魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0259:【③】アリサの過去。

 イクスプロード伯爵家領内にある教会で、溜まった不満を神父さまにぶちまけていた。お父さんは私をみていないこと。

 弟も次期領主としてでしか私をみていない。領内のみんなは私をイクスプロード伯爵家の子供ではなく聖女としてみていること。今まで彼らと過ごしてきた時間はなんのためだったのだろう。ひとしきり言いたいことを言った私を、神父さまはにっこりと笑って言葉を紡ぎ始めた。

 

 『アリサさま。領内のみなさんは貴女に期待していらっしゃるのです。聖女という称号を得られるのは極一部のお方のみ』

 

 魔力が多く備わっていても治癒を施せなければ意味がない。聖王国では聖女は治癒を使えなければ、聖女として召し上げられることはないそうだ。

 そのふるいを掛けるのが聖女見習い期間となり、教えを乞うて治癒の魔術を身に付けられなければ、教会シスターとして身を置くか実家に帰ることになる。脱落する人もいれば、才能があっても聖女になりたくない人、違う道を進みたい人は教会から離れてしまう。神父さま曰く、悲しいことだが強制的に聖女の座に就かせる訳にはいかないと。例外は、聖痕持ちの人が大聖女になることだけは、逃れられないそうだ。

 

 この領内で聖女に召し上げられるのは、神父さまの記憶にある限り私しかいないそうだ。聖女の治癒にあやかった人も少なく、王都から流れてくる噂で聖女という人を知る。ようするに都合の良い聖女像しか知らない人が多いのだと。

 だからお父さんは領内を回って、病気や怪我を負っている人に治癒を施せという無茶を言ったのだろうって。確かに術を掛ければすぐに効果が現れたり、病気や怪我が治るけれど、場合によっては長期治療も必要となってくる時がある。

 

 そんな人に当たれば私はどうすればいいのだろう。伯爵領に度々戻ってこれるはずはないから、見捨てるか、王都にくるようにと告げなければならない。

 病人や怪我人に王都までの移動なんて無茶でしかないし、お金だってかかる。王都に行けないとなれば、治ることもなくそのまま死を迎えるか、不自由な体で一生を過ごさなければならない。そんな酷いことを決断するには、私の心は強くない。いつかきっと壊れてしまいそうだ。だからお父さんの言葉を呑めず、教会へと駆け込んだ訳だけれど。

 

 『とはいえ魔力量を多く有する方は貴重です。治癒を施せなくとも他の道がありますからね。冒険者や魔術師になる方がおられます』

 

 冒険者や魔術師となって有名になった人もいるそうだ。なるほど。聖王国の聖女を務めるのが嫌になったらそちらに逃げることもできる。

 治癒の使い手は重宝されるだろうし、街に下りて治療院を開いてもよさそう。そうなると王都に家を持たなくちゃならないので、お金がかなりかかることとなる。やはり無謀だし、それなら教会で聖女として治療院に参加してお金を稼いで、合同宿舎で生活した方が良いのかも。

 

 『イクスプロード伯爵家はここ数年で運営状況は良くなりました。それはアリサさまが王都の教会へ聖女見習いとして赴いたことが理由となります』

 

 教会とイクスプロード伯爵家とのやり取りで、お父さんはお金を請求したそうだ。我が娘を差し出すのだから、それなりのものを用意していただかないと困るとかなんとか。

 貴族としては間違っていないのだろう。私を嫁に出すつもりが、教会へ差し出すこととなったのだから。私を利用してお金を得るのも構わないが、それならそれで事実を教えて欲しかった。その事実を知ったのが、聖女としての立場を確保してからだなんて。

 

 『少しは落ち着かれましたか?』

 

 『はい。取り乱して申し訳ありません、神父さま』

 

 いえいえ、と柔和に笑う神父さま。とりあえず伯爵領内の事情は理解した。伯爵家は危機的状況から抜け出しているそうだ。ただ伯爵家というのに貧乏だというのは変わらず。以前の状況よりはマシというだけで、聖王国の他の伯爵家と比べると天と地ほどの差があるらしい。

