魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
ナイさまがアガレス帝国から母国、アルバトロスへ戻られて一ヶ月半の時が過ぎた。時間を掛け過ぎても問題だろうと、父と一緒にアルバトロス王に謝罪を告げに行くのだ。これはナイさまからの要望である。一部、何故帝国が西大陸の小国へ頭を下げに行かねばならんと憤慨していたが、ナイさまが帝国でやったことを言うと小さくなって黙った。
ナイさま以上のことを個人で出来る人がいるならば、連れてきて欲しいものである。ナイさまは迎えが来ないならば、帝都から抜け出して帝国国内を闊歩して、アインの所業をばら撒くと仰っていたし。アルバトロスからの迎えが早く来て良かったと安堵したけれど、第一皇子であるアイン以下第六皇子までの所業を広めておくべきだったかと、後悔している。
民が怒れば処刑されていただろう。民とは、無知でいながら残酷でもあるのだ。ナイさまや一緒に巻き込まれてしまった、聖王国と伯爵子息が要求するであろう、迷惑料など考えていない。お金の工面は皇子たちの私財から半分を賄う。あとは鉱山送りにして、自分で稼いでもらわなければ。帝国が肩代わりしているお金を返して貰わなければならないのだから。
「ウーノ、本当に吾も行くのか?」
「もちろん陛下もアルバトロスへ参りますよ。――アリス・メッサリナを手に入れたいなら、アルバトロスに向かわねば。アガレスにいれば一目と会えないでしょうから」
皇宮の後宮、一番奥の部屋で父であるアガレス皇帝陛下が情けない声を出していた。どっかりと大きな革張りのソファーに座って、母である正妃と側妃たちを侍らしていた。母へ一押しして欲しいという視線を向けると、誰にも分からないように小さく頷いてくれた。
「陛下。アルバトロスへ向かった陛下のお話を楽しみにしておりますわ。アガレスの皇帝として務めを果たす姿を皆が知れば、きっと今よりも尊敬の視線を受けるはずですわ」
父は女関係となると殊更知能が下がるので、アリス・メッサリナの話を持ち出したことで他の事には気が回らないだろう。
あとはアリス・メッサリナを上手くちらつかせながら、アルバトロス王に謝罪をすれば良いだけだ。アリス・メッサリナを用いて皇帝を上手く使えと、ハイゼンベルグ公爵閣下から告げられている。本当に帝国に下るかは疑問だが、アリスという女はアルバトロスでは価値が低いらしい。アルバトロス王次第だが、居なくなっても問題はなく価値がないのだそうで。
床にひれ伏せとまでは言わないが、頭を下げてもらわねばアルバトロス、聖王国、亜人連合国の方々が納得しない。
次に攻め入られればアガレスは必ず陥落する。そのくらい戦力差は明らかだったし、そもそも人間対ドラゴンなんて……前提条件がハナから違い過ぎるのだ。帝都の空をドラゴンが埋め尽くす勢いで飛んだあの日を私は一生忘れないだろう。そしてナイさまが彼らを従えていたことを。
『あることがきっかけで、竜の皆さまとは仲良くさせて頂いているだけです』
ナイさまはそう仰ったが、気難しいと聞くドラゴンがちっぽけな人間の言うことに耳を傾けるのだろうか。いや、あり得ない。やはり黒髪黒目の者は特異なのだ。味方に引き入れれば繁栄を、敵となれば草木も残らないまでに破壊しつくされる。そういう方々なのだろう。――思考が逸れた。
「しかしなあ。西大陸まで時間が掛かるだろう。狭い飛空艇の中でじっとしているのは性に合わぬ」
単純に面倒なことや政に興味がないだけだ。皇帝である父は後宮奥のこの部屋が一番気に入っており、外に出たからないから困ったものである。
「では、陛下。一番大きな飛空艇を用意させましょう。貴方が飽きないように、美味しい物や美しい者を用意して楽しめば良いではないですか」
一番大きな飛空艇を飛ばすと、巨大魔石の魔力消費が激しいから稼働させたくないが仕方ない。父が他国へ向かうたびにこうしているのだが、今回は航続距離が長く時間を掛けてしまうから。アルバトロスへ向かって、着陸場所を探すのも大変なのだが、父はソレを理解しているのだろうか。
機体が大きくなると、アルバトロス王都の側に着陸できず、遠くから馬車移動となってしまうが、母の言葉に父は思考停止している。機内でどんなことが行われるのか想像しているらしい。本当に早く玉座から引きずりおろさなければ、帝国の権威が地に落ちてしまうと息を吐く。
