魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
ドワーフ職人さんたちの所へ寄ったついでに、エルフ街の畑も気になるので様子を覗きに来てみた。子爵邸にある家庭菜園の土も移動させてあるのだけれど、エルフの畑とは規模が違い過ぎる所為で、雀の涙程度の量である。畑の隅っこに少しばかり色味の違う土の場所が、子爵邸の家庭菜園の土だ。こんな量で大丈夫かと心配になるが、やってみるしかない。
なるようになるさと息を吐いて、また魔力を放出しておく。案内役であるエルフのお姉さんがまた驚いていたけれど、驚かれることに慣れてしまい『またか』という感想を抱くようになったのは、良い傾向なのか悪い傾向なのか。
『貴女は相変わらず、ポンポン魔力を放っているのね! ま、私たちは嬉しいから、もっと放出してくれても良いのよ!』
魔力の放出を終えると、目の前がぱっと光ってお婆さまが姿を現した。
「お婆さま。子爵邸の畑の妖精さんたちは移住できるでしょうか?」
お婆さまは私の周りをくるくるとまわって正面に止まったあと、腕を組み首を傾げる。
『そうねえ。多分、出来るんじゃない? 成功する気がするし、しない気もするわね!』
子爵邸の畑の妖精さんが、エルフの街の畑に居付いてくれるか凄く心配なのだけれど、お婆さまは最初からこの調子である。
彼女曰く、妖精は魔力の塊で構成されているから、消えてしまってもまた現れることがあるのだとか。種として『死』の概念が薄いそうだ。だから、突然隣の誰かが居なくなったとしても、ああ、また会えるから大丈夫と思うのが妖精さんなのだとか。
「適当だなあ……」
本当に。お婆さまは気楽に言うけれど、畑で必死にお野菜さんたちの世話をする妖精さんが消えると悲しいし、凄惨な殺戮現場を見たくないから頑張っているのだけれど。
亜人連合国の妖精の長であるお婆さまはこの調子。とはいえ、私の悩みに解決方法を考えてくれるのだから、文句を言うのは筋違いか。畑の妖精さん移住計画が成功すると良いのだけれど。成功すればエルフの皆さんが喜んでくれる。貴重な叫ぶマンドラゴラもどきも、手に入り易くなる可能性があるし。
『妖精だからね、諦めるしかないよ、ナイ』
お婆さまと私のやり取りを見ていたクロが、私の肩の上で顔をすりすりしながら言った。
「頑張って、消えちゃう妖精さんを少なくしないと……」
亜人連合国の土も無事に子爵邸に届けられ、家庭菜園の土に混ぜ込んだ。畑の妖精さんたちは慣れない土に混乱していたものの、時間が少し経つと『タネクレ』『シゴトクレ』と合唱していたから、子爵邸は問題はない。あとは妖精さんたちをどう移動させるかと、こちらに馴染んでくれるのかが問題だ。
『あ、そうそう。貴女が畑に魔力を放出したでしょう? エルフたちが喜んでいたわよ。魔素が高い野菜が収穫できるって』
魔素が多いと、その地で育つ生き物に影響があるそうだ。魔物ならば強くなったり賢くなったり、人間ならば魔力量を多く持って生まれたり。エルフの方々も魔力は大事な栄養源であり、体内摂取することも大事だから、今回のことは良い事なんだって。
喜んでくれているなら、なによりだ。目的は子爵邸の畑の妖精さんたちの移住だけれど、エルフの皆さまには反物を沢山買い付けたからお世話になっているし。薬草茶も重宝していて、在庫が切れて買い付けしているから。
『ついでに私たちも喜んでいるわ!』
妖精さんも魔素が多い場所を好むからなあ。とはいえ人間が住んでいる場所にはほとんど姿を見せず、亜人連合国に集まっているようだけれど。
チェリンジリング、だったかなあ。悪戯好きな妖精さんの仕出かしとして有名な話。人間と人間の赤子を取り換えたり、人間とエルフの赤子を取り換えたりとかあったはず。大陸でそんな悪戯をしていないよねと気になってきたが、お婆さまや妖精さんたちがやっているとしたら白を切りそうだし、聞いたところでどうにもできないので、聞かない方が無難だ。
「そうですか」
『なあに!? 反応が薄いわよ!』
腕を組んだままのお婆さまが、足をジタバタさせてぷんすか怒っている。飛びながら器用なものだと感心しつつ、目的は子爵邸の妖精さんの移住で、魔力が余剰しているならそれは副産物でしかないとお婆さまに伝えておいた。
