魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――どうしてこんなことに……。
昼下がりの午後。聖王国の大聖女として、執務室で先々代の教皇さまとゲーム三期の主人公である聖女さまと一緒に事務作業を淡々とこなしていた。さて、そろそろお茶の時間かなと顔を上げたその時、何の前触れもなくふっと景色が変わって、どこかへと飛ばされてしまった。
私の近くで響く声。どこかで聞いたことのあるような声が、それぞれがそれぞれの今の状況を呟いていた。くらくらとする頭を振り払って、左右を見る。
黒髪の聖女さまに、最近聖王国から旅立った銀髪オッドアイの犯罪者の青年。……どこかで見たことがあるようなと考えていれば、ピンクブロンドでその顔はゲーム一期のヒロインの子だ。
あと一人は誰だろう。くすんだ金髪の同じ年頃の少年だった。みんな呆けた顔をして、一段上に居る人たちへと視線を向けている。私も彼らに倣って、ホールの前の壇上へと視線を向けると凄い人たちが揃っていた。
あれは……あの人たちは!
セカンドIPのゲームのヒーロー十五人が勢揃いしていた。そしてこの場所はセカンドIP最初のシーン、主人公が召喚された際の場所であることに私は気が付いた。
「ようこそアガレス帝国へっ! 黒髪黒目の少女よっ!」
ゲームの導入部分だったからよく覚えている。アガレス帝国第一皇子殿下であるアインが、豪華な金色の鎧に身を包み両手を広げて主人公を迎え入れたこと。大人しい主人公は異世界へと召喚されたことに怒りもせず、目の前にある理不尽な現実を受け入れるだけ。
抵抗も抗議もしなかったのは、主人公の性格故。日本で孤児として育って、友人もなかなか出来なかった。そして十六歳となった主人公は異世界へと召喚され、アガレス帝国で黒髪黒目の少女として優遇され、皇子殿下方と一緒に切磋琢磨しながら少しづつ強くなって恋仲に落ちるシナリオだけれど。
「余計な者まで召喚したようだが、まあ、良いだろう……。――これでアガレス帝国の繁栄は約束されたも同然! 皆、喜べ! アガレスの栄光は此処に在りっ!」
第一皇子殿下が口にした余計な者は、私とピンクブロンドの主人公と銀髪の犯罪者にどこの誰とも知れない少年だ。
黒髪黒目を信仰しているアガレス帝国や東大陸の国々にとって、黒髪の聖女さまは崇めるべき存在。黒髪の聖女さまが帝国に保護されれば、きっとアルバトロス王国よりも良い待遇が受けられるだろう。
不味い、かも。第一皇子殿下がなにやら言っているけれど、それよりも危惧するべきことがある。
もし黒髪の聖女さまが帝国に保護を願えば、亜人連合国の方たちもアガレス帝国に付く可能性もある。どうするのかと黒髪の聖女さまに視線を向けていると、目端で動く人物が。ピンクブロンドのゲーム一期の主人公がふらりと立ち上がり、一歩二歩と前に進むのを黒髪の聖女さまが止めた手を振り払った。
――何てことをっ!
