魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――黒髪の聖女さまは素晴らしい!
魔術師団の建屋、副団長室と呼ばれる部屋で僕の妻が持ってきてくれた資料に目を通す。その一部は黒髪の聖女さまのことを記したものです。ぺらぺらと捲りながら、黒髪の聖女さまの姿を思い浮かべました。
「また愉快なことを考えていらっしゃるようですねえ」
今は亜人連合国に向かって、妖精の移住を試したりドワーフの職人となにやら造っているそうで。
彼女と同じ時代に生まれた偶然を感謝しなければ。
もう少し贅沢を言うならば、同年代に生まれていればもっと彼女の近くで魔術の研鑽に努められたが、無理なものは無理なのだから諦めるほかない。
昨年、彼女に出会ってからというもの毎日が楽しくて仕方ありません。黒髪の聖女さまは厄介ごとを呼び込む体質のようで、フェンリルに遭遇したり、呪われた竜の死骸を浄化したり、さらに浄化した竜の死骸が魔石ではなく卵を残したり。亜人連合国に赴くことは叶いませんでしたが、時間を経て竜の血を頂けることになりましたし、エルフの方と魔術に付いて語り合い、新しい概念の魔術結界を生み出せました。
確か、アリ……なんと申しましたか。魔眼持ちの少女は生まれる前の記憶を持った人物と少し前に知りました。
黒髪の聖女さまも魔眼持ちの少女と同じ生まれる前の記憶持ちで、魔眼持ちの少女と同じ国、同じ時間に生きていたと聞きました。どうやら僕は物語の中の登場人物で、魔眼持ちの少女と恋仲に落ちるのだとか。
――あり得ませんよ。
僕の妻は政略の為に幼い頃、親からあてがわれた方ですが。長い年月を一緒に過ごしていれば情は湧きます。それに彼女は僕の事をアルバトロスの魔術師団副団長ではなくハインツ・ヴァレンシュタイン個人を見てくれるのですから。
僕はただ魔術の研鑽に努めていたいのですが、どうにもお金が掛かってしまいます。それを解決するには魔術師団に入り、高給取りとなることが必要でしたから。今では有難いことに陛下に重用されて、いろいろと融通させて頂いております。
家庭を顧みていませんが、それでも僕の妻は笑って許してくれる優しい人。僕が長い間家を空けていても、しっかりと夫人として切り盛りしてくれるのです。邸に戻れば、ニコニコと迎え入れてくれて僕の話を静かに聞いてくれます。流石に機密は話せませんが、魔術について語る僕が好きなのだとか。
そういうことなので魔眼持ちの少女と恋仲に落ちるなどあり得ないのです。彼女は研究対象だったので、今まで何も言わずに調べるだけ調べていましたが、魔眼に付いての成果はこれ以上望めそうもないですし、価値は低くなってしまいました。
丁度アガレス帝国の皇帝陛下が欲しがっているようなので、確りと魔眼対策を施して引き渡しても良いのかもしれません。国に不利益を齎す者など必要ありませんしねえ。陛下の決定次第ですが、僕以外の魔術師も魔眼持ちの少女に興味を失くしていっているので、仲間内から責められることはありません。
「しかし、魔力量が多いのも考えものでしょうか」
部屋で独り言を呟きます。黒髪の聖女さまの魔力制御がままならないのは、魔力量の多さが原因でしょう。本人も自覚なさっているようで、僕が彼女に魔術制御を教えていると真剣な顔で学んでくれていますが、一向に上手くなる気配がないのです。
教会の魔力感知に長けたシスターにも教えを乞うているようですが、そちらも効果はさほどないのだとか。魔力は有限なので、少しでも魔力消費を抑えようとするのが魔術師の常。古代魔術やエルフの方々独自の魔法を使っても、魔力切れを起こさないのは羨ましいです。
僕も彼女の様に魔力が多ければと願ったことがありますが、流石に竜を従えたり、妖精と仲良くなったりするのは避けたいですねえ。それはそれで楽しいのかもしれませんが、研究に没頭できなくなりそうですから。
