魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――就任式が始まる。
謁見場で我が父である王が、アルバトロスの第一王子である私、ゲルハルト・アルバトロスに王太子の証である短剣を手渡された。謁見場に集まったアルバトロス王国を支える名だたる貴族たちが、割れんばかりの拍手を私に送り。
就任式自体はこれで終わりだ。長々と式を続けても不興を買うだけなので、これでいい。まだ王になるには未熟な身。祖父や父のように立派な王にならなければと、幼い頃から邁進してきた。今日、次代の王として認められたのだと……お前は王たる能力があると皆から同意を受けたのだ。
もちろん此処に至るまで、数々の困難があった。王としての教育に、貴族との付き合い方、各派閥の把握や国外のこと。
側妃が産んだヘルベルトを王太子として推す勢力があったし、第三王子を擁立しようとする者も居る。ヘルベルトは己自身の行動で身を滅ぼした。玉座に興味はなかったようだが、側妃の実家である伯爵家当主が野心家だった。
伯爵家の血をアルバトロス王家に混ぜることに必死で、己の身が滅びてしまうなど全く考えていなかった。でなければヘルベルトを甘やかす側妃の行動を咎めていただろうに。結局裏でコソコソと第二王子擁立の為に金をばら撒いた末に、身を滅ぼした。
――馬鹿なことを。
元々、野心家な伯爵の行動は噂になっていた。伯爵に乗るもの、訝しむもの、敵対するもの、静観するもの様々だった。側妃が甘やかす所為で、ヘルベルトの教育は上手く運んでいなかった。
婚約者であるソフィーア・ハイゼンベルグ公爵令嬢の真っ当な諫言もヘルベルトには全く響かず平民の女に入れ込む始末。平民の女が持っていた『魔眼』による影響もあったのだろうが、女と引き離されても目は覚めず夢を見たまま幽閉された。一歩間違えれば私も弟のようになっていたのだろうか。
私も政略の為にマグデレーベン王国の姫君であるツェツィーリアを娶る。幼い頃から取り決められ、国は違い会うことは難しかったが手紙でのやり取りや、時間が取れればお互いの国へ足しげく通って関係を築いてきた。
最初は王子と王女としての付き合いだったかもしれないが、ほのかな恋心と愛を芽吹かせた私たちは幸運だったのだろう。次代の王としても、一人の男としても彼女を愛しているし、これから先も変わらぬようにと願うばかりだ。
城を守る壁の上で、私を祝う為に集まった王都の民に手を振る。隣には王太子妃となったツェツィーリアも一緒だ。にこやかな笑みを浮かべて、小さく優雅に手を振っていた。その隣には父と母、王と王妃の姿もある。
祖父が若い頃は情勢が安定せず、戦が何度も起こったそうだ。私は紙面での知識しかないが、犠牲も多く国も疲弊したのだとか。
祖父の代は戦後復興を掲げ、戦で疲弊した国を立て直す為に奔走し、代を引き継いだ父は情勢の安定と国の更なる発展を標榜している。私も父王の意志を継ぎ、国の発展と周辺国との調和を掲げようと、ツェツィーリアと話していた。
「ゲルハルト。国の為に身を捧げる覚悟はあるか?」
父王が神妙な顔で私に問いかけた。民に振っていた手を下げて、きちんと父と向かい合う。言葉を発する前に確りと頷き。
「陛下、もちろんです。私はその為に生まれ、育てられ、覚悟を持ち今この場に立っているのですから」
父は一国の王だった。だから私は王の子だ。王族ではなく平民や貴族に生まれてきていたらと考えたこともある。
だが、国を背負う父の背を見てきた。情勢は安定しているとはいえ、魔物が出現するし、麦が不作の年もあった。王として国の困難を乗り越え、発展させてきたのだ。その苦労や功績を私が駄目にするわけにはならないし、更に発展させてアルバトロスの民を導いていかねば。
「そうか」
父はなんともいえない笑みを浮かべて、壁の外で我々を見ている民に視線を移す。
「――まあ、お前に玉座を譲るのはまだまだ先の話だがな」
私を全く見ずにぽつりと零したその言葉は、王としての覚悟なのか、父として私に向けた発破の言葉なのか。
「おや、それは残念です。私はいつでも玉座に就く覚悟はありますよ」
私はまだまだで、父を超えられるなど自惚れてはいない。けれど今だけは、少しばかりの冗談を許して欲しいと、集まった民にまた手を振る。顔見世を終えて王城へと戻ると、私の下に駆け付けた側近の侍従が慌てた様子で口を開いた。
「ゲルハルト殿下、ミナーヴァ子爵から贈られた品が!!」
ミナーヴァ子爵と聞いて片眉がぴくりと上がるが、私は贈られた物の中身をある程度把握していた。
「……嗚呼、知っているさ」
リーム王国の戴冠式に赴いた際、新リーム王からこのような幻の品を受け取ってしまっても良いのだろうかと相談を受けていたのだ。私はミナーヴァ子爵と一緒に亜人連合国に赴いた際に、亜人の者がミナーヴァ子爵をいたく気に入っているのを直に目にしている。
