魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
帝国の使者の方が戻り、割と酷いことになっていた小麦畑の修復を試みたのが数日前。で、今日から冬休みに入った。学院の冬休みは割と長く一ケ月という期間を取っている。
今回こそは夏の長期休暇で潰れた分を取り戻す為に何の予定も入れていない。帝国の使者がアルバトロスにやってきたことを、大聖女さまへの手紙に認めれば、あとは学院から出された課題を終えれば自由。
ソフィーアさまとセレスティアさまは領地に戻って、少しの間過ごすようだし私も子爵邸で気ままに過ごす……つもりだった。
――冬休み、初日。
とある様子を伺おうとジークとリン、仕事の合間にクレイグと子供たちを連れてサフィール、そして私は邸の庭へと足を運んでいた。
元気な声が響いたり、怒号が響いたりと忙しそうな雰囲気をありありと感じられる。子供たちは興味深そうに目の前に広がる光景を何事だろうと眺めてた。保護した奴隷の姉弟――彼らは母国へ戻ることを希望しなかった――も、不思議そうな顔を浮かべて見ている。
『聖女さま、こちらの館はどうされたのですか?』
興味があるのか、子爵邸の庭で作業を眺めていたエルとジョセが私の下にやって来た。ルカは二頭の後ろを付いて来ていた。今日は妖精さんたちを玩具にして遊ばないようだ。
「うん。名前の売れた聖女さまが居てね、身の安全を確保する為に身分の高い貴族の方が後ろ盾になったけれど、それだけじゃ危ないからって――」
何故か子爵邸に小さめ別館を建ててそこで過ごすように計画が立てられていたのだ。聖女さま預かり費用はもちろん教会と王国が持つ。どうも子爵邸に施している結界の評価が彼らの中で高いらしく、一番いい場所だろうと。
魔力が高い人たちが多いから、不思議現象にも直ぐに慣れるだろうというのが彼らの見解で。それにこの話を持って行ったアリアさまが大層喜んで受け入れてしまったので、とんとん拍子で進み最終判断者である私に話が届いた時は、ほぼ決定しているようなものだった。
『なるほど。確かにこの場所ですと安全でしょう。それに魔素量も高いので、お城の魔力補填から戻った際は回復も早くなるかと』
『王国の方々や教会の方々は良い案を考えられましたね』
作業員の方たちが作業を執り行っている最中で、仕事の合間に興味のある人はこうして様子を伺っている訳である。
『賑やかになるね、ナイ』
「クロ。そうだねえ、賑やかになるかも」
クロがなんだか楽しそうに私の肩の上で、建築作業を見ながら声を掛けられた。普通のお貴族さまの屋敷の様相ではなくなっているなあと、微妙な顔になりそうだけれど賑やかな方が楽しいし特に問題はないのだから。
教会宿舎で生活している名前の売れている聖女さま方が、こっちに引っ越すだけと考えればそう難しく捉えなくて済む。
「ちっとばかし手狭になってきたな」
クレイグが思ったことを素直に口にした。何気ない台詞だけれど、他の子爵位の皆さまの敷地と比べると、我がミナーヴァ子爵邸はごちゃごちゃとしている。
軍や騎士の方と託児所が併設されている小屋に、ここに来て別館が移築されている。本邸の裏には家庭菜園があるし、確かに貴族のお屋敷とは言い難くなってきているのだろう。王都の教会や商業地区に居住区画が手狭な所為か、どうしても広く感じてしまう所がある。
「あー……ルカの遊び場所が狭くなっちゃったよね」
エルとジョセの近くで季節外れの蝶々と戯れていたルカの側にしゃがみ込むと、私に気付いて顔を寄せてきたルカ。
「ごめんね、ルカ」
黒い天馬さまだけれど、エルとジョセが子育てしている為か随分と優しい子に育っているようで。子供らしく畑の妖精さんたちには容赦がないけれど、私たちに迷惑を掛けることもなく子爵邸の庭で遊んでいるのだから。
もっとやんちゃをしても良いのだけれど、エルとジョセが駄目と止めている。ルカの鬣を梳いていると、エルとジョセも私の側に寄ってきた。
『お気になさらないで下さい。この場所を選んだのは我々ですし、聖女さまが気になさることではありません』
『ええ。ルカの成長は随分と早いですし、魔力も多く強い仔に育ってくれていますから』
とはいえお馬さんが元である。広い草原をギャロップしているのが本来の姿だから、王都のお貴族さまのお屋敷の庭なんて狭いことこの上ない。
どうにかならないかなあと考えるけれど、どうにもならない。遊ぶなら王城の庭が広いけれど、流石にそんなことをお願いできないし。辺境伯家のタウンハウスや公爵家も候補に挙がるけれど迷惑だろう。約一名、大喜びして決行しそうな方がいらっしゃるので口が裂けても言えない。
『気にしていないよって、ルカが言ってる』
「あれ、ルカってもう人の言葉が分かるの?」
