魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――黒髪黒目の少女を我が帝国が手に入れるには?
どうすれば良いのか。一番簡単な方法は、本人自らがアガレス帝国へ向かいたいという意思を持って頂くことだが……。
一度目の接触は、赴かせた使者が失敗している。人選を誤ってしまったことが悔やまれるが、東大陸では強大な軍事力のお陰で、力押しの外交が出来ていた。それを忘れ、自身は有能であると勘違いした外務大臣が初手を失敗したのである。
「では、第一回黒髪黒目の少女さまを帝国へ迎え入れる会を始めましょう」
なんて阿呆な議題だと嘆きたくなるが仕方ない。偉大なる帝国宰相の身でありながら、こんな議題を口にする日が来るとは。事の発端は第一皇子殿下による発言だった。
飛行用の巨大魔石も貴重であり無暗に消費すればいずれは帝国の飛空艇も飛ばなくなる。何度もアルバトロスへの行き来は無駄遣いは出来ぬし、ここは穏便に少女を手に入れられる方法を模索しようではないかと言い出した。だが、初手や二度目の書状で喧嘩腰で手に入れようとしたのだから、向こうも警戒するだろうに。
陛下に望まれ代筆したが、何故あんな強気でいられるのか分からない。黒髪黒目の者には奇跡を起こす力があると言われている、我々帝国ではなくアルバトロスに齎しているとしたら……。アガレス帝国は滅んでしまうのではないか、という疑問が湧く。
ふうと軽く息を吐いて会議室に集まった面々を見る。
皇帝陛下は自室でゆっくりと過ごされている。この件を話すと『お前たちで決めて良い』と仰られた。陛下は少々、いや随分と政に無関心な部分がある。
アルバトロスから外務大臣が戻った際に彼から聴取した事実を捻じ曲げ、アルバトロスとの友好関係を望めぬ事態に陥らせたのだから。忠告はしたものの聞き入れて頂けなかったのは、帝国を支える者として残念でならない。時間をかけて帝国の素晴らしさを黒髪黒目の少女に伝えれば、こちらへ来て頂けたかもしれないというのに。
この場に居るのは、皇太子殿下を始めとする皇子殿下方に帝国の政に関する者たちだ。
皇帝陛下は政には無関心であるが、女性には関心を持ちすぎていた。正妃さまが男児をお産みになられると、側妃さまや愛妾との間にも子を儲けた。
その数、皇子だけで十五名。ちなみに皇女は四名となる。……正直、作りすぎだ。今は周囲にこれ以上増やすなと止められて、避妊しておられるが。黒髪黒目の少女についての報告の際、陛下は容姿について言及された。外務大臣は、十五歳と聞いているが背が低く胸もない幼児体型と話すと、陛下は直ぐに興味を失っておられた。黒髪黒目の少女を必ず迎え入れると申され、私に代筆させたのは帝国の面子を保つ為であろう。
英雄色を好むと言われて久しいが、皇帝陛下が英雄とは評しづらい所がある。歴代の陛下方が素晴らしい方たち故か、彼の評価は二段か三段は落ちる。だが我々が陛下を支えれば良いことであるし、皇宮で日夜帝国に尽くす為に働いているのだから。
「皇子の誰かと婚姻するか?」
王道であるが、他国の者だということを失念しておられる気がする。発言された第一皇子殿下は既に正妃さまを据えられておられ、側妃もほどなく宛がわれる予定だ。
だから彼の下の十四人兄弟のどなたかにということだろう。しかしそれだと婚約を破棄せねばならなくなる。仮に決まってしまえば仕事が増えるが、仕方ないと自分を納得させた。帝国の繁栄の為ならば、身を粉にしてでも働かねばならぬ。
「妙案だが、アルバトロスが認めるのか謎だな。一度失敗しているのだろう?」
第二皇子殿下が私に視線を向けたので、確りと頷いておく。噓を吐いても仕方ないし、嘘を吐いてアルバトロスが弱腰だと勘違いすれば強硬手段に出かねない。
頭に筋肉しか纏っていない殿下もいらっしゃる。言葉は慎重に選ばねばならぬ。戦費を捻出するのも大変であるし、税を増やせば臣民に苦労を掛ける。仮に戦になったとして、戦果が黒髪黒目の少女一人では帳尻が合わない。
