魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

204 / 740
0204:モブくん危機一髪。

 ドッドッドッドッドッドッドッ!

 

 心臓の音がやけにうるさい……いや、違う。凄く、とても五月蠅い。さっき便所から戻ってきた俺と黒髪の聖女がぶつかりそうになった。ギリギリ踏みとどまることが出来たものの、俺の心臓は今にも破裂しそうな勢いで脈打っている。

 それも仕方ない事だ。黒髪の聖女の後ろに侍っていたハイゼンベルグ公爵令嬢とヴァイセンベルク辺境伯令嬢に睨まれたのだから。……タマヒュンした。

 

 美人のあの視線はキツイものがあるし、黒髪の聖女自身のオーラも凄いのだ。というか肩に竜を乗せて平然としている時点で、只者ではない。

 この世界で竜は幻想種として最強の位置に類し、恐れられ崇められているのだから。一生に一度拝むことが出来れば幸せだというのに、俺たちアルバトロス学院特進科一年の連中は、黒髪の聖女が教室に居ると毎度視界に入るのだから異常な状況ともいえる。

 

 「…………」

 

 特進科一年の教室の自席に腰を下ろして深く息を吐くが、どうにも心臓の音が五月蠅いまま。

 

 「どうした?」

 

 噂好きの友人が俺に声を掛けてきた。どうやらいつもと様子の違う俺に気が付き、気になったようだった。相変わらずマメだなと苦笑しつつ、未だ鳴り止まない心臓の五月蠅い音をBGMにしながら、友人を見上げる。

 

 「いや、ミナーヴァ子爵と出合い頭にぶつかりそうになっただけだ」

 

 どこのギャルゲやエロゲの展開だとまた溜息を吐く。この世界は乙女ゲーの世界なのだから、モブである俺に主人公のような物語が用意されているはずもなく。俺はこの世界で事なかれ主義の日本人のように、穏やかで波のない人生を送るのだと決めている。

 

 一学期からいろいろと周囲で騒がしいことが沢山あったが、三学期は平穏極まりないもので。乙女ゲーム三期の舞台は聖王国へ移っているのだから、こっち……アルバトロス王国でゲーム的イベントが起こるはずもなく。

 冬休みに東大陸のアガレス帝国から使者がやってきて、黒髪の聖女との接触を図って帝国へ招こうとしたらしいがミナーヴァ子爵は固辞したとか。向こうの国、というか大陸には黒髪黒目信仰があるらしく、それはそれは大事に扱われるそうだ。

 

 向こうの情報が限られているので真意は分からないが、黒髪黒目の者は向こうの大陸を創造した女神の生まれ変わりなのだという。

 前世の俺であれば黒髪黒目だから向こうの国で国賓待遇を受け招かれていたかもしれないが、やはり知らない国に行くというのは少々、いや随分と抵抗があるからな。曲がりなりにもアルバトロス王国で十五年間生きてきた。やはり馴染みのある場所が良い。

 

 「……ぶっ! お前、よく命があったな。生きているのが奇跡じゃないか」

 

 確かに奇跡かもしれない。だって彼女の肩には竜が居り、その後ろには高位貴族のご令嬢方。背後にはそのご令嬢方の実家も控えているし、王家ももちろんミナーヴァ子爵の味方だ。リーム王国の第三王子殿下もミナーヴァ子爵に対してはかなり好意的であるし、噂ではリームの王太子殿下も無下に扱えないとか。

 ヴァンディリアにも元第四王子殿下の件で貸しがあるようだし、聖王国との繋がりもある。一番は亜人連合国なのかもしれないが……どうすればこうも他国や高位貴族の方たちと縁が持てるのか不思議だ。まさか隣の大陸とも縁を持つことになるのではと、訝しんでいる最中だが果たしてどうなるのか。モブで、権力も何もない俺には、トラブルメーカーである彼女を見ていることしか出来ない。

 

 「勝手に殺すなよ。俺は寿命を全うするんだ」

 

 前世では、二十五歳の若さで交通事故死だったからなあ。社会人三年目で死んでしまって、夢も希望も絶たれた訳だが死んでしまったものは仕方ない。新たな生を手に入れたし、バスに同乗していた他の人たちは無事であってくれと願うばかりだ。

 

 「俺も長生きはしたいが、気を付けろよ。そんなことを繰り返していたら命がいくつあっても足りん」

 

 「分かってる。今日は偶々だ、偶々」

 

