魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
ゆらりと揺れたジークが構える剣の先。亜人連合国から賜った、ドワーフの職人さんが気合を入れて作ったという一品はこの世に二振りもない仕上がりとなっているらしい。
リンが賜った剣も貴重なもので、リンが扱い易いようにと彼女の意見を取り入れて鍛えてもらったものだ。そんじょそこらの刀匠が鍛え上げたものとは違う品らしく、ジークもリンも手に馴染むと言って大層気に入っている。
――負けられないのだよ、この戦いはっ!
第一皇子は叫びながらジークへとの距離を詰める。今度は鍔迫り合いとはならず、お互いに剣戟を繰り出して互角の攻防戦となっている。剣に関しては素人極まりないので、分からないけど。後ろに控えているリンが『兄さん遊んでる』と呟いたけど、聞こえないフリをしておいた。
私は剣に関して素人であり、何でもありな喧嘩殺法の方が勝負の行方が分かりやすいという、残念な脳味噌の仕様である。第一皇子も帝国の皇子として武力は鍛えているはず。
「ジークが勝つよね?」
腕に抱いているクロを撫でながら、小さく呟くと耳聡くリンが拾ってくれたようで。
「……兄さんが勝つよ」
リン、第一皇子の相手に選ばれなかったと言って不貞腐れなくても。立会人を務めている公爵さまは、静かに見守っていた。周りの観衆も、二人の剣捌きに見惚れているようだけど、見惚れる要素がどこにあるのだろう。普通に斬り合いをしているようにしか見えないんだよね。この辺りが素人と玄人の差だろう。
「ぐっ!」
金属同士がぶつかって鳴る音が響いていたけれど、一際大きい音が一度鳴ると、第一皇子の声が漏れた。大きな音の正体は、幾度もの斬り合いの末に金属劣化し折れた第一皇子の剣の悲鳴。くるくると回りながら空中で放物線を描きながら、地面へ突き刺さる。
「誰か剣を持てっ!」
剣一本しか持っていないのだから、折れてしまえば後は素手で勝負するしかないのでは。決闘のルール次第だけれど、ちょっと卑怯じゃないかな。周囲に観客が居るから成立する言葉だし、第一皇子の考えは甘い。
「し、しかし!」
第一皇子が連れてきた兵士の一人が戸惑いつつも、それは出来ないとやんわり否定。立会人の二人は止めないのだろうかと視線をやれば、第二皇子はおろおろ、公爵さまは腕を組んでジークへお前が決めろという感情をありありと醸し出している。
「構いません。彼の言う通りに」
ジークが視線を第一皇子から外さないまま、戸惑っている兵士へ言葉を投げた。彼の声に反応して兵士が佩いていた剣を下げている革帯を外し、鞘ごと地面を滑らせた。
直接、第一皇子へ渡さなかったのは神聖な決闘を邪魔してはならないという、気持ちのどこかにある考えだったのだろうか。兵士が第一皇子へと向けた剣は大人の人間程の距離を空けて止まっていた。
「ちっ! 愚かな奴め……!」
第一皇子は忌々しそうに舌打ちをして、地面の剣へ視線を向ける。
「どうぞ、拾って下さい。私は騎士、武器を持たぬ相手を斬る無作法は致しません」
ジークが落ち着いた声で、内心は焦っていそうな彼に告げた。ジークは平気で嘘だ。討伐遠征に向かった際には何でもアリの方法で倒そうとしているし、見習い教会騎士として鍛えられていた頃、生き残る為には手段を選ぶなと教え込まれていたし。おそらく、余裕があるからこそのやり取り。リンの言葉によると、遊んでいるだけらしいが。
ジークから視線を外さず、剣がある場所へと腰を低く屈めながらジリジリと摺り足で移動し、辿り着くとバッと手を伸ばして鞘を握る。柄に手を伸ばし抜剣した第一皇子は鞘を捨て、剣を後ろに向けながら走り、ジークと距離を詰めると勢いよく後ろから前へ剣を繰り出した。
――キンッ!