臣民たちの心を掴むことには十分に役立ってくれるだろうが、海を隔てた大陸の……内陸の国を手に入れたところで旨味など少なかろうし。植民地にして支配するにも人を遣わさなければならぬし、アルバトロス周辺国も良く思わないだろう。問題がありすぎる。
「認めさせるのだよ。帝国に不可能はない」
第三皇子の強気な発言だ。どうにも東大陸の覇権を握っている所為か、皇子殿下方は強気な性格な者が多いし、自分たちの思い通りに各国が動くと考えている節がある。
長い歴史の上で帝国万歳と崇める傾向が強く、帝国臣民も歴代の皇帝を称え神に近しい存在と認識している。それ故の傲慢なのだろうか。であれば、私は無信心ものなのだろうなあ。だが帝国へ向ける忠誠は本物である。
「兄上、確かに認めさせれば良いですが、一度失敗しているのです。交渉は難しいでしょう」
第五皇子殿下が無難な言葉で第三皇子殿下を諭すように語る。第四皇子殿下は手鏡を持参して、己の顔を見ているだけ。興味がないらしく前髪を整えておられるが、命令されれば動くお人であるのは知っている。
「では戦を持ち掛ければ良いだろう?」
やってしまってもかまわぬだろうという顔付きで第三皇子殿下が不敵な顔になる。遠く離れた異国の地へ赴くにはかなりの労力と金が必要になるのは、理解なされておられるのだろうか。
「費用が掛かりすぎましょう。帝国臣民を飢えさてしまえば本末転倒です」
もう一度第五皇子殿下が第三皇子殿下へ言葉を放った。
「誰か留学にでも赴くか?」
「隣の大陸の小国に我々帝国の者が?」
「しかし黒髪黒目の少女の機嫌を損なわず、穏便に手に入れるとなればそれしかないのでは?」
「確かに。――どうにかしてアルバトロスに許可を取らなければな」
「誰が頭を下げるのだ?」
皇子殿下方が口々に話し合っておられる。やはり大国の者が小国に頭を下げるのは抵抗があるようだ。
一番いいのは陛下の名代として第一皇子殿下がアルバトロスへ向かい、頭を下げてこれまでの非礼を詫びるのが良いのだが。陛下のお言葉を代筆した私では、向こうからの信頼など小麦粉ほどの大きさだろうし価値がない。
「あっ、ねえ。ここではないどこかから、黒髪黒目の者を召びだすのは?」
ようするに東大陸や隣の大陸のどこかにいるはずの黒髪黒目の者を探し出すよりは、女神さまが創造した世界以外から召喚するということか。
だがしかし、そのような技術は我々にはないはずだが、第六皇子殿下には秘策があるのだろう。公式の場で書記官も居るのだから、何かしらの算段があるとみた。上手くいけばアルバトロスとの戦をするよりも、安全で安く黒髪黒目の者を帝国が手に入れられる。
「俺、魔術師に聞いたんだけれど飛空艇を動かせる魔石があれば可能だってさ」
第六皇子殿下が背もたれに背を預け、両手を頭の後ろに組んで軽い調子で言い放った。その言葉にどよめく会議室。
「悪い話ではないな」
第一皇子殿下の言葉に、他の皇子殿下方や帝国上層部の者たちが頷き。
「――では、その魔術師を呼べ!」
「分かった。兄上たちやみんなはちょっと待ってて」
皇子殿下方への教育は皆同じように施されたというのに、第六皇子殿下の言動は軽い。まあ、要職に就くこともなく帝国内の貴族家の婿に入るのである。言動はああだが、頭は切れる方だ。でなければ、会議の流れを変える提案など出来やしまい。
確かに盲点ではある。ただ、ここではないどこかの場所から黒髪黒目の者を召びだすとなれば、結局隣の大陸の黒髪黒目の少女と同じ状況ではないか。
戻れないとなれば、祖国を捨てなければならない可能性が出てくるのだから。隣の大陸から連れてくるよりも質が悪い可能性もあるが……。だが仕方ないのか。帝国の繁栄を考えれば、たかが一人不幸になることを気に病んでいれば、前に進めなくなってしまう。
――どうか無事に済むように。
