魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0190:空の旅。

 ――アガレス帝国万歳!

 

 東大陸の約半分強を統治するアガレス帝国は、大陸全土を掌握する為に魔石を探し求めている。

 

 古代人が残した飛空艇は大陸掌握の鍵となっており、制空権を握ることが出来る為に重宝されていた。飛空艇の動力は魔石である。成人男性よりも大きな背丈の魔石が、巨大な飛空艇を空へと浮かせ大陸を無補給で横断できる力を持つ。一方で、魔石が大量に魔素を吸うことから、人間や生き物の魔力が下がっていると言われているが。真実は闇の中である。

 

 「閣下」

 

 副官が私に声を掛けた。後付けで備え付けた柔らかな椅子の背凭れから背を離し、声を掛けた男を見て私は口を開く。

 

 「どうした?」

 

 人好きのする穏やかな顔を浮かべ、副官が窓の外を見る。

 

 「大陸が見えてきましたよ。無事に戻ることが出来ました」

 

 アガレス帝国にて外交官を務める私は、陛下の言葉に耳を疑った。隣の大陸の南方に位置する国、アルバトロスへ向かい黒髪黒目の者と接触せよと皇帝陛下から命を受けたのだ。

 帝国では百年近く黒髪黒目のお方が現れたことがない。それ故に他の大陸……しかも名も聞いたことのない国で黒髪黒目の者が見つかるなど思ってもいなかった。

 

 陛下の命を受けて私はアルバトロス王国へ旅立つことになり、無事アルバトロス王国まで足を運び黒髪黒目の少女との面会に成功した。

 

 黒髪黒目の者は帝国、いや東大陸の国々では尊き存在である。東大陸を創造した創造神さまが黒髪黒目の女性であること、彼女が残したとされる子供は全員黒髪黒目であること。

 東大陸で飢饉や災害が起こった際には、黒髪黒目の者がどこからともなく現れて、大陸人を助けてくれたという伝承が数多く残っている。

 

 黒髪黒目の者を丁重に扱うのは、そういう理由があるからだ。

 

 だが、しかし。アガレス帝国、いや東大陸では約百年近くその姿を見ていない。女神さまの子供、もしくは生まれ変わりである黒髪黒目の者が見つからないのである。彼ら彼女らが居れば、人々の病を一撫でして治し、枯れ果てた大地があるならば恵みの雨を齎す。

 我々が手に負えない魔物や魔獣が出れば、その類まれなる魔力量で古の魔術を行使して粉塵に帰すという。

 

 我々にとって魔術は廃れた技術であるが、黒髪黒目の者が扱う魔術は古から続く秘術なのだ。

 

 凡人でしかない我々にそのような魔術を扱える訳はなく、廃れてしまうのが道理。黒髪黒目の者が使う魔術は特別。出来ることならば、アルバトロスで出会った黒髪黒目の少女さまが使う魔術をこの目に焼き付けたかったが叶うことはなかった。

 相手国の会談の長であったハイゼンベルグ公爵に隙は無かったし、黒髪黒目の少女も彼に従う意思を見せていた。ならば我々が出しゃばることは出来ない。

 

 だが、我々は皇帝陛下より命を受けている。黒髪黒目の者と接触し、あわよくば帝国へ連れて帰ることを命じられたが、無理はするなとも告げられていた。

 黒髪黒目の少女さまが拒否を示した故に帝国へ連れて帰ることは叶わなかったが、我々使節団が手ぶらで帰るなどありえない。なんらかの目に見える成果が欲しかった。

 

 「そろそろか」

 

 「はい。長旅、お疲れさまでした」

 

 ようやく地面を踏めるのか。かなりの長い時間、空の中で過ごすのはこれが初めてだった。飛空艇のサイズは大きいとはいえ、やはり人間は大地を踏みしめ生きていくのが本来の姿。空中に浮いているという妙な感覚は、そう簡単に慣れるものではない。

 

 「ああ。――……生まれ故郷を離れたくないのは理解できるが、帝国に憧れがないとは驚きだ」

 