黒髪の聖女さまのご意思に背けば、本人よりも竜の方々や周囲の方々の機嫌が急降下してしまう。今はその方たちは居ないので危険はないけれど、彼ら彼女らが居ればこの場は絶対零度の空気に包まれていたに違いない。
彼女の行動を止めようとする人が居ないと歯を食いしばると、意外な人物が行動を起こした。くすんだ金色の髪を揺らし、必死な顔で少年が主人公の無謀な行動を止めたのだ。私は心の中で拍手喝采した。あのまま主人公が壇上に進めば、不敬だと言われて切られていただろうし、黒髪の聖女さまも道理の通らない行動は嫌いな方だから機嫌を損ねてしまうに違いない。
どこの誰とも知らないお方、感謝いたしますと拝み倒す。
主人公を一緒に止められなかったことは申し訳ないけれど、力が足りないだろうし。黒髪の聖女さまは主人公に目隠しを要求した。話を聞くに主人公は魔眼持ちなのだそうだ。魔眼の力でアルバトロス王国の第二王子殿下と側近の方々を篭絡したと。
これってファンディスクのハーレムルートかなと一瞬頭に過ったけれど、それだとジークフリードとハインツも一緒。
どうしてだろうと考える。ゲーム本来のハーレムルートは、第二王子殿下と側近四人にジークフリードとハインツである。そしてフェンリルを連れていたはずなのだけれど、居ないようだし。ゲームの時間軸に当てはめるなら西大陸の各国を、ハーレムメンバーと一緒に巡っているのに。彼女の情報も仕入れておくべきだったと悔やむけれど、もう遅い。黒髪の聖女さまが仰っていることに嘘はないから、主人公はアルバトロスの幽閉塔に捕らえられていた。
「申し訳ありません、目隠しをお願いできますか? 女性に安易に触れる訳にはいきませんので」
くすんだ金色の髪のお方が私に声を掛けた。主人公を抑え込んでいるので手を取れないし、貴族の男性ということなら問題がある。
まあ主人公は犯罪者なので、気にすることはないのだけれど念の為だろう。なんだろう、壇上に居る皇子殿下たちのような華やかさやイケメン度は低いけれど、それが逆に安心できるというか。圧のない声色だし、身形からお貴族さまと推測できる。
「はい。……本当ならご一緒に彼女を止めるべきでしたが、行動に移れずご迷惑を」
「気になさらないでください。これはアルバトロスの問題ですから」
ということは彼はアルバトロスのお貴族さまなのだろう。年頃も同じくらいだから、もしかすると黒髪の聖女さまと同じアルバトロス王立学院へ通っているのかも。であればゲーム一期主人公の凶行を知っていてもおかしくはないし、素早く対応出来ていたことにも納得できる。
銀髪の犯罪者は足枷の所為で、無茶な行動をとれず黙ったままだ。聖王国での様子を鑑みるに、いの一番に騒ぎ出しそうだけれど、逃亡の機会でも伺っているのだろうか。
どう足掻いてもこの場所から逃げることなど不可能だろう。ゲームの攻略対象である皇子殿下十五人が一同に集まっているのだ。警備もかなりものものしいものになっており、ネズミ一匹逃がさないという強い意志を感じ取ることが出来るから。
金髪の彼とやりとりを交わしていると、いつの間にか話が進んでいたようだ。
「アガレス帝国の為、その身をアルバトロスからアガレスへ移せ!」
無茶を言う。黒髪の聖女さまはアルバトロス王国に忠実だ。でなければ問題ばかりが降りかかるアルバトロスに居るはずがない。彼女ならば亜人連合国に保護を願うことも出来る。それをしていないのはアルバトロスに何らかの思入れがあると考える方が正解だ。
黒髪黒目伝承もゲームで知っていたけれど、今に生きている黒髪の聖女さまには関係ない事だし、アガレス帝国の都合でしかない。
アルバトロスの貴族家当主を攫ったこと、金髪の少年もアルバトロスの貴族子息のようだし、聖王国の大聖女を攫ったこと。アガレス帝国は大国故に、西大陸の小国ばかりが集まっている私たちを見下しているようだけれど……。
思いあがると痛い目を見る。
私もそうだったから帝国も同じような末路を……いや、それ以上の痛い目を見るのかもしれない。現に黒髪の聖女さまは馬鹿みたいな魔力量を練って巨大魔石に流し込んでいる。こんなことを余裕で出来る人なんて居ないと思っていたけれど、黒髪の聖女さまは凄くはっきりとした通る声で帝国の第一皇子へ告げながら、巨大魔石を五つ粉微塵にした。
飛空艇を飛ばすために必要な貴重な巨大魔石を五つ失ったことで、周囲に動揺が走る。第一皇子殿下も困惑した顔で、皇帝陛下を出せという聖女さまの言葉を受け入れるかどうか思案している。
