魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
銀髪オッドアイの彼が聖王国から旅立った。次は隣の国でまた晒し者となるらしい。精神的に疲弊しても良さそうなのだけれど、まだまだ元気が有り余っている様子で教会関係者は呆れていた。
どうしてその粘り強さを勉学へ向けられなかったのか。頑張って知識を手に入れていれば、冒険者としてもっと優秀な活動が出来ていたかもしれないのに。考えても仕方ないし、彼はもう聖王国には戻らない。気にしても仕方ないなと頭を振る。
ヴァンディリア王国の元第四王子殿下であるアクセル……現アレクセイさまは私から離されたけれど、再会を夢見て真面目に修道士として働いているそうだ。真面目に働いても私に会えることはないけれど、目標があるということは良い事だろうから放置している。そのうち目が覚めて私の事なんて忘れて、アレクセイさまのお母上に祈りを捧げるようになるかもしれないし。
「フィーネさま!」
ふいに声を掛けられた。この声は……乙女ゲーム三期の主人公の声だ。ゲームの強制力なのか、物語開始の時間軸となると彼女がどこからともなく現れた。
ゲームの中での大聖女はお飾りの部分が大きかったけれど、黒髪の聖女さまのお陰で聖王国内での私の地位は高くなっている。当然、ポッと出の彼女が私の近くに居れる可能性はなかったのだけれど、聖女としての力が覚醒した主人公は私の側で聖女としての勉強することになった。アレクセイさまとあの犯罪者が居なくなって平和になると思っていた矢先の出来事で、なんでこうなるかなあと頭を抱えたくなるが仕方ない。
ゲームの主人公ということで悪い子ではないし、大きな問題を起こすようなこともないけれど。少しばかり……いや、だいぶ上下関係に緩いところがあって困っている所である。
それを指摘すると泣きそうな顔になって耐えている。少しずつマシにはなっているけれどまだまだ時間が掛かりそう。まあかわいい子だし裏表のない子だから楽ではあるかな。これで黒髪の聖女さまのように、出来た聖女さまなら逆に私が怒られていただろう。
「どうしました?」
「……特段の理由はなかったのですが、フィーネさまのお姿を拝見して、少し元気がなさそうでしたのでどうしたのかなと……ごめんなさい」
ゲーム三期のヒーローたちが居ない所為か、主人公である彼女の気持ちは私に向けられていた。性的な理由ではなく、目の前の彼女は敬虔な教会信徒。大聖女として私の行動は素晴らしいものだと、褒め称え懐いてしまった。
何故こんなことにと考えると、どうしても黒髪の聖女さまの姿を思い出してしまうが、本来は聖王国の教会が腐っていたことでそうなってしまった。ゲーム通りに進んでいれば、私と彼女は無二の友人として仲を築いていたが、現実は大聖女と聖女の仲。しかも凄く尊敬されている。
「ありがとうございます。――さあ、礼拝に参りましょう。そのあとは治癒院が開かれます。今日一日大変ですよ」
元気がなかったのは、あの銀髪の犯罪者とアレクセイさまのことを考えていたから。体調自体は問題ないので、いつも通りの動きが出来る。今日も教会の大聖堂で祈りを捧げ、治癒を望む方々へ魔術を施す。
「はい! 祈りを捧げて、皆さまの傷を癒します!」
綺麗に笑う主人公に私も微笑んで、一緒に道を歩く。聖女としての能力は主人公故に彼女の方が高い。聖痕持ちというだけで私は優遇されているのだけれど、今の立場は割と気に入っている。
確かに苦労も多いが、ゲームを気にしながらなんとなく日々を送っていた時よりも、大聖女としてやるべきことがはっきりと決まっているので行動に起こしやすい。もうあんなことは勘弁して欲しいけれど、良い切っ掛けだった。それにアルバトロスの黒髪の聖女さまとの縁が持てたし。
