魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
子フェンリルを保護したと子爵邸のみんなに挨拶をしたあとに、亜人連合国領事館の皆さんへも挨拶をする。
とはいえ屋敷の中に入るほどでもないので、庭先で立ち話という気楽なもの。お貴族さまのルールをあまり気にしなくて良いので、助かっている。
『へえ、霧散して消えてしまったのに生まれ変わりなんて珍しい!』
お婆さまがクロが乗っている私の肩の反対側に乗ってそんなことを言った。子フェンリルは私の足元にちょこんと座って大人しくしている。ロゼさんも側に居り子フェンリルのことを気にしているようだから、もしかして舎弟とか子分扱いなのだろうか。
「珍しいんですね」
『あまり聞かない話ではあるわ。魔石が残って、その魔石に魔素が蓄積されてまた魔物や魔獣が生まれたって話は聞くけれどね~』
魔物や魔獣が死んだ時には魔石を落とす――魔獣は強いので高確率で魔石を落とすそうだ――その時、魔石がその場に放置されたままだと魔素を取り込み新たな命となることはあるようで。
魔石も残らないほどの威力で霧散されたフェンリルが、新たな命を得たということは何かしらの強い意志でもあったのではないかとのこと。長い時間を生きているお婆さまでも珍しい事象に出会ったようで、何やら考えている模様で。
『名前、付けてあげないの?』
みんなに言われるなあ。エルやジョセにも言われたし、お屋敷で働く人たちも名前がないと不便なので付けて欲しいと願われた。
「クロにも勧められましたが、大きくなって私の下を去っていくこともあると思うんです」
こう、簡単にホイホイ名付けてもなあ。それに良い名前が思いつかないという理由もあるわけで。また学院の図書館で何かしらの本を探して、良さそうな名前を付けてあげるのも一つの方法かなあとも考えてはいるけれど。今の私はポチやタマ程度の名前しか思いつかないし。
『そんなに難しく考えなくても、気軽につければ良いのに。それにこの子つけて欲しそうだけれど!』
私の肩から飛び降りて、子フェンリルの頭の上に乗ったお婆さま。子フェンリルはお婆さまの行為を嫌がってはおらず、むしろ受け入れている雰囲気さえある。強い魔物がでるというあの場所で暮らしていたというのに、凶暴な所はないし本当に大人しい子だった。
ロゼさんはそんな子フェンリルを気に入っているようだし、クロも受け入れている。エルとジョセも仲良くできるなら受け入れてくれる天馬さまだ。お猫さまも諦めて受け入れてくれた。やっぱり名前つけた方が良いのかなあ。
「ナイちゃん、玩具持ってきたよ~」
「遊んでくれるかしら?」
魔獣であるフェンリルを犬扱いしているような気がするアイリス姉さんとダリア姉さん。そういえば代表さま、ディアンさまの姿が見えないけれどどこに行ったんだろう。私がこちらへ顔を出すと、必ず出迎えてくれるのだけれど。
「代表ならあっちで会議に出ているわよ」
『会議なんて面倒なだけじゃない!』
私の疑問が顔に出ていたのか、苦笑いしながらダリア姉さんが答えてくれた。ディアンさまは亜人連合国の方で会議があるそうで、向こうへ戻っているらしい。お婆さまは妖精さんらしく、会議という堅苦しい場が苦手な様子。
「ダリア姉さんとアイリス姉さんは出席しなくても良いのですか?」
お二人はエルフの代表だったはず。ディアンさまが会議に出ているならば、ダリア姉さんとアイリス姉さんも出席する必要がありそうだけれど。
「大丈夫~。今やっている会議は竜たちだけが参加しているものだから」
「私たちエルフは関係ないのよ。――ふふふ、後で話を聞いて悔しがればいいわ」
アイリス姉さんが呑気な口調で、ダリア姉さんの言葉は最後の方は聞き取れず。問題がないのならば良いのかとお二人が持ってきてくれた玩具に目線を向ける。
狼と遊ぶというよりも犬と遊ぶという認識らしく、ボールや太く短い縄を用意してくれたようだ。何で遊ぶのかなあとお二人の腕の中を観察していると、クロがボールが良いんじゃないかなと私の顔の横でそう言った。
「好きなのとって良いよ~向こうの街に戻れば沢山あるから気にしないでね~」
もしやエルフの街では子フェンリルのような魔獣が沢山居て、エルフの皆さまは使役しているのだろうか。エルフの皆さんは魔力が高いのでそういう事も簡単にやってのけそうだ。じゃないと玩具の説明がつかないし。
「ボール、お借りしますね」
子フェンリルの口のサイズに合っているボールを選んで受け取る。私の拳くらいの大きさだから、テニスボールくらいかなあ。まだ子フェンリルだからこのサイズで済むけれど、大きくなったらどのくらいの大きさになるんだろうか。