肩に乗っているクロがルカの気持ちを代弁してくれたようだ。もう言葉を理解しているとは驚きである。
『ええ。どうやらそのようです。私が子供たちの相手を務めている時やみなさんの会話を聞いていましたから』
『まだ喋ることは出来ませんが、聖女さまや皆さまがルカに語り掛けて下さいますので、人の言葉の理解は早かったですねえ』
ふふふ、と嬉しそうなエルとジョセ。子供の健やかな成長は親の願いだろうから、気持ちは分かる。私だってルカが大きく育っていくのをリアルタイムで見ているから嬉しいし。
「そっか。ルカとも早くお喋りしたいけれど、急いでも仕方ないし気長に待たないとね」
なんとなく手持無沙汰でルカの鬣を三つ編みにしてみる。暇な土日の昼日中に競馬中継を見ていると、馬体を光らせた子たちが厩務員さんの手に寄って鬣を編まれた姿を見たことがある。髪留め用のゴムを持って来ていればよかったなあと、ちょっと後悔。
「お前さあ……」
「クレイグどうしたの?」
ジークとリンは基本見守ってくれているから、こういう時に言葉を発するのはクレイグが一番多い。サフィールは託児所の子供たちの面倒を見ているし、必然的に私と喋るのはクレイグとなる。ジークとリンと私だけなら、ジークがよく相手を務めてくれるけれど、やり取りは必要最低限だ。
「お前がそう言うと何でか実現することが多くないか?」
呆れ顔で私に問いかけるクレイグ。失敬な、私は口に出したことを実現するなんて超能力を持ち合わせていない。むしろ努力でどうにかしてきた口だと思ってる。…………多分。
「そうかな。私、急いでも仕方ないって言ったよ?」
「その前だよ、そーのーまーえ!」
片手を腰に当てて、反対側の手を私に向けて指さしたクレイグ。他の人ならムカつくけれど、気心知れた仲だから問題ナシ。
「……早くお喋りしたいって言ったね」
確かに言った。言ったけれど、すぐにそうなるとは限らないし。エルもジョセも何も言わないから、きっとまだ遠い先である。
「ああ。あと二、三日したら喋りはじめたりするんじゃねーか?」
「まさか。ルカはまだ小さいんだしあり得ないよ」
大きなため息を吐くクレイグに、くつくつと私の後ろで笑っているリン。ジークはノーコメントだと言いたげな顔をしていた。クロはクロで何故か私の顔に顔をすりすりしてるし、ルカはまた蝶々と戯れている。あり得ないよクレイグと言って、しゃがみ込んでいた体勢から立ち上がった。
「ミナーヴァ子爵さま!」
いつもならば『聖女さま』と呼ばれるのが常だけれど、子爵家当主として名乗ったので子爵呼びのようだ。
「どうされました?」
確か、朝に挨拶を交わした工事業者の監督者さんだ。慌てた様子でこちらへ走って来て私と対面した。事故でもあったかなと、監督者さんと目線を確り合わすのだった。相変わらず、私がちっこいけれど。
◇
冬休み初日。子爵邸では別館の新築作業が忙しなく行われていた。幼馴染組と託児所の子供たちと庭に出て作業を眺めていると、随分と慌てた様子で新築現場の監督者さんが私の下へ駆け込んで来た。
「ミナーヴァ子爵さま!」
「どうされました?」
どうしたのだろうと監督者さんと目線を合わす。クレイグは先ほどまでの鳴りを潜めさせ、静かに様子を見守っていた。
ジークとリンは護衛として私の後ろに控え、妙な事態にならないか目を光らせている。サフィールもサフィールで子供たちを連れてこの場を離れているし、連携が取れているとでも言えば良いのだろうか。エルとジョセは、蝶々と戯れているルカをこちらへ近づけないように上手く誘導していた。
「猫っ……猫が……喋ったんですっ!!」
一体どういうことでしょうかと言わんばかりの勢いの監督者さん。私も猫が喋るだなんて聞いたことはないし、一体どうしたのだろう。
「え?」
「何故猫が喋るのでしょうか! 一応、王家から子爵邸内は何が起こるか分からないが、悪い事象ではないので気にするなと伝えられておりましたが……」
王家も無茶を言う。私でさえ驚いているのに、子爵邸の内情をあまり知らない業者の方にそれを伝えても理解を得られないのでは。王家から選ばれた方々なので、身元も信頼できるし腕も確かなのだろう。ただ、起こった事象が突飛過ぎてキャパを超えてしまい作業を一時中断されたようだ。
そういえば子爵邸に居付いたお猫さまが子供を産んだと、少し前に家宰さまから報告を受けていたと思い出す。まさかそのお猫さまたちが、子爵邸の魔素の濃さの影響を受けて奇跡でも起こしたのだろうか。現場に行って確認かなと、監督者さんやジークとリンに顔を向けるとひとつ頷いてくれた。
「俺は仕事に戻るわ」
「僕たちはエルとジョセと一緒に遊んでいるから」
クレイグとサフィールが面倒事には巻き込まれたくないと言わんばかりに、そそくさと持ち場へ戻って行った。
