魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
子爵領から戻って数日後。
――進級試験の全課程を終えた。
あやうく名前を書き忘れそうになった教科があったけれど、担任の先生から試験の最後の方にこっそりと指を指された。気が付いた時は本気で心臓が止まりそうになったけれど、先生の優しさに感謝である。学費を出してくれている公爵さまにも申し訳ないし。
『大丈夫なの?』
名前書いていようとも、試験の結果が悪ければ問答無用で一年生をもう一度やらないといけなくなるが多分どうにかなっている。ソフィーアさまとセレスティアさまは余裕で試験を突破できるだろうし、ジークとリンも大丈夫と自信を持っていた。
普通科のアリアさまも、予習復習はちゃんとしているし、ロザリンデさまが子爵家の別館で勉強を教えているらしい。侯爵家出身だし学院も卒業しているから、家庭教師の真似事が出来るのだろう。アリアさまは恐れ多いと零していたけれど、ロザリンデさまはまんざらでもないご様子。治癒院にも二人揃って参加したり王城への魔力補填も行っているようで、聖女としての実績を着実に積んでいる。
「うん。どうにかなってるはず」
私もお二人に負けないように頑張らないといけないなと、学院から戻って直ぐ自室で進級試験の答え合わせを、クロと一緒に行っていた時だった。部屋にノックの音が鳴り響き、向かっていた机から視線を離して入室を促す。
「ナイ、手紙だ」
「聖王国の大聖女さまからだって」
ジークとリンが私の部屋へと顔を出した。ジークが差し出した手紙を私が受け取って、ペーパーナイフを机から取り出す。聖王国の大聖女さまとはもう何度も手紙のやり取りをしており、帝国の使者がアルバトロスへやって来た後も何度か手紙を寄越していてくれた。
帝国の情報が入りづらい西大陸の国の人が、東大陸のアガレス帝国が黒髪黒目崇拝されていることを彼女が知っていたことは謎だけれど。遠く離れている異国の地の人間を心配してくれるのは有難い事だし、友達と呼べる人が少ないから感謝している。
手紙の封を切って中から紙を取り出し、目を通す。相変わらず綺麗な字で書かれた内容は意外なこと……いや、可能性としてはアリなのか。
『二年生の一学期からアルバトロス王立学院へ、私も入学することになりました』
どうやら大聖女さまは新年度の四月からアルバトロスへ留学生としてやって来るそうだ。なんでまた、と頭に疑問符を浮かべていると続きが書かれていた。
『アルバトロスの聖女さま方は質が高いとお聞きしています。聖王国の聖女さまもう一人と一緒に学ばせて頂きますね』
とのことで。聖女の勉強をするならば、教会に行った方が早い気がするけれど。彼女もまだ十五歳だし、普通の一般教養も必要なのだろう。王立学院が一般教養なのかどうかは置いておくとして、将来を考えるなら知識は沢山あった方が良いだろうし。
他国で学ぶのもまた一興なのだろう。そういえば留学って個人で出来るものなのだろうか。身分が高いお方は流石に国を通してだろうけれど、個人でどこかの国で学びたいとなればお金さえ出せば学べるのかな。その辺り良く分からないよね。私はアルバトロスから出る気はないので、関係ない話とも言えるけど。
『――春休み中は十二分にお気をつけください。帝国は諦めてはいないでしょう』
手紙の最後はそう締めくくられていた。そういえば帝国とは、使者との邂逅一度きりで終わっている。本気ならばもっと外交的手段を用いて接触を図ろうとしそうだけれど。
向こうに若い皇子さまや皇女さまが居るなら、アルバトロスに留学して私と仲良くなるとか。そこから帝国へ遊びに行くとか理由付ければ、一番穏便な方法で帝国の大地を踏ませることが出来る。ただ使者の態度とそのあとに届いた書状がアレだったものなあ。穏便に仲良く平和的外交関係を築くのは難しいだろう。
アルバトロスの上層部も頭を抱えているようだし。私に何かあったら困るので、副団長さま特製の対魔術や魔力に抵抗出来る魔術具を身に着けている。警備も増やされているので、子爵邸に侵入するなんてかなりの無謀。その前に子爵邸に張ってある結界で弾かれるけれど。
「大聖女さまが留学してくるって」
読み終わったし、ジークとリンに伝えても問題のない範囲のことを伝えておく。幼馴染組には隠すようなこともないので、情報は筒抜けだけれど。