アルバトロスには今回拉致事件を引き起こした最大の原因、魔術師も連行しなければならないし、亡国の始末を――ナイさまには伏せる――付けたことも報告しなければならない。やることが沢山あるのだが、それを実行しているのは父ではなく私。盤面の上に立つ駒の色を、私色に染めることができるのはいつの日か。
「長旅となるのです。その間の公務はお休みとなりますし、機内でゆっくりされればよいでしょう」
考え事を止めて、母の援護をする私。一体何をしているのだろうと頭を抱えたくなるが、父は帝位に就いてからずっとコレなので、これからも変わることはないのだろう。
未だに帝位に就いているのは、一夫多妻を維持する為という何とも言えない理由から。本当に良く帝位に就けたと思うのだが、父の兄弟の中で父が一番マトモと判断されたのだそうだ。父にいたはずの兄弟が一人も生きていない所をみるに殺されたのかもしれないと、首を振り嫌な考えを払う。
「ぬ……」
父の興味が飛空艇に移ったようだ。時間を掛けるよりも、畳みかけてさっさと飛空艇に乗せなければ。空へ上がってしまえば逃げることは敵わなくなり、あとはアルバトロスを目指すだけ。
「陛下、空の旅を楽しみましょう」
「アルバトロスのお話、楽しみにしておりますわ」
私と母が、父の機嫌を取りつつ視線で追い込みを掛ける。
「わかった。吾は参ろう、アルバトロスとやらには吾の好みの者が居るかのう……」
父はアリスという女を大層気に入っているのか、革張りの大きなソファーからゆっくりと立ち上がって呟く。
魔力が多く備わると美男美女が産まれやすいという噂もあるから、西大陸の方がそういう人たちが多いのかもしれないと、余計なことを考える。父の気が変わらぬうちにと側仕えや宰相と連絡を取り、アルバトロスへ向かうことと相成ったのだ。
◇
アガレス帝国からアルバトロスへウーノさま御一行がやってくると知らせが入った。アガレス皇帝も付いてくるそうだから、ヒロインちゃんを釣り餌として使ったのかな。大きな飛空艇でやってくるということだったので、着陸地点の選出に難航するのかと思えば垂直で離着陸できる機体でこちらまで来るそうだ。
であれば、王都近くの空き地に降りれば良いだろうとなった。そう、亜人連合国からアルバトロスに向かい、ご意見番さまが朽ちた場所に花を添えにいこうとして、陛下との挨拶を目的に寄った王都側の空き地である。
最初からそうしておけば小麦畑が無残な姿を晒すことはなかったというのに。小国と舐められていた所為だろうなあ。ちなみに聖女さまたちが蒔いた麦は順調に生育中。春蒔きと秋蒔きがあるのだけれど、不思議なことに収穫時期は同じとなるそうだ。夏頃には収穫できると報告を受けている。遅れて蒔いたから、先に蒔かれたものと時期がズレるなと心配だったけれど、魔力のお陰なのか生育は順調で一緒に刈り取るんだって。
元第一皇子の息が掛かっていた人たちが使者として選ばれたようだから、どうしようもない人選だったことも理由の一つだろう。
ウーノさまがまともな方で良かったと安堵する。もう一度同じことをされれば、公爵さまを始めとした方たちがブチ切れるだろうし、もちろん私もキレる。大事な大事なご飯を疎かにする者は、ご飯が食べられない苦痛を味わえば良い。ご飯を手に入れられず、路頭に迷った苦労を思い知れと言いたい。
アルバトロスの陛下とアガレス皇帝との接見はお城の謁見場で行われる。ウーノさまから届いた個人的な手紙の内容には、皇帝にかならず頭を下げさせますとのこと。
聖王国にも赴くべきだが時間も取れないし、出来ることなら聖王国の面々も一緒に接見したいことを、アルバトロスと聖王国に伝えているのだとか。彼女の要望が叶うかどうかは聖王国次第だけれど。多分アルバトロスに来るだろう。あと西大陸南東部のあの国も召喚するんだって。いろいろと話をつける為には、アルバトロスに集まった方が協議できるから。やらかしてしまったあの国は立つ瀬がないだろうけれど。
で、謁見があるのは数日後。今日は学院に行き、戻ってきたところだ。家宰さまには判断できない執務をこなして終えたところ。少しずつ陽が長くなってきているので、妖精さんたちの様子を伺いに子爵邸の家庭菜園に出てしゃがみ込んでいる。
私の肩の上にはクロがちょこんと乗って、尻尾を上下に動かしてぺちぺちと私の背中を叩いてた。クロがご機嫌な時はよく尻尾が揺れている。痛くないから良いけれど、感情表現が口ではなく行動に出るのはどうなのだろうか。可愛いからいいけれど。