 本当に驚きだ。隣の大陸なぞに黒髪黒目の者が居るのも驚きであるし腹立たしい事実。アガレス帝国のような強大な力がある国に、彼女は居るべきなのである。力がある者は力がある者に従うべきなのだから、力があるであろう黒髪黒目の少女さまも大陸の半分強を統べる帝国に赴き、その力を存分に振るうべきなのだから。

 

 「仕方ありません。海で隔たれているのです、情報が少ないのでしょう」

 

 「こちらの大陸で生まれていれば話は簡単だったのだがなあ……」

 

 そう、東大陸で黒髪黒目の少女さまが生まれていれば、どこの国で生まれ落ちようと帝国へやってきたに違いない。アガレス帝国であれば、黒髪黒目の方を最大級の礼と贅沢を以てして優遇する。

 百五十年近く前に他国で生まれた黒髪黒目のお方は、貧しい国から抜け出してアガレス帝国を目指し保護された。出生国での扱いに不満を覚えていたことと、帝国の繁栄を聞きつけて脱走したと記述が残っている。

 

 「ですな。――黒髪黒目の少女さまから頂いた物で陛下は納得して頂けるでしょうか」

 

 ちらりと黒髪黒目の少女さまから頂いた、人参に目を向ける。

 

 「念の為にアルバトロスで鑑定書を貰ってきた。黒髪黒目の少女さまの御髪を一房頂ければ一番良かったが、流石にな」

 

 陛下へ証拠品を提出するならば、一番良い方法だったのだが仕方ない。

 

 まあ、向こうの言い分も分かるのだ。魔術は廃れた技術ではあるが、物好き共が研究し細々と魔術に関して後世に知識や技術を残そうとしている。

 彼らもまた黒髪黒目の者の信奉者であり、崇めている者たちである。黒髪黒目の方の髪を手に入れたと知れば寄越せと言ってくる可能性もあるうえ、妙な事態を起こしかねん。

 

 頂戴した人参のような野菜にどれだけ魔力が含まれているか調べる必要がある。辛気臭い魔術師を頼るのは癪であるが、致し方のない事だ。ここはぐっとこらえるしかないのだろう。

 

 「上層部はどうするのでしょうか?」

 

 「黒髪黒目の少女さまがアルバトロスからは離れないと仰ったのだ。次の手を講じるだろうな」

 

 恐らく、いきなり開戦ということはないはずだ。物理的に距離があるし補給や兵站が持たない。仮にじっくりと行動するならば、隣の大陸南東部の国を橋頭堡に手に入れるべきであるが、そこから先もかなりの国を跨ぐことになる。

 空路が使えるならば問題はないが、アルバトロス以外の国の空を飛ぶことになる。向こうの大陸は東大陸よりも魔術が発展している為、飛空艇に高火力の遠距離魔術を数発受けることになれば、墜落の可能性も考えなければならないだろう。

 

 「彼のお方が素直にこちらの言い分に従ってくれていれば良かったのですが」

 

 「そうだな。黒髪黒目の少女さまに影響はなかろうが、アルバトロスは何かしらの報復を受ける可能性もある」

 

 そう。あの場での正解は、黒髪黒目の少女を諭しアガレス帝国へ向かうよう仕向けるべきだった。こちらの大陸の国であれば、どこの国であろうとそうしただろう。アルバトロスは帝国に対して舐めた態度を取ったのだから、報復を受け――。

 

 『びゃあああああああああああああああああああああああ』

 

 「ぎゃあああああああああああああああああああああああ」

 

 ――ても仕方な……。

  

 「なんじゃこりゃああああああああああああ!」

 

 箱の中から人参が這い出て来る。しかも人参本体から声が聞こえるような気がする、いや、叫んでいた。そして飛空艇の床を所狭しと走り始めた。得も言われぬ光景に驚き言葉が出ない。人参の叫び声に驚いて、一緒に叫んだ副官にも驚いたがそれはどうでも良い。

 勝手に走る人参は、船体の前へと進んで空いた隙間から身を潜らせて姿を消した。ただ数が多く、未だに私の居る場所にも人参が走り回っている。それも、何とも言えない叫び声を上げながら。

 