ジークとリンにクレイグとサフィールは分かっているので、彼ら彼女らの口から私が語ったことを漏らすことはない。本気で隠さなきゃならないことならば、最初から口になんてしないのだから。
「なら特進科だろうな」
「む」
ジークが大聖女さまの編入先を言い、リンが妙な声を出す。机の上で手紙を読んでいる私やジークとリンを見ていたクロが、少し気配を変えた彼女の下へ飛んで行った。
『リン。ナイはねリンのこと凄く大切にしてるから、心配しなくても大丈夫だよ。ボクなんとなくだけれど分かるんだ』
リンの肩に乗ったクロが、彼女の顔を覗き込みながらそう諭した。間違っていないし、否定することでもない。クロの言葉だけじゃ足りないかもしれないから、私の言葉でちゃんと伝えないと。学院へ入学して以来、人間関係は大きく変わってきているしリンが不安になるのも仕方ないけれど。
彼女が私から精神的に離れられるのはいつの日だろう。来ないなら来ないで、彼女が私の専属護衛を辞めない限りは一生一緒に居ることができるけれど。しわしわのお婆ちゃんにお互いそうなって、庭先のサンルームでお茶を嗜んでいるなんて素敵じゃないか。その場にジークとクレイグとサフィールも居れば良いけれど、さてどうなっているのやら。
「人間関係は変わるけれど、リンとジークとクレイグとサフィールが私にとって家族だって気持ちは変わらないよ、リン」
「本当?」
「うん。血は繋がっていないけれど、過ごした時間が一番長いのはみんなとだからね」
あと数年すればリンの気持ちも変わってくるかもしれない。素敵な男性が現れて、私の事なんて気にならなくなる可能性だってあるんだし。
『ボクもいつかその輪の中に入れてね』
クロとは出会って半年を超えたくらいだから。でも、クロなら幼馴染組には直ぐに受け入れられそうだけれど。クロにうんと返事をするリンに笑みを向けていると、パタパタと廊下から足音が聞こえてきた。
「ナイ」
「報告ですわ!」
開けておいた私室の扉から、ソフィーアさまとセレスティアさまが慌てた様子でこちらへとやって来た。一体何事かとお二人の顔を見る。
「子爵領で植えたオレンジの実が生ったそうだ」
「苗木自体はそう大きくなっておりませんが、鈴生りだそうですわ」
「…………え?」
大きくなれとは祈っていないし、ただ単純に美味しいオレンジが食べたいなと考えていただけなのに、なんで数日で実を付けているのだろうか。何をどう足掻いても妙な変化が訪れるのならば、あの時に魔力を放出していればこんなに頭を抱えることはなかったのだろう。
こうなれば次は最大限に魔力を放出しても良いのではないのだろうか。妙な事になると事後処理が大変だから陛下方に一言『実験してみます!』とだけ告げて。
◇
――ようこそ、アガレス帝国へ!
声高に叫んだ男性の声が耳に届いた。
時間は遡る。
進級試験の結果が発表され、無事に二年生へとなれることが決まり、春休みが訪れた。鈴生りになったオレンジを収穫しようと子爵領へみんなで足を運び、さっそく採って食べると凄く美味しかった。
酸味と甘みのバランスが凄く良かったし、果汁も十分にある。今回は試験的にということなので、販売はせず個人で消費する予定。苗木も小さいし、鈴生りといっても収穫量に限界があったので丁度良い。また次も沢山実るようにと、オレンジ畑周辺で魔力を放出しておいた。制御していても漏れ出ているし、願ってしまえばある程度叶ってしまうようなので、もうどうにでもなーれ状態である。ようするに、ヤケクソだ。
『楽しみだね』
クロはオレンジの味を痛く気に入ったようで、機嫌が凄くよかった。なんだろう、腹ペコレベルが私に似てきた気がする。割と頻繁に私の魔力を吸い取っているし、果物や野菜を好んで食べている。健啖なことは凄く良い事なので、文句はないがおデブちゃんにだけはならないで欲しい。
「クロも栄養は魔力になる口なの?」
私は食べた先から魔力へ変換されて太らないようだけれど、クロもそうなのだろうか。疑問ならば考えるよりも、本人に聞いて答えてもらった方が早い。肩に乗っているクロはこてんと首を傾げて、少し考える素振りをする。
『多分ね。魔石が卵になった影響もあるんじゃないかなあ』
