魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
どんどんと大きくなってくる帝国の使者が乗っている編隊は、王都の上空を何度か旋回しながら速度と高度を落としつつ、小麦畑の上を穿ちながら着陸を行った。
某アニメスタジオが制作した映画のワンシーンを見ているようだった。飛空艇もそのアニメのものによく似ているし。アニメの内容も冒頭で大国から小国へ目的があって訪れていたはず。
展開は飛空艇から軍隊が降りてきて、民や要所を制圧した後に小国の長を切り殺していた。それよりマシだけれど、一歩間違えていればそうなっていただろうし。小麦畑に人が居なくて良かった。どうなるか分からないから農家の皆さまには外出禁止令を出したそうだから。飛空艇の質量の大きさに大地が揺れ、暫くすると収まる。
「ぬう……!」
一ヶ月ほど前に種籾を播き約半年後には収穫する小麦畑に被害が……。六機編成だった為にその分被害が多くなっている。
公爵さまが厳しい顔をして、私が誕生日に贈った杖をガツンと地面へ打ち付けた。丈夫なヤツを贈って良かったと横目で見つつ、ご飯……食べ物を粗末にしていることに腹が立つし、丹精込めて作ってくれている農家の方々にとって大事な収入源だ。他国だからと言って荒事を犯すのは良くないだろうに。竜の方々だって気を使って空いていた広場へ舞い降りてくれていたし、本当になんだろうか。まあ、飛空艇では細かい操作が出来ないから止むを得ずなのかもしれないが。
『あ、魔力が漏れてる!』
「む」
お婆さまの声にハッとする。感情的になっては駄目だと自分に言い聞かせて、どうにか落ち着いた。
『あら、残念。けれど、ああやって生き物や植物を蔑ろにするなんて……良い物じゃないわね』
私の肩の上に乗り手を伸ばして私の顔を支えにしながら、お婆さまはそんな言葉を言った。彼女の台詞には百パーセント同意する。食べ物を粗末にするのは頂けないけれど、おそらく前もってなにかしらのやり取りはしている筈だ。それに農家さんへの補償もあるのだろう。陛下がその辺を抜かることはなさそうだから。
「……元に戻すのは大変な作業になるな」
「ええ。人夫が必要となりましょう」
ソフィーアさまもセレスティアさまも優秀な方だ。ざっくりと被害額の計算くらいは、直ぐ出来るのではないだろうか。何にせよもったいないことをしたなあと残念になる。緑色の絨毯が綺麗に広がっていたのに、飛空艇が着陸したあとの線は土が抉れた茶色に変わってしまったのだから。
「降りてきたな。癪ではあるが迎えに行くか、皆参ろう」
国賓扱いだから無下にする訳にもいかず、公爵さまがありありと溜め息を吐いて歩き始めた。持っている杖に随分と力が入っているような気もするけれど、気の所為だろうか。先頭を歩く公爵さまの後に続いて歩いて行く。
帝国側もこちらを目指してずかずかと歩いていた。こちらの大陸と違って、衣服が随分と近代的とでも表せば良いだろうか。文化レベルが明らかに違うと、歩いて来る彼らの姿から窺い知ることが出来る。
『へえ。向こうの大陸の人間を初めて見たけれど、魔力量が低いのね』
お婆さまが私の肩に乗って腕を組んで仁王立ちしながら言った。なるほど。黒髪黒目が現れない理由はこの辺りではないだろうか。魔力を有していたという古代人の血から、どんどん遠ざかっているのかも。そのうち奇跡が起こって、黒髪黒目の人が現れるのかもしれないがなかなか難しいだろう。
帝国ってどのくらい黒髪黒目の人を優遇しているのか。東の大陸を作った女神さまが黒髪黒目らしいけれど、夢のない事を言ってしまえば地殻変動によって今の各大陸が出来上がっただけだし。
宗教ってやはり考えものだよねえ。真っ当な宗教が割を食らうのは頂けないけれど、こうして誰かに迷惑を掛けるようなものは御免である。
「遠路はるばるよくぞ参られた」
「出迎えご苦労。派手な到着となってしまい申し訳なく。小麦畑の補填に関してはあとで話し合おう」
公爵さま腹の中では怒り狂っているのだろうなあ。小麦の収穫量が減ってしまうだろうし。握手をしつつ、後ろを振り返って小麦畑と六機の飛空艇を見る。
帝国側の使者の方には不味い事をしたという認識があるようだ。これで少しは陛下の胃の安全が保たれただろうか。でもやっぱり上から目線のような気がしてしまう。
そうだ、少し前から考えていたことを教会と国の人に提案してみよう。小麦畑の復旧工事が終わったら、魔力量の高い聖女のみんなで小麦の種籾を魔力を込めながら播いてみようって。
