魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
貧民街で兵士に取っ捕まって教会へ連行され、魔力測定を受け超お高そうな水晶玉を破壊――汎用品でそう高いものではなかった――し聖女候補として修業を受ける日々が始まってから約四年。私の年齢もようやく十四歳となり、成人まであと四年となった。
王城の一角、石造りの部屋で一人、静かに佇む私。
――体の中の魔力が消失していく。
何秒、何分、何時間。時間感覚もなく、魔法陣の上で一人……祈りすら願いすら唱えない。己の魔力が奪い取られる感覚だけが、生きているという証拠で。
本来ならば神にささげる詠唱が必要らしいのだけれど、以前に偶々一節を忘れてしまい唱えられなくなった時があった。その時詠唱をしなくても自身の魔力が、魔法陣へと吸い込まれていることに気が付いたので、それ以降は最初の一節――魔法陣の起動するための詠唱だ――だけを唱えてそれで済ませてる。
バレたら大問題になるだろうけれど、生憎とこの部屋には聖女の資格を有した一人しか入れないので誰にもバレない不正である。
そんな無駄なことを考えつつただ時間が過ぎるのを待ってれば、ようやく魔法陣から光が消えて。
「疲れた……お腹空いた」
王国を守る障壁を維持する為、過去の魔術師たちの知恵と技術をたらふく詰め込んで開発した専用の魔法陣の上でひとりごちた。
この魔法陣とは長い付き合いで早くも四年が経とうとしている。聖女候補として貧民街の孤児から教会に救い上げられ、魔力適性と魔力量が十分だった為、聖女候補から聖女へと格上げされて今に至る。最初の頃はこのお勤めに慣れず、愚痴を零したり逃げ出したい衝動に駆られていたけれど、まあ四年も務めを果たしていればルーチン作業のようなものだった。
「眠い」
この役目を終えるといつも空腹感と酷い眠気が襲ってくる。おそらく大量の魔力を魔法陣に提供した結果なのだろうけれど、どうにもならない。
まあ諦めてさっさとご飯を食べてお風呂に入ってベッドにダイブするというのが、魔法陣へ魔力提供した時の日課である。
資格のある者だけが開けるという扉を押し外に出ると、そこにはよく見知ったそっくりのふたつの顔。白を基調に濃い青の差し色が特徴の教会騎士服を見事に着こなして壁際に立っていた二人が、こちらへと歩を進める。
「お疲れ」
「ナイ、お疲れさま」
赤い髪に濃い紫の瞳に顔面偏差値がとても高い為にすばらしく整った顔の二人に出迎えられた。二人とも背が高いので、見上げる形になるのはご愛敬なのだけれど、私の背が伸びなくて同年代の人たちよりも小柄だということも含まれた。
というかこの国の人たち、整った顔の人が多いし、背も高い人が多い。特に貴族やお金持ちの人にはその傾向が顕著だった。目の保養には良いのだけれど、平凡顔の私からすれば羨ましくもある。
「ジーク、リン。ごめん、遅くなったね」
二人とも普通に平民として生きる道もあったというのに、聖女となった私の護衛を務めてくれている。
二人が教会騎士として職に就けたのは身体能力が高かったことが起因していた。私専属の護衛にならなくても他の聖女さまの護衛に就くことだってできるし、筆頭聖女さまの護衛に就く話もあったと聞いている。最上位の聖女さまの護衛ともなればお給金だって沢山貰えるというのに、それでもこうして気の知れた仲の二人が私の側にいてくれることは有難いことで感謝している。
「いや、いつも通りだ。――疲れているから部屋に戻ろうと言いたい所だが、今から公爵さまの所に行かないとな」
「……」
私の言葉に返事をするジークと、もともと喋ることが得意ではないリンは会話を聞いて頷くだけだけれど、いつの間にか私の横にぴったりとついていた。
「うん。呼び出し貰ってるし、流石に忘れると後が怖いから」
苦笑をしながら足を進め、長い廊下の外へと向かうと陽が沈み星空が浮かんでいる。まだ科学文明が発達していない為なのか、明かりの少ない地上のお陰で空には星々が煌々と輝いていた。
