魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――外は随分と暗い。
旅が終われば爵位を貰う。乙女ゲームメーカーのファーストIPシリーズ一作目のファンディスクであった、ハーレムルートの結末だ。
黒髪の聖女さまが乙女ゲーム主人公であるアリスを縛り付けている縄を持って床を引き摺っている。アリスが何も言わないのは、諦めたのだろうか。もう一人、銀髪オッドアイの青年も縛られた縄によって、廊下を引き摺られている訳だけれど、猿轡を噛まされているので喋れない。
アリスは転生者なのだろう。でなければあんな言葉は出てこない。
第二王子殿下と側近たちを誑かした罪で幽閉されていると聞いたから、彼女の未来はアルバトロスの幽閉塔の中で一生を過ごさねばならない。だから、他の未来なんて知っている筈はない。だからあの言葉は私のように、ゲームの知識を持ちゲームのキャラに転生した人の言動。しかも間違えた選択を取って未来を失ってしまった、一番駄目なタイプ。
黒髪の聖女さまが聖王国で怒って竜をけし掛けるという言葉に決意して、大聖女としてちゃんと動いたことにより私の未来は大きく変わった。ゲームのシナリオをあまり気にするべきではないと踏ん切りをつけられたし、聖王国の方々と国を動かしていくのも楽しい。
黒髪の聖女さまと出会った当初、ゲームのシナリオをぶち壊してくれてどうしてくれるのだと嘆くこともあった。聖王国の腐敗っぷりでは、ゲームのシナリオが終わった後に問題が起こっていただろう。結局、遅いか早いかだけの違いだ。ゲームで理解できる事実なんてほんの少しで、聖王国以外にも周辺国やアルバトロスに東大陸の存在がある。
誰かが少しでも違う行動をとれば、シナリオなんて直ぐに瓦解してしまう。黒髪の聖女さまが良い例だ。彼女は三作目のシナリオを大きく変えてしまっているのだから。ゲームの攻略対象は没落しているし、ヒロインは聖女として教会預かりになり、力を認められ私の側で勉強中。新年度からはアルバトロスに一緒に留学予定で、彼女と一緒に準備をしている最中、召喚に巻き込まれてしまった。
彼女が巻き込まれなくて良かったと思う。ゲームの主人公らしく真っ直ぐで明るい子だけれど、自分の主張ははっきりと言ってしまうタイプ。今のあの子の状態ならば、アイン皇子に『なんて勝手なことを!』と言って突っかかりかねない。拉致したのは帝国だから問題ないけれど、黒髪黒目ではないから首を斬られてしまう可能性が高いから。
しかしまあ黒髪の聖女さまも無茶をするものだ。召喚されて三十分で巨大魔石五個を壊してしまうなんて。セカンドIPの冒頭、異世界である日本から主人公が召喚された際に使用された魔石も五個。再利用可能で本来の用途である飛空艇の動力に使われていたはず。
飛空艇一艇につき巨大魔石が一つ必要となるから、五隻の飛空艇が無駄となった。古代の遺跡から発見された飛空艇。ゲームでは動力が魔石だということ、修理は難しいが壊れることがない為に、古代に生きた人たちを讃えていたけれど。今思えば何でそんなモノが凄いと感じてしまったのか。ゲームだから深く考えていなかった所為もあるけれど、普通に考えれば直せないのは不味いよね。
とりあえず皇宮にある魔石を全て壊すと言っていた黒髪の聖女さま。魔力感知で探すと言っていたけれど、苦手だから時間が掛かるとも言った。
飛空艇の場所は今いる場所から離れた位置にあるはずだ。専用の格納庫が皇宮の敷地内にある。知っていれば彼女はいの一番にその場に行くはずだろう。嘘を吐くとか苦手そうだし、効率を重視しそうだから、ゲームだと知らないだろう。
アリスの言動で何かしらおかしいとは感じているかもしれない。今のアリスは深く物事を考えず自分を優先する子みたいだから、黒髪の聖女さまが何かしら違和感を覚えるきっかけくらいはありそうだけれど。
転生、という考え方はこの世界にもあるものだ。けれど、ゲームの世界だという感覚はなかなか理解してもらえないだろう。
――気付いていない、気付いている?