甲高い音がまた鳴ると、打ち合いが再開したのも束の間、第一皇子の剣がまた折れた。剣の質に差があり過ぎだな。第一皇子がゴネそう――。
「――公平ではない! 剣に重大な差があり過ぎだ!」
文句付けちゃったよ。それなら最初から同じ剣を使うと取り決めしておけば良いのに。後出し発言過ぎると頭を振っていると、ジークが取り換え要請を立会人に伝えた。公爵さまから第二王子、そして待機していた兵士の一人が剣を差し出した。受け取った第二王子から公爵さまへ。
「ジークフリード」
公爵さまは声を掛けると彼は鞘へ剣を収めた。公爵さまは頷いて力を上手く使い放り投げて、難なくジークは受け取る。
「有難うございます。――これで得物による差はありません」
鞘から剣を抜いて構えたジークに、第一皇子も構えた。我儘皇子の相手を務めるってこんなに大変だね。彼の側近に苦労している人が居るならば労ってあげたくなる。長い間こんな人の相手を務めるなんて、胃か頭に重大な症状が出そうだから。
「ああ、これで最後だ! ――参る!」
第一皇子は大上段に構えて走り出す。この構えを取ると負けフラグが立った気がするのだが。入学前の試験でジークかリンに当たった人がこんな構えを取って見事に負けていた記憶が残っている。隙の大きな動作故に、打ち込まれるのは必然。ただジークが持っている剣の切れ味は悪い。長い脚を利用してジークは一気に第一皇子の間合いに入り込み、柄の先は鎧の脇を狙っていて。
「ぐほっ!」
大きく踏み込まれ驚いた第一皇子は何の対処も出来ぬまま、勢いの付いた剣の柄を受け止めるしかなく。力任せで振られた柄の勢いに抗えず、第一皇子は横へと勢いよく倒れこむ。鎧越しに放たれた一撃は、かなりの威力があったらしい。肋骨の下辺りを抑えながら、咳き込んでいた。
命は奪わないと決められており、立ち上がれなくなった者の負けとなっている。フィーネさまと私が居るから多少の怪我も問題ないが、第一皇子に処置は施したくない。もしかしてジークは私の気持ちを見越して、剣の柄で殴打という手法を取ったのだろうか。少し悩んで偶然だと結論付け、流れを見守る。
第一皇子は慣れぬ痛みに耐えているものの、立ち上がれそうもない。勝負は付いたから公爵さまへ視線を向けると、第二王子がまだ粘っている様子で。こちらとしては構わないけど、これ以上は彼の地位を更に落とすだけである。いや、まあ負けると地位が無くなるので、無用な心配かもしれないが。
「ま、まだ、やれるぞ。――くっ!」
結局立ち上がることは出来ず、公爵さまが第二王子を説き伏せ、というか鋭い眼光だけで捻じ伏せ第一皇子の負けが確定。公爵さまが決闘の終わりを告げた。借りた剣は丁寧にジークが兵士へと返した後、くるりと方向を変えて歩き始める。
「一応、花を持たせたつもりだが」
まだ立ち上がれない第一皇子を置き去りにして、ジークが私たちの方へと戻った第一声である。
「勝てると思っていた勝負に負けたから、滅茶苦茶落ち込んでるよジーク。まあ、良いんだけど」
苦笑いを浮かべながらジークへ声を掛けると、リンが私の横に立った。クロは疲れているのか、いつの間にか眠っている。この状況で眠れるとは、将来大物になりそう。
「兄さん、遊びすぎ」
リンはむうと口をへの字にして、ジークに抗議する。
「リン、花を持たせたと言ったぞ。一瞬で負ければ噂が立つだろう?」
ジークはふっと鼻を鳴らす。恐らくリンの言う通り遊んだのだ。別の言い方だといたぶると言えば良いだろうか。兎に角、第一皇子が皇籍から抜けることが決定した。本人、盛大にゴネそうだが勝負前に書面に残しているので、もう逃げられないのである。
◇
