魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
ぺたんと地面にお尻を付け腰を下ろしている子フェンリル。副団長さまが近づくと子フェンリルが身構える為に、少し遠くで待機していただいている。クロと会話を交わしていることもあるのか、私が近づいても逃げる様子はなく、ちょこんと前足を揃えて座っている姿は可愛らしい。
ジークとリンも一緒にこちらに居るけれど、気にしている様子は伺えない。やはり副団長さまが苦手なんだなと苦笑い。確か伝承でのフェンリルって悪魔に属していたはずなのだけれど、大陸では魔獣にカテゴライズするんだなと頭の片隅で考えていた。
「こんにちは」
じっとしているフェンリルに近づいて、しゃがみ込む。興味があるのかロゼさんも私の横に付いていた。へへへ、と舌を出して息をしている子フェンリルは私をじっと見上げている。
『分かるかな?』
『!』
鳴きはしないけれど、一瞬目を細めたあと前足も地面にぺったりと付けて伏せの体勢をとる。野性味が皆無だなあと苦笑いをしつつ、何やらクロと子フェンリルはやり取りを繰り広げているようで。
私は待つしかないので、見守っているだけ。ロゼさんも私の横で丸い体をぷるんと揺らしながら、じっとしている。
『もう一回聞いてみたけれど、やっぱり一緒に行きたいって言ってるよ』
「いいのかなあ。でも来るって言うなら追い払ったりできないよね」
『その判断はナイがすべきかなあ……ボクはさっきも言った通りこの子のお願いを叶えて欲しい立場だから』
クロがそう言うなら問題はないのかな。ご飯とかどうなるのかが一番のネックだろうか。
「一緒に来る?」
子フェンリルの前に手の甲を向けて手を差し出す。私の匂いを何度か嗅いだ後に、手に顔を擦り付けてきた。そのまま撫でていると気持ちよかったのか、伏せの体勢から横に体を倒しお腹を見せたので、ついでにわしゃわしゃと撫でる。
『気に入られたねえ、ナイ』
肩に乗っているクロが首を傾げながら、私に喋りかける。
「野生はどこに行ったんだろうね?」
本当に、どこへ行ってしまったのやら。
『相手がナイだから、仕方ない気もする』
受け入れてくれたようだと安堵しながら、子フェンリルの顎下を撫でると目を細めている。気持ち良さそうに受け入れているし、人馴れするのは早いかも。後は子爵邸の皆さまが子フェンリルを受け入れてくれるかが問題。ただ、既に竜であるクロに天馬さまと猫又さまが居るのだから今更な気もする。
今日の報告書には魔物をたくさん倒して素材を手に入れ、クロがレーザービーム級のブレスを放つことに、子フェンリルが新な子爵邸の仲間となったことを記さなきゃ。時折、抜け落ちることがあって聞いていないと言われることもあるから、纏めることを先に考えておかないと。
『名前は付けないの?』
「望まれない限りはこのままかなあ。私の側が飽きて何処かに行くこともあるだろうしね」
名付けをしてしまうと使役するようになるみたいだし、悪さや人に危害を与えない限りはこのままが一番な気がする。子フェンリルに望まれれば考えなきゃいけないけれど、今の所の望みは一緒に付いて来たいだけみたいだし。
お腹を撫でるのを止めると、気持ち良さそうに閉じていた目を開けて体勢を変えて起き上がり、地面に四肢をしっかりと付けて体をぶるると払った。ふさふさの毛並みに付いていた泥や枯れ葉が落ちるけれど、完全に取り切れていない。手で簡単に払っているとクロがまた何かを言い始めた。
『うーん。――まあ良いのかな』
遅かれ早かれ名付けることになりそうだけれどねえ、と小さい声で囁くけれど聞こえないフリをしておく。立ち上がって子フェンリルへと視線を下げる。
「行こうか」
私の言葉に、ぱっと顔を輝かせながら尻尾をブンブン降りながら私の後ろに付いた。ロゼさんが驚いたのかびくんと体を縦に一度伸ばして元に戻る。
大丈夫かなと少し心配しつつ、副団長さまたちと合流。副団長さまが子フェンリルに熱視線を向けているけれど、子フェンリルはロゼさんを壁にして隠れている。――丸見えだけれど。護衛の魔術師さんたちも感嘆の声を漏らしながら、副団長さまと同じように熱視線を送っていた。同業者なので、気になる所は同じなのだろう。