 さっきのようなことが頻繁に起こるなんて勘弁して欲しい。ミナーヴァ子爵は竜以外にも影の中にスライムとフェンリルを潜ませている。

 彼女の身に危険があれば、ものすごい速さで影の中から出てくるはず。子爵邸には天馬や、亜人連合国からやってきたと言われる妖精が頻繁に現れているそうだ。手狭になった所為なのか、王家が隣近所を説得して回りその家から引き上げさせ、ミナーヴァ子爵家の土地と定めた。どうやらアルバトロス王国は、彼女を一介の子爵家で留める気はないらしい。まだ十五歳で女性だというのに、とんでもないことである。領地の方も改定を受けたようだし、本当に活躍が目覚ましい。

 

 「というか、進級試験大丈夫なのか?」

 

 もうすぐ進級試験が始まるのだ。ここで落とされればまた一年生をやり直しという屈辱である。試験に落ちてみろ、親父から雷――物理というより魔術が本気で発動される可能性アリ――が落ちるだろうし、母にも兄たちにも合わせる顔がなくなる。友人も俺と同じような状況だろうし、話のついでに聞いてみた。

 

 「ちゃんと対策は取っているさ。エーリヒは?」

 

 エーリヒは俺の名前である。家名はメンガー。アルバトロス王国にいくつもある伯爵家の内の、下から数えた方が早い家。十五年も名乗っているからそれなりに愛着はある。親父たちにもちゃんと俺に向けてくれる愛情を感じ取っているし、俺も彼らに報いたいと考えているし。

 

 「当日、試験用紙に名前書くのを忘れたとかない限り大丈夫だ」

 

 三作出した乙女ゲームの続きは知らないから、これからもちゃんと地に足付けて生きていかないとな。一学期のヒロインであるアリスのように破滅するような目には、もう遭わないだろうが気を付けるに越したことはない。

 

 ゲーム実況で観ていた乙女ゲームメーカーがタイトルを変えて新作を出すと聞いていたが、新しい作品故に配信許諾を出さなかった。シナリオが命のノベルゲームだから、納得の処置である。無視して配信すれば、規約違反で垢BANされるのがオチ。利権関係を調べもせずに配信している配信者は好きになれなかったし。

 

 「いや、そんな失敗する奴居るのか?」

 

 友人が呆れた顔で俺を見る。

 

 「居るんじゃないか、偶には」

 

 絶対に居ないとは言えないよな。世の中何が起こるか分からないのだから。俺は異世界転生というミラクルを体験しているし、試験の際に名前を記入し忘れたなんて小さい事だがあり得そうだ。

 進級試験が終われば春休みとなる。実家に戻るのは少々短い期間だから、学院の宿舎で暇をつぶせるものを見つけなければと、たわいもない話に花を咲かせるのだった。

 

 ◇

 

 ――学院がお休みの日。

 

 礼拝に参加して治癒院へ聖女として顔を出したあとに孤児院へ来ていた。以前に保護した兄妹の兄テオは元気そのものなので、ジークが暇を見て孤児院に顔を出して面倒を見ている為に今日は様子見と称して顔を出してみた。

 テオの妹のレナも回復してきて、今は体力作りに勤しんでいる。孤児院の院長先生によると、二人ともしっかり者で問題も起こさず日々を過ごしているとのこと。

 その引き合いに私の話を持ち出されるのは勘弁して欲しい所だけれど、凄く懐かしそうに深く皴を寄せて笑う院長に何も言えない。保護した頃に問題を起こし過ぎて迷惑を掛けた身なので、強く出られない所があった。院長室で挨拶を済ませた後、リンと二人で移動する。

 

 『子供は元気いっぱいだね』

 

 クロが孤児院の子供たちを見ながら、肩の上で呟く。クロも子供にカテゴライズされそうだけれど、ご意見番さまの知識がある所為か、目の前の子供たちは可愛いらしい。

 

 「本当に。どこからそんな体力が湧いてくるんだろうね」

 

 経営状態は随分と良くなっているので、子供たちの表情は随分と明るい。私や子爵邸の面々が寄付した本や筆記用具を使って勉強している子も居れば、年長組の子は下の子の面倒を見ていたりと様々である。

 まだ小さい男の子たちは徒党を組んで、プロレスもどきで取っ組み合いの力試しをしているし、女の子たちはそれを冷ややかに見ていて面白い。

 

 「お、やってる。リンから見てテオの筋は良さそう?」

 