そしてアガレス帝国を気に入って頂き、黒髪黒目のお方が幸せで暮らせるように尽力せねばと心に誓う私だった。
◇
強い魔物が出る場所にたどり着いて数時間。最初に火蜥蜴と遭遇した後も、結構な数の魔物を倒していた。今までの討伐遠征時によく相対していたゴブリンや狼とは違った上位種とでも表現すれば良いのか。確かに強い魔物との遭遇が多くある。で、今も魔物と対峙している所で。
『ナイ、ボクも良いかな?』
「ん、クロも参加するの?」
珍しい。ミミズや尺取虫に負けていたクロが魔物と対峙することになるだなんて。成長を見守ってきた身としては感慨深いものがあるけれど、本当に良いのだろうか。
『一度も試したことがないから、念の為に使ってみたいなって』
爪や牙でも良いけれど、ブレスは一度も使ったことがないし試したいそうだ。逃げる魔物に放つのは忍びないけれど、襲ってくる魔物であれば遠慮は要らないとのことで。普段のクロは周りとの調和を大事にしているけれど、やはりこの辺りは竜なのか向かってくる敵に容赦をする気はないようで。
「じゃあ、次の魔物に出会った時はクロが先手だね」
『ありがとう』
素材の取り分に関しては、副団長さまたち魔術師チームとジークとリンと私のチームで明確な線引きをしている。不満が出るのもアレだし、副団長さまもストレス発散の為に赴いているようだから交代で魔物に対処しようと決めた。
魔術師チームの分配は山分けではなく倒した人が素材を総取りな理由は、新入りが勝手に行動を起こしてチームに面倒を掛ける人物の選別の為と単純に実力社会だから。
それだと副団長さまが全部取ってしまうけど、その辺りは気を使っているそうだ。本気でストレス発散をしたいなら、一人で赴くとも仰っているし。効率で言えば一人の方が気楽なのだろう。でも今回は私が攻撃系の魔術行使に慣れる為だし、自重中らしい。対処できない魔物や魔獣が出れば副団長さまの出番という訳。
「強い魔物が現れる場所だけはあるね」
何度か魔物と遭遇して魔術を行使したり、ジークとリンが試し切りをしていた。拾った素材もそれなりの量になっていた。
「実際、遭遇頻度が多いからな」
「ね」
副団長さまと護衛の魔術師の方しか居ないので、気楽なものである。お貴族さま出身の方も居るのだけれど、あまり身分に捉われていない。彼らが大事にしているのは、貴族としてよりも魔術師の実力に価値を置いている気がする。
「この場所はアルバトロス王国内で最も魔物が出やすい場所と言われていますから」
そんな場所を陛下から任されているのだから、魔術師の方たちの実力が伺える。偶に腕試しと称して許可を取り、私用で軍や騎士の方もこの場へ訪れるそうだ。
「ん?」
なにか視線を感じたような。立ち止まって違和感を感じた場所へと視線を向けるけれど、何か居る気配はない。
『何も居ないかな』
『マスター、大丈夫?』
私の肩の上に乗っているクロが視線を向けた方向へ同じように顔を向け、ロゼさんは私の足元でまん丸な体を縦に伸ばしたり横に伸ばしたりしながら教えてくれた。一頭と一匹が言うなら間違いはないのだろう。感知に関しては人間よりも彼らの方が優れているのだから。
「気になるのか?」
ジークが私の横に並んで問いかけてきた。
「ううん。私の勘違いだと思う」
「気を付けながら先に進もう」
ジークの反対側の横に立ったリンが、大丈夫というように声を掛ける。副団長さまが進みましょうと促し、再度足を動かし始めて暫く。茂みの奥から犬、ではなく狼が数匹私たちに狙いを定めて膠着状態となった。
「狂化はしていませんので魔物とは判断しませんが、襲われるようならば対処しなくてはなりませんねえ」
副団長さまの呑気な声。一学期の合同訓練で対峙した時も狼を遠慮なく切り倒した。今回は襲ってくるようなら倒して、逃げるなら見逃すようで。お肉として食べるのも良いけれど、あの頃よりは飢えていないので逃げて欲しい気も。人間って勝手だよねえとしみじみ感じつつ、うーんと悩みながら魔力を練る。