 若かりし頃の神父さまは聖王国内や西大陸の国々を巡り、教会の教えを説いてきた過去がある為、他の領地がどんなものか詳しい。私にいろんなことを教えてくださるし、本当に博識な方だった。

 

 『人間であれば誰しも黒い感情を持つことはあります。上手く付き合って溜め込まないことが一番大事ですよ』

 

 辛ければ他の人に愚痴を聞いて貰ったり、不満を叫んだり、魔物を狩ったりして溜め込まないようにすれば、負の感情と上手く付き合うことができると。

 

 『お父さんは私を娘としてみるよりも、聖女としての価値しかみてくれませんでした……』

 

 そう、()は私をもう娘としてみていない。聖王国教会の聖女として領内に貢献しろと命じたのだから。おかえり、とただ一言欲しかっただけなのに。ふう、と長い息を吐く。よし、決めた。

 

 『神父さま。私はお母さんのお墓参り以外でこの地を踏むことはもうありません。父の所にも顔を出しません。もし聖女を頼りたいと父が申せば、私以外の聖女を頼るようにとお伝えください』

 

 イクスプロードの家名を捨てたいけれど、そうなると父と顔を合わさなければならないから、代替わりしたら継嗣である弟にお願いしよう。

 すっぱりと関係を断つことを決めると、暗い感情はどこかに吹き飛んでいたし、なんだか凄くすっきりした。ぎょっとする神父さまに頭を下げ教会を後にして、お母さんのお墓に向かい祈りを捧げる。

 

 『聖女としてこれから頑張るね、お母さん』

 

 もう戻らないと決めたのだから、私が戻るべき場所は聖女として日々を過ごしている教会。これから先どうなるか分からないけれど、地に足付けて未来を切り開いていかなければ。お母さんのお墓から離れて、待たせていた馬車に乗り込み聖王国王都を目指す。王都までにはそれなりの時間が掛かる。戻ったら伯爵領でのことや私が決めたことを教会に報告と相談をしなくちゃいけないし、体力は温存しておくべきと眠くもない目を無理矢理に閉じた。

 

 『――……ま、聖女さま! 大変です!!』

 

 叫び声が聞こえて瞼を開くと、顔面蒼白で私を呼ぶ御者の顔が飛び込んだ。がばり、と体を背もたれから離して、眠気を一瞬にして飛ばした。

 

 『どうなさいました?』

 

 『事故です! 乗合馬車の馬が暴れて、怪我人が多く出ています!』

 

 言葉を聞き慌てて外に出ると、放馬され遠くへ走っていく姿と目の前には横倒しになった馬車が。叫び声に怒号が飛び交って、事故現場は大変な状況になっていたのだった。

 

 

 ◇

 

 無事だった人や私が乗って来た御者の手によって、怪我人が道を逸れた野原に並べられ多くの人が、怪我の痛みに耐えている。

 大人に交じって子供もいた。ぐったりとしていたり、泣き叫ぶ子に、恐怖に震えて膝を抱えている子。大人でも突然の出来事に驚き、立ちすくんでいる人もいるのだから仕方ない。

 

 『お願いです! 誰か子供を助けてください! こんなに血が流れて、私の言葉に答えてもくれないんです!』

 

 身動きしない子供を抱えて、男性に縋りつく母親。

 

 『おい、早くしないと死ぬぞ! くそ、なんでこんなことになったんだ!』

 

 馬車から運び出した怪我人の様子を見て、叫ぶ男の人。

 

 『お母さん、痛いよー!』

 

 倒れた母親の側で、自分の痛みを訴える子供。

 

 『……っ。神さま、どうか皆をお助けください……』

 

 怪我もなくその場にしゃがみ込み、祈ることしかできない女性。

 

