める。今から子爵邸の庭に出て、天馬さまたちか畑を見に行こうと、託児所のみんなで決めたのだ。

 

 預かっている子たちは他の託児所職員が面倒を見て、僕は姉弟に気を払っている所だ。アルバトロス王国に奴隷制度は存在しないので奴隷の子供を初めてみたけれど、こんなにも他者の顔色を伺いながらビクビクしているものなのかと憤りを感じている。

 

 でも、幼い頃の僕と一緒だなと感じてしまう。

 

 貧民街に住んでいた同年代の子供よりも非力で出来ることも少なかった僕は、大人の顔色を伺って機嫌を取るしかなかった。ごめんなさいと直ぐに謝っていたし、上目遣いで背の高い大人の顔を見上げていた。時折貰えるおこぼれで日々を凌いでいたけれど、ナイと出会ってから状況が変わったんだ。

 

 『食べる?』

 

 黒髪黒目の僕よりも小さい女の子が、食べ物を抱えたままそう言った。

 

 『え、どうして……』

 

 その時の僕は空腹過ぎて、死んだ目をしていたんだと思う。でも、そんな目をしている人たちは貧民街には沢山居て、気にも止めないのが普通で数日後には息をしていない。

 壁に凭れ掛かって何日食べていないのかすら覚えていなかったし、動くことさえ億劫だった。多分、生きることを放棄していたのだろう。彼女に声を掛けて貰っていなければ僕はもう神さまの下へ旅立っていた可能性だってある。

 

 『今にも死にそうだから』

 

 僕が頼りにしていた大人が数日前から姿を見せていなかった。何かしらをして王都の兵にでも捕まったのだろう。困ったことに頼れる人間が居なくなって、ご飯を得られなくなるし風雨を凌いでいたボロ小屋は他の大人が占拠して追い出されてしまった。

 

 『……放っておけば良いのに』

 

 何故かその時の僕は喋ることが出来た。不思議だったけれど、声を掛けて貰ったことが嬉しかったのだろう。

 

 『今なら食べる物があるから、はい』

 

 そう言って食べ物を渡す彼女の手の上にある物を受け取る気にはなれなかった。だって食べたらまた生きなきゃならないんだ。死んで神さまの下へ行った方が楽なんじゃないかと、大人の誰かが言っていたことを思い出してソレに縋っていたのだと思う。

 

 幼かった僕は大人が言っていたその言葉を信じていた。食べ物を手渡したのに受け取らない僕に呆れたのか、彼女は食べ物を膝の上に置いて立ち去って行った。腐り始めている野菜だったのだろう。腐っている部分はナイが手で毟り取って、遠くの地面に捨てていた。

 後で気付いたけれど、体力が落ちていた僕が腐っているものを口にすればお腹を壊して余計に体力を奪われる。

 

 『なんで……僕なんかに』

 

 本当になんで僕に声を掛けたのだろう。気紛れだったと聞いたけれど、ナイは僕を見捨てたことを後悔したくなかったんじゃないのだろうか。その時偶然にも食べる物を手にしていたから。もしかすれば助けられるかも知れないから。膝の上に置かれた野菜に視線を落とす。

 

 ――また生きなきゃならないのか……まだ生きなきゃいけないのか。

 

 お腹が空きすぎていたし、幼かったから正しいことをきちんと認識出来ていない筈だけれど。その時の僕は死にそうなほどに空腹で生きることを止めていたけれど、結局は食べたいという欲望に負けていた。力なく野菜を手に取って口にする。口の中に広がる水気がやけに多く感じて。何故か凄く甘く感じて。僕は何故か分からず涙を流しながら、野菜を口にしていた。

 

 『あ、生きてる』

 

 そのまま一夜明けた朝。また黒髪黒目の少女……ナイが姿を現した。仲間たちと一緒に僕の前に立つ。

 

 『一緒に来る?』

 

 『何言ってんだ! こんな死にかけのヤツが役に立つ訳がねえじゃねーか! つかコイツの所為で食い扶持が減ったんじゃねーかよ!』

 