「おや」
「逃げちゃった」
何もしていないのにきゃいんきゃいんと高い声を上げながら、狼たちは逃げて行った。いや、うん。有難いけれど、私の魔力を感知して逃げたようで複雑。気にしたら禿げるので止めようと、首を軽く左右に振り副団長さまの声で再度歩き始める。
随分と歩いたような気もするし、あまり歩いていない気もするけれど時間は確実に過ぎている。陽が昇って直ぐに子爵邸からギルド支部に転移で赴いたけれど、陽の位置が真ん中を過ぎているのだから。
「食事にしましょう」
副団長さまのその声で昼食となった。片手で頬張れる食べ物を各自持参していた。私たちは料理長さんが作ってくれたサンドイッチを食べる。副団長さまたちは携帯食料だった。固形の、いかにも堅そうな棒状の食べ物。美味しいのかなと、横目で食べている様子を観察するけれどみんな無表情。
干し肉も齧っているけれど、そちらもまた堅そうだし塩気が凄そうだ。お水代わりにアルコール度数の低いワインを革袋に入れていたようで、微かに香ってきた。クロには果物、ロゼさんには私の魔力を少し。ジークとリンも一緒に食べつつ周囲を警戒している。魔術師の皆さまも同じだった。
「わんっ!」
ご飯を食べている最中に犬の鳴き声が響いた。低いものではなく高い音。鳴き声が聞こえた方へ視線を向けると、小さな狼がこちらを見ながら警戒しつつ狙いを定めている。その視線の先は私たちというよりも食べ物に注がれているようだ。
「どうしましょうか?」
「野生の生き物ですからねえ。人間の食べ物を与えるのはあまりよろしくありません」
ですよねえ。これで慣れてしまうと自分で狩りを行わないで、人間に集ることを覚えてしまうだろうから。ここは心を鬼にして、追い払うのが一番か。
「あれ?」
もう一度、子狼に視線を向けると前足に傷がある。なんだか既視感を覚えるけれど、頭が鈍いのか記憶の引き出しは動かない。
「どうしました?」
「あの子供の狼……足に傷が」
「おや、本当ですね。しかし血が出ていないので古傷では?」
副団長さまとどうしたものかと話していると、クロが私の顔に一度だけ触れる。
『ねえ、ナイ』
「うん?」
副団長さまからクロへ視線を向けると、首を傾げつつ口を開いた。
『あの子、本当に狼なのかな?』
「どういうこと?」
『魔力の量が通常の狼より多いんだ。生まれたばかりの魔獣じゃないのかなあ』
まだ力をつける前で、本来の魔獣よりは劣るそうな。
「ということはフェンリルの子供なのかな?」
『多分ね』
「おや」
副団長さまが意外みたいな顔を浮かべた。あの子フェンリルが悪いフェンリルになるのか良いフェンリルになるかは、まだ分からない。
手を出す訳にはいかないし、これは放置が一番かなあと判断する。副団長さまや魔術師の方たちも同意見のようで、見守ろうというのが総意らしい。
『アレが、フェンリル!』
「ロゼさん、真似は駄目だよ」
『!』
ロゼさんがすごく興味を示しているので、先手を打っておく。模倣に慣れて人間まで真似始めたら大変だ。
お貴族さまたちには影武者として有難られそうだけれど、ロゼさんはそんな方たちの指示なんて聞かないだろうし。私の言葉にぺちょんとなってしまったロゼさん。カオスな未来を生み出さない為である。我慢してほしい。
「あれ、居なくなってる。――ほら、ご飯食べたし先に進もう?」
先ほどまで私たちを見つめていた子フェンリルはどこかへと消えていた。可愛かったので少し残念に思いつつ、ぺちょんとなったままのロゼさんを抱き上げ副団長さまの顔を見上げる。
「そうですね、行きましょうか。あと少し奥に進んで、戻ることにしましょう」
時間的にもそれが限界なのだそうだ。副団長さまが高威力の魔術を放つことはなかったけれど、大丈夫かな。まあ、一人でこの場所に訪れることもあるそうだし、ストレス発散方法は他にもあるかもしれないのだから。