月っぽい大きな衛星が二つあるのは不思議な感覚だけれど、この夜空は奇麗で美しい。こうして空を見上げる余裕ができたのは聖女として教会に保護されてから。孤児時代を思い返すと随分と無茶をしたものだと、口元が伸びる。
「ナイ……どうしたの?」
「いや、あの頃に比べると平和だなあって」
うん、本当に。年中腹を空かせ、空きすぎて眠れないこともあれば、隠していた食料を貧民街に住む大人に無理矢理に奪われたこともある。女だったからという理由で寝込みを襲われた――仲間内全員で襲ってきた大人をボコったけれど――こともあった。
「ナイのお陰だよ?」
「ああ。あの時つるんでいた全員が死なずにこうして暮らせているのは、お前のお陰だ」
「大袈裟だよ二人とも。みんな自分で頑張ったからこうして生きていられるんだよ。私はその切っ掛けを作ったに過ぎないだけだから」
よくこの話になる事がある。別に大したことをした覚えはない。世情的に、生きようとする意思がなければ生きられない世界だったし、最底辺から抜け出すには努力が必要だった。んー、と照れ隠しで歩きながら背伸びをすれば二人はやれやれといった感じで顔を見合わせて肩を竦めていた。
先程の場所より少し趣が変わると、空気も一変する。
ここから先は王城に努める人たちが行き交う廊下になるので、聖女として真面目を装って歩かなければならないので、二人は私の後ろに控えた。
平民でこの城に努めている人たちや騎士爵や準男爵位の人たちは私の顔をみると、廊下の隅に移動して一旦立ち止まり軽く頭を下げる。そしてそれ以外、ある程度位の高い貴族階級の人たちはそのまますれ違いながら私を見定めるような視線を送ってくる。
体裁上、聖女である私が頭を下げる必要があるのは王族のみとなっているのだけれど、あくまで体裁上だ。ちなみに聖女として最高位の『筆頭聖女』となると平伏せんばかりの勢いで頭を下げられるので、あまり就きたくはない職位である。
今代の筆頭聖女さまは高齢で代替わりを検討しているそうだが、私の他にも聖女は複数人存在しているし、高位貴族出身の人も居るから政治の都合上、孤児である私がその地位に就く可能性は低い。
そんなこんなで王城の長い廊下を歩いていれば、呼び出しを受けている公爵さまの執務室まで辿り着いていた。
公爵さまは王族に次ぐ地位の立場の人で扉の外にも警備の近衛騎士が立っているので、ジークが代表してその方に声を掛け部屋の中へ居る人へと取り次いで貰う。気楽にノックと入室の声掛けだけで済めば楽で良いのだけれど、貴族という人たちは面倒なものでこうした手順やしきたりを重んじる。
「聖女さま、閣下の許可が下りました。中へどうぞ」
私の名前が城に努めている人たちに呼ばれることはほぼない。王城の中でならば、顔はそれなりに売れている。理由は聖女だから。でも孤児出身の聖女は嫌われている風潮があるので、名前を覚える気はないのだろう。まあ貴族の人たちにとって、孤児出身の聖女なんて付き合いがあったとしても得することがないのだから当然か。
「よく来たな、ナイ」
で、ガタイの良い巨躯にかなりいかつい顔で渋く低い声を発する公爵さまは私の事を名前で呼ぶ例外だった。ロマンスグレーの髪をかっちりと後ろへ撫で付け、生えている髭もきっちりと整えてある。
執務机の椅子から立ち上がり、応接用のソファーへと移動すると一人掛けの椅子に腰掛けた公爵さまに、ゆっくりと頭を垂れる。ジークとリンは、静かに壁際で警備をしている騎士たちと並んでいる。
「ごきげんよう、閣下。命により馳せ参じました」
あまり使え慣れないカーテシーをして顔を上げると、公爵さまは苦笑いを浮かべていた。貴族ではないけれど、礼儀作法はきっちりと教会のシスターたちの手によって施されている。貴族の相手も時折努めなければならなかったので、本当必要最低限ではあるが。
「そう畏まるな、気持ち悪い。――さあ、座り給え」
