魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
気を失った操縦士は意味の分からないものが苦手だと、帝国首都にある飛空艇場に降りた際に苦い顔をしながら零していた。一流の操縦士の癖に肝の小さい奴だと心の中で、苦い顔を浮かべている男を罵りながら、私は南京錠が掛けられている箱を持つ。
『びゃあああああ』
空の上よりマンドラゴラもどきの悲鳴は弱くなっているが、まだ叫ぶ力はあるようだ。何本ものマンドラゴラもどきから発せられる声に辟易してくるが、必ず陛下へ届けなければ外交官としての資質が疑われてしまう。
「――ようやく帝国に……!」
飛空艇に乗り込み東大陸の国々を度々飛んでいるが、今回のアルバトロス王国訪問は長距離移動ということ、黒髪黒目の方に会えるという期待。
いろいろな感情が混ざり合いながら彼の国へと赴いたが、結果はこのマンドラゴラもどきのみ。だがしかし、黒髪黒目の少女さまが確実に存在すると分かったのだから、アガレス帝国にとって良い知らせとなるだろう。
「はい。帰り道はどうなることかと思いましたが、無事に地上へ降りることが出来ました」
私の副官が安堵をありありと顔に浮かべて、滑走路へ降りた。迎えの馬車がまだ少し遠い位置に居るから良いが、彼らがこちらへ来る頃には、その締まりのない顔を帝国臣民としてどうにかしておけと伝え。
「出迎えご苦労。陛下との謁見を早速望む。急いで皇宮へ向かってくれ!」
「は。――無事に戻られ安堵致しました。直ぐに向かいましょう」
頼む、と御者や出迎えの者に告げて馬車へと乗り込む。飛空艇が離着陸する滑走路は長く広い。少々、皇宮までの道のりを長く感じつつも、馬車は確実に陛下の下へと近づいていく。
空の上から眺めたみすぼらしいアルバトロス王城とは違い、広く雄大で立派な城である。大陸の半分強を統べる統治者らしく、その居住まいは厳かさをひしひしと感じ取ることが出来る。馬車が止まり外へと出る。帝都の真ん中にある広大な広場、更に中心。
「――アガレス帝国万歳!」
アガレス帝国を建国した初代皇帝陛下を模した巨大な像へ礼を執る。周囲にも初代さまの像へ頭を下げる者や軍人たちは敬礼をしていた。
何故、このようになったのかは理由は定かではないが、我々がこの大地で帝国臣民として生きていられるのは初代さまのお蔭。初代さまが居なければ、アガレス帝国は誕生しなかったのだから。
初代さまは己の体一つで東大陸の北端から領土を広げていった傑物で、東大陸の約三割を統治した偉大なるお方。
二代目さまも初代さまの意思を継ぎ、彼もまた東大陸内の領土を順調に広げ四割を。三代目さまは領地拡大こそなされなかったが、帝国交通網の要である飛空艇を遺跡から発掘し運用を開始した学者系の傑物だった。
そうして何代も経て、現皇帝陛下となる。偉大なる皇帝陛下は、我々帝国臣民の父である。皇妃殿下は我々帝国臣民の母。黒髪黒目のお方は大陸を創造した女神さまが、我々に遣わした平和と安寧を齎す使者である。
雄々しいお姿の初代さまの像に感嘆の思いを寄せつつ、その場を離れて再度馬車へと乗り込む。
我々帝国臣民を束ねる皇帝陛下の皇宮へと辿り着く。周囲に居る宮で働く者たちが私に気が付いて口々に声を掛けてくる。
「無事でなにより」
帰り道の空で死にかけたがな。
「黒髪黒目の少女さまには出会ったのか?」
会うには会ったが、色よい返事は得られなかった。代わりに私が抱えている箱にマンドラゴラもどきが入っている訳だが。黒髪黒目の少女さまから賜ったものなのだから無下には扱えぬ。
「どこにおられるのだ?」
アルバトロス王国だよ。彼女はアガレス帝国に全く興味を示さなかった。そんな馬鹿なと憤りたくなるが、隣の大陸の者なのだから仕方ない。
「こちらへ来ていないのか?」
来ておらぬよ。しかし皇帝陛下に報告すれば、宰相殿を始めとした帝国の切れ者たちが、黒髪黒目の少女さまを奪還する秘策を齎してくれるに違いない。そう、我々アガレス帝国に歯向かう者など居ないのだから。
「我々も会える日が来るのか……」
ぼそりとした声なのに、やけにはっきりと私の耳に届いた。
「――ああ。必ず、アガレスの地を踏んで下さる筈だ!」
私の耳に届いた声に、力強く応える。そうだ、そうに違いない。小柄な黒髪黒目の少女さまはアルバトロスの貴族と仰り、アルバトロスで生きると申された。
だが、アガレスの地を一度訪れ、この素晴らしく広大で美しい国を見て貰えば分かるはず。アルバトロスなどアガレス帝国に比べれば、小さく弱い国に過ぎず価値もない国だと知ることになる。
「我々アガレス帝国に不可能などあり得ぬ!」
