魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
そろそろ雨が降りそうな感じだった。リンの勘が当たったなあと空を見上げる。魔術の使い過ぎで少々眠気が襲っているけれど耐えられないことはないし、戻る準備もしなければならないのだから眠っている暇などない。
「持ちそうにないね」
王都へと辿り着くまでに。まあ馬車に乗れば幌がついているので問題はないけれど、道が整備されていない所はぬかるみで車輪が嵌まって抜け出せなくなったりするから避けたい所だ。
「だな」
「だね」
怪我をしていて治癒が必要な人たちは粗方治したので、そろそろ移動が始まるはず。帰る準備をしようと陣取っていた場所へと荷物を取りに来ていた。
沢から汲んでいた水を念のために火を熾していた場所にかけ、寝床として利用した木材やらは邪魔にならない場所へと移動させ。出したゴミは持ち帰って、教会の宿舎で処分しなければ――といってもそんなに量はないけれど。
「嬢ちゃんたち、すまんな。気軽に楽しめと言ったのにこのザマだ」
片づけに追われていた私たちの下にやって来たのは隊長さんだった。どうやら怪我もなく無事に切り抜けたようでほっとする。
「隊長さんの所為ではないですよ」
本当に。魔獣が襲来するなんて誰も予想していなかっただろうし、本来ならばお貴族さまたちに野宿や野営を経験させるというのが、一番の目的だったはずだ。
ジークやリンも彼とはやり取りする仲なので、私の言葉に頷いている。
「まあ、魔獣なんてもんが出現したってーのに、死んだヤツがいないことだけは有難い。新兵共も初陣を生き残ったんだ、これからの糧になるだろうよ」
そんなことを言いながら私の足元から胸にかけて視線を動かす隊長さん。
「羽織っておけ。その格好よりはマシだろう。また今度会った時にでも、返してくれればそれでいい」
施術をしていた為に服が血で染まっている。おそらく洗っても落ちないだろうなあと苦笑いしつつ、頭から被せてくれた隊長さんが使用している官給品になる黒色の外套の裾を掴んで、キチンと羽織る。
「――ありがとうございます……ちょっと臭いますが」
冗談ではなく、少々中年臭がしたのだった。性別が違うので余計に感じ取りやすいのだろうし、一日中着ていたらそりゃ匂いも移る訳だから、仕方ないし許容範囲だけれど。とはいえ、以前に言われたことを私はしっかりと覚えていた。
「おい、まさかお前さん、最初のあの言葉をいまだに根に持ってたのか!?」
「さて、どうでしょうか」
くすくすと笑いながらそう返すと、後ろ手で頭をボリボリ掻きながら困った顔をする隊長さん。
『臭い』と連呼されたあの時の意趣返しがようやくできたとほくそ笑んでいると、魔術師団副団長さまがこちらへとやって来た。
「先ほどは話を遮られましたから、きちんと貴女とお話をと思いまして」
細い目を細めこちらへぐっと顔を近づけてくる副団長さまの勢いに気圧されて、少しだけ背が反ってしまう。一体なんの話だろうか。
隊長さんは自分よりも偉い人が来たと悟ったのか、礼をしてこの場を後にした。
「……はあ」
「僕の下で魔術を――いえ、違いますね。貴女のその下手糞な魔力の扱い方から学びましょうか。魔術はその後からでも十分に間に合うでしょうし、むしろ先にそちらを習得しなければ貴女の本領が発揮されない」
私の言葉を待たず口を開くので、答えを返す暇がない。この手の人って自分が満足するまで喋り続けるだろうから我慢するしかない。
「魔術を愛する全ての者に対する冒とくですよ、本当に。何故教会は貴女に優秀な教師を付けなかったのか甚だ疑問です。いえ、その魔力量であれば城の魔術陣に魔力を補填することは余裕でしょうから、そちらの方に重点を置いていたのかも知れませんね」
ジークとリンは話が長くなると早々に判断したのか、近くで帰る準備をいそいそ続けていた。いや、一緒に聞いて欲しいんだけれど、この副団長さまの長口上。
「嗚呼、やはりなんたる失態。教会より先に貴女を知っていれば聖女になどならず、私の下でその有り余る魔力を十全に問題なく……いえ、魔術を超えた前人未踏の魔法の域へと到達していたかも知らないというのにっ!」
それ、教会より先云々は問題発言ではと首を傾げつつまだまだ副団長さまの言葉は続く。誰か止めてくれないかなあと願うけれど、助けてくれる人は居らず。