案の定、第一皇子はゴネていた。使っていた剣に明確な差があったとか、西大陸の者は魔力量が多いのだからズルいとか。
第一皇子がどれだけ叫んで主張しても、紙に証拠が残っているのだから全て無駄だ。第一皇子お抱えの兵士が今し方、皇宮を目指して連絡を取るのだし。決闘だし、紙に証拠を残しているのだから逃げられない。鴨がネギと鍋を背負ってやってきた状況だったけど、こうも上手く嵌るとは。
「クソっ! クソっ! クソっ! クソぉぉおおお!! ――熱っ!」
語彙力が崩壊している第一皇子に厳しい視線が注がれている。決闘が終わった今、第一皇子は皇籍から抜けているので、一般人扱い。
後ろ手に縛られ、足も拘束されて身動きが取れない状況である。子飼いの兵士で忠誠心の高い人は、泣きそうな顔でぐっと堪えて居る。こんなどうしようもない人にも、人望があるのかと驚く。篝火の下にいる所為か、火の粉が落ちて熱かったらしい。
勝負は終わっているので、各々好きな行動を取っていた。決闘は終わったので必要のない篝火は片付けられており、周囲は少し暗くなっている。それでも篝火は割と用意されているので、夜の帳が降りていても十分に活動出来る。
「馬鹿だな。相手の力量も量れず、真っ直ぐ突っ込むしか能がない者に、帝国という巨大な国を統べる事など無理な話だよ」
公爵さま、相手の地位が剥奪された所為か言いたい放題だ。不満を溜め込んでいたんだろう。近くに居るディアンさまとベリルさまも静かに頷いていた。
第一皇子さえ居なければ順調に交渉は進んだはずだし、そもそも拉致事件なんて起こっていないのだ。本当に余計なことをしてくれた。まだ問題が綺麗に解決した訳ではなく、カニバリズム国家の件が残っている。
ウーノさまが責任を持って帝国が処理致しますと言い残して去って行ったけれど、どうするつもりなのだろう。後腐れがないようにするなら、滅ぼすのが一番楽だ。山間の小国みたいだし、残っている飛空艇を動かせば降下部隊とか出来るのかなあ。縄を垂らして、ぴゅーと降りてみたいな。楽しそうだし。
「馬鹿が馬鹿をした結果がコレね」
「本当、馬鹿だよね~」
『うーん、こんなのを揶揄っても楽しくないわね』
ダリア姉さんとアイリス姉さんにお婆さまも呆れていた。楽に事態が収拾したんだし有難いと言えば、有難いのだろうか。また第一皇子みたいなのが現れると困るので、早くアルバトロスに戻りたい。私が転生者だということもバレたから、クレイグとサフィールにもきちんと話したい。
こちらの文明を破壊するような知識は持ち合わせていないし、陛下から確認を取って許可が出れば、住んでいた所がどんな場所だったのかも幼馴染組には言いたいし。出来ればアルバトロスも日本みたいな治安の良い国になって欲しいけど、日本って元が農耕民族だったとか宗教観が特殊で文化の醸成方法が違うから。
平和って難しいねと頭の中でぼやいていると、野営をしている場所が騒がしくなる。どうやら帝国の回収部隊がやってきたようだ。
事態は予測済みだし、ウーノさまの意見を聞いてアルバトロスと亜人連合国が言い出し事。これでウーノさまの地位が強くなるなら、嬉しいこと。民衆の支持が彼女に向けば、割と自然に彼女が玉座へ就くことになるのだろう。
男尊女卑が激しい国だから彼女が玉座へ就けば、厳しい目が向けられるかもしれないが、それはウーノさまも覚悟していること。あとはゆっくりと価値観を変えていくしかない。女帝が続くと反発が強そうだし、男児を設けないと大変だろう。というかウーノさまの次は男児でないと荒れる。
男兄弟が多いということは、帝位継承権を持つ者が多くなる。当然、欲の深い人は次の皇帝へ子を据えようと画策する訳で。王族って面倒だけれど、日本の一般家庭でも遺産相続で揉めていたりするし、規模の大きさが違うだけだ。