「妖精さんの移住は上手くいくかなあ……?」
お婆さまを筆頭にエルフの方たちとも相談しながら、そろそろ移住計画を発動させてみようとなっている。ダリア姉さんとアイリス姉さんは、妖精が消えちゃっても全く問題はないのだとか。消えたら魔素になって、また一定の時間や魔素が満ちれば復活するのだとか。
新しく生まれた妖精さんは、過去に死んだ妖精が復活した可能性もあるらしい。本当に妖精さんって不思議な生き物――生き物に定義して良いのか怪しいが――だよねえ。だからこその妖精さんなのかもしれないが。
『どうだろう。試してみない事には分からないしねえ』
クロが私の肩の上で首を傾げた。知識が沢山あるはずのクロでさえ分からないのだから、腹を決めて実行するしかないのだろう。
このままでは凄惨な殺戮現場となるのは確実らしいので。どうして妖精さんだというのに、仲良くしていけないのだろうか。まあ、人類結束なんて夢のまた夢な人間が望んで良いことではないかもしれないけれど。
一生懸命に作物を育てて、収穫できたものは『クエ』と頭の上に掲げて差し出してくれ、育てた妖精さんたちは食べる事はないからせめて消えることはないようにしたい。今だって育てたお芋さんやとうもろこしさんやらを差し出してくれるのだ。季節感が皆無だし、収穫量も異常だけれど。
――で。
アガレス御一行がアルバトロスにやって来た。アルバトロスからは使者を出して、王都の外でお出迎えをしているのだとか。私は聖女の衣装を身に纏って王城の一室に待機中である。この部屋には亜人連合国のディアンさまとベリルさま、ダリア姉さんにアイリス姉さん。
メンガー伯爵さまとご子息、というか級友のメンガーさま。――お二人とも縮こまっているけれど大丈夫だろうか。そして聖王国の大聖女さまであるフィーネさまと数名の代表方が。フィーネさまは緊張している様子だけれど、まだマシ。代表方数名は青い顔をして小さくなっているから、亜人連合国の方々が怖いのだろうか。
別室では大陸南東部の国の方々も待機しているそうだが、先ほど部屋に入っていく姿をチラ見したのだけれど、聖王国の代表方よりも顔色が悪かった。その上、アルバトロスの警備が厳重だったし。扱いが悪いけれど、問題を引き起こした切っ掛けを作り出した国なのだ。いろいろと諦めて欲しい。
「皆さま方、お時間でございます」
待機していた部屋に近衛騎士の方が私たちを呼びに来た。アガレス皇帝はごめんなさいできるのかなとか、ヒロインちゃんは帝国に渡るのかなあとか、いろいろと考えながら謁見場を目指す。
扉が開いて、中へと足を進めるとアルバトロスの政治に関わる主だった方たちの姿が。他にも聖王国から帯同してきた人たちの姿。ヴァイセンベルク辺境伯さまもいらっしゃるようで、姿が見え視線が合ったので頭を小さく下げておく。あと顔を青くしてぷるぷるしている大陸南東部の国の人たちの姿も。
玉座に近い場所に陣取って、アガレス帝国御一行が訪れるまで少し待つことになった。少々騒がしい謁見場。集まった方たちの視線は聖王国の方々と亜人連合国の皆さまに集まっている。見慣れない方たちだから仕方ないのかもしれないが、少々あからさま過ぎではなかろうか
「また黒髪の聖女が問題を起こしたか……」
サーセン、としか言えない。政治的にやらかすことがままあるので、迷惑を掛けて申し訳ないですとしか言えない。
公爵さまが軍を動かしたということは公費が使われているということだ。アガレスに拉致されてしまったから仕方ないとはいえ、かなり大規模編成だったから。やはり王太子殿下や陛下に贈り物という名の賄賂を贈って良かった。ちょっとでも公費の足しになれば良いけれど。
亜人連合国の方たちも一緒に駆け付けてくれた。竜の皆さまたちが自主的に行動したから来ただけとディアンさまに言われたけれど、他国に向かうということは戦う可能性があって、犠牲があったかもしれないのだし。みんな無事だったから済まされているけれど、誰か死んでいたら大問題である。
「それは早計では。彼女は帝国に拉致された身です。彼女の所為とは言えますまい」
あ、一応擁護してくれる人がいるみたい。確かに私のせいじゃないけれど、アガレス帝国で暴れたのは私の意志だから。その結果、アガレス皇帝がアルバトロスに赴いて謝罪を敢行するのだけれど。
――陛下、ご入来!