「さて、戻りましょうか」
「はい」
副団長さまの言葉に答えると、ジークとリンも数瞬遅れて頷いた。帰り道は間引きの成果が表れたのか、魔物との遭遇はなくあっさりと領境まで辿り着きギルド本部へと再度足を踏み入れる。暇なのかギルド長さまは本を読んでいたけれど、私たちの訪れを告げるカウベルの音でこちらへと顔を向けた。
「……なっ!」
私の後ろをとことこ付いてくる子フェンリルに視線を向け、目をひん剥いた支部長さま。私もこんなことになるだなんて全く考えていなかったので、何も言えない。
「ただいま戻りました。換金をよろしくお願いします」
副団長さまは何も聞こえなかったように、しれっと素材を詰め込んでいる袋をカウンターの上に置いた。私たちもそれに倣って、袋を置く。ギルド長さまははっとした顔をして、副団長さまの言葉に返事をすると袋の中の素材を確かめていた。
「やはり素材の質が良いですね。――申し訳ありません、少々お時間を頂くことになります」
結構な量があるので査定に時間が掛かるようだ。討伐数の申請もお願いしますねと告げられたので、メモしておいた紙を支部長さまに提出。ありがとうございますという声に頭を軽く下げて、待合所の椅子に腰を下ろす。
「あれは?」
ふと壁に貼られている紙が気になって、声に出してしまった。
「冒険者に出されている依頼ですね。興味があるのなら見てみるのも一興ですよ」
私の隣に腰を下ろしていた副団長さまが教えてくれた。冒険者にどんな依頼が出されているのだろうと、席を立ち掲示板の近くまで歩いていく。私が歩くと、ロゼさんと子フェンリルも後に続くし、ジークとリンも同時に私の後ろに付く。増えたなあと苦笑いをしつつ、掲示板へ視線を向ける。
アルバトロス国内と書かれた場所には紙が数枚張られており内容を確認すると、ゴブリン討伐や居なくなった猫を探して欲しいという内容。居なくなってしまった猫は仕方ないけれど、魔物は領主さまに嘆願すれば討伐の為に領軍を動員されるだろうし、領軍や警備隊を用意できないなら国へ願い出ると対処してくれる。公的機関が確りしていると安心できるよねえと、次に他国と書かれている掲示板へと目を向ける。
「結構あるんだね」
アルバトロス王国内よりも枚数が多く、討伐難易度も高いものが多かった。国の名前と場所が記され、討伐指定されている魔物も凶暴だと聞いている名が書かれてる。
報酬も結構高いし、高難易度の依頼を一度こなせば数か月は余裕で暮らせそうな額。でも命を差し出しているのだから、当然の報酬とも言える。強い人はがっぽがぽ儲けられるのだろうな。副団長さまが本気を出して冒険者になれば、凄くお金持ちになれそう。アルバトロスの魔術師団副団長という地位に就いているから、無理だけれど。
「だな」
「ね」
ジークとリンも掲示板の紙の内容が気になっていたのか目を通していたらしい。三人で倒せそうな魔物を探していると、Aランクくらいならどうにかなりそうという結論に。職を失えば他国に出て冒険者になれるねと冗談を言っていると、副団長さまがぬっと姿を現す。
「冒険者ランクを上げないと受けることが出来ませんよ。アルバトロスが貴方たちを手放す訳はないでしょうからねえ」
「個人でならば受けられるのでは?」
「国が許すと思いますか?」
思えないよねえ。それなら国と国がやり取りして、副団長さまや私を派遣すれば済む話である。冒険者登録をしたから指名依頼の可能性もあるけれど、私たちのランクは最低ランク。ランクを上げない限りは受けられないのだから、前提からして話にならないということで。
「みなさま、お待たせいたしました」
支部長さまの声に振り返ると、カウンターの上には袋が数個置かれ。それぞれに分けてくれたようで、その分袋の数があったという訳だ。
私たちの討伐数を確認した支部長さまは昇格試験を受けてみませんかと誘われたけれど、冒険者ランクを上げるつもりはない。換金の為の登録だし、試験もある程度まとまった時間が必要なので受ける暇がないと伝えると、それ以上支部長さまが何か言うことはなかった。
「結構な額だね」
「食い物か?」
「勿論」