 今も変わらないクレイグが大きな声を出してナイに反対する。それはそうだ。僕は腕っぷしに自信がある訳でもなく、頭が回る訳でもない。得意なことは大人の顔色を伺って媚びを売ること。彼の言う通り僕が役に立つ訳はない。

 

 『クレイグ。私が取ってきたものだよ』

 

 『うっ!』

 

 基本的に食べ物は確保した子に優先権があると後で知った。だからこの時のクレイグはナイの言葉に反論できなかったのだ。

 

 『どうする? このままここで死んじゃうか、私たちと一緒に来るか。あんまり状況は変わらないかもしれないけれど、一人よりはマシ……多分』

 

 最後が尻すぼみになっているし、僕と一緒に彼らと生き抜いていくことが出来るか分からなかったのだろう。僕に手を差し伸べたナイの行動に、しばし考える。このまま死ぬか、彼女や彼らとまたお腹が空いたままの日々を送るのか。

 嗚呼、でも。仲間ってどんなものなのだろう。僕は今まで大人の中で媚びを売りながら生きることしか知らない。彼ら彼女らと一緒に過ごしたら、何かひとつ自信が持てる物を見つけられるだろうか。

 

 『――よろしくね』

 

 手を伸ばし掛けた僕の手をナイが確りと握って立てるかと聞いた。どうにかよろよろと立ち上がると、彼女が確りと腕を持って支えてくれる。

 自己紹介をしてナイたちが暮らしているボロ小屋に案内して貰う。どうして助けてくれたのかは未だ分からず仕舞いだけれど。役立たずの僕にいろいろとナイは教え込んでくれたり、僕自身が考えるようにと誘導してくれていたのは分かる。

 

 いつの間にか仲間の中で僕の立ち位置を確保してくれていた。出会った頃に一緒だった子が居なくなったこともあるし、僕が一緒になってから仲間が増えたこともある。少し時間が経ってジークとリンが加わって、教会と公爵さまに拾われた時には今の五人だけだったけれど。一緒に居られなくなった仲間の顔を思い出すこともある。

 

 あの時ああしていればと後悔することもある。決して口にすることはないけれど、ナイもクレイグもジークもリンもそして僕も同じだ。

 後ろを振り返っちゃいけないなんて言わないけれど、前だけを見ていなければ僕たちは生き抜くことは出来なかったから。危ない橋を渡ったこともあるし、無茶をしたこともある。僕たちより頭が回ったナイが一番無茶をしていたけれど。

 

 「あれ、みんなもこっちに来たの?」

 

 ナイが子爵邸の家庭菜園に先に顔を出していたようだ。肩にクロを乗せ、後ろにジークとリンを控えさせている。

 

 「うん。畑のお野菜がどうなるか気になっているみたいで」

 

 「そっか。私も気になってて様子見にきたんだけれど……」

 

 言い淀むナイに畑へ視線を向ける。――ああ、またナイは。いや、ナイの所為なのかな、これって。クレイグがこの場に居れば、盛大に大声を上げて彼女に何かしらの言葉をぶつけるだろうけれど。彼は子爵家の家宰さまの下で仕事の最中だ。

 ジークとリン、そして僕と子供たちしかいない状況では、畑の状況を見て苦笑いを浮かべるしかないのだった。

 

 ◇

 

 ――子爵邸の家庭菜園が……また大変な事になっているのかな?

 

 常識を超えて生い茂る芋にも驚いたし、叫びながら走る人参にも驚いたけれど、家庭菜園だというのにどうして花が咲いているのだろうか。

 

 「ケシがなんで咲いているの……」

 

 ナイがぶつぶつと『剛毛が生えていない』とか『葉が茎を巻いてるじゃん』とか『葉の切れ込みが浅いし!』と言いながら、どんどん顔色を悪くしている。

 彼女の知識は何処からくるものなのだろう。王立学院の特進科に通っているのだから、頭が良いのは間違いないけれど。小さい頃から彼女の知識は豊富で、僕たちが考え付かないことを簡単に口にする。

 当時は賢いのだろうと単純に考えていたけれど、貧民街に住む子供がああも頭を回せるものなのだろうか。出会ってもうすぐ十年弱、ナイは変わっていない。もちろん身体は成長しているけれど、心の成長があまり感じられない。出会った当時から心の幼さは全くなかった。まるで心だけは大人のように。

