魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
取りあえずは陛下に報告だなと報告書に上げ提出すると、既に大聖女さまから話を聞いていたみたい。彼女の話の内容で私との面会を許可したのだろうなと納得しつつ、今後の方針や方策を考えようということになった。
東大陸の帝国がどう出て来るか全く分からない。ただ黒髪黒目信仰であれば、強硬策に出て来る可能性はあるだろうが、私に対しては無理矢理な行動には出辛いだろうと。初手ならば外交的手段を取って私との接触を図り、希望が無くなれば強硬手段――拉致や戦争――となる筈という。
「私に価値なんて無いのに」
城での報告と今後の対策会議から戻り、執務室でみんなと話している所。帝国にとっての価値なんて黒髪黒目であることだけではなかろうか。魔力量が多いのも魅力的かもしれないが、魔力持ちの数を集めれば補うことが出来る。
「馬鹿を言うな。まだお前は自身の価値を理解していないのか……」
額に指を当てつつ大きなため息を吐くソフィーアさまに、セレスティアさまは無言で圧を放っていた。
「アルバトロス国内でならば理解しております……多分。ただ帝国という強大な国が一人の人間を慮ることがあるのかな、と」
一応、アルバトロス国内での私の価値は理解しているつもりである。週に一度王城に出向いて魔力陣への魔力補填、クロを亜人連合国から預かっている。他にもやったことがあるけれど割愛。
黒髪黒目を信仰しているようだから大事にするのは分かるとして。でもそれって保護という名の利用だし、何かしらの目的があるとしか思えない。帝国の思惑が全く読めない所が痛いけれど、なるようになるしかない。
「こちらの大陸でも珍しいのですから、帝国が欲しがるのは当然。――もちろん貴女を簡単に手放すつもりなどありませんが」
セレスティアさまが鉄扇をばっと広げて、口元を隠しながら言い切った。これについてはアルバトロス王も上層部も同意見。私はアルバトロスに所属している貴族だし、簡単に手放す訳はないと。仮に手放せば王国の民や亜人連合国からの反発は必至。
「私も帝国に行く気なんて全くありませんから」
うん。これだけは言い切れる。
以前の生活環境であれば話の内容次第で帝国へと渡っていたかもしれないが、幼馴染を放っておけないしクロや天馬さまに畑の妖精さんたちが居る。私の後ろ盾になってくれているアルバトロス王家や公爵家に辺境伯家も。
もちろん、ソフィーアさまやセレスティアさまに子爵邸で働く人たちに、私が発破を掛けたテオやレナに元奴隷の姉弟。亜人連合国の方たちや教会のみんなにアリアさま、ロザリンデさま。リーム王国の聖樹を枯らした責任もあるし、リームの行く末も見守らなければ責任放棄も良い所。
自分の身勝手で離れると困る人たちが居るのは理解している。まだ帝国から声が掛かった訳ではないけれど、なにかしらのアクションがあるはずだ。
向こうは大陸を支配している巨大国家であり、アルバトロスは大陸に沢山ある内のひとつなのだから戦力差は明白である。ただ、離れているのが救いで攻め入ることは簡単ではない。だったら最初に取る手段はやはり外交による接触であろう。
『ナイは古代人の先祖返りだからねえ』
執務室の籠の中で大人しくしていたクロが唐突に声をだし、ソフィーアさまとセレスティアさま、そしてジークとリンが驚いている。
「は?」
「クロさま、何を仰っているのですか?」
あ……私が古代人の先祖返りの可能性があると、みんなに報告するのを忘れてた。クロが喋ったことで吹っ飛んでいたし、いろいろとあったし。