そう、制空権を握ることが出来るのは我々アガレスだけ。他国は遺跡から出た飛空艇を満足に動かす技術は存在しない。
魔石の産出地域もアガレス帝国が統治している。東大陸の覇権はアガレス帝国が握っているのである。大陸全土掌握まで必要なものは、時間のみ。残っている国々を統べるには、少々血を流さねばならぬだろうが致し方のないこと。
「――アガレス帝国万歳!」
「アガレス帝国万歳!」
自然と周囲から声が上がった。皆、アガレス帝国への忠誠心が高く感心する。
「私は陛下へ報告に参る! 皆、少し待っていてくれ!」
ああ、そうだ。アガレス帝国が黒髪黒目の少女さまを、無事に迎える為の切っ掛けに過ぎないのだ。
黒髪黒目の少女さまは、我々に本心を隠している可能性だってある。アルバトロスの悪い大人たちに騙されている可能性もあるのだ。小柄で華奢な黒髪の少女さまが既に貴族の当主の座に就いているのは、はっきり言って異常である。
――さあ、陛下に会いに行こう。
数時間後、私は巨大な扉の前に立つ。この先は選ばれた者しか立ち入ることが許されていない、謁見場である。
警備兵の手によって開かれた扉の中を窺い知ることは出来ない。なぜなら、逆光で私の視界が塞がれてしまっているのだから。カツン、と靴の踵が大理石の床を踏みしめる音が鳴り、謁見場へと一歩進む。
この数十分後。
『びゃああああああああああああああああああああ』
何とも言えない複数の声が謁見場に響くことになる。私は……害はないが皆が驚く可能性があるので止めておいた方がと忠告したのだが。好奇心旺盛な皇子殿下たちの言葉に逆らうことも出来ぬし、なにより陛下が何も告げられない。
私の責任ではないよなと心の中で冷や汗を掻きつつ、またマンドラゴラもどきを回収し。南京錠を掛けた箱の中から叫び声が聞こえることは、それ以降なかった。
◇
既に冬休みが一週間過ぎていた。トンカントンカン別館を建てる音が響いてくるけれど、耳に心地よい。別館を建てている際に見つけたお猫さまとその子供たちは、当初エルとジョセの小屋の中を間借りして過ごしていた。ただ母猫である二又のお猫さまは、子猫をエルとジョセに世話を任せて私の部屋へ頻繁にやって来る。
部屋が暖かいのが気に入ったようで、長居しているんだよね。基本クロの籠の中で過ごしているけれど、子猫を放って置いて良いのだろうか。そして今日もクロの籠の中を占領して、ちょこんと行儀よく座っていた。良いけれど、お猫さま元野良猫だよね。野良故の警戒心とか全くなく、本当に外で生き抜いてきたのだろうかと疑問である。
『構わぬよ。もう乳離れは済んでいるのだ。問題はあるまいて』
目も開いて元気に子爵邸の庭で遊んでいるけれど。まだまだ小さいし、心配は尽きない。余り構っても人間に慣れてしまうだろうから、なるべく近寄らないようにしているけれど、可愛いから気になってしまうのが人の心というもので。エルとジョセとルカに会うフリをしながら、様子を伺っている。
「良いのかなあ……」
母親とか縁遠いものだからよく分からないけれど、傍に居るなら面倒を見てあげて欲しいと願ってしまうけれど。
『大丈夫だよ、ナイ。自然に生きる者たちだから、勝手に育っていくよ』
私の膝の上でうとうとしていたクロは、お猫さまと私の会話をちゃっかり聞いていたようだ。お猫さまが部屋に頻繁に現れるようになると、ロゼさんは私の影の中か子爵邸の図書室で過ごしている。
今は影の中で過ごしているのだけれど、時折どこかへふらりと消えることもある。何となく今は傍に居ないなと、ロゼさんの魔力で分かる。恐らく創造して名前を付けたことで、なにか魔力要素的な線でも繋がれたのだろう。そういう時は大抵『ハインツの所に行ってた』と返事を頂く。
私より魔術を上手く使いこなしているというのに、まだ向上心があるらしく副団長さまに師事をしているようだし、逆に副団長さまもロゼさんから知識や技術を頂いているらしい。将来が末恐ろしいなあと、幼馴染組と話していたのが最近だったりする。
「クロ……」
うーん。家の中で過ごしているクロとお猫さまに言われても、説得力というものがあまりないのだけれども。子猫は外、親猫は部屋の中。本当に良いのだろうか。
あと、子猫の引き取り手は随分と早く見つかった。話を聞きつけた副団長さまが二匹、自領で休暇中のソフィーアさまにも話が伝わったらしく公爵家に一匹。セレスティアさまもいつの間にか話を聞きつけた上に、お母さまが大の猫好きだそうで二匹引き取って下さるのだとか。
残りの二匹はエルフのお姉さんズが引き取る。猫又の子供だから、エルフの里で暮らせば立派な猫又になってくれるだろうと言っていた。