頭を抱えたり両腕を広げたりと忙しなく動いている。やはり魔術師は変態なのだなあと強く実感し、どうしたものかと考える。
魔術をきちんと使えるようになるのは有難いけれど、正直、学院と聖女の仕事を両方こなすので手一杯である。
「副団長さま。有難い申し出ではありますが、公爵さまからのご厚意によって学院へと通いながら、聖女としての務めも果たしております。非才な身故、三つも掛け持ちをする器用さを持ち合わせておりません。――ですので……」
「なるほど……残念ですねえ……僕の見立てが正しければ、貴女はこの大陸を一人で落とせる力をも手に入れられるというのに……」
「流石にそれは」
「冗談ではありませんよ。魔術に関しての嘘は僕は吐きません。そのくらい貴女が有する魔力は多いのです。――仕方ありませんね、諦めるとしましょう」
お邪魔をして申し訳ありませんでした、と礼をして私の下を去っていった。
ふと、彼は魔術以外のことに関してならば嘘をついてしまうのだろうか……。
雨が降る前に嵐がやってきたような気分になるのだった。
◇
――ついに雨が落ちてきた。
日暮れに近い時間、暗くなるのはいつもより早く。隊長さんから借り受けた外套は、軍の官給品だからか防水仕様だった。
おそらく雨が降ることも想定していたのだろう。顔に似合わず気遣いのできる人である。
「大丈夫か?」
心配そうにジークが私の顔を覗く。
「大丈夫だよ」
「本当に?」
リンが横に並んだまま、手に持っていた私の荷物を一つやんわりと奪われてしまった。
「疑い深いなあ……」
「そう言って倒れたことが何度ある」
はあと溜息を零すジーク。魔力の使い方が下手糞で治癒を施したあとに倒れたことが何度もある。どうやら多すぎる魔力量が体に負担をかけているらしい。
だから魔力を制限する魔術具を公爵さまより賜っていた。今回、壊れてしまったので制御が甘々なまま、魔術を何度も使ったので心配なのだろう。
そんなやり取りをしつつ荷物を背負い歩くこと暫く、森から抜け入り口で待機していた帰りの馬車へ乗り込もうとしたその時だった。
「おい、何故アリスが拘束されているっ!!」
「殿下、彼女は無謀な行動で我々騎士や軍の人間を危険に晒しました。その為の処置であり当然のことかと」
すごい剣幕の第二王子殿下と、森の中にいた指揮官さんよりもさらに上の階級のお偉いさんだった。お偉いさんはずっとこの場で待機をしていたようである。
野営の為に天幕がいくつかあるので、有事の際には動くつもりだったのだろう。――魔獣襲撃の報を受ける前に魔術師団副団長さまが倒してしまったので、出番はなかったようだけれど。
「なんだと……! 守るのが貴様らの仕事だろう、その職務を怠慢した貴様らの方が余程罪深いではないかっ!!」
「部下から報告を受けましたが、確かにあの場でその女を止められなかったことは痛恨の極みでしょう。彼女が余計な行動を取らなければ、殿下方は安全に後方へと避難できていた」
「貴様ぁ……!」
殿下が騎士団のお偉いさんに噛みつくけれど、あまり相手にされていない様子だった。雨に濡れている所為なのか、美男子度が上がっているけれど、その台詞は如何なものか。本来ならば、彼女を諫める立場であるはずなのだけれども。
「ヘルベルトさまっ……! この人たち怖いっ!」
騎士に囲まれ槍で抑え込まれているヒロインちゃんが必死に助けを求めているけれど、あの突然の飛び出しを知っている人たちは冷めた目で見ている。
可哀そうと呟いている学院生もいるけれど、それは平民出身者と家格が低い出の人たちだった。
どうにもヒロインちゃんが殿下たち五人にチヤホヤされているのを見て、一部の人たちは羨ましそうな視線を飛ばしてた。
外側だけみるなら玉の輿だし逆ハーレム状態だから、夢見る女の子たちの間では持て囃されていた。『私もあの女の子みたいに、カッコいい男の子たちから可愛がられたい』と。
貴族の男性に可愛がられても女性側に確りとした地位がなければ、将来の立ち位置は愛人まっしぐらだし下手すれば、婚約者や奥方からのやっかみで最悪処分されそうなんだけれども。
夢をみれて羨ましいなあと目を細めつつ、助ける術も理由もないなと首を左右に振る。
「待っていろアリスっ! 必ず助けるっ、父上に話を通せば悪くなるのはこいつらだっ!」
職務を忠実に全うしている人に自身が持つ権力を使って追い落としを掛けないで欲しい。
「殿下、これ以上は……――貴様ら、彼女には絶対に手を出さぬな?」