黒髪の聖女さまが頭を抱えながら、悩んでいる姿を横で見るだけで十分です。竜やエルフの方々は話が通じるので、貴重な素材や魔法知識を頂けます。黒髪の聖女さまのお屋敷に赴けば、庭には天馬に猫又に妖精がいらっしゃいます。
彼女自身には竜とフェンリルとスライムが一緒にいらっしゃるので、研究対象に困ることはないのです。まさか、このように幻獣や妖精と仲を取り持つ人間がいるとは。古代人の先祖返りと幼竜さまと黒髪の聖女さまからお話を聞いたので、納得の状況ですが。
黒髪の聖女さまは胆力があり過ぎではないでしょうか。普通の十五歳の少女であれば、その特異な環境に発狂してもおかしくはない状況。孤児出身だからか、それとも過去の記憶持ちだからか、それとも黒髪の聖女さま自身が持ちえた才能なのか。
「次はなにを引き起こしてくれるのでしょうか」
陛下やアルバトロス上層部は頭を抱えているようですが、国益を損なうことを黒髪の聖女さまは犯しておりません。
もし彼女が魔眼持ちの少女のように愚かな人間であれば、城の魔術陣に魔力補填だけを目的に幽閉されていたでしょう。あのような魔力が備わっているならば、もっと付けあがってもよさそうですが彼女にはそれがない。
殊勝な所は好感が持てますが、これまでの功績が多すぎて国も認めざるを得ない存在となっております。味方がいるとなれば、敵もいることになります。実際、黒髪の聖女さまの噂を聞いて馬鹿な魔術師が接触を試みていました。
彼はヴァンディリアで処罰を受けて、アルバトロスに引き渡されています。教会騎士と軍がかなり執拗な取り調べを行っている最中なのだとか。子供を使った黒髪聖女さま拉致未遂事件の犯人なのですから当然と言えば当然ですが。かなり参っているらしいのですが、僕も彼に用があるのでそれまでは生きていて欲しいものです。
辺境伯領の急成長した大樹の近くで見つけた魔石は、あの魔術師の意志が宿ったもの。陛下から預かったその魔石を箱から取り出します。魔術師団の皆でこの魔石に嫌がらせを全力で施した結果、魔石の意志も折れたようで大人しくなっています。
「馬鹿なことをしたものですねえ、貴方も。魔術師ならばもっと別の方法で、黒髪の聖女さまと接触することができたでしょうに」
僕が少し魔力を放出しながら呟くと、魔石が鈍く光りました。子爵邸に引き籠って学院と子爵邸と子爵領と城にしか姿を見せない、黒髪の聖女さまと接触する方法……難しいですね。失敬、前言を取り消しましょう。せめて彼女が爵位を手に入れるまでに接触が出来ていれば、何かしらの縁を繋げたかもしれません。
ですが、教会も他国の人間の接触を許すでしょうか。その前にハイゼンベルグ公爵閣下も、彼女に妙な者が近づけば排除するでしょうし、子爵になる前でも案外難しいのかもしれません。だとすると魔術師団長が息子可愛さに、学院の合同訓練に僕を差し向けたのは幸運だったのでしょうねえ。
「おや……では僕は団長に感謝しなければならないのですね」
無能で魔術師団の皆からは煙たがられていますが、お飾りの団長というのもたまには役に立つのですねと、結界を施した箱の中に魔石を戻すのだった。
◇
――剣先から血が滴る。
山奥の盆地にぽつりとある小国。以前から黒髪黒目のお方を食していると噂があった。黒髪黒目であるナイさまをどこからともなく見つけ出し、無謀にも接触しようとして捕まった二人はこの国の出身者だった。
以前から悪い噂が流れていたが、小国だったこと、黒髪黒目のお方が居ないことを理由にアガレス帝国も周辺の国々も見逃してきていたが……。彼らを取り調べると、黒髪黒目の者を捕まえて『食べる』為にナイさまとの接触を図ったのだと。ここ、五十年ほど見つかっておらず、方々を探してようやく見つけたのだと。