王都近郊の森の中で会った時はかなり大きいサイズで、人間なんて軽く凌駕していた。あれ、このままずっと子爵邸で過ごすなら子フェンリルの居場所はあるのか不思議である。
「どうぞ」
私の足元で大人しくしている子フェンリルとロゼさんと視線を合わせる為にしゃがみ込んだ。ボールを手に取って子フェンリルの前に差し出すと、小さく首を傾げている。まだ小さいからボール遊びも理解できないよね。
先住犬でも居れば、お手本を見せて遊び方を学んでいけるんだけれど。そもそもこの子は犬ではなく狼だ。なんだか失礼なことをしている気がして、いたたまれない気持ちになってくる。
『興味は示しているみたいよ。投げてみれば?』
『物は試しだからやってみよう』
何故かお婆さまとクロに促されるので、子フェンリルの前で手首を何度か動かして投げる真似をする。確かに視線はボールを追っているので興味はあるようだ。子フェンリルの横でロゼさんが私の手首の動きに合わせて、体を縦に伸ばしたり横に広げたりしている。流石にロゼさんはスライムさんだから、単純に私の動きに反応しているだけで興味はないだろう。
「投げるよ~。それ!」
ボールを投げてぴゅーっと飛び出していったのはロゼさんだった。子フェンリルは意味が分かっていないようで、私の側で首をまた傾げている。転がっていったボールをロゼさんが器用に丸い体を使って抱きかかえていた。少し無理があるのか、体からボールが飛び出して掴むことに対して難儀しているみたい。
「興味を示してるって言ったのに……」
割と大きな声を出して言っちゃったから恥ずかしいのだけれど。
『言ったけれど、追いかけるとは言っていないわ!』
『ボクも試してみればって言っただけだよ』
お婆さまは笑いつつ、クロは少し申し訳なさそうに告げた。
「……なんだか腑に落ちない。ロゼさんが反応してくれたからまだ救いはあるけれど」
これでロゼさんまで無反応だと、私が恥ずかしい思いをしただけになる。
「まあいいじゃない。スライムの子が楽しんでいるんだから」
「落ち込まなくても。それにその内に理解してくれるよ~」
お姉さんズによると子フェンリルは、しばらくすれば言葉も喋るようになるらしい。魔獣に類されるので賢いし、子爵邸の良い番犬になるとか。
狼じゃなくて犬扱いで良いのかなと子フェンリルを見ると、嬉しそうに尻尾を振っていた。まあ犬の祖先は狼だし、一緒だから問題はないのかな。とりあえず名前を付けるなら性別を知りたいなあと、子フェンリルの両前足に手を突っ込む。
「ぶへっ!」
何故かすごく拒否反応を見せられた上に、危なくない程度の目潰しを受けた。そしてこの場に居た全員から顰蹙を買う。その事を知らないのは、ボールを抱え込むのに難儀しているロゼさんだけだった。
◇
三学期が始まる一週間前、ソフィーアさまとセレスティアさまがそれぞれの領地から王都へ戻ってきた。
「おかえりなさい、は変かもしれませんが……」
領地が実家なのだから、この言い方は間違っているかもしれない。でも王都へ戻ってきたのだし、間違っている気もしない。
何が正しいのか分からず、結局こういう言葉になってしまった。そんな私をソフィーアさまとセレスティアさまは笑いながら『ただいま』『ただいま戻りましたわ』と告げてくれ。子爵邸の応接室へ通してもらって、お二人はわざわざ領地の特産品を手土産して子爵邸へと訪れてくれたのだ。
『ソフィーア、セレスティア、おかえり~』
クロもお二人に会うのは久しぶりなので嬉しい様子。ご機嫌でお二人の下へ飛んで行って挨拶をしている。護衛で部屋に一緒に居る、ジークとリンも軽く頭を下げソフィーアさまもセレスティアさまもそれに応えてくれていた。仲が良いようで何よりである。
「王都暮らしが長いからな。間違いではないさ」
「子供の頃からこちらでしたものね。王都で過ごすよりも領地に居た時間の方が少ない気が致しますわ」
ソフィーアさまは王城で教育を受けていただろうし、セレスティアさまもセレスティアさまで未来の伯爵夫人としてこちらで教育を受けていたのだろう。侍女さんが用意してくれた紅茶へ手を伸ばしてカップへ口を付ける。――相変わらず最初は熱い。
「それで……猫又が増えたと聞いてはいたが……」
「何故、ナイの足元で犬がいらっしゃいますの?」
ソフィーアさまがジトーとした視線を、というよりも犬じゃないだろうコレみたいな視線を、私の足元でじっとしている子フェンリルに向け。ロゼさんもその横でじっとしている。セレスティアさまは鉄扇を広げ口元を隠し、子フェンリルを見下ろしている。お二人ともフェンリルとは考えていないようで、私がどこかしらで犬を拾ってきたという認識らしい。