魔石が卵に変わって生まれた竜なので、魔力をため込みやすい上に生産力も高いそうだ。あのレーザービームもどきのブレスを放てたのも、体内にため込んでいる魔力が凄く多いからだって。連発は出来ないから、全力全開は最後の手段だねとクロが。全力全開の文字が全力全壊に感じたのはきっと気のせい。あれは大陸一つくらいなら簡単に落とせそうな代物だ。今のクロは体が小さいから、あの威力で済んでいたけれど、大きくなったらどうなるのか。
亜人連合国の代表であるディアンさまより大きくなるということだから、大陸どころか星も軽くぶっ飛ばせそう。いやはや、クロの成長が楽しみだなあと遠い目になりながら、王都へと戻る子爵家の馬車の中で春特有の暖かさに包まれた昼下がり。当然襲ってくるのは睡魔である。
『寝ても良いよ。着いたら起こしてあげるから』
軽く鼻を鳴らしたクロが私の顔に顔を擦り付けて、優しい言葉を掛けてくれる。
「ごめん、ちょっと眠いかも」
『謝らなくていいよ。この陽気だから眠くなるのは仕方ない。おやすみ、ナイ』
襲ってくる睡魔に耐えられず、がたごと揺れる馬車の中で眠りに落ちてしまった。クロが起こしてくれるというし、外にはジークとリンも居る。後ろに付いている馬車には家宰さまもいらっしゃるし、何か起きたとしても対処は安易だろうと重い瞼が自然と落ちた。
『――ナイっ!!』
クロの凄く慌てた私を呼ぶ声が聞こえたけれど、きっと夢だろう。やけに気持ちが悪い上に、空気の匂いが慣れ親しんだものと違って、違和感を覚えて目を開く。ゆっくりと開いた目に映ったのは、どこかの建物の中で。随分と派手で豪華な造りである。アルバトロスの城や公爵邸も豪華であるけれど、今いる場所の方が金色成分が多いというべきか。
「え?」
「痛ったぁ……なあに?」
「は? オイ、どこだよ此処はっ!!」
「な、んで……?」
「どこだ此処?」
最初に漏れた声は私だけれど、他にも隣に誰か居たようだと首を動かした。何故この人たちがこの場に居るのだという考えは中断させて、違う気配を感じて前を見る。
「ようこそ、アガレス帝国へっ! 黒髪黒目の少女よっ!」
一段高い場所で金色のフルプレート鎧を身に纏い真っ赤な外套を靡かせた、金髪紅眼の青年が両手を広げて声高に告げた。彼の周りには下は十歳から上は三十歳手前まで、金色の鎧を着た男性にどことなく似ている人たちが笑みを浮かべて立っていた。
ステージの端には美人でばんきゅぼんな女性が五人。おそらくこの場で偉い人たちなのであろう。衣装の質が一段か二段良いものを纏っている。
ステージを降りた場所には警備の兵士が居る。騎士と表現するよりも兵士という言葉の方が適当だと思う。帯剣し警棒を所持していることと服装が、アルバトロスや東大陸の国々よりも近代的なので余計にそう感じたのだ。
「余計な者まで召喚したようだが、まあ、良いだろう……。――これでアガレス帝国の繁栄は約束されたも同然! 皆、喜べ! アガレスの栄光は此処に在りっ!」
寝言なのだろうか。眠りに落ちるまではアルバトロスに居たというのに、一瞬にしてアガレス帝国へ足を踏み入れているなんて。転移魔術ではなく、強制転移の類となるのだろうか。頭がくらくらして気分が優れないのは、他人の魔力で強制的に長距離を移動したことが原因だろう。
「アガレス帝国、万歳!」
「アガレス帝国、万歳!」
「アガレス帝国、万歳!」
万歳三唱の声に戸惑いつつ、私たちのことはまるっきり放置なのだけれども。まあいいか。少しばかり考える時間があると捉えれば好都合だ。
――状況を整理しよう。
私の左隣には何故か大聖女さまとアルバトロス王立学院特進科一年生の伯爵家のご子息さま。確か、エーリヒ・メンガ―さまだったか。
右隣には一学期にハーレムを築き上げて幽閉された魔眼持ちのアリス・メッサリナ。そしてもう一人は、長期休暇の討伐遠征で出会った銀髪くんである。何故、彼らがこの場に居るのかは謎だ。フルプレートの鎧を纏った青年は私以外を余計な者と称していた。
不味いかも。
帝国は黒髪黒目である私以外に価値を見出していないのだ。邪魔と判断されれば、即首を落とされても仕方ないといえよう。
この場はアルバトロスではなくアガレス帝国であり、この国に戸籍もなにもない、ある意味で不法侵入者――向こうが勝手に転移させたのでおかしな話だが――なのだから。大人しくしてくれれば、私が彼らの保護を求めればどうにかなる可能性があるけれど、右隣に呆けてじっとしている二人がこのまま大人しくしてくれるのか。
転移の所為でくらくらしている頭をどうにか働かせて、帝国がとる行動をいくつか考え始める私だった。