頂いたお金を確かめながら、三人均等に山分けする。クロやロゼさんが倒した分も含まれているので、どうするのか聞いてみるとお金には興味がないらしい。それなら美味しい果物と興味がありそうな本でも買おうかと伝えると、クロとロゼさんは喜んでいた。
ジークとリンは貯金に回すと言ってた。私は美味しい食べ物を買ってみんなで食べようと、臨時収入にほくそ笑むのだった。
◇
強い魔物がでる場所で偶然に出くわした白い毛並みの子フェンリルが私に懐いたので連れて帰った件。良いのかなあと考えつつ、副団長さまはウッキウキだしクロは否定しない……というか賛成派。
ジークとリンは私に危害がなければそれで良いというスタンス。ロゼさんは興味があるようなので、じっと子フェンリルを見ている始末。以前の約束を忘れている訳ではないだろうけれど、微妙なところだしなあ。副団長さまたち魔術師組は、よければ魔術師団へ連れてきてくださいねと言い残して帰っていった。
子爵邸の皆さまに子フェンリルを連れて帰ることになったと伝えると、私だし仕方ないと何故か直ぐに事情を理解してくれた。あとはソフィーアさまとセレスティアさまに経緯を伝えることと、私の側に居るだろうからクレイグとサフィールに説明もしないと……なんて考えていると意外なお方が一番反応を見せた。
『何故、犬畜生がこの屋敷に住まうのだ!』
ふしゃーと逆毛を立ててお猫さまが、子フェンリルに向かって文句を言っていた。文句を言ってももう決まったことなので、私の部屋でくつろぎたいのならば我慢して頂くしかない。
犬や猫が一緒に仲良くしている姿はよく見るし、問題ないだろうと軽く考えていたのだが、まさかお猫さまが嫌がるとは。
外が随分と寒くなっているので子猫は私の部屋で過ごすこともあり、今もまさにお猫さまと一緒に居るのだけれど、子フェンリルは普通に子猫と接している。どこかに子猫が行こうとすると、首元を軽く咥えて元の場所に戻している。微笑ましいその光景は、子フェンリルの方がお猫さまより子猫たちの親っぽく見えて仕方ない。
「嫌なら出ていくしかなくなるんだけれどなあ」
私の部屋でクロの籠の中で怒りを露わにしているお猫さまに言葉を投げる。私たちが出かけている間は、外で子猫たちの面倒を見ていたようだ。子フェンリルは子猫の面倒を見つつ、私の足元へやって来て足にマーキングを何度か施すとまた子猫の下へと去っていく。
『ぐぅ! 致し方ないのか……しかし、何故犬畜生が主に懐くのだ!』
怒りで逆毛を立てていたけれど少し元に戻っていた。お猫さまは意外そうに言っているけれど、接点はあるんだよねえ。
子フェンリルが怪我をしている前足は完全に古傷だ。軽く見せてもらったけれど治りきっているので、私が魔術を施しても無意味。アリアさまならば傷を綺麗に治すことができるけれど、それはまあ子フェンリルの意志を聞いた上で決めるべきだから追々で良い話。
「まあ、話すと長くなるけれど……――」
子フェンリルは一学期の合同訓練で副団長さまが綺麗さっぱり消滅させた、あの狂化したフェンリルだった。魔力感知に長けている副団長さまが、子フェンリルからあのフェンリルの魔力を感じ取ったことと前足の傷が決定打。
大陸で生きている者や植物にその他もろもろが死ぬと、体内や物質に残っている魔力や魔素を放出させるという文献があるそうな。本来ならば魔石を残す所が、副団長さまが高威力の魔術で霧散させてしまった為、フェンリルの体内にあった魔力が空気中に放出された。
空気中の魔素濃度が高いと不可思議なことが起こりやすいので、あの森の中でもう一度復活したのだろうというのが副団長さまの見解。それならば森の中に居ついて過ごしていそうだけれど、子フェンリルが遠く離れた場所に居たのかはクロの通訳で解決した。
王都近くの森に居ると、王都から嫌な気配を感じるので移動したと子フェンリルは主張しているらしい。その嫌な雰囲気って副団長さまの魔力なのではと、私や護衛の魔術師さんたちの考え。
それを副団長さまに伝えると、何故かしょんぼりしていたけれど、実際に子フェンリルは副団長さまを苦手としているから、あのフェンリルの生まれ変わりと納得できる材料の一つだった。私に懐いているのは単純に魔力が心地良いからだそうで。側に居ると強くなれるから、側に居たいという単純なものだった。
『なるほどのう。そんなこともあるのか』