黒髪の聖女さまへ第一皇子殿下であるアインの性癖を伝えてみたけれど、あっさりと受け入れただけで終わってしまった。
状況が状況だから私へ問い質すことが出来ないのは分かる。先ほど自己紹介をして頂いたメンガーさまは、普通の現地の方だろうから。いや、でも、おかしいと気付いてもよさそうなのに。褐色の奴隷問題の時、黒髪の聖女さまに私がゲームの知識を有していると打ち明ける覚悟はしていたけれど。
どうしてそんなことを知っているのかと問われなかった。今回も問われなかったし、黒髪の聖女さまは一体なにを考えているのだろうか。アリスと銀髪の青年を引き摺りながら、きょろきょろと皇宮の廊下を歩いている彼女は敵地であるというのに堂々としていた。
アガレス帝国の陛下や第一皇子殿下、皇女殿下方と対等に渡り合える胆力は正直羨ましい。そして召喚に巻き込まれてしまった私たちを必ず国へ帰すと約束してくれた強さも。味方となるとこんなにも安心していられる存在なのだなと、目を細めた私は口を開いた。
「黒髪の聖女さま」
自己紹介は済ませたけれど、さっきのアレは私の隣を無言で歩いているメンガーさま向けのものだろう。お互いの身分を明かしておいた方が良いという、黒髪の聖女さまの判断だ。妙な所は気が回るのに、転生者だとは気付いてくれない。
「はい。――名前で大丈夫ですよ。さっきは機を逃してしまい言いそびれてしまいました」
前を向いて歩いていた黒髪の聖女さまが立ち止まり振り返る。名前呼びの許可を頂けたのは認めてくれたと考えても良いのだろうか。メンガーさまにも視線を向けていたけれど、相手は男性だから家名呼びが精々だろう。
「では、ナイさまと」
「私はフィーネさまと呼ばせて頂きます。どうしました?」
あれ、会談の場や召喚された場所ではナイさまの一人称は『わたくし』だった。個人的な場面となると彼女の一人称は『私』みたいだ。
「魔石の場所をお探しですよね?」
「はい。また儀式召喚を執り行われると迷惑ですので、自由に動ける間に壊しておきたくて」
ウーノ皇女殿下と話し合っていた件だ。皇女殿下も思い切った決断を下したと思う。飛空艇は制空権を取れるために重宝されているというのに、あっさりと破壊を許すなんて。多分、飛空艇を失っても帝国は困らないという見積があるのだろう。
「でしたら、皇宮から出た敷地のどこかに飛空艇の格納庫があります。先ずは外を目指しては如何でしょうか?」
「よく知っていますね。ならどこかしらの出口を先ずは見つけましょう」
こてんと首を傾げたナイさまが肩に手を置いて、何かを気にしていた。ああ、そうか。彼女の肩には幼竜がちょこんと乗っていたから。召喚の際にはぐれてしまったのだろう。私も召喚の際には三作目の主人公が側に居たというのに、巻き込まれなかった。
あれ、じゃあなんて黒髪黒目でない彼ら彼女らはこの場に呼ばれたのだろう。もしかして、アリスだけではなく銀髪の青年もメンガーさまも元日本人だったりするの?