『それはそうだけれど、貴女の魔力は魅力的だもの。仕方ないわね!』
エルフの方も竜の方も妖精さんたちも、喜んでいるって。ドワーフさんたちは魔力に鈍い性質らしく、反応が微妙らしいけれど。
果たしてそうなのかな。陛下に贈る剣に魔力を注ぎ込んだ時に、私の魔力と素材の相性が良いから、今度魔力を注いで欲しいとお願いされた。ドワーフさんたちの興味で最上級の品を使って剣を一本か二本鍛えるそうだ。その時に私の魔力を注ぎ込んで欲しいんだって。
そんな約束を交わしたので、陛下の剣の代金はちょっと安くなっている。学院とかで来られないこともあるから、事前に知らせてくれれば有難いと伝えておいた。
鍛冶場は暑くて大変だけれど、ドワーフさんが鍛えた剣を見るのは心躍る。先ほどの陛下の剣だって凄く美しい仕上がりになっていたし、竜の鱗や牙を超える素材を使うので、もっと凄い物に仕上がるんだろう。
あ、そうだ。公爵さまがフィーネさまに『レモンのはちみつ漬け』のレシピを売ってもらっていたから、私も公爵さまからレシピを買って、料理長さんにお願いして作って貰ってドワーフさんたちに差し入れしよう。
あんなこじゃれたものなんて食べたことも作ったこともない。鍛冶場は暑い上に力仕事だから、暑熱対策になるだろう。ドワーフさんたちが喜んでくれるといいけれど。剣に魔力を注ぎ込む時が楽しみだなあと、お婆さまをもう一度見る。
『貴女も大概だけれどね!』
その台詞は私の心の内を読んだ所為で出た言葉なのだろうか。これ以上やらかす訳にはいかないのだけれど、良い顔をしていたドワーフさんたちのお願いを断るのは気が引ける。
出来あがった品物の管理はドワーフさんたちが行うべきことだし、それを誰かに売ったりあげたりするのもドワーフさんたちや亜人連合国の方たちの自由だから。私は熟練のドワーフさんたちがどんなものを造り出すのか興味があって、最高の物を仕上げるには魔力が必要だと、熱弁していた彼らの期待に応えただけ。
一振りしたら大地が割れる、とかは物語の中だけだし……って、乙女ゲームの世界だったなあ。フィーネさまとメンガーさまから聞いた話だと、恋愛に比重を置いており、ファンタジー要素は強い訳じゃないそうだ。現実は、ゲームの本筋から外れているから問題はないだろう。
妖精さんたちの移住が成功しますようにと、もう一度魔力を放出しておくのだった。
◇
季節は春。
過ごしやすい気候となり、土の中からは虫たちが這い出して、短い一生を謳歌している、そんな時期。俺はアルバトロス魔術師団所属のしがない魔術師である。王城敷地内にある魔術師団の建屋の食堂で、仲の良い同期の魔術師と一緒に飯を食っていた。
魔術師と言っても、いろいろなヤツが居る。戦場や魔物討伐で高威力の魔術を放って功績を上げる者。魔物や魔獣の研究を趣味とする者。魔術式を開発研究する者、様々。アルバトロス王国の魔術師団に所属する多くの者は、高威力の魔力を放って魔物や魔獣を倒して功績を上げようとする者が多い。
それ以外の……一部の例外は、研究や術式開発に精を出す魔術師たちは、変態魔術師と揶揄される俺たちを超える変態だ。湿気の多い地下室で地面に魔術陣を描き、ぶつぶつとなにやら呟き、時折奇妙な叫び声を上げる。外まで漏れた声に、驚く魔術師は少なくない。
どこからか見つけてきた怪しい魔導書を読み込んで気でも狂ったのか、『魔術サイコー!』と叫びながら全裸で魔術師団の建屋を走り回る者がいた。その時は魔術師団員の総力を挙げて、全裸男を捕えたのだが、何故魔術師である俺たちがそんなことをしなければならないのか……ああ、いや。
名誉を地に落としたくないから、必死になって全裸男を捕まえた訳なのだが。こんな噂が広まってみろ、アルバトロス王国魔術師団所属である証拠の紫色のマントの価値を下げてしまう。討伐遠征に参加して魔物の脅威を消し去らなければならないのだ。未来の後輩を失う羽目になることは、避けなければならなかった。
ある意味、愉快な職場である。騎士団や軍では絶対に見られない光景だと自負している。したくないが。
「副団長がごきげんだな」
俺と仲の良い同僚が、飯を食いながらぼそりと呟いた。