 

 でも、そのお陰で僕たちが生きているのは事実で。

 

 「ナイ、駄目なの?」

 

 僕には知識がなくてナイに聞くと、使い方次第で毒にも薬にもなる物だからと言った。じゃあ問題ないのではと聞き返すと、勝手に栽培すると国から怒られる可能性があるそうだ。そりゃナイが頭を抱えても仕方ない。仕方ないけれど畑の妖精たちが違法なものを育てるもの……あ、妖精さんだから分からないか。

 

 「……また怒られるのかなあ」

 

 しょぼんとしたナイにクロが顔を寄せてぐにぐにと擦り付けていた。仲が良いなあとその光景を見つつ、畑の一角で花を咲かせている『ケシ』に視線を向けた。ナイが口にしたことのどこに問題があるのかわからないけれど、駄目なものらしい。

 他の場所にはナイが力を入れて育てているとうもろこしに、リーム王国の王子から譲り受けた芋の何世代目かが植えられている。

 えっさほいさと妖精たちが手入れをしていたり、土の中から出て来たミミズを違う場所に移していれば、害虫である虫は畑の外へとぽいと投げている。生き物を殺すことは駄目なのか、害虫に止めはささないから時折畑を見にきて、虫を拾って持ち帰っている。僕が生活している部屋の外に、バードウォッチング用の水場と餌場を作っているので、要らない野菜の葉を頂いて餌場に置くと勝手に食べてくれている。

 

 『ナイ~、大丈夫? 怒られるの?』

 

 その時はボク一緒に怒られるよとクロがナイに伝えている。子供の竜だから『怒る人には僕が怒り返してあげる』と言わない辺り、かなり賢いのだろう。

 

 「どうだろう。アルバトロスの事情次第かな。――というか亜人連合国は大丈夫なの?」

 

 『確かエルフのみんなが薬草として育てていたと思う。痛みが緩和するって言ってたなあ』

 

 ナイの言葉にクロが答えた。そんな便利なものをどうして栽培してはいけないのだろうと疑問に思うけれど、僕の知識不足からくるものだから後で自分で調べてみよう。分からなければナイに聞けば良いのだし。さて、このまま小さいみんなを引き連れたままこの場に留まる訳にはいかない。

 

 「少し早いけれど、戻ろうか」

 

 部屋の中に籠っているだけじゃつまらないと、気分転換に外に出ただけだ。直ぐに戻っても問題はない。僕の手を握ったままの姉弟に顔を向けて、もどろうねと声を掛ける。弟の方はうんと確りと頷いてくれたけれど、姉の方がまだ緊張しているみたいで固まったままだ。

 心を解きほぐすにはまだ時間が掛かるかな。でも、美味しいご飯と温かい寝床があるだけで、随分と気持ちは違う。あとは託児所で預かっている子たちと打ち解けてくれれば良いけれど。

 

 「ナイ、戻るね」

 

 「あ、うん。折角こっちに来たのにごめん。――みんなもまた畑の様子を見にきてね」

 

 「聖女さま、またね!」

 

 「うん。またね」

 

 子供たちと視線を合わせてながら言葉を交わして、手を振るナイを背に託児所へと戻っていく。

 

 周りの人たちはナイの子分とか、黒髪の聖女のおこぼれに預かっているとか考えているかもしれない。孤児院で働いていた頃、おつかいに出ていた時に実際言われたこともある。

 

 ナイが知ると、激怒するから言っていない。事実だし、もし僕がその人と同じ立場なら、羨ましくて言っている可能性だってあるから責めれない。

 この事を知っているクレイグは『馬鹿じゃねーの。羨ましいならナイに直接話してみりゃ良い』と少し怒り気味に言っていた。学院の長期休暇前なら接触できる可能性はあったかもしれないけれど、今は無理だろう。

 教会宿舎から、爵位を得てお貴族さまのお屋敷に移り住んでいるのだから、屋敷に入ること自体がかなり難しい。

 