『モット、ヤレ』
誰の声でもない声が響き、反射的に音が聞こえた方へと顔を向けた。薄暗い廊下でぼんやりと空に浮いた髑髏が私たちを静かに見ていると理解した、その瞬間。
「びやぁぁぁあああああああああああああああああ!」
ナイさまが妙な叫び声を上げながら脱兎の如く、凄い勢いで廊下を走り始める。縄を握ったままなので、銀髪の青年とアリスも勢いよく私たちから離れて行く。お尻部分の布が破けなきゃいいなあと願いつつ、私の横に立っているメンガーさまへと視線を向けた。
「足、あんなに早いのか……。ミナーヴァ子爵を追いかけましょうか」
ナイさまの背は同年代の平均よりも小柄だというのに、かなり早い勢いで離れて行く。
「そうですね、ナイさまから離れると危ないでしょうし追いかけましょう」
聖王国の教会にはミイラを安置しているし、幽霊も存在している。邪霊ならば払うし、害がないなら放置が聖王国教会の方針だ。
ナイさまは幽霊的なものが苦手なのか、空中に浮かぶ髑髏を見て怖くて逃げてしまったようだ。最初、髑髏だけだったのにがっちりとした鎧を纏っている姿に変わっていた。メンガーさまと私が同時に走り始めたその時。
『…………ムシサレタ』
薄らぼんやりと浮かんでいた髑髏がなにかを言っていたけれど、私たちの耳には届かず。凄く前を行くナイさまを二人で必死に追いかけるのだった。
◇
大聖女さま、もといフィーネ・ミューラー嬢と帝国の皇宮廊下を走る。アルバトロスの王城にすら立ち入ったことのない俺が、隣の大陸にある帝国の皇宮に先に足を踏み入れるなんて誰が思うだろうか。メンガー伯爵家の三男として生まれた俺は、爵位を継ぐこともなく気ままに学院に通ってゲームに関わることのないようにと、ここまできたというのに。
何故、三作目のヒロインの友人ポジである大聖女と共にしているのだろうか。アリスや銀髪の青年は別として。というかアリスは確実に転生者で、俺のようにゲーム知識があるんだろうな。アガレスへと召喚されて直ぐ、第一皇子殿下に駆け寄ろうとしたのは、もしかしてアガレス帝国もゲームの舞台だからと考える方が自然かもしれない。
俺の隣を走るミューラー嬢も転生者でゲームの知識持ちなのかもしれない。海を隔てた東大陸の情報は少なく、情報を知る者は一握りだろう。アルバトロスではなく聖王国出身だから少しは事情が違うのかもしれないが、東大陸と西大陸はお互いに不干渉のはずである。
黒髪の聖女、もといミナーヴァ子爵へと助言をしていたのは、第一皇子が両刀使いであることと飛空艇の格納庫が宮を出た外にあるということ。第一皇子の事情なんてトップシークレットだろうから、帝国人ですら知らないはず。だというのにミューラー嬢は知っていた。やはり、転生者でゲーム知識持ちと考える方が腑に落ちる。
ミナーヴァ子爵も転生者でゲーム知識持ちなのだろうか。その割にはシナリオを全く気にせず自由気ままに動いているから、フラグを壊すことに愉悦を覚えるタイプか全く知らないのどちらかなのだろう。
「ミナーヴァ子爵! 止まってくださいっ!」
しかしまあ、竜を従えるような彼女が幽霊関係が苦手だと誰が思うだろう。ぶっちゃけ、魔物や魔獣が存在する世界だ。
幽霊の一つや二つ居たところで、驚くようなことではないのだが。正直俺はミナーヴァ子爵の方が怖い。竜を肩に乗せて学院へ通っているし、昼休みや放課後彼女の後ろで控えている赤毛の双子の眼光はかなり鋭い。おまけに公爵令嬢と辺境伯令嬢が侍っているのだ、怖くて近づけやしない。
彼女の後ろ盾、軍を司るハイゼンベルグ公爵家、辺境警備と魔物の脅威の両方に打ち勝てる力を持つヴァイセンベルク辺境伯家、そしてアルバトロス王家。挙句の果てには亜人連合国もだし、最近ではリーム王国も彼女に対しては友好的。
そんな彼女に下から数えた方が早い伯爵位であるメンガー家の三男坊が逆らえるはずもなく。まあ、逆らうようなことはやらないし、ミナーヴァ子爵も常識を弁えているから問題など起こりようはずもない。こうして巻き込まれてしまうと、台風のような風に晒されてしまう訳だが……。
「ナイさま! ――遠く離れたので大丈夫ですよ! お化けは追いかけていません!」
ミューラー嬢の声にミナーヴァ子爵が振り向いて、髑髏の幽霊が居ってきていないことをようやく理解して立ち止まった。大理石の床を盛大に引き摺られた銀髪の青年とアリスは驚いて呻いているが、罪を犯し反省していない者に掛ける慈悲などはなく。
「お、追って来ていませんか……?」