「アイン、黒髪黒目さまの言葉を受け入れましょう。彼女の言う通り、我々アガレスは大国故の奢りに浸っていたのでしょう」
「ウーノっ、女の癖に出しゃばるなっ!!」
誰、と記憶を漁る。たしかウーノって第一皇女殿下のお名前だ。ゲームだと立ち絵も何もないモブキャラだった。
ゲームも文字だけの記述だけではあったが召喚の際に立ち会っており、この場に居るのは分かるけれど、まさか口を出すなんて。アガレス帝国は男性優位で女性の立場は低く、唯一男性と同じ立場になることが可能なのは黒髪黒目の女性のみ。
分かってはいたけれど。ゲームのシナリオから大きく外れていることに、また頭を抱える私だった。胃が痛い。誰か……この状況をどうにかして欲しいと願いかけて止める。
自分で考えて、正解を導き出すしかないんだよねと、黒髪の聖女さまの背を見上るのだった。
◇
なんで俺、こんなところに居るのだろう。春休みの惰眠をむさぼっていたら、知らないうちに東大陸のアガレス帝国までやって来ていたようだ。
一応、隣の大陸の存在とアガレス帝国があることくらいは知っていた。ただ情報が凄く少ないので、別の大陸が存在していることと、その大陸には帝国と共和国があると知らされるくらいだ。都合が悪いのかどうか知らないが、意図的に隠していたのかもなあ。
目の前に居る、第一皇子と名乗った金ピカ鎧の男は見るからに不遜な態度だし。なにやら黒髪黒目を召喚したようだが、呼び出したのがアルバトロス王国の黒髪の聖女だなんて。下手なことをすりゃあアガレス帝国が滅んでしまうのではないのだろうか。だって黒髪の聖女は、竜を従えているのだから。
彼女に対するアルバトロス王国王立学院、特進科一年生の男子生徒一同の認識は『触れるな危険』である。黒髪の聖女の小さな肩にちょこんと乗っている幼竜に、彼女に付き従う公爵令嬢と辺境伯令嬢。影の中にはスライムが居るし、最近はフェンリルまで従えていた。
俺が創造したスライムは一週間しか持たなかったのに、彼女のスライムは消える気配が全くない上にどんどん魔力量が多くなっている。魔術に詳しいヤツが、成長していると零していたがヴァレンシュタイン卿は一体彼女にどんな魔石を用意したのだろうか。ただゲーム中で魔術馬鹿と呼ばれていた彼だから、妙なものを用意したのだろう。それこそ国一つ買えてしまうくらいの凄い魔石を。
召喚されて余計な者と評された俺たちは、下手をすれば処刑だなと腹を括ったのだが、黒髪の聖女がそれを断ち切ってくれた。小さな体で俺たちを庇い、帝国の第一皇子の前に立ってはっきりと道理がないと言ってのけた。
俺の下でゲーム一期のヒロインが少々暴れているが、男の俺に力で叶うはずもなく。女なので丁重に扱うのが貴族の男としての務めだが、彼女はアルバトロスの第二王子殿下方を誑かした犯罪者である。アルバトロスの貴族にとっては、王家に楯突いた馬鹿者でしかないので遠慮はしない。
「アイン、黒髪黒目さまの言葉を受け入れましょう。彼女の言う通り、我々アガレスは大国故の奢りに浸っていたのでしょう」
「ウーノっ、女の癖に出しゃばるなっ!!」
金ピカ鎧に金髪紅眼の第一皇子殿下に詰め寄る女性が一人。呼び捨てにしているということは、第一皇子よりも年齢が上と見た。皇子よりも先に生まれた皇女なのだろう。であれば金ピカを呼び捨てにした理由に納得が出来る。
ここにきて話が通じる人物が現れたことは幸いだが、逆に面倒になってきていないだろうか。黒髪の聖女であれば一人でこの城を落とせる気がする。勝手を働いた帝国に一泡吹かせて欲しい所だが、こうなると話し合いのテーブルに着くのでは。
あとはアガレスの皇帝陛下がマトモであれば、俺たちは自分の国へ戻ることが出来る。第一皇子殿下や皇子たちの勝手な行動の末の出来事だというなら、皇帝がアルバトロスや銀髪オッドアイの足枷を付けた男と銀髪の少女の所属国に頭を下げればなんとかなるだろう。
一応、帝国なので西大陸の国々よりも国力はあるはずだから、パワーバランス上仕方なく帝国の言葉を飲むしかないということになるが。
「貴重な魔石を破壊したというのに、何故この場に皇帝陛下を呼ばねばならぬ! 俺は次代の皇帝だ! それで十分であろうにっ!!」
「――っ!」
ウーノと呼ばれた皇女が金ピカの言葉に詰まった少しした後、ウーノの後ろに居た女性四人の方へ顔を向けるとお互いに頷きあう。