気持ち悪いだなんて失礼なと思いつつ、それはおくびにも出さない。失礼しますと一応の断りをいれてソファーに腰掛けると、随分とお尻が沈んでいく。高級なのは理解できるけれど、この沈み込み過ぎのソファーは何度座っても苦手。そんな私を知ってか知らずか、公爵さまはお付きの老執事さんにお茶を用意するようにと命じていた。
ご用件は、と問いたいところだけれど平民と貴族との間には天と地ほどの差がある世界だ。用事があって呼びつけたのは公爵さまだけれど、位の低い、それも平民である自分から問いかけるだなんてあり得ない。
貴族であっても、最上位にあたるのは目の前の公爵閣下となるので話しかけるのは彼からが定石。気軽に声を掛けられる人は王族や同格になる公爵家の人たちくらいに限られている。
「仕事の後だというのに、こんな時間に呼び出して済まないな」
「いえ、仕方ありません。閣下もお忙しいでしょうし」
「引退間近の身だよ。大事な仕事などそうそうないさ」
公爵さまの言葉に同意しそうになるけれど、引退間近でも忙しいはずである。国軍のトップを務めているのが彼だ。忙しくない訳がない。魔物が出れば軍を派遣することになるし、それでも手が足りないならば騎士団や魔術師団の方に要請をしなければならないと聞いている。
軍と騎士団は余り仲が良くないそうで、騎士団との協力を取り付けるのはかなり骨を折ると、以前苦言を漏らしていた。
用意されたお茶に閣下が手を付ける。めちゃくちゃ極上であろう茶器に手を伸ばし私も一口飲むけれど、味が分からない上に熱いというオマケつき。
「そういう所はまだまだ子供だな――いや、子供か。可笑しな言い回しではあるが……聖女として初めて会ったのが懐かしいよ。もう四年になるのか、いやはや年は取りたくはない……確か十四歳になるのだな?」
猫舌なので少量しか飲めない私を見て公爵さまが鼻で笑うと、どうやら本題に入るらしい。膝に肘をついて顔の前で手を組んで私を見据えた。
「ええ、ようやく十四になりました。初めて閣下にお会いした時が懐かしいものです、この四年間いろいろと必死でしたから随分と昔に感じますが」
本当に色々あった。とりあえず聖女候補という枠に納まり、聖女としてこの国の障壁を維持運用する為の基礎知識に魔法陣の使い方や魔力の運用方法。時間があるのならば治癒魔法も覚えるようにと教会から言われ、聖女として務めていた先任たちから教えを受けた。
どうにも私の魔力量は一般の聖女よりも高いらしく、求められることが多岐に渡っている。今でも教えを乞う事があるし、知らないことは沢山ある。知識を蓄えることは嫌いではないので忙しくも楽しい日々であるし、前世でブラック企業に勤めていたこともあるのでそれと比べれば何という事はない。――時折、逃げ出したくなる時もあるが。
「ふむ。そこで、だ。あと一年弱で十五歳になるのだから学院に通ってみないか?」
「学院ですか、もしかして王立の?」
「ああ、そうだ。この王都にあるあの学院だよ」
私が住む街は王都なので教育機関はいくつか存在するのだけれど、その最高峰が三年制の王立学院。もともとは貴族の子女のみが通う場所で卒業と同時に成人するので、貴族としての在り方や交流を学ぶ場所。
時代の流れなのか商家などのお金持ちの平民も学費と一定の学力があれば入学できるようになり、更に門戸を広げようと成績優秀であれば学費を賄えない者も奨学生や特待生として入れるようになった。学科も貴族として学ぶだけではなく騎士や魔術師の優秀者を獲得を目的する為に増設されたそう。
「有難いお話ではありますが、聖女としての仕事と学業の両立は難しいかと。そもそも試験で落ちてしまいますよ」
聖女も割と忙しいのである。軍や騎士団にくっついて従軍医師のような扱いで魔物の処理に向かうこともあれば、治癒師の居ない町や村を訪ね慰問の旅に暫く出ることもある。
貴族出身の聖女さまたちは、こういう泥臭いことを実行するのは苦手だから嫌がるし、子供や家族が居る聖女さまも参加を渋る。こういうときに未婚でサバイバルに長けている孤児として白羽の矢が良く刺さったりしてた。それはもう割と頻繁に。