猫又さまが子爵邸の仲間として加わったというのは手紙でお知らせしていたし、子猫たちの引き取り手になってくれたお二人だ。
ただフェンリルを拾って……いや、助けて……飼うことになったのは本当に偶然で。報告をしようと手紙を書こうとした矢先、お二人は王都に戻ってこられた。正体がフェンリルと知ればソフィーアさまは頭を抱え、セレスティアさまはまた顔面崩壊させるのだろう。ちょっと正体を告げるのが怖くなってきたなあと、子フェンリルに視線を落とす。
『この子はね、フェンリルなんだよ。ナイに懐いて一緒に来たいって、ね?』
クロが私の肩から降りて、子フェンリルの横に立つ。クロも子フェンリルも同じタイミングで、ソフィーアさまとセレスティアさまを見上げながら小さく右側に首を傾げシンクロしていた。異種族なのに気が合うなあと、クロと子フェンリルからソフィーアさまとセレスティアさまの方へと視線を変える。
「フェンリルっ、フェンリルなのか!?」
子フェンリルの正体に驚きつつ犬にしか見えんがと零すソフィーアさま。
「……!」
セレスティアさまは無言で固まっているのだけれど、息しているかな。まあ生きているのでその内苦しくなって再開するだろう。竜の方たちや天馬さまたちに悶絶していた彼女だから、フェンリルに興味を示しても不思議じゃないし。
『あ、そうだ。ナイたちから聞いた話だと、ソフィーアもセレスティアもこのフェンリルを知っているはずだよ』
まあ話しておいた方が良いよね。後から子フェンリルの言葉から聞くよりも、先に知っておいた方が良いだろう。
「それは一体? ――そろそろ戻って来い!」
戻ってこないセレスティアさまの肩を、ソフィーアさまが軽く小突いた。
「……! ――失礼いたしました。それでわたくしたちが知っているというのは?」
あ、話は聞こえていたのか。もしかしてクロの言葉だったから聞こえていたというオチは無いよね。でもセレスティアさまだし可能性は高そう。
『ナイ、話してあげて』
「うん。――」
お二人は現場を見ているので話しは通じやすい。合同訓練の際に現れたあのフェンリルの生まれ変わりというと、右前足の古傷に視線を向けて納得していた。
「しかし、先生が倒したフェンリルがこうして目の前にいるとは不思議な気分だな」
「ええ、本当に。――大きくなれば一緒に寝ることは出来ますでしょうか?」
小高い丘の上で大きくなった子フェンリルとセレスティアさまが一緒に寝転がっている姿を浮かべてしまった。おそらく彼女も同じようなことを考えているに違いない。
『出来ると思うよ。大人しいし賢いから、対等に扱ってくれているって理解すればナイ以外にも心を開いてくれる』
「本当ですか、クロさま!」
私の肩から飛び立って、セレスティアさまの腕の中にすっぽり収まって彼女の顔を見上げるクロ。営業、上手いなクロは。
『うん。だからセレスティアもこの子を大事にしてくれるとボクは嬉しいな』
「はい、必ずや。そして一緒に添い寝を成し遂げてみせますわ!」
添い寝なら直ぐに達成できそうだけれど。夜はベッドの上、私の足元で子フェンリルは丸くなって寝てる。子フェンリルに懐いているロゼさんも一緒に寝始めた。クロはクロで私の枕元で寝ているし、時折お猫さまが寒いと言って部屋に入ってベッドの中へ侵入しているし。お猫さまは時々私のお腹の上で寝て、その重みで悪夢にうなされることがあったので、私のお腹の上で寝るのを禁止したけれど。
『ソフィーアも、仲良くしてあげてね?』
「はい」
クロの言葉に返事をするソフィーアさまだけれど、あまり嬉しそうでない表情だ。
『あれ、迷惑かな?』
「いえ、そういう訳では。ただまたアルバトロス上層部の方々が頭を抱えるなと……」
クロはソフィーアさまが言い終わるなり、セレスティアさまの腕から抜け出してソフィーアさまの下へと飛んでいく。真面目なソフィーアさまだから、王国上層部の面々が頭を抱える所を想像できるのだろう。
『ボクがアルバトロスの人たちに説明しようか?』
「そのような手間を取らせる訳にはなりません。それにクロさまが説明に赴けば、城の中は騒ぎになってしまいます」
まあ陛下たち驚くだろうねえ、クロが直々に説明する為に登城したとなれば。
『そうなの? ボク、そんな力はないと思うけれど』
いやいやいや。ブレスという名の荷電粒子砲を放ったご本人の台詞ではない。あ、このことも報告にあげなきゃなあ。陛下方、大丈夫かなあと目を細める。でも書かないまま後で知られれば怒られるのは私である。報告書は正直ベースで書いた方が無難。
ソフィーアさまとセレスティアさまにもクロが凄い威力のブレスを放ったと伝えたいけれど、話せる雰囲気ではない。仕方ない、諦めてチャンスを伺おうと考え直す私だった。