魔力や空気中の魔素が高ければ、お野菜や植物の生育が促進されるようだから、良い手法かもしれないし。駄目なら駄目で、少し収穫時期が遅れる小麦が出来るだけ。農家の方々にとっては二度手間だけれど致し方ない。
私、良いこと思い付いたとにまにましていたら、公爵さまとの挨拶を終えたようで、熱視線を使者の皆さんから受けているのだが。私が……。
『うわあ……嫌な予感』
お婆さま代弁ありがとうございます。私の心の台詞を読んだのかというくらい重なった言葉だった。
「ほ、本当に黒髪黒目の少女が……!」
使者さんが割と大きな声を上げると、他の帝国の方々は『おお……!』『本当にいらっしゃるとは!』『ああ、幸せだ』とかなんだかどんどんとヤバい台詞へ変化してる。
此処から先は聞かない方が良いなと公爵さまの方を見ると、口の端をなんとも言えない形に歪ませていた。帝国の使者の皆さんの命が心配になりつつも、一番大事なのは己の身柄である。
強制的に連れ去られる可能性だってあるのだし、ちゃんと警戒はしておかないと。影の中にロゼさんが居るし、ジークとリンも私の真後ろで控えている。二人は着替えの際、暗器類を仕込んでいたので警戒度合いがいつもと違っている。
「黒髪黒目の少女さまっ!」
使者の方が膝を突いて頭を垂れた。その後にも帝国の皆さまが膝を突き頭を垂れる。いや、護衛の人まで使者の方たちと同じ事をしなくとも。妙な国なら隙を見せたとか言って首を落とされるよ……と心配になってくる。
私の隣へやって来た公爵さまは額に青筋を浮かべており、痛くご立腹なご様子。此処まで怒っているのは初めて見た。会談の長である公爵さまを放って蔑ろにしているのだから、怒りは分かるけれど。
「アルバトロス王国にて聖女を務めており――」
「――どうか、どうか我が帝国へお越しいただきたく……!」
私の名乗りが遮られたんだけれども。彼らに名前を知られたくはないから問題はないが、公爵さまやまわりのアルバトロスの面々が歯軋りや剣の柄を握りしめている音が聞こえた気がする。
あと彼らにとって私個人はどうでも良く、黒髪黒目というブランドに惹かれているだけなのか。そっかそかと納得しつつ、平伏したままでは意図や意思が伝わらない。
「面をお上げください。わたくしは確かに黒髪黒目ではございますが、一個の人間でありアルバトロスの貴族でございます。――」
アルバトロスの貴族を強調しつつ、立場は帝国の使者さんの方が上だということを続けて声にした。公爵さまが余計な事を言うなみたいな視線を私に向けているけれど、とりあえずはこの場を任せてくれるみたい。
「何と慈悲深いっ!」
代表の使者さんが顔を上げて私と視線が合ったので、営業用の笑みを浮かべる。慈悲の解釈間違っている気がするけれど、話が進むのならば無視を決め込む。
地面に膝を突いた為に土が服に付いているけれど、気にした様子もなく私をじっと見ている。天然記念物や動物園のパンダじゃないのだし、どこにもいかない上に消えたりもしないのだけれど。
「閣下、後のお話は閣下や王国の皆さま方にお任せ致します」
公爵さまに向かって、いつもより五割増しで聖女としての礼を執る。私が彼らに帝国に赴く気はないと伝えた方が良いのだろうが、アルバトロスの貴族なのだから判断は上層部に任せるべき。
これで私よりも公爵さまが上であると理解出来ただろうし、話の主導権は私ではなく国や公爵さまが握っていると分かるだろう。
理解出来ないようなら、そんな使者を送ってきた帝国の人選を恨むけれど。公爵さまは使者の方たちを城へ案内する気はなさそう。無礼にならないかなあと気にしつつ、王都を囲む壁の外で会談の場が整えられたのだった。
◇
どうにも登場の仕方が派手だった所為か、公爵さまの中では帝国はぞんざいに扱っても問題はないと判断されたようだ。飛空艇のエンジンを切っている様子はないし、私が帝国へ行くと言っていれば即行で連れていかれていそうな状況。
騎士や軍の方々が設営した簡易謁見場は、テントを張っただけのもの。冬だし日差しも強くないので必要なさそうだけれど、念の為だろう。
席に案内されると、私の左隣には公爵さま右隣には外務卿さま、さらに右隣には宰相補佐さまが。後ろには直ぐジークとリンが目を光らせているし、副団長さまを始めとした魔術師の方々が。ソフィーアさまとセレスティアさまも周囲に気を配っているし、雰囲気が物々しい。