三味線の材料とかにされないよねと少しばかりの危機感を覚えつつも、亜人連合国ならば大切に育ててくれるだろう。冬休みの終わりまで子爵邸で過ごし、子猫たちはそれぞれの新しいお家へお引越しだ。
「ナイ、城から報告書が届いているぞ。家宰殿が目を通して欲しいと言っていた」
開けたままの扉からジークが顔を覗かせ、手に持っていた私宛の書類が手渡される。リンもジークと一緒に部屋へ来たようで、何も言わないまま私の隣に腰を下ろす。
「ジーク、ありがとう。――なんだろうね?」
本当に何だろう。この手のモノが届くときは、碌な話じゃないことが多い。ジークとリンに目配せしながら良い報告でありますようにと願いつつ、封蝋を解いて開封してゆっくりと目を通す。
「む」
『ああ。やっぱり』
膝の上から肩に移動していたクロも一緒に報告書に視線を落として文字を追っていた。
「どうした?」
「どうしたの?」
少し首を傾げつつ同じ顔の兄妹が私に言葉を掛けた。
「えっと、ジーク。ゆっくり話すから椅子に座わって」
報告書の内容はこうであった。飛空艇で帝国へと戻っていった帝国の面々。私と接触した証拠が欲しいと困っていたので、マンドラゴラもどきを渡したのだけれど、お婆さまの悪戯が成功したらしい。もうすぐ帝国へ辿り着くという頃にマンドラゴラもどきたちは目が覚めたようだ。
『びゃああああああああああああああああああああ』
というマンドラゴラもどきの叫び声に『ぎゃああああ!』という悲鳴が飛空艇内に響き、混乱した帝国の使者さんたちは悪戦苦闘の末にマンドラゴラもどきを捕まえて難を躱したとかなんとか。
大陸の魔素量が少ない可能性があると話に出ていたので、珍しいだろうと気楽な気持ちで渡したのだけれど、アルバトロス王国政府の認めが欲しいと乞われた上で、公爵さまが鑑定書を用意していた。
どんなものなのか気になったので、見ていいかとお願いすると気軽に見せてくれた公爵さま。一枚目は帝国の使者に渡した品は『マンドラゴラもどきである』という陛下の名前と副団長さまや国の重鎮メンバーの署名入り。
二枚目からは、副団長さまが認めたマンドラゴラもどきの学術的説明だった。結構な量があったけれど念の為に目を通すと、副団長さまはうっかりさんなのか、叫びながら走り回るという特性を記載し忘れていたのだ。きっと魔術的効果や恩恵の方に気持ちがいっていたのだろう。親切な私は、一番最後の項に文字を足す。
――叫び声を上げて走り回るので、心臓の弱い方は気を付けて。
ああ、なんて慈悲深いのだろうか。確か向こうの大陸では黒髪黒目の人は災害や飢饉の際にどこからともなく表れて、人々を救うのだとか。帝国の使者さんたち一行を慮って、優しい一言を付け加えておいたのだ。
「ナイ、腹に据えかねているのは分かるが、国が迷惑を被るぞ」
「公爵さまが公認してくれているから大丈夫だよ」
多分。ただ陛下方はまた頭を抱える羽目になりそうだけれど。報告書の内容は、帝国からのちょっとした抗議。飛行艇が墜ちかけたが無事だった。次はないぞというもの。
「小麦畑をあんなことにしたのは許せないよ、兄さん」
そうだそうだ。機械技術が発展していれば、簡単に整備できたかもしれないが結構な手間が掛かっているのだから。
「俺は向こうの国がどうなろうと知らん。――だがなナイやお前が危ない目にあう可能性があるなら、なるべく穏便に済ますのも一つの手だ」
俺も小麦畑をあんな状態にした帝国を許す気はないがと、言葉を付け加えるジークが。みんな孤児出身だからか食べ物には異常な執着心を持っているよねえ。でも、大切に育てている農家さんたちの事を思えば、あの着陸の仕方はない。あんな方法を取ると分かっていれば、アルバトロスは別の会談場所を用意しただろうに。
『あ、ナイ。最後までちゃんと読もう』
クロの言葉にもう一度、報告書へ視線を落とす。
「ん? まだ続いてた」
帝国から抗議の書状が届いた最後の一枚に、力強い文字で一文が記されていたそうだ。
――必ず黒髪黒目の少女を帝国へ迎える。by、皇帝。代筆、宰相。
意訳だけれど、確りと私を迎えに行くと。しかも皇帝が。いやいや、あり得ないでしょう。大国の皇帝陛下が居城を留守にするなんて、一枚岩じゃないだろうから謀反の兆しや策略がありそうだけれどねえ。
東大陸がどうなるかは知らないし、関知しないけれど。いくらお金を積まれても、豪華なお屋敷を用意されても、働かなくて良いと告げられても、帝国に行く気は更々ないのだから。あ、そうそう。アルバトロス王国は、この書状に対してこう返すそうだ。黒髪黒目の意思を尊重すると申したのに、その言葉を破るのか。巨大な国故の一枚岩ではなく、使者であった外交官の言葉を無視するのだな、と。皮肉を込めて。