『偶然だろうけれど、自然の中で起ることだからねえ。こういうことがあってもおかしくはないかな』
籠の中のお猫さまの横にちょこんと座っていたクロが、目を細めながら言ってのけたお猫さまの言葉に続いた。
『ロゼ、マスターの隣に居ると強くなってる! お前も強くなるのか?』
ロゼさん、一体どこまで強くなる気でいらっしゃるのかしら。高ランクの魔術を連発できるんだし十分に強いのだけれど、まだ高みを目指すらしい。私の足元で体をぷるんと揺らして、子フェンリルへ語り掛ける。
『!!』
ロゼさんの言葉に子フェンリルが何かを訴えているのだけれど一体何を伝えているのやら。まだ言葉は操れないようなので、ロゼさんやクロを介さないと私は分からない。多分、お猫さまにも通訳を頼めば出来そう。あとエルとジョセも。
『強くなってマスター守る? ロゼと一緒。でもお前、ロゼより弱い!』
フェンリルよりもスライムであるロゼさんの方が強いのか。その事実に驚きつつロゼさんと子フェンリルのやり取りを黙って眺めている私たち。
『……?』
ロゼさんの言葉を聞き、考える素振りを見せる子フェンリル。
『ねえマスター。コイツがロゼにいろいろと教えてって言ってる……どうすれば良いの?』
「ん? ロゼさんが嫌じゃなきゃ教えてあげて欲しいかな。私たちと一緒に居るなら知識は必要だし、ロゼさんの方が先任だしね」
『! 分かった、ロゼが教える!』
その言葉に子フェンリルが丸いスライムのロゼさんの体へすりすりしていた。どうやらどちらも受け入れてくれたようで何よりだと安心……安心できるのかなあ。副団長さま直伝の魔術とかあるんだし、ロゼさん子フェンリルに魔術を教え込まないよね。そもそもフェンリルの武器って爪と牙だろうし、大丈夫大丈夫。
「ロゼさん、他の人たちに迷惑をかけるようなことをしたり、この子に教えちゃ駄目だからね」
『うん、ハインツとも約束しているから、マスターの約束もちゃんと守る』
副団長さま、一応は人に迷惑をかけるようなことはしちゃ駄目とルールを決めていてくれたのか。有難いと感謝しつつ、人に迷惑を掛けなければなんでもして良いとも受け取れるような。
まさかと頭を振りながら、お屋敷のみんなに挨拶をしようとクロとロゼさんと子フェンリルと私は部屋を出る。お猫さまたちは寒いので部屋で待機するとのこと。丁度ジークとリンが私の部屋の前へとやって来ており、事情を説明すると二人も一緒に付いてくるそうだ。
「しかし賑やかになったな」
「だね。可愛いから良いけれど」
ジークとリンが、ぴょんぴょん跳ねながら先を行くロゼさんとその後を付いて行っている子フェンリルを眺めながら零した。
「だね。別館が完成すると聖女さまたちが何人か来るそうだし」
まだまだ賑やかになるのである。アリアさまが子爵邸の別館で過ごすことは確定しており、あと他にもう一人来る予定。誰かは聞いていないけれど、誰が来るのか楽しみである。別館の工事も冬休みが終わる頃には完了する。
工期が随分と短いのは王家が雇った職人さんが多いことと、資材運びを何故かワイバーンや竜のみなさまが買って出てくれた。お話が出来る竜の方がいらっしゃるので、職人さんたちと上手く連携が取れる為に助かるそうな。
『賑やかなのは良い事だよ。みんなで楽しく過ごせると良いね、ナイ』
「そうだね。でもこれ以上は無理かなあ。子爵邸の敷地が随分と狭くなっているからね」
一般的な子爵家のお屋敷程度の広さを王家から賜ったのだけれど、警備の関係や託児所に家庭菜園、エルやジョセが過ごしている小屋と新たに建っている別館で随分と庭が狭くなってしまった。手塩にかけて育てた庭の一部を潰すことになった為に、庭師の小父さまの背が煤けているのを見た。これ以上増やすことは無理だし、正門から覗く子爵邸の光景もちょっと頂けなくなっているし。
『ボクはその辺りはよく分からないけれど……』
クロは竜なのでお貴族さま的なことや人間の事情には疎くなるから仕方ない。
「まあ、これ以上増えることなんてあり得ないよね」
あははと軽く笑って、私の肩に乗っているクロの頭を撫でた。
「……」
「……」
私の後ろを歩いているジークとリンの雰囲気が『無理だろ』『また増える』と言っているように感じた私だった。