というか副団長さま辺りは気付いていても良さそうだけれど。黙っていたということは何かしらの理由でもあったのだろうか。案外、私のようにうっかりしていたとか言いそうな気もするし、取りあえずは今目の前で静かに怒っている人たちの対処である。
『文献とかに残っていないのかな? こっちの大陸に住んでいた人間は元々黒髪黒目だったんだよ』
その言葉に驚く面々。そこから察するに、あまり知られていないことなのだろう。クロによれば大陸の古代人たちは東大陸から来た人たちとの混血化によって数を少なくしていったと。東大陸からの移民がなければ大陸の古代人の方たちは数を減らすことはなかったのでは。東大陸の人たちの黒髪黒目信仰がいつから始まったのかは知らないけれど、こちらの大陸の人間を巻き込まないで欲しい。
「ではナイは……古代人の血を色濃く引いている為に多大な魔力量を持つという訳なのか」
『うん、多分ね。だからボクたちはナイに親しみを持つんだろうねえ』
クロが籠から飛び立って私の肩へと移り、顔をすりすりと擦り付けてくる。みんなは私を更に凝視しているのだけれど、いつも見ている私に変わりはない。
「黒髪黒目の方が珍しいのは、そういう理由がありましたか」
『向こうの大陸から来た人たちと混血が始まって数を減らしていったんだけれど、帝国って国が黒髪黒目の子を崇めているなんて皮肉が効いているね』
確かに。東大陸では黒髪黒目は最初から少なかったのだろうけれど、遠い昔のこちらの大陸では普通に居たのだから。長く生きていたご意見番さまの生まれ変わりだからこそ、知っている情報だったということか。
『ナイ、帝国に行かないよね?』
こてんと首を傾げてクロが私に問いかけてきた。みんなもクロと同意のようで、少し憂いを孕んだ視線を向けてくる。
「さっきも言ったけれど、行かないよ。もし私が無理矢理に連れていかれたら舌でも噛み切ろうか」
一度死んでいる身だし、生まれ変わって貧民街で暮らしていた頃に命を落としていた可能性だってあるのだ。今更自分の命に拘るつもりはないが、悲しんでくれる人が居るのを知っているから、そう簡単に出来るものではないが。
『それは駄目だよ。ボクが絶対に助け出すから――』
そう。だからこそ死を選ぶのだ。迷惑を掛けるくらいなら、自分の為に誰かが命を落とすくらいなら。くつくつと笑いながら舌を噛み切ると言った私にクロが困ったような顔を浮かべた後に、意外な人物が反応した。
「――ふざけないでっ! 絶対に駄目だよ、そんなことしたら!!」
「リン……」
ずかずかと大足で私の下へとやって来て、椅子に座っている私をじっと見下ろしていた。椅子から立ち上がってリンと相対する。
「……ごめん、冗談だったけれど」
『リン、ごめんね。ボクが変な事を言い出したから』
クロが私の肩からリンの肩へ飛び乗って、顔を擦り付けている。クロが私以外の人に顔を擦り付けるのは珍しい。泣きそうな顔で耐えているリンの頬に手を伸ばす。
「……居なくなっちゃヤダ。置いて行かないで」
屈められた腰の所為でリンの顔が嫌に近い。手をどうにか彼女の頭へ伸ばして髪を梳く。
「ごめん。行かないから、そんな顔しないでよ、リン」
がばっと腕を回されて抱きしめられる。ソフィーアさまとセレスティアさまが気を使って部屋を出ると目線で訴え、私もそれに頷き返す。ジークも部屋を出て行こうとして、部屋の扉の前で立ち止まる。
「ナイ。お前が居なくなるなんて考えていないし、お前が行きたいと言うなら止めやしない。――だが死ぬことは絶対に許さない」
普段より半音落としたジークの声が嫌にクリアに耳に届く。
「ん、肝に銘じておく」
その言葉に私が頷くと彼が納得したのか部屋を出て行った。
「リン、今日は一緒に寝ようか」
「……」
黙ったまま頷くリンに苦笑いを浮かべながら、暫くこうしてじっとしているのだった。
◇
――思い出した!