手紙を送ると律儀に返信を頂ける。嫌われているのかと最初はおそるおそる出していた手紙も、最近は愚痴のようなことも書けるしペンフレンドみたいに感じている。向こうは迷惑かもしれないが、手紙の文字は黒髪の聖女さまの外見に似合わず力強いものでちょっと意外だったけれど。
「ええ」
東大陸のアガレス帝国の動きが気になるけれど、教会は隣の大陸には存在しないので情報を得ることが出来ない。諜報員を送りたくとも、海を隔てているので送り込むこと自体が大変だし、仮に送り込むことに成功しても文化に差がある為に相手に気付かれそうだ。政治って本当に綱渡りというか、いろいろと考えて動かなきゃいけなくて。
乙女ゲーム第二弾IP新シリーズのシナリオは確かこうだった。
黒髪黒目の女の子、要するに主人公を日本から召喚する。指示したのはアガレス帝国の皇帝陛下。召喚の儀を取り仕切ったのが第一皇子殿下と、召喚を提案した第六皇子殿下。
黒髪黒目の者を崇拝する国だから、黒髪黒目の主人公はみんなからチヤホヤされていた。乙女ゲームなので登場人物である皇子たちはみんなイケメンだし、それぞれに方向性を持たせたキャラクターで。前作のIPで資金を稼いだのか、また有名男性声優さんをたくさん起用していたから、声も良かったし。
シナリオは『元の世界には戻れない』と告げられて落ち込む主人公をヒーローたちが慰める構図だ。帝国の学園へ通いながら文化や風習を学びつつ、皇子たちと関係を深めていく。シナリオの大筋を考えるのが面倒だったのか、最後の障壁は皇太子予定の第一皇子。
野心家の彼を追い詰め倒し、王太子の座を手に入れ黒髪黒目の主人公を妃に据えてめでたしめでたし、というものだった。攻略対象である皇子ごとに細かいイベントは違えど、シナリオの大まかな構図はコレ。ライターさん、というかゲームを企画したゲーム会社の社員の方たちのやる気はどこへいったのだろうか。
攻略対象が多かった所為か個別ルートが短かく、ユーザーから不満が出てアペンドという形で補足が入ったからなあ。まあ皇子殿下を十五人も設けたのが、諸悪の根源だろうけれど。
一人のキャラと深く関りを持って楽しみたいという人には不満も湧く。そんな人たちの数が多かったのか、ネットの某有名掲示板で炎上しかけたから、ゲームメーカーも火消しの為に『アペンドでるよ! 楽しみにしていてね!』と途中ホームページで告知した。
ゲームの中の話では、こちらの世界に黒髪黒目の者は存在しなかったけれど、黒髪の聖女さまというイレギュラーが存在している。
存在を知った帝国はアルバトロス王国の黒髪の聖女さまと接触を果たしたけれど、黒髪の聖女さまは帝国行きを断った。すわ戦争かと身構えたけれど、距離がある所為かそうはならなかった。
――アガレス帝国は黒髪黒目の者を手に入れたいはず。
黒髪黒目の者は皇帝陛下の次に崇められていた。ならゲーム通りに異世界召喚が執り行われるのだろう。巻き込まれてしまう人には申し訳ないけれど。
ゲームの中では主人公はひたすら贅沢を与えられ、何不自由ない暮らしを手に入れ皇子たちと恋仲になり、この世界で生きていくことを決意する。せめて乙女ゲームが大好きで、帝国の皇子殿下の誰かに惚れて幸せに暮らせる人が呼ばれますようにと願わずにはいられないのだった。
◇
アガレス帝国の動向は共和国からちょいちょい情報が齎されているようだ。不穏な動きがあると教えて頂いたけれど、実際にそれが何なのか分からないまま時間が過ぎて行っている。アルバトロス王国も私が狙いと知っているから、副団長さまから身を守るための魔術具を渡されていた。