王都を囲う外壁の上には、普段よりも多くの軍の人や騎士の方が配置されている。ディアンさま曰く、陛下に願い出て許可を頂き、壁の上に人化した白竜さまがあの中に紛れ込んでいるとか。
どんなお姿なのか興味があるけれど、見られないのは残念だ。今度お願いすれば、白竜さまは私の願いを叶えてくれるだろうか。
『集中しなさいな!』
お婆さまの声にはっとする。いかんいかん、現実逃避を決め込むところだった。対面には帝国の方々が椅子に座しており、私に熱視線を向けて見ている。公爵さまを始めとしたアルバトロスの面々が怒らなければ良いけれど。
預かった元奴隷の子たちは黒髪黒目である私を見ても無反応だった。知識が少ないから黒髪黒目信仰が理解出来ていないのだろう。帝国ではどのくらい浸透しているのかは、帝国に行ってみないと分からないだろう。ただ行く必要性もないし、知る必要性もないけれど。
「して、用件は?」
咳払いを一度した公爵さま。聞かなくても帝国の用件なんて分かり切っているだろうに悪戯な質問である。
使者の方の容姿は、奴隷の子たちよりも肌が白く髪色や目の色もこちらの大陸に近い気が。顔の偏差値も高いし羨ましい限りである。警護に付いている帝国の騎士さまたちの中には褐色肌の方も居る。割合的には褐色肌の方々が六割といった所。帝国本土に赴けば割合は違ってくる可能性もあるが、褐色肌の方が多く見受けられた。
「そこに座っていらっしゃる黒髪黒目の少女さまを帝国へ案内したい」
「ふむ。それはどの位の期間かね?」
「少女さまが望めば、一生帝国に留まっていれば良い。こちらの大陸の国々よりも、快適で質の良い衣食住を我々帝国は用意しよう」
攫っていく気満々の帝国側の言葉にアルバトロスの面々の空気が一気に変わる。何処にもいくつもりはないし、そもそも帝国へ渡る気なんてないのだから、そんなに一触即発の空気を醸し出さなくても。
アルバトロスの面々は血の気が多いよなあ。それよりも、お婆さまは相手の人たちには見えていないのか心配だ。魔力量がこちらの人たちより低いと言っていたので大丈夫だとは思うが、特異体質の人が居ないとも限らない。
『見えてたら今頃大騒ぎじゃないかしら?』
また心を読まれたと微妙な感情に苛まれつつ、確かにと納得。帝国にも妖精さんたちが居るのか謎だけれど、珍しいからなあ。
「これは異なことを仰られる」
公爵さまがくつくつと笑みを浮かべると、帝国の使者の方も彼と同様の笑みを浮かべた。
「もちろん、黒髪黒目の少女さまの意思を一番に優先させる。これは我々帝国の願いに過ぎないのだからな」
あ、一応は私の気持ちを慮ってくれるのねと安堵した。狂信者なら問答無用で連れ去りを実行しそうだけれど、理性はあるようだ。
「ならば。――聖女よ、帝国の者はそう言っているが其方はどうしたい?」
公爵さまが私に顔を向けて問うてきたので、確りと彼と目線を合わせながら頷く。
「わたくしはアルバトロスの聖女であり貴族でございます。――であれば、アルバトロスに根を下ろすことを決めておりますので」
帝国に行く気はないと口にしなかったけれど、十分に伝わるだろう。帝国の使者の方々がぐぬぬと歯を食いしばっているようだけれど、他国から貴族を引き抜こうとするのはどうなのだろうか。
領地貴族で地政学的に鞍替えした方が益があるというならアリだろう。ただアルバトロスと帝国は物理的に距離があるから、そういうことは無理。
法衣子爵位以上の籍を用意するとか言われれば、上昇志向の強い人なら涎が出る程の誘いだろうが、私は平和に穏やかに暮らしたいだけ。そもそも帝国がどんな国か分からない以上、行く意味はないのだし。
「だそうだ。貴殿らはどうするかね?」
公爵さまがふふんと顎を少し上に上げて、帝国の使者の方へ言葉を投げる。本当にどうするつもりなのだろうか。
強硬手段に出るのか、このまま大人しく帰ってくれるのか。転移魔術陣を使用しての移動ではなく、飛空艇を利用しての移動だから割と帰りの時間が掛かってしまいそう。
彼らが国へ戻って、黒髪黒目の保護に失敗したとなれば使者さんたちの首が飛びそうだけれど、私たちが関知できることじゃない。一瞬の同情を沸かせて、自分の首を絞める訳にはいかないし、アルバトロスにも迷惑が掛かる。
やはり他国になど渡れないなと、歯噛みしている使者さんたちを見据えた。
「ぐっ! 黒髪黒目の少女さまがそう言うならば仕方ないっ! ――だが黒髪黒目の少女さまに叶えて頂きたいことがあります!」