人間嫌いと噂の亜人がああも簡単に心を許すなど信じられなかったが、事実なので認めるしかない。ご意見番と呼ばれていた竜の卵を持参した礼だと、竜の素材を使った長剣を二本依頼していたのも知っているし、エルフから極上の反物を受け取っていたのも知っている。
それから後もミナーヴァ子爵と亜人連合国との繋がりは続いているし、ミナーヴァ子爵に問題が起こると直ぐに彼らから手を差し伸べていた。信じられないが、事実なのだから信じるしかない。リーム王族には贈られたものだから受け取るしかないし、何か彼女に困ったことがあれば助けてやって欲しいと助言しておいたが。
ミナーヴァ子爵が窮地に陥る姿が想像できないが、何かしらの事件や事故に巻き込まれる体質のようだから、手助けできる者が多く居るべきだ。巻き込まれた形ではあるがアガレス帝国を御す力があるのだから、アルバトロス一国だけでは彼女を抑えることは出来ないし、一国だけでは彼女を助けることも出来ない可能性がある。
彼女は孤児出身で成り上がりの貴族だから、国へ尽くすという意識は低いが、常識的な考えを持つ人間だ。障壁を張り国を守っているアルバトロスは、魔力量を多く保持する者を重宝している。
彼女を手放すのは悪手であるし、今後も良き仲であるべきだ。まあ、彼女が引き起こす数々の事件で、父と母は方々に手を回す羽目になっているし、私も補佐に入っている。
「知って?」
「リーム王国で彼女がリームに贈った品を見たからな」
あまりの珍しさで、驚いていたリーム王族には諦めろという他なかった。そしてリームの戴冠式の後には私の王太子就任式が控えていたのだから、そこから導かれることは一つ。
私の就任式の際にもミナーヴァ子爵から贈り物があるのだろう、と。リームの戴冠式に赴いていて良かった。知らなければ私は一体何事かと騒ぐ侍従を諫め、ミナーヴァ子爵の贈り物を確認した際にリーム王族の者たちと同じ心情に陥っていただろうから。
念の為に確認をしておこうと、侍従に案内されて皆で一時保管庫に向かう。そうしてミナーヴァ子爵家の家紋が施された化粧箱の前に立ち、ごくりと息を呑み閉じ具に触れ中を確認する。侍従を始め、私の横に控えていたツェツィーリアが驚き、父は静かに化粧箱の中身を見つめていた。私に贈られた長剣も、ツェツィーリアへ贈られた短剣も拵えと刀身も素晴らしい仕上がりとなっていた。
大陸ではまず手に入らないもので、そもそも亜人連合国のドワーフ職人に製作を依頼する伝手がない。ヴァイセンベルク辺境伯とアルバトロス王家は、彼らと接触する機会を得て両軍の武具を取り揃えているようだが、ここまで高品質なモノは手に入れられるはずもなく。
「…………嫌な予感がする」
「え?」
父がぼそりと何かを呟き、言葉が耳に届かず聞き返してしまった。なんでもないと私から視線を逸らす父は、胃を抑えながら部屋を出て行ったのだった。
◇
――凄いなあ。
夜。アルバトロス王国の王城で第一王子殿下が王太子に就任したことを祝う夜会が盛大に行われていた。アルバトロス王家から参加して欲しいと願われていたので、貴族としてではなく聖女としてならば参加でも構わないかとお伺いを立てると許可が下りたので足を運ぶことに。
こういうお貴族さま的催しは公爵さまの誕生祝い以来だった。ソフィーアさまとセレスティアさまは、今日は私の側に控えていない。ソフィーアさまは良い人を見つけなければだし、セレスティアさまはマルクスさまと一緒に出席しなきゃ恰好が付かないから。今、黒薔薇を身に着けているのはジークとリンだけ。
ドレスに付けていて貰っても全然大丈夫なのだけれど、子爵邸の仕事ではないし個人で参加しているからケジメみたいなものだとお二人は苦笑いしていた。就任式は終わったし、夜会はオマケみたいなものなので気楽に参加している。
壁の花を務めていればいいし、妙な人が声を掛けてきたら無下にしても不問だと王家からお墨付きを頂いている。主催者さまに挨拶を終え――形だけだけれど――てから会場の隅っこに移動して、人の流れをジークとリンと私で眺めていた。
公爵さまは陛下方の傍で歓談しているし、辺境伯さまも社交に勤しむようでホールの中で数名の方に囲まれている。なんだか大変そうだなあと目を細めていると、クロがすりすりと顔を寄せる。ロゼさんとヴァナルは影の中で待機中だ。
変な輩がきたらロゼさんが撃退すると気合をいれていたけれど、大問題になっちゃうから身の危険があった時だけお願いしますと伝えておいた。流石に祝いの席で滅多なことをする愚かな方は居ないと信じたい。気を付けるに越したことはないけれど、リスクが大きすぎるし。
「ミナーヴァ子爵、うちの息子を婿に迎えないか?」
「若い者が駄目ならば、私は如何かね?」
「逆も用意できるぞ。五歳の息子が居るからどうだ?」