他人からの魔術的干渉を防ぐものらしく、身に着けていないよりはマシ程度のものだけれど何も対策を施さないよりも良いだろうとのことで四六時中身に着けることになった。王国上層部の面々や聖女さま方も同じ魔術具を配布されているし、子爵邸の障壁にも改良を加えたらしい。大袈裟な気もするけれど問題が起きてからじゃあ遅いし、必要なことなのだろう。
三学期もあと残す所一ヶ月。各学科では進級の為のテストが執り行われる。
「進級テストかあ。騎士科の方って実技が優先されるの?」
特進科は筆記試験が最重要となっている。頭はあまり芳しくないので、今必死に勉強している所だ。二年生になったらもっと難しくなるのだけれど、勉強に付いて行けるのだろうか。不味くなれば公爵さまから家庭教師がまた派遣されそうだなと苦笑いしつつ、一緒の部屋に居るジークとリンに聞いてみた。
「ああ。実力主義だからな」
「あとはある程度の教養で済むって」
ジークとリンならば何の心配も要らなく二年生に進級できるだろう。ちょっと羨ましいと目を細めつつ、机に広げているノートへ視線を落とす。三学期ともなると勉強内容が複雑になっているので、付いて行くのに必死。こんなに難しかったんだと頭を抱えつつ、学ぶことは嫌いではないので頑張って問題を解かないと。
留年なんて恥ずかしいし、軍や騎士団の知り合いの方たちに揶揄われるのは分かり切っている。教会の面々にも何をしているのかと言われそうだし、ちゃんと頑張って良い点数を取って進級しないとね。
『ナイ、頑張って』
『マスターなら大丈夫。だってロゼのマスターだから』
『人間は面倒よのう』
クロとロゼさんとお猫さまが、私にそれぞれ語り掛けた。クロやロゼさんは授業の内容を聞いて、ちゃんと吸収しているみたい。
学院の生徒ではないのでテストを受けることはないけれど、授業は一緒に受けている形だから『面白い』と言って聞いていた。それを知った教師陣は緊張している様子で授業に取り組んでいたけれど、最近ようやく慣れてきたようだった。
「クロもロゼさんもありがとう。ヴァナルもありがと」
わふと鳴いたヴァナル。子供だった姿から大人の狼くらいの大きさになっており、まだまだ大きくなるそうだ。私の足元で丸くなって大人しくしている。子爵邸の方たちとも打ち解けているし、エルやジョセにルカとも仲良くしている。偶にルカの遊び相手となっていて、追いかけっこをして負けそうになったルカが空を飛んで反則行為に及んだりとなかなか愉快。
成長著しいヴァナルはこのままでは子爵邸に住めなくなると心配していたら、体の大きさは調整可能らしい。もうすぐ言葉も操れるようになるそうで、その時に相談すると良いとクロが言っていた。
既に狼ほどの大きさなのでヴァナルに凭れ掛かってもびくともしない。お腹に頭をのせて昼寝をしたけれど、もふもふのふっさふさなので凄く幸せな時間だった。それを話すとセレスティアさまが凄い視線を向けてきたので、今度ヴァナルに話して彼女にも同じことをしてもらう予定。
あ、動画や写真を撮る魔術具も完成していて、セレスティアさまがうっきうきで副団長さまから説明を受けていた。高級な魔石ではなく、一般人でも安価に手に入れられる魔石で動くのが売りだから、写真や動画がどんどん増えている。
取った写真や動画を恍惚の表情で見ているセレスティアさまを、ソフィーアさまが冷めた目で見ていることもあるけれど、それもまた日常のワンシーン。私も時々、クロやみんなを撮ったり、幼馴染組や子爵邸で働く方たちを撮っている。最初、何事かと目をひん剥いていた方たちも副団長さまが作った魔術具だと説明すると納得していた。
写真がかなり珍しく『魂が移った! 寿命が縮んだ!』とちょっとした騒ぎになったけれど、今は治まっている。スマホの写真機能に慣れた人間と、写真なんてない世界の人たちの差なのだろうけれど、みんなの反応が面白かったのは内緒。クロは写真の魔術具が何かよく分からなかったようで、不思議そうな顔を浮かべていたけれど、実物を見ると驚いていた。