関わっても仕方ないし、後から私に話を聞けば良いだろうくらいに考えているのだろう。ちくせう、と逃げた二人の背を見送りつつ、喋ったお猫さまが居る場所へと監督者さんと一緒に移動。
『ナイの周りは、騒ぎが絶えないね』
「私が望んでいる訳じゃないよ、クロ」
クロの言葉に反論しておく。なんだか同意するとこれから先も騒ぎが絶えない気がするから。そもそも向こうから勝手に騒ぎがやってきて、私が巻き込まれるのが正解である。
まあ、私が巻き込まれて周囲の人たちも一緒に巻き込まれるのだから、申し訳なさを多少は感じなくもない。陛下や王国上層部に公爵さまたちはお仕事だから良いとして、ジークとリンにソフィーアさまとセレスティアさまには悪いなあと常々思っている。ただ騒ぎに一度巻き込まれると、終わるまで解放されないんだよねえ。
『ボクは楽しいから問題ないよ』
「クロは強いなあ」
楽しんでいられる辺り、強い。実際に強いのだろうけど、言い方に語弊があるけれどクロって基本的に何もしないし。
「子爵さま、こちらです!」
作業を行っている方たちは、手を止めて休憩を取っていた。喋るお猫さまに興味がある人たちは、監督者さんが指差した方を覗き込んでいる。
『なんだ、人間。子育ての邪魔をするな。向こうへ行け』
監督者さんが茂みを掻き分けると、黒いお猫さまが金色の眼を光らせて私たちを見上げる。別館を移築する為に茂みを刈り取って作業をしたいけれど、お猫さまがこの態度の為困り果てて私を呼んだそうだ。
「お邪魔をして申し訳ありません。少しお話したい事がありまして、馳せ参じました。この屋敷の当主でございます、ナイ・ミナーヴァです」
『む、この土地の主か。……主は魔力が多いな。――竜のお方まで引き連れておるのか! 主は本当に人間か?』
お猫さまの瞳孔が、驚きによって細くなった。クロに驚くのは分かる。だって竜だし、ご意見番さまの生まれ変わりだし。私は単純に魔力量が多いだけの人間だ。私に懐いてくれている彼らはソレに惹かれたに過ぎないし。
「えっと、魔力が多いだけの人間ですよ」
失礼な、れっきとした人間だ。ただ最近、古代人の先祖返りとか、女神さまがどうのこうのと言われているけれど。
『こんにちは。猫が喋るって聞いて驚いたけれど、猫又なんだね』
クロの言葉に反応して、お猫さまがゆらゆらと尻尾を立てて揺らしてた。猫又と言われた通りに、尻尾が二本あった。え、化け猫の類じゃないのと驚きつつ、一頭と一匹の会話に耳を傾ける。
『ええ。この地の魔素量が高い事に目を付けて出産したのですが、時を経るにつれて力が湧いてきまして』
何故かクロ相手だとお猫さまは丁寧な言葉遣いになっている。お猫さまの子供たちはみーみー鳴きながら、おっぱいを強請っていた。産まれたばかり、という感じはしないけれどまだ小さく親離れも出来ていない大きさだ。お猫さまのお相手はクロに任せても問題ないだろうと、子猫を眺める。うん、可愛い。
『で、尻尾が生えちゃった、と』
『有難いことに。猫としての格が一段上がりました』
お猫さまにも格とかあるんだ。ただの野良猫だと思っていたのに、いつの間にか尻尾が二本になって、喋るようになっていた。
『えっと。この場所にお屋敷が建つんだ。申し訳ないけれど、君たちがずっとここには居られない』
私の肩の上でクロが小さく頭を下げている。その姿にお猫さまは目を細めて、口を開いた。
『そうでしょうねえ。今日は騒がしいと様子を伺えば、人間が沢山居ましたから。何かしらあるとふんでいました』
今日の工事で何かあると薄々お猫さまは感じていたらしい。うーん、どうしたものかと頭を働かせる。お屋敷の中へお猫さまたちを迎え入れても良いけれど、愛猫という訳でもないしなあ。
お貴族さまが好んで飼う猫は、毛が長くて割と体格も大きい子が流行りらしい。特進科のクラスメイトの女子がご両親に強請って猫を飼い始めたと、嬉しそうに友人の子に語っていたのを耳に挟んだから間違いない情報だろう。
『しかし、この場を移動するとなると少々困ってしまいます』
『何が困るの?』
こてんと首を傾げるクロ。毎度思うのだけれど、よく首が取れないなあ。
『子供たちのご飯を下さる人間が居まして。野生で暮らしている猫とは違い、私たちは街中でずっと生活してきました』
今更、野に放たれても困るし、ご飯をくれる人間の側から離れるのも難しい。自分は良いけれど、子猫たちが生き延びる可能性が低くなってしまうのは母親として心苦しいそうだ。
『ナイ~、どうするの?』
クロが私の顔を見るのだけれど、どうにかしてあげてという雰囲気をありありと出していた。子爵邸内での事なのでお猫さまたちの世話をしていたのは、邸で働く方の誰かだろう。咎める気はないので問題はないのだけれど、さてどうしたものか。
「ちょっとエルとジョセの所に行こうか」
『うん』
まずは相談だよねえと、エルとジョセの下へ向かうのだった。