馬鹿を言うな。黒髪黒目のお方は百年前を最後にアガレス帝国や東大陸では見つかっていないと言われているというのに。五十年前というのは一体どういうことかと、取り調べていた者たちから疑問の声が上がる。噂は本当だったことと、黒髪黒目信仰をしている我々にはにわかに信じがたい行為であり、山間の小国を滅ぼすべきだと声が上がったのだ。
だが、無暗に攻め入る訳にはいかない。アガレス帝国が攻め入ったとなれば、共和国が黙っていない。だから時間が必要だった。東大陸にある国々に山奥の盆地にある国の凶行を伝え、攻め入る為の同意を各国から得たのだ。
東大陸では黒髪黒目信仰が浸透している為、直ぐに各国から許可が出たし、事態を把握する為にアガレス帝国軍には各国からの使者が同行している。某国へは飛空艇を使い直接降りる手筈だったが、降りる場所がなく、結局山のふもとから行軍する羽目になった。
『本当に、黒髪黒目さまを食す国があるとは……』
『何故そのようなことになったのだ。元々人間を食べる文化があったのか……たまたま狂人が多い国だったのか……』
軍列に並ぶ各国からの使者がヒソヒソと話していた。彼らの疑問は分かる。私だって取り調べの報告を受けた際、なにを言っているのか理解できなかったのだから。ナイさまと接触しようとした某国の二人は、確実に異常者である。ナイさまを確認した途端に、興奮して人前でやってはならぬ行動を起こした。
女性の前で最低の行為であったし、私に向けられたものではないにしても物凄く不快で。ナイさまが男二人を見ていなかったことが、唯一の救いか。機転を利かせたアガレス兵やアルバトロスの方々が見えないように、すぐさま行動を取ったから。もしナイさまが意味すら知らず、あの場面を見ていたら……絶対にアルバトロスや亜人連合国の方々が許すはずがない。その場で殺されてもおかしくはない。
『殿下、あと少しで彼奴等の領域となるそうです』
小国故に情報が少なく、山のふもとで案内人を雇ったのだ。どうやらそろそろ某国の息が掛かった場所になるようで、警戒感を強めるようにと告げた。
そうして足を踏み入れた瞬間、向こうの人間に問答無用で襲撃を受けた。こうなってしまえば後は戦うのみだと、剣を抜き迎撃せよと自軍の兵士を某国の者たちに差し向けた。数に勝るアガレス軍が負ける要素はなく。怪我人が何人か出たくらいで済み、また行軍が始まる。
『見えた……!』
『……古いな』
山間の盆地、一体何年前の過去へと戻ってしまったのかと錯覚するほどに、古い町だった。石造りの家々には蔦や苔が生えて、人が暮らしているのか疑問になる。
本当に国なのかと疑うほどに小さな場所だった。そして外の者を異様に警戒し、件の国へ立ち入る手前で、話も聞かず私たちアガレス帝国軍をいきなり襲ったのだ。軍隊なのだから仕方ないかもしれないが、使者を送って開戦通達する予定が狂ってしまった。――そうして二時間ほど時間が経ち。
「ウーノ姉さま! ――兵士が地下室で……地下室が……!」
アガレス帝国から一緒に小国へ足を運んだ妹が私に声を掛けた。顔を青くさせて、地下室と何度も叫ぶがそこから先の言葉が出てこないようだ。一体何事かと妹の声に頷き直ぐに行くと伝え、血が滴る剣を一度振り払ってから鞘へと納める。側付きの兵士を連れて妹に案内されて、一切大きな家の地下へと降りて行った。
「なっ!?」
目にしたものを頭が理解することを拒否したが、嫌でも分かってしまった。硝子でできた容器の中には生き物の内臓が保管され、棚に綺麗に並べられている。
なにがどの部分なのかは分からないが、眼球くらいは分かる。何故、こんな意味のないことをと疑問が過ると、ふと気付いてしまった。眼球の目の色は黒、そう黒色だったのだ。もしかしてここに並べられてある内臓は、人間の……しかも黒髪黒目の方の物!