 孤児院の庭先で軽快な音が鳴っている。木と木、ようするに木剣どうしがぶつかる音が不規則に鳴っている。軍人や騎士になりたい男の子たちが、ジークとテオの様子を体育座りをしてじっと見ていた。

 

 「どうだろう……まだまだ時間が掛かると思う」

 

 リンが手合わせしているジークとテオをじっと見ながら、私にそう教えてくれた。

 

 「手厳しい。あのくらい動けていたら十分そうだけれど」

 

 素人判断だけれどテオはジークが振り下ろす剣を巧みに避けて反撃の隙を狙っているけれど、リーチが違い過ぎて懐に潜れずにいる。仮に潜り込めたとしてもジークがソレを許す訳はないし、かなり難易度が高そうだけれども。

 

 「ナイの護衛に就くなら、強くなきゃ」

 

 テオが私たちがやって来たことに気が付いて、一瞬こちらを見た。その隙をジークが見逃す訳もなく、テオが握っている木剣を容赦なく振り落とした。

 

 「痛ぇ……」

 

 剣を振り払われた衝撃が手首を伝わったようで、テオは右手で左手首を握り痛みに耐えていた。ジークがその場に留まって、テオを見下ろしている。

 

 「痛いくらいで止まるな。剣を落としたら次はどうする?」

 

 ジークが誰かに助言をするのは珍しい。学院の騎士科で友人が出来たとは聞かないし、歳は五歳ほど離れているけれどテオと仲良くなれれば良いのだが。

 

 「……拾う」

 

 テオがそう告げ落ちた剣に右腕を伸ばしたと同時に、ジークがテオの右手首へ木剣の剣先を突き付けた。実戦ならば手首を切り落とされているなと目を細める。

 

 「馬鹿を言え、その隙を狙われて死ぬぞ」

 

 命のやり取りをしなければならないのだ。甘い考えを持って騎士や軍人になれば、真っ先に怪我をするか死ぬかのどちらかで。一人で死ぬならまだいいけれど、周囲を巻き込んでしまえば目も当てられない。

 精神面が弱いお貴族さま出身の騎士が、討伐遠征で初陣を経験して錯乱したことがあった。死にたくないばかりに意味もなく暴れて、周囲にも被害を与えていたからなあ。死者がでなかったことが救いだけれど、その人は精神が弱ったと判断され実家に戻されていた。

 

 「じゃあ、どうすれば……」

 

 「テオ、お前の武器は剣だけか? 腕や足もあるだろう。頭も立派な武器だ。状況を見て一瞬で考えた選択をいくつも引き出し、最適を掴め」

 

 次の一手はどうすると、何通りもパターンを瞬時に考えて最適解を導き出す。今はテオにとって難しいことかもしれないけれど、日常でも戦いの場でも大切なことだ。いろんなことを考えて物事をとらえる判断って大事。

 

 「ん。ジーク兄、もう一回」

 

 テオの目は諦めていない。ジークから一本取るのは至難の業だろうけれど、鍛えていれば可能性があるかもしれない。もう一度木剣を握ったテオはジークと相対し直す。

 

 「――お願いします、だ。言葉遣いも騎士にとって大事だぞ」 

 

 「お願いします!」

 

 教会騎士ならば、というか騎士になるなら言葉遣いも判断基準に含まれていたはずだ。位の低い騎士さまならばそう教養は求められないけれど、高くなるほど教養に所作や強さが求められるようになる。

 その最上位に位置しているのが近衛騎士の皆さま方で。王族を守る方々なので、平民がその座に就くのはかなり厳しいと聞く。平の騎士を何年か務め上げ、上司の推薦状が必要とかなんとか。

 

 「痛え!」

 

 何度か打ち合いをした後でまた剣を離してしまったテオ。まだ握力が足りていないのかなあと、私の隣に控えているリンの顔を見上げる。

 

 「……前途多難」

 

 『手厳しいね、リンは』

 

 ぼそりと呟いたリンの言葉にクロと私が苦笑していると、テオとジークの打ち合いを眺めていた男の子たちが痺れを切らしてジークの下へと駆け寄った。

 何人もの少年に囲まれながら、順番に手合わせをするジーク。子供だからといって手加減をする様子は全く感じられない。容赦がないけれど、騎士や軍人として職に就くなら必要な事。ジークも身に染みて分かっているから、子供相手だろうと手加減はしない。

 この子たちの将来がどんなものになるかは未知だけれど、どうか明るいものになりますようにと願うのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。