褐色肌の奴隷で思い出すべきだったけれど。そう、思い出したのだ。黒髪の聖女さまへ近況と教会の進捗を記しつつ愚痴を込めた手紙を認め、届けた後で思い出したのだ。
聖王国やアルバトロスを舞台としたゲームは三本出てシリーズは終わった。けれど乙女ゲーム開発会社が作った次作。IPタイトルを変え、セカンドIPとして売り出したのである。
セカンドIPは売れないと噂されるゲーム業界で思い切ったことをしたけれど、前作ファンを繋ぎとめる設定は残してあった。
セカンドIPはファーストIPの隣の大陸が舞台だった。褐色肌の人たちが多く住む大陸で、黒髪黒目の女神さまがこの大陸を作ったと言い伝えが残っており。前作シリーズの大陸が隣にあるという。
黒髪黒目の女神さまは大陸を創り出した立役者。その血を引き継ぐ者が大陸に数は少ないながら残り細々と生き、大陸が飢饉や流行り病に困った時は知恵を貸し、多大な魔力で多くの人々を救ったとか。
そんな伝承が残っている為に、黒髪黒目を持つ者は東大陸では保護され、丁重に扱われていたのだ。しかしこの百年、黒髪黒目を持つ者は東大陸に現れることはなく。隣の大陸へも帝国は足を延ばす為に奴隷を隣の大陸へと放ち、適当な理由を付けて『黒髪黒目を持つ者を差し出せ!』と要求したけれど見つかるはずもなく。
その足掛かりとなったのが大陸南東部の国である。
結局、聖王国やアルバトロス王国がある大陸でも見つからず、黒髪黒目の者を召喚することになって呼び出せれた子がセカンドIP乙女ゲーム一期の主人公だった。黒髪黒目の主人公は帝国で国賓扱いとして、学園へ通いながらそこに通う王族や貴族たちにちやほやされつつ、恋愛へと発展していくのだけれど。
こちらの大陸で黒髪黒目の人……黒髪の聖女さまを見つけてしまったのだから、異世界召喚は執り行われる可能性は低い。
確かセカンドIPのゲーム開始時期は私たちが十六歳を迎えた四月から。何故同時期か分かるのかは、おまけシナリオとしてゲスト出演したアリスとアリアの存在があったから。十六歳になった彼女たちが、おまけシナリオで少し出演していたのである。
「どうしてこんなことに……!」
自室で一人机に座って、頭を抱えながら小さく呟く。黒髪の聖女さまさえ居なければ、こんなことにはならなかったのにと恨み節を唱えたくなる。異世界から……日本から年若い女の子が身一つで異世界へと呼ばれるのは阻止出来たんだと思う。
異世界召喚なんて無許可の連行だし、戻れない可能性だって高い。実際、ゲームの中でも帰れるか帰れないか分からないと、ゲームの主人公は告げられていた。ヒーローと恋仲になるから、元の世界を捨てて最後までこの世界で生きると決意していたシーンがあった。
「ゲームだから面白かったけど……実際に拉致された人を見たら普通に接することが出来るのかな……」
異世界召喚を実行するのは帝国だから関わることはないだろうけれど。実際に自分の近くにそんな人が居たら……日本人が居たら、懐かしさに駆られてホームシックにでもなりそうだ。召喚された人がこの世界に馴染む保証もないのだし。
私は前世にケジメは付けている。死んだという記憶が残っているし、この世界で生きているという実感があった。ゲームだからという甘い気持ちを捨て去ることが出来た、黒髪の聖女さまには感謝している。
ゲーム三期は勝手にやって来るのだから、安穏に生きて主人公の友人を演じていれば良いのだから。貴族の家でぬくぬくと生き、あの黒髪の聖女さまに出会った。怖かったけれど、私が前を見ることが出来たのは彼女のお陰。
「大丈夫かな」
黒髪の聖女さまを起点にして様々なことが起こっている。アルバトロスで起こったことは断片的にしか分からないけれど、アリアやアリスを押しのけて黒髪の聖女さまが政治の世界で名を売っていた。
一期ヒロインであるアリスの代わりに亜人連合国へ魔石……いや、魔石から変化した卵を返還して亜人連合国と交流を持ったことを。アリアを目的にしていた二期ゲームのヒーローたちの思惑は、黒髪の聖女さまに向けられそれぞれの結末を迎えていたことを。
乙女ゲーム三期のシナリオが瓦解している為に、褐色の奴隷のことなんて忘れ去っていたことを。
急いで大聖女の名前を使って大陸南東部の国の教会へ情報収集を掛けると、案の定、かなり奴隷の扱いが悪い彼の国に対して帝国から抗議が入っていた。帝国からの使者に『アルバトロスには黒髪黒目の聖女が居るっ!』と、帝国の使者へと口にしてしまったのだ。
――終わった。
身体の力が抜けてしまうのが分かったけれど、報告を受けた際にその場にへたり込まなかった私を褒めて欲しい。