そそくさと陣取った軽食コーナーの側に立っていると、ぞろぞろと中年男性数人がやってくる。ジークとリンの目で殺すと言わんばかりの視線を掻い潜って、私に近づいた猛者が次々に声を掛けてきたのだった。
「――ご提案ありがとうございます。ですがわたくしは聖女としての役目を果たさなければなりません。今しばらく身を固める気はありませんので……」
王家から無下にしても良いと確約して頂いているので、遠慮なく断っている。息子が無理なら、ソフィーアさまとセレスティアさまの座を狙おうとする人もいれば、ジークとリンの座を狙う人もいた。
子爵邸で息子や娘を働かせたいと願い出る人もいるが、人手は足りていると詮無く断る。ただこれが後で響いてこないかと心配になる。あまり無下にしていると、反感を買いそうなんだよね。とはいえ、将来の旦那さまは募集していないし、子爵邸で働く人たちも足りているから。
ただ次に雇う人が居れば、公爵さまや辺境伯さまの息が掛かっていない人の方が良いのかな。身辺調査は必須だし、裏がないのかどうかを調べてからだろうけれど。その辺りは家宰さまの判断だろう。お貴族さまの世界を知らない素人より、家宰さまやソフィーアさまとセレスティアさまにお任せした方が安心。
亜人連合国との繋がりを持ちたい方もいるようで、どうにか繋げてくれないかと請われるし、アガレス帝国に販路を広げたい方もいるようだ。忙しいことでと、軽食コーナーで黙々と食べ物を口に運んでいたら、ダンスが始まったようだ。本日の主役である第一王子殿下、もとい王太子殿下とツェツィーリアさまがファーストダンスを踊っていた。
演奏されている曲はワルツかなあ。たしか三拍子の曲がワルツだった気がするから、多分そう。ファーストダンスを終えると、他のお貴族さまたちもダンスの輪に加わって、一気に華やかになる。
素人が見ても王太子殿下とツェツィーリアさまのダンスはぴっしりと決まっていて綺麗だった。背格好も高いし、カップルバランスも良い感じだから見栄えが良いんだよね。私はチビだから、背の高い男性が多いから組むとちぐはぐなペアになるだろうな。踊る気は全くないので、関係ないけれども。
「美味いか?」
私にアタックしてきた人たちは撃沈して、消沈しながら人ごみの中へと戻っていっていた。人心地付いたのでジークが苦笑いを浮かべながら問いかけてきたので、顔を見上げてにっと笑う。
「うん。美味しいよ」
ジークとリンは護衛なので食べることはない。私だけ食べて申し訳ないけれど、食べなきゃ食べないで二人はもの凄く心配する。
「沢山食べないとね」
リンが皿の上を覗き込みながら、私の好物が別の場所にあったよと教えてくれた。どうにも二人は私がちんまいのを気にしているから、食べられる時は食べておけという考えらしい。
ジークとリンは平均身長を余裕で超えているから、私の小ささを余計に気にしているのだろう。子供時代、同じ食事事情だったのに如実に差がついてしまったから。膨大な魔力の所為だと分かっても、二人は私に食べろと言うからなあ。肩の上に乗っているクロも、私の好物があると教えてくれる始末だし。
食べても太らないので、有難いことだ。食べる端から魔力に変換されているようで、太り辛い体質と聞いた時はなんだそれと思ったけれど諦める他ない。不意に差した人影に、顔を上げるとそこには見知った顔が。
「ナイ、少し良いか?」
ロマンスグレーの髪を後ろに撫で付けて、いつもよりぴっちりとしている礼儀服を着た公爵さまが現れた。手には私がドワーフ職人さんに依頼して贈った杖を突いて、私の少し前に立つ。
その横には公爵さまの奥方さま、ようするにハイゼンベルグ公爵夫人も一緒だった。公爵邸で何度か顔を合わせているし、公爵さまの奥さまを務められるお方なので女傑なのだろうと踏んでいる。柔和に笑っているけれど、絶対に常人では醸し出せない雰囲気を抱えているんだもの。それに公爵邸を取り仕切れるお方なのだから、凡人ではあるまい。
「閣下、夫人。如何致しました……――っ!」
公爵さまと夫人が現れたので、テーブルにお皿を置いて頭を下げようとしたその時、あり得ない人を捉えて目を見開いてしまった。
「そう驚くものでもなかろう。だが、会うのは初めてだったかな?」
驚いた私を見て目を細めながら面白そうに笑う公爵さまと奥方さま。奥方さまの隣にいらっしゃるお方は、筆頭聖女さまだ。彼女もまた私と同様に聖女の衣装に身を包み、慈愛に満ちた笑みを浮かべて立っている。
彼女の異能『先見』で黒髪黒目を見つけ出し、貧民街に兵士を向かわせた張本人。五年以上聖女として勤めているのに、こうして直接会うのは初めてだ。高齢を理由に表舞台に立つことは滅多にないのに何故、このタイミングで接触を図ったのだろうと訝しみつつ、改めてお三方に聖女の礼を執る私と、騎士の礼を執るジークとリンだった。