大きな声が上がり、ざわついていた場内が静かになる。陛下や王妃さま、王太子殿下に王太子妃殿下が姿を見せ、陛下が玉座に腰を下ろす。宰相さまが陛下に耳打ちをすれば、謁見場の入場口がゆっくりと開くと、逆光で姿は見えないがアガレス皇帝独特のシルエットが浮かび上がっていたのだった。
◇
入場口から現れたアガレス帝国御一行。
アガレス皇帝を先頭にして、少し後ろにウーノさま、宰相閣下に政治を司るアガレスの面々と護衛を幾人か引き連れて、赤い絨毯の上を歩きアルバトロス王の前に立つ。流石に立場がある所為で、アガレス皇帝は膝を突くような真似はしない。緊張しているアガレス帝国の面々の中に、皇帝ただ一人だけが平然とした態度で陛下の前に立っている。
ヒロインちゃんを餌に、帝国からアルバトロスまでやってきたのだと考えると、ヒロインちゃんも役に立って良かった。元第一皇子殿下に突っかかって行こうとした時は、気でも狂っているのかと頭を抱えたが、メンガーさまの機転で防がれたし。
何をしようとしたのかは分からずじまいだけれど、アガレス帝国も乙女ゲームの舞台だと聞いたから、攻略対象に思い入れでもあったのだろう。でも、黒髪黒目信仰を拗らせて異世界から召喚しようと考える、酔狂な人たちを信用するのはちょっと怖い。
表で笑って優しくされても、裏では政治的な画策でそうしているだけに過ぎないとか、全然あり得るだろう。嫌な考えかもしれないが、無条件にチヤホヤされることは慣れていないし、そういう事態に陥れば罠を疑ってしまう。
「アガレス皇帝よ、よくぞ参られた。しかし此度の件、アルバトロスにとって真に度し難い行為である」
陛下は眉間にしわを寄せながら、歓迎はしているけれど拉致事件は認められないと言い切った。首謀者は元第一皇子だけれど、見逃したアガレス皇帝にも問題があると言いたいのだろう。
女狂いでハーレム目的で皇帝を務めているとはいえ、一国の頂点に立つ人物である。下の者を諫められないのは問題があるということだろう。アルバトロスも第二王子殿下が問題行動を起こしているので言えた義理ではない気もするが、それはそれ、これはこれである。
「アルバトロス王国、並びに聖王国、亜人連合国の者たちよ。アガレスが迷惑を被ったことを詫びよう。――申し訳なかった」
アガレス皇帝が小さく頭を下げた。直ぐに頭を上げたものの、アガレス帝国という巨大国家の長がアルバトロスという小国に頭を下げたことが、集まった人たちには意外だったようで謁見場にどよめきが走る。
「吾は政治手腕に優れていない。あとの折衝はアガレスの第一皇女であるウーノと宰相に任せる。よろしいか、アルバトロス王よ。他の西大陸の者たちもだ」
ぶっちゃけすぎぃ! いや、無能を自覚していることは良い事だけれど、初手で暴露し過ぎじゃないかなあ。頭を下げたことに感心していた方たちが、驚いているから。
せめて下がって交渉の席に移動した際に告げればいいものを。もしかして、このまま退場する気でいるのかなあ、アガレス皇帝は。せめて同席した方がいいんじゃないのだろうかと、不安になってくる。居なくても問題ないけれど、体裁くらいは整えて欲しいものだ。
「アガレス皇帝がそう望むならば我々は一向にかまわぬが……。他の者も良いか?」
アルバトロス王は、ディアンさまたちや聖王国の方々に顔を向けて確認を取る。みんな問題はないようで、何も告げず頷くだけだった。大方の交渉はアガレス帝国で公爵さまとディアンさまが済ませてあるから良いものの、聖王国とメンガー伯爵家への補償は別だったから。
別々に行うと手間だし、アガレス帝国にも都合があるから、短い日程で済むように知らぬうちに調整されていたのかも。私が政治に関わることはなく、後から知らされるか事前に相談されるかのどちらかだ。聞いていないということは、知らなくても問題ないと判断されたのだろう。