そう言って使者の方は私の髪を一房頂戴したいと願い出た。その言葉を聞いて魔術師の方々がざわつく。魔術や呪術を使って、あんなことやこんなことが出来る可能性があるから渡せない。副団長さまが公爵さまへ耳打ちして、なにかしらを吹き込んでいる。
「帝国の者は女の髪を集めるのが趣味とみた。そのような願い叶えられる訳がない。帝国の魔術がどれほど進歩しているかは知らんが、魔術の触媒として利用するのであろう?」
魔術や魔法という不可思議な技術があるから、公爵さまの言葉は仕方ない。仮にその技術がなければ、簡単に渡すことは出来たのだろうか。ただ、髪を強請る使者って相当の変人だよねえと微妙な気持ちになる。
百歩……いや一万歩ほど譲って好意的に捉えれば、黒髪黒目との接触に成功したという証なのだろうけれど。
「な、失礼な! 黒髪黒目の少女さまのみだっ! 魔術や呪術はとうの昔に廃れた技術であり、一部のモノ好きにしか好まれておらん!」
お婆さまが帝国の人たちの魔力量は少ないと言っていたから、廃れているのは仕方ないのか。副団長さまや魔術師の方々が微妙な顔になっている。土地柄故のモノだからその辺りは仕方ないが、アルバトロスの魔術師は己を極限まで究め見果てぬ道を目指しているのだから悪く言われると良くは思わない。
「……しかし困った。我々は黒髪黒目の者に会った証拠を持ち帰れと言われている……!」
そう言って使者の方が頭を抱えると、アルバトロスの面々も顔を見合わせる。どうやら使者の方は帝国上層部から無茶でも言われているのだろう。
うーん、このまま引き下がるというならば、どうにかしてあげたい所。流石に髪は彼らに預けられないが、代りの他の物がないのか。小麦畑を無残な姿にしたとはいえ、遠路はるばるやって来たのだし。
――あ。
でもなあ。アレはみんなエルフのお姉さんズに差し上げたしなあ。うーん、何か違う代わりの物……思いつかないな。
『あ、アレなら残っているわよ。成程、丁度良い贈り物かしら。ちょっと待っていなさいな』
私の肩の上に乗っているお婆さまがなにやら考え込む素振りを見せた。
『ん、もう少し待ってて。届けてくれるそうだから。――ちょっと失礼!』
ぱっと姿を消したお婆さま。公爵さまや他の面々が不思議そうに私たちを見ている。公爵さまに祝福を掛けていたっけかなあと過去を思い出すが、記憶の引き出しの中には入っていないようだ。
で、離れた場所に居る騎士さんに籠を預け、こちらにお婆さまだけ戻ってきた。確かあの騎士さまは、亜人連合国に赴いた際に私が一斉に祝福を施した内の一人だったはず。
『ふふふ、面白いことになりそうね!』
籠を持った騎士さまがこちらへとやって来て困惑したまま立ち尽くしていた。流石にこのままじゃ駄目だよねえと、後ろを振り返ってジークに視線で訴えると、理解してくれたのか彼は立ち尽くす騎士さまの下へ行き籠を受け取った。そうして私の後ろへ戻って来たので籠を受け取る。
「こちらはわたくしが育てた魔力的要素の強い野菜となります」
使者さんの目の前に差し出したものは、マンドラゴラもどきである。叫び声を上げないのはどうしてだろうと訝しむが、マンドラゴラもどきには先端が二股に分かれていることと、根の上に顔のような歪みがあるから分かり易い。
『あ、叫ばないのは魔法で眠らせてあるからよ。数時間後には目覚めるから!』
そうだったのか。空へと飛び立った飛空艇の中が阿鼻叫喚となりそうだけれど、魔力的要素の高い物を持ち帰っているのだから我慢して欲しい。
「黒髪黒目の者は魔力量を多く有していると聞き及んでおります。わたくしが育てております故、魔素含有量が多いのです。証拠にはなりませんか?」
本当は畑の妖精さんがお世話をしているけれど。そのうち『びゃああああああ』と悲鳴を上げ始めるかもしれないけれど。
「…………!! なんと、そのようなものが!! 流石は女神さまの生まれ変わりと言われているお方だ! 我々への配慮痛み入ります!」
嬉々としてマンドラゴラもどきを受け取った使者の方。マンドラゴラもどきに含まれる魔力が強いのは確かである。ルカを始めとしたエルとジョセも好んで食べていたから。エルフの方々も縁起物として食しているのは、含有魔力が多いからだそうで。
帝国の王さまが納得してくれるようにと願いつつ、小麦畑の補填費用の話をつけて使者のみなさまは帝国へと戻る為に飛空艇へと乗り込む。もちろん帰国希望者の元奴隷の方たちも一緒に。