異様な光景に息を呑む。これは、どうすればいい。一緒に付いて来た他国の使者たちは無言で腰を抜かしているし、アガレスの兵士たちは青い顔をしながらも、状況を理解して怒りに打ち震えている。
「……うっ!」
妹は耐えきれず、地上へ続く階段を駆け上がっていく。兵士でさえ青い顔をしているのだ。皇宮で育った妹には耐えられない光景だろう。外に出てスッキリすれば良いと、止めることも咎めることもしなかった。
「殿下! 責任者を捕えました!」
軍靴の音を響かせて、兵の大きな声が地下室に轟いた。どうやら、某国を国として認められないようだ。国の頂点に立つ者を、責任者と呼ぶなど他国であれば失礼に値する。だが、今はもう諍いに発展しているのだから、問答無用で構わない。この場を証拠として押さえる為に、兵士を残して地上へ上がる。
「貴方がこの地を統治する者か?」
少し言葉遣いを荒くする。軍を率いる者として、覚悟と矜持を示す為だ。
「ああ、そうだ。何故、この地にやってきた……?」
捕らえられた統治者は力なく、大屋敷の執務室で項垂れていた。話を聞くと、以前から黒髪黒目の者を食べていたそうだ。
昔々、初めて食べた者が大量の魔力を持つ黒髪黒目の者を食すと、魔力が増えた。力が強くなった。魔術を使い土地が豊かになった。
そうしてこの山間の盆地の小さな国独自の黒髪黒目信仰が始まった。黒髪黒目の方を犠牲にした最悪なものだが。いや、アガレスも他国の事を言えないか。黒髪黒目のお方を利用して、民からの求心力を目論んだのだから。とはいえ、黒髪黒目を信奉する者として、これは見逃せない。
「この国の者が黒髪黒目のお方に不敬を働いた。不穏な噂もある故、真実を確かめに派兵した。これは東大陸にある国々から了承を得ている」
ここ数十年は全く見つけられず、方々に国の者を潜ませて存在を探っていたと。アガレスで捕らえられた者から定時連絡がこず、何かあったと気付いていたが、連絡手段はなく待つしかない。そうして我々アガレスが派兵して、統治者の不安が当たったそうだ。
「貴殿は統治者として、責任を果たせようか?」
目の前の年老いた男に問いかけた。腕に身に着けている複雑な編み物が変わった材質だなと、思考が一瞬だけ逸れる。
「責任……? 何故、そのようなものを問われなければならない! 黒髪黒目の者を喰うのは我々の習慣だ! 他国の者に口出しされる覚えはないぞ!」
確かに他国が口を出すべきことではないが、誰かを犠牲にして得た繁栄など……意味がないだろうに。説得は無理かもしれないと剣を抜き、投げる。男が負けたのは外を見れば一目瞭然。捕らえられた男の縄が解かれ、手が自由になった。さあ、国の頂点に立つ者としてどうするのか。
「く! あああああああああああああ!!」
剣の柄を取って男が私に向かってきた。哀れな、と目を瞑ると嫌な音が響き、ゆっくりと目を開くと血濡れになった男が倒れていたのだった。私の横に居た側仕えの兵士は、泰然とした姿のまま息絶えた男を見下ろしている。下におろした剣先からは血が滴り下りていた。
――ひとつ、仕事を終えた。
私が皇帝の座に就くための足固めを一つ終えた。まだまだ道は長いが、少しずつ前に進んでいる。こんな山間の小さな国の出来事を、後世に残す訳にはいかないというのが東大陸の国々の総意。
始末を付けて、山のふもとまで降りてきた。ふと、