事態を見かねたのかソフィーアさまが殿下の助け舟に入る。理由は分からないが、取り合えずこの場を収めたいらしい。ヒロインちゃんに手を出さないことを騎士の人たちに確約を求め、この場では殿下に納得してもらおうという腹積もりらしい。
彼女にしては珍しい行動だなと、視線を横に少しずらすとセレスティアさまが鉄扇を広げて忌々しげな顔をしていた。真意は分からないけれど、この事態はあまり好ましいものではないようだ。
王族の無様を晒しているだけだものねえ。
「はっ! この剣に懸けまして」
騎士が持つ剣は国王陛下から貸与されているものと聞く。正規の騎士団へ入ると国王陛下から直接授与されるそうだ。そして騎士を辞める時は国へ返還する。
王国に忠誠を誓っている騎士が、ああいう言い回しの時は絶対に嘘はなく、己の命を賭けての言葉である。
「わかった。――殿下、この場はお納めください。後ほど、彼女には弁明の機会が与えられることでしょう」
「………………っ!」
ソフィーアさまはヒロインちゃんが助かるとは言っていないし、弁明の場が与えられると言っただけで、どういう処遇になるのか決まっていないようなのだけれども。
大丈夫かと若干心配になりつつ私ではどうしようもない。心配そうにヒロインちゃんを見つめている、五人衆から視線を反らして二人へと移すと私と視線が合う。
「すまないな、私がもっとしっかりしていれば良かったのだが……」
「ええ、そうですわね。手綱はきちんと握っておかねばなりませんもの。もちろん、あの女もですわ」
ゆっくりと私に近づき、何故か二人でまた罵り合っている。恒例行事と化してるな、これ。苦笑いをしながら、余計なことを言いそうなのでだんまりを決め込んでおいた。
「……それは貴様にも言えることだろうに、全く」
はあと盛大に溜息を吐きたい所だろうけれど、周囲に人がいる為にそんなことは出来ない二人。気ままに生きている私からすれば、彼女たちは家に縛られた囚われの身である。
そんな囚われの身であるはずの彼女たちと今日はいやに絡む日だった。接点なんて無かった……いや、彼女たちに名前呼びを許された時点で、縁は出来てしまっていたのか。
公爵家や辺境伯家の当主ではないのだし、同じ学院生なのだからこうして話すことも不思議ではないかと一人納得して、空を見る。
「酷くなってきたな」
私は借りた外套で雨を凌げているけれど、二人は雨ざらしだった。
「自慢の髪が台無しですわ……」
おそらく朝に侍女の人が丁寧にセットしてくれているであろうセレスティアさまのドリル髪がしな垂れていた。この雨では仕方ないのだけれど、今日は誰があの形状に仕立て上げたのだろうか。
まさか自分でやったというのならば、辺境伯家のご令嬢だというのに器用なものである。辺境伯家の立地的には、有事の際に自分自身のことは自分で出来るようにと、仕込まれているかもしれない。
「――"雨よ止め"」
防御系魔術の応用だ。詠唱が凄い雑というか最初に術を組んだ人の適当さが思い知らされるというか、そのままの詠唱で最初に習った時には笑った記憶がある。
こういうのってセンスが問われるし、ダサい詠唱だと笑われてたりする。でも最初に術を組んだ人なので、魔術師として尊敬はされているそう。
そこからアレンジを加え威力を強化したり、攻撃速度を上げたり、連撃するようにしたりと、術師の技量が問われるらしい。私はセンスや技量なんてないので、豊富な魔力量で誤魔化しているだけだ。
「雨が」
「止みましたわね」
本当に雨が止む訳ではなく、頭上に防御魔法が展開しているので止んだように錯覚するだけである。傘がないし、これで少しはマシになる、だろう。
――あ、まずいな。
そう感じると、鼻から暖かいものが垂れるのを感じて手をあてる。魔力を使い過ぎたのと、術を行使しすぎたようだ。
「なっ、おい!」
「血が!」
単純に鼻血が出ただけなので、慌てる二人に空いている方の手を上げて『大丈夫』と伝えた。
「――んぶっ」
ジークの手が顔に伸びてきたと同時、手ぬぐいがあてられた。割と雑にあてられ、鼻に痛みが走ると同時に抱きかかえられる。
「貴族のご令嬢方には刺激が強いでしょう、この場を辞することをお許しください、では。――行くぞ、リン」
「うん、兄さん」
私の耳元で声が響いたのはリンの声。どうやらリンが私を抱えたらしい。
「あ、おいっ!」
ぽいっと幌馬車に乗せられて、顔を見合わせて困惑している二人が見えたのだった。