軍事力という面では帝国の方が優れているだろう。魔術と科学を融合させた技術力を持ち、魔石の力で空を飛ぶ飛行艇を有しているのだから。流石にミサイルやロケットの技術はまだないけれど、大砲を飛行艇に備え付けている。
魔術師の数が少なく航空戦力を有していないこちらの大陸の国だと、簡単に負けてしまう。IPを変えた理由は、飛行艇や科学が進んでいることにより世界観が少し違う為、ゲームメーカーも思い切った決断をしたのだろう。
引き篭もりのアルバトロスと揶揄されている、黒髪の聖女さまが所属している国となると少し話は変わってくるのだろう。優れた魔術師を多く有し、亜人連合国と共同歩調を取っている。航空戦力は竜で代替えでき、大砲よりも優れた魔術師による広範囲魔術で対抗することも可能だ。
だからこそ私は慌ててアルバトロス王に懇願し、黒髪の聖女さまへの面会を希望したのだ。
「……話が通じないなら全部話すつもりだったけれど」
アルバトロスの方々も黒髪の聖女さま自身も帝国の動向には気を付けると言ってくれたから、私の前世やゲームの話をすることはなかった。突拍子もない話だし、ゲームのシナリオから乖離しているので信憑性というものは低くなってしまうけれど。
黒髪の聖女さまの身に危険が及べば、亜人連合国の方たちが黙っていない。大陸を火の海にする訳にはいかないと覚悟してアルバトロスへ向かったのに、流石に東大陸の巨大国家である帝国の動向は、大陸内部に位置するアルバトロスでも無視はできないようで。
「私がやれることはやったよね?」
どうなのだろう。ゲームから乖離しているから不安しかないけれど。本当にままならない状況になってしまった場合、私はどういう行動を取るべきだろうか。
教会の立て直しに尽力してくれたみんなの命を失うようなことがあってはならない。かといって、帝国に頭を垂れるなんて、属国や植民地支配を受けるようなこともあってはならない。
ならば。帝国がなにかしらの武力的手段に応じた場合は……覚悟を決めるしかないのだろう。
勝って聖王国民としての誇りを守るか、負けて失ってしまうのか。何も行動に起こさないまま負けてしまうなら、戦って誇りを失う方がまだマシだ。
前世でなら、戦争で命を失う位なら負けてしまえば良いと口にしていただろうけれど。そうなった時に訪れてしまう状況が予想できてしまうから。誇りを失ってしまうのは分かっているのだから。
「アルバトロス……かあ」
聖王国の状況は随分と落ち着いてきている。切っ掛けは私だったけれど、先々代の教皇さまや残ったマトモな方たちによって聖王国の未来への道筋が作られた。私も協力したけれど、微々たるもの。私が居なくとも聖王国は上手く回るのだ。
黒髪の聖女さまによって、この世界は大陸は聖王国はどうなってしまうのか全く想像が付かない。なら嵐の真ん中へ入ってしまい、情報収集を行ったり黒髪の聖女さまへ助言が出来るのではと頭に過ぎる。
もちろん私一人で決められることではなく、まずは聖王国の方々の許可とアルバトロス王の許可に、黒髪の聖女さまへのお伺いが必要だろうけれど。
帝国の王子さまを始めとした攻略ヒーローたちの思惑をどうにかこうにか記憶の奥底から引っ張り出す。黒髪の聖女さま相手だと恋や愛が目覚めることはないだろうし、ゲームのヒーローたち全員がアルバトロスへ向かう可能性は低そうだ。
「でも黒髪の聖女さまらしい」
波乱は確実に起こるのだろうと、部屋の天井を見上げる。帝国が動き出すのがいつになるかは分からない。その為の準備はある程度しておくべきかなあと考える。
私がアルバトロスへ向かうのは迷惑になるかもしれないけれど、助言くらいなら出来るだろうし。あとの判断は黒髪の聖女さまが決めれば良い。彼女が間違った判断をするとは思えないから。
そういえばファーストIP三期の主人公って何をしているんだろう……。ヒーローたちは聖王国の貴族の子息ばかりなので、落ち目の彼らと結ばれなくて良かったと安堵しているけれど。
流刑に処されたこちらの国へやって来たヴァンディリアの元第四王子殿下も私の周りをウロウロしているけれど、大罪人であるとみんなに知らせると見る目が厳しくなっていた。私と接触を試みる前に周りの人たちに止められるようになってホッとしている。
聖王国教会の中庭でイキり倒している、銀髪オッドアイの青年もあと少ししたら他の国へ渡るらしいけれど、彼が反省することはあるのだろうか。彼が犯した罪を知った時は絶句して、暫く何も手に付かなかったけれど。
いろいろと気にしても仕方ないし負けだから、みんな強く生きてと心の中で願うのだった。そして私自身も強く生きなければと心に誓うのだった。