 「か、かかかかっ閣下! 操縦席へ侵入した人参に驚いて操縦士が意識を失いました!」

 

 「なっ!」

 

 操縦席近くで控えていた他の者が血相を変えて私の所にやって来て、死亡宣告を果たすのだった。

 

 ◇

 

 ――死を覚悟した。

 

 黒髪黒目の聖女さまから賜った人参が箱から飛び出し、飛空艇の床を叫びながら所狭しと走り回る。船体の前へ抜けた人参は操縦席へと入り、操縦士を気絶させ驚いた同乗者が慌てて私に報告したのだ。

 

 「叩いて起こせっ! ――緊急事態だっ! 身分など構っておられん。手が空いている者は人参を確保せよ!!」

 

 「は、はい!!」

 

 私の下へ報告しにきた者は、操縦席へと急いで走っていく。己の命が掛かっているのだから、必死こいて起こすだろう。

 人参は残った者で捕まえるしか他ない。だが、念の為だ。状況確認の為に私も操縦士の下へ行くかと、歩き始めると服の裾を掴んだ者が居た。

 

 「えっ……触っても大丈夫なのでしょうか?」

 

 お前、男だろうに。そのくらいで慄いてどうするのだ。私は皆の命を預かっているという責任がある。

 だからこそ、一刻も早く操縦席に向かい操縦士を叩き起こす指名があるといのに、なぜ副官は目に涙を溜め込んで、やや上目遣いで私を見ているのだろう。もう一度男の癖に情けないと心の中だけで唱えた。

 

 「大丈夫だろう、死にはせん。――それよりも墜落の危機なのだ、手を放せ!」

 

 副官が握った服の袖を振り払って、操縦席へと急ぐ私。

 

 「――……逃げたな」

 

 副官がぼそりと呟いた言葉は私には聞こえず。操縦席の扉をバンと力強く開けると、操縦士が一人気絶し、もう一人の操縦士が顔を青くして操縦桿を握っていた。

 

 「副操縦士か? 良かった。操縦できる者が居るではないか」

 

 ふうと安堵の息を吐く。顔が青いのは、まだ操縦時間が短いのだろう。年若い操縦士によくあると聞く。訓練を日々受けている彼らだから、もう任せてしまっても大丈夫か。

 

 「は、はいっ。しかし私はこの飛空艇の操縦には不慣れでして! 練習ついでに気楽に乗っていれば良いと、機長に言われて同乗したに過ぎないのです!」

 

 気絶しているのが機長なのだろう。責任を放棄して気絶するとは、帝国臣民として情けない。帝国に忠誠を誓うならば、こんな些末事で驚いてどうするのだ。操縦席の窓から地上を見ると、随分と地上と飛空艇の距離が狭まっている。

 

 「なっ! 高度がどんどん落ちているではないか! どうにかして高度を上げろっ!!」

 

 このままでは本当に墜落してしまう。この飛空艇は長距離艇なので、船体強度はあまりよろしくないと聞いている。

 

 「む、無理なんです! この飛空艇自体が特殊で、計器類や操縦の特性を熟知しているのは限られた人だけなんです!」

 

 そういえば出発の際、操縦士の選出に随分と時間が掛かっていた。もしかして時間が掛かっていたのは、この飛空艇の特殊性ゆえかと、頭を抱える。

 

 「まさか、今気絶している者がそうだというのか!?」

 

 熟練であるはずの操縦士の方が気絶するなど、なんて事態だ。

 今必死で操縦桿を握っている若者は、見るのも苦しくなるくらいに恐怖で歯をカチカチと擦り合わせていた。

 人参に対しての恐怖なのか、墜落に対しての恐怖なのか、どちらか分かる由もないが。

 

 「は、はい! ですから早く起こして下さい!!」

 

 「おいっ! 身体を起こせ!」

 

 近くに居た者に声を掛けると、慌てた様子で気絶している操縦士の体を起こした。その時何故か人参が気絶した操縦士の肩に乗って耳元まで近づく。

 

 『びゃあああああああああああああああああああああ』

 

 「ぎゃあああああああああああああああああああああ」

 