「アイン第一皇子殿下、およびこの場に居る殿下方は黒髪黒目さまを慮る気はないと見受けます! わたくしたち皇女は黒髪黒目さまをお守りする為、殿下方との決別を宣言いたします!!」
なっ、何を言っているのか分からねえ……。どうしてそうなるのだろうか。でも女の癖に出しゃばるなと切り捨てていたから、帝国での女性の立ち位置は低いのかもな。
そんな帝国で黒髪黒目で女である黒髪の聖女が彼らに囲われれば、都合よく利用される――ありえないけれど――展開しか考えられないか。というか皇帝陛下を放って何していやがるんですかね、貴方たちは。流石に黒髪の聖女もこの展開を予想できなかったのか、放出していた魔力の奔流がちょっと治まって……いや、これ……。
「――茶番はいい加減にして下さい!! わたくしたちを身勝手な都合で呼び寄せておいて、さらに身勝手な理由でわたくしを利用するなど言語道断っ! さっさと皇帝陛下をお呼びなさい!!!」
あーあ……完全に切れちゃった。俺たちに敵意が向けられていない所為か恐怖は感じないが、警備についている連中には腰を抜かして床にへたり込んでいる連中が居る。皇子殿下の年下組も何人か気圧されてへたり込んでいる。立っている皇子や皇女はプライドがそれを許さなかったのか、どうにか堪えていた。
「申し訳ございません! ――誰かっ! 急いで陛下にこの場にお越しくださるようにと!」
皇女殿下が黒髪の聖女へ頭を下げて、供の兵士に命を下すと急いで走っていった。
「ウーノっ! いい加減に――」
「――いい加減にするのは貴方さまでございましょう! わたくしは皇帝陛下であれば交渉の席へ着くと申しているのです。アイン第一皇子殿下ではわたくしを御すことは不可能です!」
皇女に威圧的な第一皇子の言葉を黒髪の聖女が遮った。いつもならば貴族として立場を弁えているというのに、どうしたことだろうか。少し不思議に思いつつ、経緯を見守るしかない俺。モブだから……見ているしか出来ないのか俺は。ならばゲームで一切登場しなかった黒髪の聖女は、どうしてこうも強く逞しいのだろう。
ゲームを変えてはいけないと動かなかった俺と、ゲームなんて知らないと言わんばかりに問題を起こす彼女。ナイ・ミナーヴァ。どちらが人としてカッコいいのだろうか。言うまでもない、彼女の方が余程人間らしくカッコいいじゃないか。……無茶ぶりが過ぎるけどな。
「なっ! そのような証拠がどこにあるのだ!」
「ではお見せいたしましょう。――貴方がわたくしを御せるならば、わたくしの魔術が貴方に届くはずもないでしょう?」
嘘、だろ。加減はするだろうが、人間相手に放つというのか。王国の魔術師には大雑把な魔術の制御しか出来ないから、的は大きければ大きいほど楽になる。人間相手に、しかも相手は動く上に護衛の連中だって居る。それをどうやって狙うというのであろうか。魔力が練り上げられて黒髪の聖女の足元に魔術陣が浮かぶ。良く知っている魔術陣ではなく、なにか特徴的な……不思議なもの。
黒髪の聖女の魔力が練られているのが分かる。帝国の連中は呆けた顔でそれを見守っているだけで、何が起こるのか理解していない。流石に帝国の次代を誅し奉ってはまずいだろうと、アリス・メッサリナを抑えていた手を離して黒髪の聖女の肩を掴もうとしたその時。
「お待ちください! アルバトロスの黒髪の聖女さまとお見受けいたします! もうすぐ皇帝陛下がこちらへ参られますっ! お怒りをお納め頂きたい!」
バタバタと慌てた様子で兵士を数名引き連れ、この場へやって来た者が居た。一体誰だと首を傾げていれば、直ぐに疑問は氷解する。
「宰相っ! ――父上、陛下が来られるのか?」
「はい。少々、説得に時間が掛かりましたがこちらへ来られると!」
そうかと第一皇子は頷いて、黒髪の聖女へ向き直る。
「黒髪黒目の者よ、貴殿の願い通り陛下がやってこられる! 今少し待て!」
命令口調ではあるものの、身の危険を感じ取ったのか少し態度が軟化していた。皇女殿下たちはほっと息を吐いている。黒髪の聖女は無言のまま、魔力を練るのを止め魔術陣を消していた。宰相殿はファインプレーだなあと彼に視線を向けると、盛大に息を吐いている。なんだか苦労していそうだが、黒髪の聖女を抑え込むには更に苦労が必要となるだろう。
けれど時間は進むのだから、俺も何かしら黒髪の聖女に協力できることはないかと思案し始めるのだった。