「迎えが来たな。――さて、これで正式に皇籍から抜け出る事となるな」
これで貴様が誇っている帝国の権威とやらは使えないなと、公爵さまが言い放った。
「――っ爺……!」
皇籍を抜けているから不敬は首を切り落とされても抗議すら叶わないのだが。本当に状況を理解していない。ガタゴトと車輪が回る音と馬の蹄の音が大きくなると、皇宮からの馬車は静かに止まった。割と大所帯となっていて、馬車は何台も連なっている上に、最後尾は檻付きの護送車。
夜に女性がウロウロするのは危ないと判断されたのか、ウーノさまではなく使者として顔を見せたのは最初に接触した方だった。私たちに顔が知れ渡っているから選ばれたようだ。アルバトロスと亜人連合国の上層部が控えている場所へ、緊張した面持ちで走ってやって来る。
「夜分に失礼いたします! ――」
また名乗った使者さんに、公爵さまが事情を話す。決闘を申し込まれて受けたこと、証拠は紙で残っているから徴収しろ。元第一皇子たちが隠したりワザと紛失したなら、公爵さまが持っているもう一枚の紙を証拠として、帝国へ提出することが可能なこと。
「帝国の者がご迷惑をお掛け致しました」
話し終えた後に使者さんは私たちに深々と頭を下げ、第一皇子を微妙な顔で捉えて声高に叫んだ。
「元第一皇子並びに、第二、第三皇子を捕らえよ! ――皇子に従い集まった帝国兵士よ、武装解除すれば謀反の意思なしと判断しよう。我々に歯向かうならば同胞でも斬る!」
近衛隊長の言葉に帝国兵の方々は急ぎながら革帯から剣を置いて、その場に座り込んで抵抗の意思なしと主張した。第一皇子と第二、第三皇子に従ってこの場所へやって来た罰は受けるだろうが、酷いことにならぬようにと願うばかりだ。
「これで少しはウーノさまが動き易くなると良いのですが……」
帝位に就いて貰わないと困る案件が多い。先ほど発覚した狂信国家や、異世界召喚を施せる魔術師が居ること。後は黒髪黒目信仰を少しは緩和して頂かないと、この先に生まれてくる黒髪黒目の子供が持て囃される状況はよろしくはない。
力を持っていないこともあるだろう。その時、対抗手段を持っていないければ、搾取されるだけになってしまう。本当、碌な信仰じゃないなと溜息を吐く。
「なんの事だか……?」
公爵さまが、そう嘯いた。これで同意すれば内政干渉の可能性が出てくるからだろう。あくまで第一皇子が勝手に行動した果てに自滅しただけ、ということにしたいようだ。決して、ウーノさまと共謀した訳ではないと。公爵さまが愉快そうに笑いながら、私を見下ろす。
「さて、寝るぞ。明日の出発は早いからな」
軍の方やジークとリンは歩哨がある。公爵さまも途中で起きて、警戒に当たるそうだ。慕われるているのはそういう所なのだろう。
ソフィーアさまとセレスティアさまも私の天幕を警備するって教えて貰っている。一人だけ楽をして申し訳ないと頭を下げたあと、天幕の中に入り簡易ベッドへ倒れこむ。
「終わった……」
本当に波乱だった。しかも召喚されてから二日経っているのだから。アルバトロスに戻れるのは明日の昼過ぎらしい。
『お疲れさま、ナイ』
「クロ、お迎えありがとう」
寝転がった私の顔にクロの顔が近づいて、スリスリと撫でられる。手を伸ばして、お返しとばかりにクロの体を撫でた。
『ナイが無事ならそれで良いよ』
「ロゼさんもヴァナルもありがとう。お陰でアルバトロスに戻れる」
影の中に潜んでいたロゼさんとヴァナルが飛び出て来た。ロゼさんのまん丸な体とヴァナルの頭を撫でていると、眠気が襲ってくる。
『おやすみ、ナイ』
『マスター、おやすみ』
『オヤスミ』
聞きなれない声が響いたけれど、落ちた瞼は朝まで開くことはなかった。