 見事な断末魔を上げたと同時に、気絶した操縦士も断末魔を上げた。人参の叫び声で目を覚ましたらしい。

 

 「はっ! ――こ、ここは?」

 

 目が覚めたばかりの操縦士が情報を得ようと、きょろきょろと周りを見渡す。私や副操縦士を見て記憶が蘇えり状況を把握し始めているようだったが、念の為の情報を操縦士に渡そうと口を開く。

 

 「飛空艇の中だ! 早く操縦桿を握れ!! 落ちるぞっ!!」

 

 本当に。まだ死にたくはないのだ。やり残したことは沢山あるし、黒髪黒目の少女さまが引き起こすであろう奇跡をこの目でみてみたいという思いもある。だからまだ死ぬわけにはいかないと、操縦士をしっかり見据えた。

 

 「先輩、早く助けて下さいっ!! 僕ではこの飛空艇を御せませんっ!!」

 

 ひーひー言いながら副操縦士の青年は、操縦士に必死に声を掛ける。

 

 「あ……ああっ! そうか俺は叫び声に気絶して……!」

 

 その声と共に、もう一つある操縦桿に手を伸ばした操縦士。力なかった目に色が灯って、確りと操縦席の前の窓を見て一つ頷き。

 操縦桿をぐっと手前に引き寄せると船首が上がり始め、様々な計器類を見ながらいろいろと操作していた。素人の私にはこれっぽっちも分からないが、どうやら墜落の危機は脱したようだと安堵の息を吐く。

 

 「これで一先ず安心だな」

 

 操縦席に居るのは邪魔だろうから扉を出ようと足を向けたその時。

 

 『びゃああああああああああああああああああああ』

 

 「ぎゃああああああああああああああああああああ」

 

 また人参が叫び声を上げ、操縦士も同時に叫び声を上げたので、私は覚悟を決める。叫んでいる人参を手掴みし扉をでて叫ぶ。

 

 「誰か、鍵が付いている箱を知らないか!?」

 

 人参の叫び声と及び腰の者たちの捕り物劇はまだ続いているようだ。手に人参を持っている者も居れば、恐怖からなのか触ることを嫌っている者も。

 

 「閣下、こちらに!」

 

 「でかした! ――捕まえたらこの中に入れろ!」

 

 どうにか動いている人参とまだ大人しい人参を鍵付きの箱の中へ全て入れ込んだ。

 

 『鑑定書は読んでおいた方が良いぞ』

 

 ハイゼンベルグ公爵が別れ際に告げた言葉を思い出し、鑑定書に目を通す。最初の一枚は鑑定書だ。黒髪黒目の少女が育てたという保証と人参がどんなものかを記している。

 一枚に目を通しておけば良いだろうと、私たちは続きを読まなかったのだ。二枚目以降は『マンドラゴラもどき』の栽培方法や歴史がびっしりと丁寧な文字で書き記されており、書いた者は『ハインツ・ヴァレンシュタイン』と言うらしい。

 細かな所まで丁寧に書かれている所に感心しつつも、我々にこんな情報が必要だったのかと疑問に思い始めた時。最後の一枚となり、上から下へと速読していく。何も有益な情報はないなと、最後の一文に目を通した。

 

 ――叫び声を上げて走り回るので気を付けること。

 

 何故かその部分だけが小さく書かれており、筆の質が嫌に強い。もしかして書いた者が違うのかと首を傾げるが、事実を知る者は遠い異国の地に居るのである。

 国の貴族、しかも公爵という位の者が我々に差し出したのだから、謀った可能性は低いだろう。このマンドラゴラもどきは、叫びながら走り食用として食べることが出来ると書かれてあった。

 まさかアルバトロスの人間は好んで食しているのだろうか。『びゃああああ』と叫ぶ人参を口にする黒髪黒目の少女さまを頭の中で思い描く。

 

 これを食せば、彼女と同じ位置の人間として認めて頂けて、私の格が上がるのではないだろうか。そうなれば帝国での私の立場も盤石なものとなる。意を決して食べてみるのもまた一興なのかもしれないと、にやりと口が伸びてしまうのがはっきりと分かるのだった。

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