「ああ。黒髪の聖女と接触してからというもの、あの方は日々が充実しているな。まあ、俺たちはソレの被害を被っている訳だが」
同僚の言葉に補足する形で同意した。一年ほど前、黒髪の聖女と呼ばれる者と接触してから、魔術師団副団長であるハインツ・ヴァレンシュタイン殿は小躍りしそうな勢いで、魔術師団の建屋を闊歩している。
アルバトロス最良の魔術師として名高い副団長は、我々魔術師団に所属している者の憧れである。攻撃魔術に特化した彼の魔術は、流れるように詠唱し、見惚れてしまう美しい魔術陣を足元に展開したあと、魔力という暴力で標的を塵と化す。
男の俺から見ても、整った顔をした副団長である。細身の長身から繰り出される、高火力の魔術は憧れるものがあるし、師事を受けたいと願い出れば時間を取って教えてくれてる。魔術師団団長はお飾りなので、実質の魔術師団の頂点は副団長だ。
黒髪の聖女と接触してからというもの、副団長は活動的。初心者用の魔力制御の本を漁り始めるし、魔力制御の魔術具をいくつも作っていた。去年の夏にあった大規模討伐遠征では竜の卵を初めて目にして、黒髪の聖女に気付かれぬようこっそりと後を付けたりと、仕事でなければ問題行動を取っていた。
それからも黒髪の聖女が起因する出来事で、天馬の研究やとある男爵領の聖樹に薬草に魔石の鉱脈にと精力的に動いて、日々研究に没頭。研究の成果を確かめる為に俺たちが駆り出されて、実験やらに付き合わされた。
魔石に竜の血を垂らすと、どんな効果を齎すのか。天馬の鬣を譲り受けて、毛筆を作りそれで魔術陣を描いたり。天馬だというのに、黒い毛も交じっていたり。一体どういうことだと驚きながら、実験に付き合わされたのだが。
「――そういえば副団長の奥方がやってくる、とか?」
「え……あの人、結婚できていたのか!?」
人として軸がぶれているというのに、結婚できていたのか。ああ、いや、貴族の当主なので居てもなんら不思議ではないのだが、魔術にしか興味のない人の奥方を務めるのは大変だろうに。貴族としての務めはてんで興味がない人で、夜会に参加するとか一切聞いたことがない。
「噂じゃあ、普通の奥方らしいけどなあ。――」
同僚曰く、家柄も顔も能力も普通らしい。副団長の忘れ物を届けに魔術師団に顔を出すのだとか。王城の警備警戒が低い区域にあるので、城に勤める人間の申請と許可、入退場の際の手続きを済ませば中へ入ることが出来るからな。城には昼過ぎにくると、魔術師団の連中の間で噂が出回っているそうだ。
「……美男美女じゃないのか」
意外だ。あれだけ顔が良いというのに奥方の容姿は普通だとは。魔術師である俺たちは漏れず他人に興味がない。副団長の家庭を知らないのは致し方ないのである。
「家はおざなりな方だからなあ。出来た奥方でないと、まわらんだろうさ」
とはいえ、興味がないのかと問われれば否である。副団長の奥方がどんな人なのか気になるし、せっかく話題に上がったのだ。興味本位で覗きに行くかと同僚と頷き合い、席を立ち上がる。周りに居た連中も俺たちと気持ちは同じで、そそくさと席から立ち上がり、魔術師団の建屋玄関を目指して歩く。
「ハインツ・ヴァレンシュタインを訪ねて参りました。妻の――」
運が味方したようだ。丁度、奥方が玄関に現れて係の者に頭を下げていた所で、名前は聞こえなかったが奥方であることは確実。噂通り、普通の容姿に少しばかりふっくらとした方で、副団長と隣に並べば不釣り合いだと揶揄われるだろう。
「ああ、申し訳ありません、皆さんお騒がせを」
機を見計らっていたように副団長が現れ、奥方の腰に手を回し体を寄せる。本当に意外な取り合わせであるが、視線を合わせて見つめる二人の仲が悪いとは到底思えない。副団長の奥方の顔を見て、集まった者たちは興味を失ったのか、自分の持ち場へと戻っていく。そうして人気が少なくなった玄関先で。
「わざわざ申し訳ありませんでした」
「いいえ。お仕事、頑張ってくださいね」
仲、良いんだな。使用人に頼むことだってできたはずなのに、直接姿を現して手渡ししているのだから。貴族社会に出れば後ろ指を指されるかもしれないが、副団長はそっちに全く興味がない。ある意味、幸せなのかもしれないなと仲睦まじい姿を見送るのだった。