顔を引きつらせながらミューラー嬢を見上げるミナーヴァ子爵。大丈夫というようにミューラー嬢がミナーヴァ子爵の背を擦って落ち着かせていた。
ミューラー嬢は新年度からアルバトロスの王立学院二年生特進科に留学すると通達がされていた。書かれた名を見て引っ掛かりを覚え、頭の隅っこからようやく情報を取り出すことができたのだ。ゲーム三作目の主人公も彼女と一緒にこちらへ来るそうで、どうなることやらと頭を抱えていたのだが、先にこうして邂逅することになるなんて。
「はい。あの場所に縛られているので、こちらへ来ることはないかと」
「良かった……幽霊とか非科学的なものは苦手で…………あ……」
アルバトロスには『科学』というものは根付いていない。科学の前身として錬金術があり、日夜錬金術師がいろいろと開発を頑張っている。
文明社会で生きていた所為か随分と遅れていると感じてしまうが、現場の錬金術師は必死にやっているのだろう。魔術が存在する為に隠れがちな存在であるが、技術の進歩は大事だから頑張って欲しいものである。
「え?」
ミューラー嬢がミナーヴァ子爵の言葉の意味に気が付いたようだ。幽霊は呪術や魔術の分野に分けられているから、科学なんて言葉は出ないのだから。
「あー……前世の記憶持ちですか?」
もうまどろっこしい事を考えるのは止めにしても良いかと本題に入った。腹を探り合うより、こうしてぶっちゃけてしまった方が楽だろう。目の前の二人がアリスのような奴ならば警戒するが、彼女たちは大丈夫だろうという打算もあった。
ゲームを知っているかどうかは別だろうし、そこまで追求はしないが。
「……はい。ということはメンガーさまも?」
ミナーヴァ子爵は俺の言葉に驚きつつも、言葉を受け入れてくれたのか真っ当な顔になって視線を合わせて聞いてきた。
「今まで黙っていて申し訳ありません。俺はここではない世界の日本という国で暮らしていた記憶があります」
「奇遇ですね、私も前世は日本人でした。黙っていたことを謝る必要はないかと。それだと私も謝らなければなりませんから」
なんとなく日本人ではないかと考えていたが、俺の予想は当たったらしい。どことなく懐かしい雰囲気のするミナーヴァ子爵だ。
転生特典で多大な魔力量を得たとなれば、余計に合点がいくが聞いても問題はないだろうか。今の立場は子爵家当主と伯爵家の子爵だから、あまり無茶はしない方が良いだろう。無礼だと言われてしまえば、そこで話が終わってしまう。
「え、え?」
ミューラー嬢は事態を呑み込めていないのか、俺とミナーヴァ子爵を交互に何度も視線を変えていた。その姿に苦笑しながら、ミューラー嬢はどうするのか暫く黙って待っている。
「わ、私も日本人でしたっ!」
意を決したようにミューラー嬢が元は日本人であったことを告白した。ミューラー嬢はおそらくゲームの知識を持っているのだろう。第一皇子を始めとした帝国の皇子たちがヒーローだったとすれば、アリスが突撃したこともミューラー嬢が帝国について詳しい事も説明がつく。
「本当にこんな偶然があるんですね。なら今回召喚された原因は元日本人繋がり……の可能性が高そうですが……」
ミナーヴァ子爵が銀髪の青年へ視線を向ける。アリスへ向けないということは、元日本人だとなんとなく分かるのだろう。
「猿轡を外す訳にはいきませんよね……」
銀髪の青年の猿轡を外せば、また騒ぎ立てるに違いない。不敬を働きそうだし、余計な事しか言わないだろうからこのままの方が良い気がする。大聖女としての判断なのだろうか、ミューラー嬢が銀髪の青年を見下ろしながらボソリと呟いた。
「アリス・メッサリナはゲームであることを知っているようですし」
これは確定だろうと俺が言葉を口にした。でなければ王族や側近とハーレム築こうなんて考えなんて持たない。現地出身者ならば無謀過ぎて、やらないはず。
「ゲーム……」
ミナーヴァ子爵が呟いて、アリスの方を見るのだった。もしかしてミナーヴァ子爵はゲームを全く知らない人だったのか。最初からミナーヴァ子爵はイレギュラーな存在だった。シナリオを好き勝手に壊していくし、親父からは接触命令が出たりする。
でもまあ知らないこその行動だろう。彼女はシナリオの破壊神であるが、結局は丸く収まっている。ゲームを知っていても知らなくても、己の力で道を切り開いてきたのならば、それは賞賛すべきことだろうから。
彼女にはこの世界がゲームの世界であることを告げなければと、俺は説明に入るのだった。