それなら私の役目はもう終わりかな。私がアガレス帝国へ拉致されたことの補填は、公爵さまが済ませてくれたし。ディアンさまたちは大海のど真ん中にあった島が、東大陸のどこかの国の物か確認したいから、今回協議に参加すると聞いている。
協議の席に着くために、アルバトロスのお偉いさん方がそれぞれの持ち場へ戻っていく。アガレス帝国の面々も、移動の為にアルバトロスの近衛騎士に案内され下がり始めた。不意にウーノさまと視線が合い目線を下げられた。私も周囲に気付かれないように、小さく頭を下げておく。
なんだろう、ウーノさまの雰囲気が少し変わった気がする。ちょっと重くなったというか、なんというか。どういえば分からないけれど、以前よりピシっとしていた。アガレス帝国の面々を見送ると、残っていた人たちが各々散っていく。
さ、用は終わったし私も子爵邸に帰ろうとすると、何故かフィーネさまとメンガーさまに呼び止められる。
「ナイさま。同席をお願いできませんか!?」
フィーネさまが私の服の袖を握って、何故か涙目だ。見下ろされているので、理不尽を感じなくもないけれど。
「え?」
なんで私がと疑問の声が漏れてしまった。
「ミナーヴァ子爵、俺からもお願いします。――父は緊張でまともに機能していません……」
メンガーさまがメンガー伯爵を見て、本人に聞こえないように小声で私に告げた。いや、うん……同席する理由が全くないのだけれど。でも、お二人にはお醤油さんとお味噌さんのレポートを提出して頂かないと、一歩も前に進めないのである。
ある意味お醤油さんとお味噌さんが高くついた訳なのだが、念願の物を口にするには苦難はつきもの。耐え難きを耐え、忍び難きを忍ばなければならないのか。でも、理由は聞いておいた方が良いかな。メンガーさまは交渉役のお父さまが機能していないようだから、仕方ないと思うけれど。
「理由を聞かせて頂いても?」
「聖王国は東大陸に宣教師を送り込む気満々なんです! ナイさまがいらっしゃれば、少しでも抑えが利くかと」
フィーネさまが説明してくれた。送り込まれる予定の宣教師の方が割と濃い方で、東大陸の方々に迷惑を掛けないかどうか不安なのだとか。聖王国の教典を持って慈悲の笑顔を浮かべているが、中身に難があるのだとか。教えに忠実過ぎて融通が利かないから、割と扱いが難しいらしい。
ならば東大陸、アガレス帝国で問題を起こしても不問にして貰う、確約を取っていればいいんじゃないかなあ。聖王国の教義が広まれば、東大陸の黒髪黒目信仰が薄くなる可能性がある。ある意味、濃ゆい人ならば適任ではなかろうか。東大陸で聖王国の評判が落ちたり、教えが広まらなくても、痛くも痒くもない訳だし。
フィーネさまは私が同席していれば、聖王国の面々が無茶を言わないと踏んでいるようだ。彼女が大分心配そうなので、宣教師の方がどんな人柄なのか逆に気になってきた。問題がある人にも聞こえるし、体の良い左遷のようにも聞こえてしまうのだけれど。
まあいいか。それは聖王国の問題なのだから、聖王国や被害を被った東大陸の人たちが問題視すべきことだし。
「……俺と父だけでは不安です」
フィーネさまからメンガーさまへ視線を移すと、不安げに小さな声で彼は呟く。苦虫を噛み潰したような顔で呟いたので、彼のお父さまだけでは頼りないのかなあ。私が居たところで状況は変わらないと思うけれど、お醤油さんとお味噌さんの為である。
「座っているだけで良いのなら……」
政治面は口を出すことがないから、本当に座っているだけになるんだけれど。私が居れば纏まるものも纏まらない可能性もあるんだけれどな。
でも、どうなのだろう。被害者が同席した方が話は進みやすいのかなあ。分からないけれど、顔を輝かせているお二人を見てしまうと、見捨てることは出来ない訳で。あとでリンには呆れられそうだなと、苦笑いを浮かべる。
「ありがとうございます、ナイさま!」
「ミナーヴァ子爵、感謝します!」
はいはい。それじゃあ協議の席に移動しましょうと、みんなで足を進めるのだった。