 事故を起こした馬車に近づくにつれて、声がはっきりと届く。怪我人が多いうえに、怪我の度合いが重い人が見受けられた。馬車はどれほどの衝撃を受けて倒れてしまったのだろうか。

 一人の聖女だけで負える人数ではないけれど、やれることをやらなきゃ。でも、どうすれば良い? この状況で一人一人を診ていたら、確実に手遅れになる人が出てくる。治せる保証もない。でも、やらなきゃ。

 

 ――どくん。

 

 胸の音が大きく一つ鳴る。いちいち考えるよりも行動に出るべきだ。でもその一歩が踏み出せない。私が出れば、治癒を施せば聖女として期待の目で見られる。治してくれと縋られる。治療院で聖女さまたちと一緒に患者を診ている状況とは大違い。どうすればいい、やらなきゃ。どうする。やらなきゃ。

 

 『――″君よ、陽の唄を聴け″″光よ、彼の者に注ぎ給え″″安らぎと平穏を″″癒しの風よ、彼らに吹き給え″』

 

 最後の一節は私の口から勝手に出てきた。そして魔力が空になって視界が暗転するところまでは覚えている。目が覚めると王都の合同宿舎の自室に寝かされていた。私の看病をしてくれていた方が驚いた顔を見せた後に『お疲れさまです。聖女さまのお陰でみんな生きていますよ』と開口一番に教えてくれた。

 よかったと安堵する。記憶があまりなく、当時の状況を思い出せないけれど、倒れていた人たちはみんな助かったならば、倒れたかいがある。

 勝手に唱えた四節目はどうやら範囲魔術の効果が含まれていて、一度の術の行使で沢山の人を治したそうだ。範囲魔術、しかも治癒魔術の範囲を施せる聖女さまはかなり珍しいそうだ。

 

 才能があると教会のお偉いさんたちに言われて、聖王国で大聖女さまを務めるフィーネ・ミューラーさまとお会いできることが決まった。時間はたった五分と短いものだ。大聖女さまは腐敗していた聖王国教会上層部の浄化に尽力されたお方。

 アルバトロス王国の聖女が自身のお金を教会の人間に使い込まれたことに激怒して、聖王国へと乗り込んできたことが事の発端。

 確かに自分の貯めたお金が使い込まれれば、怒るのは理解できるけれど。他国にまで乗り込むのはやり過ぎなのではと考えてしまう。聖王国の教会上層部に所属する枢機卿が彼女のお金を使い込み、こちらへと逃げ込んだそうだが、処分や引き渡しは聖王国の仕事なのだし。

 

 犯罪者を引き渡せ、さもなくば竜をけし掛けると脅されれば誰だって怖くて従うほかないけれど、やはりやり過ぎなのでは。

 黒髪の聖女が聖王国でどういう取引をしたのかは教えられていない。ただ竜という暴力装置を使って、教会上層部を脅したと噂で聞いている。触れてはならないこととして、周りのみんなは語ろうとしないから、噂が飛び交っている状態だ。

 

 そして黒髪の聖女からの理不尽を見事に受け止めたのがフィーネさまだ。もちろん他の方も尽力したと聞いているけれど、彼女が居なければ聖王国は滅びていたとさえ聞いている。

 

 『はじめまして、大聖女さま』

 

 大聖女さまとお会いできる日がきた。聖王国教会の大聖堂で短い時間ではあるがお会いすることになったのだ。

 

 『はじめまして、聖女さま、いえ、アリサ・イクスプロードさま』

 

 頭を下げて数秒待ち顔を上げると、目の前には私より背の低い銀髪の少女が立っていた。教会のステンドグラスから漏れる光に当てられて、なんとも神々しいお姿だった。聖女ではなく名前で呼んでくれたことが凄く嬉しかった。聖女は名前で呼ばれることは珍しく、教会関係者の間だと名前を知らない人もいるし。