軍や騎士の人たちと仲良くなることもあれば、村や町の人たちから特産品や野菜やらを頂いたりすることもあるので楽しくはあるのだけれど、私の護衛として付き合わされるジークとリンには申し訳ないのでいつも平謝りである。
「その辺りは融通が利くように教会と話を付けておく。学力に関してなら『普通科』ならば問題ないと判断しているし、足りないところは補えばいいだろう」
あれ、これはもう公爵さまの中では決定事項では、と頭の片隅で考えてしまう。ぶっちゃけあまり興味はないのが本音だ。これ以上の暮らしなんて求めていないし、現状維持で十分である。
「孤児だったので一般教養はからっきしなのですが……」
「教会で神父や修道女に教えを乞うていると報告を受けているし、それも平民では難しい内容もきちんと学習しているそうではないか。ならば、なんの心配もあるまい」
「確かにいろんな方に勉強を教えて貰っていました……ですが貴族の方たちと一緒に混じって同じ学び舎でともに時間を過ごすのは緊張してしまいますし、やはり無理があるのでは?」
「ぶっ! はははははっ!! お前、言うに事欠いてその台詞かっ! 公爵であるワシと面と向かって会話をしている時点でその言葉に信憑性などあるまいてっ!!」
呵々と笑い膝を叩く公爵さまは破顔する。そんなにおかしなことなのだろうか。平民が貴族と混じって勉強するとか面倒なことこのうえないのだけれども。前世でだってお金持ちが通う私立校と公立校では隔たりがあるし、貧乏人がお金持ちの子が多く通う学校に入ればいじめられるとかで有名だったし。
「……」
腹を抱えてまだ笑っている公爵さまにジト目を送りながら、どうしたものかと考える。
「そもそも初対面でワシと取引したナイが、貴族といえど同年代の子供相手に後れなぞとるものかっ!」
嫌なことを思い出されてしまった。貧民街から教会へと行き魔力測定を行ったあの日から一ヶ月後、突然に公爵さまが教会へとやってきて私の後ろ盾となると宣言したのだ。
公爵位をもつ当主がただの孤児にそんなことを宣うことはないはずだし、何か裏があるのだろうと踏んだ。政治的に利用できるのか、個人的になにか目的があるのか、それが何かは分からなかったけれど。
何か打算があったとしても、孤児の私の後ろ盾になってくれるのは有難いことではある、でもいいように利用されるのは癪だった。
だから貧民街の仲間を全員救い上げて欲しいと願ったのだ。前世の記憶がある私にはおまけのような今の命なのだから、必死に生きようと足掻いている彼ら彼女らを救って欲しいと。最低限でいい、暖かい食事と寝床を、と。
「……はあ。分かりました。努力はしますが試験に落ちても知りませんよ」
溜息を吐いて、公爵さまの提言に乗ったのだった。仕方なく。嫌々。面倒だけれど。でも目の前の彼に悪意なんてないのだろう。純粋に私の行く末を案じて、最善の道を示してくれているのだ。
「なに、まだ時間はある。家庭教師もつけてやろう」
にやり、と笑う公爵さま。ああ私を学院へと入れることにどうやら本気らしい。こりゃ逃げられないと諦めていると、さらに口を開いた。
「ジークフリード、ジークリンデ。お前たちは『騎士科』に入れ」
壁際に控えていたジークとリンに視線をやって公爵さまは有無を言わさぬ様子でふたりを見据える。
「はっ!」
「……はい」
公爵さまの言葉に短くふたりが答え、胸に右手の握りこぶしを置き騎士としての礼をする。普通なら公爵さまの言葉にはこうして二つ返事で返すよねぇと遠い目になりながら、また私の事情でふたりを巻き込んでしまったことに心の中で謝罪するのだった。
「足りぬものがあるのならば、こちらで用意しよう。勿論、もろもろの学費もだ」
ここまで言ってくれるのならばお金に関しては心配はいらないのだろう。試験に受かれば制服代に教科書代なんかも必要になってくる。受かってもいないのに、受かった先のことを心配しても無駄だし、とりあえず試験に向けていろいろと慌ただしくなってきそうだった。