亜人連合国の方たちとも一緒に撮ったのだけれど、その時の一瞬を切り取るという考えはあまりなく、映し出された自分たちを見てしげしげと眺め、副団長さまに魔術具の製作依頼を掛けていた。副団長さまは副団長さまで、写真の魔術具の作成図を亜人連合国特有の技術と交換したそうだ。
『ありがとうございます、聖女さま。向こうの技術を一つ知ることが出来ました』
にっこにこで私に告げた副団長さま。副団長さまが造り上げた技術なのだから、好きにすれば良いのに私へ報告をくれる辺り律儀な方だ。
あまり広めると絵師の方たちの仕事を奪う形となるので、流通制限を掛けるとアルバトロス上層部が決めた。順当なものだよなと納得しつつ、もう少し気軽に写真を残したい気持ちはある。思い出は大事だし、記憶に残ることもあれば消えてしまうこともある。思い出すことの一助になるだろうし、写真の魔術具は良い品だと思うけれど、困る人も居るのだから仕方ない。
そうしてまた夜が来て、朝が来る。
「行って参ります」
「行ってきます!」
お気をつけてと頭を下げるミナーヴァ子爵邸の面々に見送られていた。三学期からアリアさまとは一緒に学院に通っている。同じ道を通るのだし、護衛の関係もあるから一緒に通った方が効率的。
私専属の教会護衛騎士であるジークとリンに、アリアさまに付けられた専属の教会騎士の方たちに、国から派遣された軍や騎士団の護衛の方々。アリアさまは最初こそその数に驚いていたけれど、既に慣れたようで馬車の中で気軽におしゃべりに興じている。
「クロちゃんは、ヴァナルちゃんみたいに大きくならないの?」
『ボクが大きくなったら大変だからね。魔力で成長を調整しているんだ』
アリアさまは大胆なことにクロをちゃん付けして呼んでいる。クロもクロで嫌がる素振りは見せず、むしろ嬉しそう。
ヴァナルはロゼさんに教えて貰ったのか、影の中へと入れるようになっており、私が学院へ赴いている間は影の中。影の中でロゼさんと怪しいことをしていなきゃいいけれど、賢いから何でも吸収していっている。限定的だけれど魔術も使えるようになっているし、一体どこまで強くなる気だろう。ロゼさんは、ヴァナルはまだまだ強くなれると言っていた。なんだか私の周りの戦力が過剰気味だよねと顔が引きつりそうになる。
「じゃあ本当はもっと大きいの?」
『うん。前に王都に現れた大きな竜が居たでしょ』
クロにとって、クロを対等に扱う人は貴重らしい。アリアさまは根っからの性格でクロの事を友達のようにみている所為か、気軽に話す為に話が弾んでいる。
「あ、教会の……」
『あの子より大きいよボク』
しれっと凄い事を言ってのけたクロ。あの雨の日に現れた巨大な竜よりもクロが大きいとは。魔力の力って不思議だねえと考えていると学院へたどり着く。
いつものようにエスコートを受けて、いつものようにソフィーアさまとセレスティアさまと合流し、騎士科と普通科であるジークとリンにアリアさまと別れて特進科の教室へと辿り着いた。そうして授業が始まり、休み時間が訪れ昼休みとなる。ご飯を食べようと席から立ち上がると、ソフィーアさまとセレスティアさまも立ち上がって一緒に食堂へと赴く。
「――と。申し訳ありません」
教室から出ようと、出入り口に差し掛かった私は誰かとぶつかりそうになった。
「こちらこそ前をよく見ておらず、申し訳ありませんでした」
丁寧に頭を下げられたので、私はさらに深く下げる。ぶつからなくてよかったと安堵して顔を上げると、伯爵家のご子息さまだった。触れてはいないのでセーフだけれど悪いことをしたかなと思いつつ、三人で食堂へと向かうのだった。