 聖女の衣装を纏い、聖女として立っているならば、聖女が正解。名前で区別されることは少なく、聖女としての役割を務めることだけを求められる。少し寂しいけれど、自立して生きて行けるのだからこれくらいは我慢しないと。

 

 大聖女さまはあの事件後から、治療院に度々姿を現して困っている人たちを助けているそうだ。今までが酷かっただけと口の悪い人はいうが、なにも行動していない人がいうべきことではない。これから後も治療院に赴いて患者さんを診て回るそうだ。私も一緒に行きたいと告げると、柔和に笑って快く承諾してくださった。

 

 『アリサさま、参りましょう』

 

 綺麗に笑って、また私の名を呼ぶ大聖女さま。はい、と勢いよく返事をして、彼女の後ろをついて歩く。そうして辿り着いた治療院には大聖女さまが訪れると聞いて、人波でごった返していた。

 この人数を捌くには随分と時間がかかるだろうと、パッと見ても分かるくらい。魔力は回復しているし、先日倒れてしまうまで魔力を使ったので、少しは総魔力量が上がっているはずだけれど。

 何の迷いもなく人の群れの中を進んで、大聖女さまは治癒を施していく。幾度か言葉を交わしながら症状を聞いて、術を施していた。こんなに早く判断して術を施す聖女さまは珍しい。魔力の消耗を避ける為、割と長く症状を聞いて回るのだけれど……。流石、大聖女さまと呼ばれるだけのことはある。そして大聖女さまに遅れないようにと私も患者さんの側に行き、診療を開始したのだった。

 

 『お疲れさまでした。アリサさま』

 

 『大聖女さま、お疲れさまです』

 

 そうして全員の診療を終えた頃は、もう陽が落ちる寸前で。数多くの患者さんを診たというのに、大聖女さまはけろっとしている。私は今にも座って休憩を取りたいくらいなのに。本当に凄いお方だ。聖女を務めながら、政治面の勉強も取り組んでいると聞く。同じ年齢なのに随分と大人びて見えた。

 

 『あ、あの!』

 

 『はい?』

 

 『お姉さまとお呼びしてもよろしいでしょうか?』

 

 え、と大聖女さまは気後れしているが、お姉さまと呼んでも全然問題ないと思う。だって私より確りしているし、聖女としてもお姉さまは格上。

 尊敬できる相手だし、敬うことって大事。え、え、とまだ戸惑っているお姉さまがお可愛らしくて、駄目といわれても呼ぶことを決意したのだった。それから私は大聖女さま付きの聖女として、一緒に過ごすことを許され、アルバトロスに留学することになったのだ。

 

 「アリサ、集中しないと。アルバトロスの授業内容は進んでいますし、置いていかれれば困るのはアリサですよ」

 

 は、と我に返る。どうやら随分と長く思考に耽っていたようだ。お姉さまは苦笑いを浮かべながら、私を見る。うん、何度見てもお綺麗な顔は飽きないし、お声だって凄くいい。いつも優しいし、横柄な態度を取った所なんて見たことがない。

 私の覚醒がもっと早ければ。フィーネさまを助けることができたのに。後悔しても遅いから前は向かないと。お姉さまから黒髪の聖女に手を出してはいけないと厳命されているから、できることは少ない。お姉さまの実力は私が知っている限りで一番優秀な方だ。黒髪の聖女は貴族だから、きっと聖女としての実力は大したことはないだろう。

 

 ――聖王国聖女の質の高さを見せつけよう。

 

 そうすれば黒髪の聖女もお姉さまにちょっかいを出すことは少なくなるはず。お姉さまは黒髪の聖女に呼び出されて、学院のサロンでなにか話しているようだし。なにを話しているかはお姉さまは教えてくれない。聞いたとしても濁して『これからのことを少しね』と告げるだけだ。

 そりゃ、一介の聖女に言っちゃならないことかも知れないけれど、一抹の寂しさを感じてしまう。書き込まれている黒板の文字をノートに書きながら、これから先のことを考えるのだった。

 

 

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