 僕はナイの祝福を受けているから、出入りに関しては自由。少し前にこれまた愚かな人が屋敷内に侵入しようとして、特製結界に阻まれて騎士たちに連行されていたのを見た。

 ナイの功績に目を奪われて子爵邸侵入という無謀に挑戦したのだろうけれど、あっけなく潰えていたので、ああいう事を考えなしにするものじゃないという良い見本だった。

 

 「二人はなにかやりたいことはあるの?」

 

 手を繋いだ姉弟に聞いてみる。希望や未来の絵が心に宿っているのなら聞き出して、その道へ進むことの応援もできる。

 

 「わからない。――ご主人さまの言うことを聞いていればご飯が貰える」

 

 警戒心を解かないまま僕に答えてくれた姉の子。先はまだ長そうだと苦笑い。

 

 姉弟を教会の孤児院へ預けることも考えていたけれどナイ自身が引き取った。少し前に貧民街から兄妹を孤児院へ預けたから無茶は出来ないよねえと言っていた。

 教育を施して数年後にはナイが持っている男爵領で暮らせば良いだろうと話していた。迫害や差別を受けるようなら子爵邸で面倒をみるとも言っていたけれど、姉弟に何かしらの希望があれば叶えてしまうのだろう。ナイは出来る力を持っているんだし。

 

 「そっか。なら、何か見つけないとね」

 

 姉弟に何が合うのかなんて分からないけれど。まだまだ先は長いのだから気長にいかなきゃ。

 

 『おや、みなさんでお散歩ですか』

 

 最近産まれた仔天馬さまが空を飛び始めた為にエルとジョセは仔天馬さまのルカに付きっ切りで面倒をみていた。慣れてきたのか放っておいても大丈夫と判断されたみたいで、少しづつルカが一頭で居る時間を増やしている所らしい。

 

 「エルだー!」

 

 「エル、背中に乗せて~!」

 

 こちらへとゆっくり歩いて来るエルに群がっていく子供たち。天馬さまのエルはみんなに紳士的で穏やかに接するので、子供たちに凄く人気だ。彼の番であるジョセも優しくて穏やかだけれど、最近はルカに手を掛けている為に会う時間が以前よりも少なくなっている。

 

 「駄目だよ、エルも忙しいんだから」

 

 『構いませんよ。あまり時間は取れませんが、この子たちの希望を叶えるくらいは容易いことですから。――この子たちは?』

 

 「あ、うん。最近預かった子でね、隣の大陸出身なんだ。しばらくここで生活するからよろしくね」

 

 『はい。――こんにちは、お二人さん。天馬のギャブリエルと申します。みなさんはエルと呼んで下さるので、お二人も呼んで下さると嬉しいですね』

 

 顔を下げて挨拶するエルに驚いて、僕の後ろに回った姉弟。ぎゅっとズボンの裾を握って、じっとエルを見ている。敵意があるのか、自分をどう見ているのか考えているのだろうと当たりをつけた。

 

 「大丈夫だよ。君たちを傷つける人じゃない。怖くないって言っても分からないかもしれないけれど……」

 

 難しいなあと苦笑い。でも言葉を尽くせば、難しい言い方でも案外感じ取ってくれるから、僕はこうして口に出す。エルは人じゃなくて天馬さまだけれど、僕の意図は理解してくれているようで静かに姉弟を見てる。

 

 『いきなりは難しいのでしょうね。――私はこの子爵邸でお世話になっております。またお会いしましょう』

 

 姉弟に挨拶をして、他の子供たちの下へ行った。まだ固まっている姉弟に顔を向けて大丈夫と聞いてみれば、興味があるのかエルの方へ視線を向けたままだ。

 あと少し時間が取れれば打ち解けるのも時間の問題だろう。感情が死んでいなくて良かったと、自然と笑みが零れる。

 

 「乗れないー!」

 

 「誰か手伝ってー! サフィール兄ちゃん助けて!!」

 

 補助する人が居ないから子供たちはエルの背に乗ることが出来なくて困っている。

 

 「ちょっと待っててね」

 

 繋いでいた手を放して姉弟を他の方へと預けて子供たちの下へと行く。二人に明るい未来の道が開きますようにと、空に向かって願うのだった。

 

 

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