魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
アガレス一行全員が母国へと戻った。彼らと一緒にヒロインちゃんと銀髪くんがアルバトロスから旅立った。ヒロインちゃんには魔眼対策を、銀髪くんには魔術で去勢と魔術具で身体強化の弱体化を。ヒロインちゃんと元第二王子殿下を引き離すと、元第二王子殿下の精神面が心配になる。でもそれが答えなのだろう。精神面が弱っても問題ないと判断されてしまったのだ。
仕方ない、と息を吐いて前を向く。学院に向かう途中の馬車の中。アリアさまが私の対面に座って、嬉しそうに話している。人懐っこいし、誰とでも話せる子なので、ロザリンデさまを始め、子爵邸の面々とも打ち解けている。ご実家の爵位が低い為か、平民出身の人を差別することもない。男性には気を使っているようだけれど、年齢が高い方には孫の様に可愛がられていて、微笑ましい姿を見ることもある。
誰とでも話せる故に、馬車の中でも会話が続いてる。クロは気分でアリアさまの膝の上に乗ることもあるし、一緒に話していることもある。クロも誰とでも話すように努めているので、私たちだけではなく、アリアさまとロザリンデさま、子爵邸の人たちと仲良くなっていた。子爵邸で預かっている子供たちとも、遊ぶ……というか子供たちに遊ばれている。
「ナイさま。子爵邸のご飯が美味しくて、少し体重が増えてしまいました」
アリアさまがしょぼんとした顔をすると、クロが私の肩から彼女の膝の上に飛び移った。クロはアリアさまの顔を見上げたあと、彼女の腕に顔を擦り付けると、アリアさまの逆の手が伸びてクロの身体を撫でる。
「アリアさまの気持ちは理解できます。料理長さんたちが、毎日腕に縒を掛けて作ってくださいますからね。私もおかわりをしばしばしていますし……」
いくら食べても太らないとは言えず、誤魔化す方向に持っていく。食べた栄養が体に吸収されることなく、魔力の方へ回っているようで、食べ過ぎても太ることがないのだ。アリアさまの言葉はもっともで、料理長さんたちが作るご飯が美味しすぎる。それにこんな感じのものを食べたいと伝えると、みんなであーでもないこーでもないと調理場で頭を捻っている。
「料理長さまたちの腕も確かですが、子爵邸で仕入れている食材も良い物ですよね?」
「素材に拘って、かなり吟味しているようですよ」
本当に。偶に休みを取って余暇を楽しんでいるのかと思いきや、食材探しに王都の街をさ迷ったり商店から情報を仕入れているそうだ。
子爵邸のご飯が美味しいのは料理長さんたちの努力の賜物なのである。感謝の意味を込めて、ドワーフ職人さんが造った包丁を料理人の皆さんに贈った訳なのだけれど、恐縮されまくって私が困惑する羽目に。ソフィーアさまとセレスティアさま曰く、王都の鍛冶屋で値が張るものでも十分だったとのこと。私が勢いでドワーフの職人さんに依頼を出してしまったので、止める暇もなかったのだとか。
「時折、聞いたことのないお料理も出されて、ロザリンデさまも驚いています。侯爵家の方が知らないって凄いですよね!」
う、うん。それは私が料理長さんに無茶ぶりをした結果だ。前世で食べていたものがどうしても懐かしくて、作れないか相談しているのである。成功して、お貴族さまの舌に適うものだと判断されれば、アリアさまとロザリンデさまが住んでいる別館の食事に提供される。
お貴族さまの口に合うかどうかの判断はソフィーアさまとセレスティアさま。料理長さんたちと、お二人が気に入ると提供する許可が下りるらしい。私は試作品が出来た時点で、味見をしている。言い出しっぺの特権だった。
あと、ソフィーアさまとセレスティアさまが気に入ると、料理長さんからレシピを買って公爵家と辺境伯家の料理長さんに作って欲しいとお願いしているらしい。私がお願いした料理の味を完全再現するのは難しいけれど、料理長さんはプロ。私の意見を取り入れつつも、オリジナリティーを出して現地の人たちの舌に合わせて、目新しい料理を開発している。
お二人はそれを買って、実家で作って貰ってご家族に提供しているのだって。私は子爵邸で働く料理長さんが大丈夫ならば、レシピは流出しても問題ないと考えている。沢山の人に知ってもらえば、そこから発展して新しいレシピやアレンジレシピができる可能性があるのだから。
「ナイさま」
「?」
アリアさまの表情が少し変わる。彼女にしては珍しく、ちょっと緊張しているような。そんな雰囲気。
「話は変わってしまいますが、二学期から特進科へ転科できるそうです! ロザリンデさまが別館でお勉強を教えてくださって!」
アリアさまが凄く嬉しそうに私を見ながら告げた。
『アリアも一緒になるの?』
クロがアリアさまの膝の上で顔を上げて問いかけると、彼女がもっと嬉しそうな顔に。
「はい! 成績が落ちなければ確実だと担任の先生がおっしゃってくれたんです!」
耳と尻尾が生えてピコピコと嬉しそうに動かしている姿を幻視する。クロはアリアさまの膝上から肩に飛び移って、顔をすりすりとしたあと私の肩へと飛んできた。
「では、二学期からアリアさまも一緒の教室で学べる可能性があるんですね。楽しみです」
アリアさまは二学期というものに縁でもあるのだろうか。彼女は去年の二学期から学院に編入したし、今回も二学期から普通科から特進科への転科だ。
ロザリンデさまの力添えがあったとはいえ、本人にやる気がなければ成績は上がらない。私は勉強に四苦八苦しているので、羨ましくもある。
アリアさまは他国の王族に魔術を施し、傷跡を綺麗に治したということで、知名度が上がっていた。特進科に転科すれば高位貴族のご子息ご息女さまとの縁が持て、いろいろと便宜を図って貰えるかもしれないし、上手く行けば婚約者を見つけられる可能性もあるのだ。
「着いたぞ」
学院に辿り着き馬車の扉が開いてジークに促されて、馬車を降りる。お貴族さまが自宅から通っている為に人通りも多い。それに私の馬車は注目されているようで、視線が多く刺さっていた。アリアさまは気にしていない、というより気づいていない。
歩いているとソフィーアさまとセレスティアさまと合流して、それぞれ挨拶を交わして。学科が違うジークとリンにアリアさまと別れて、特進科の教室へと辿り着く。丁度、メンガーさまが教室に着いたようで、ばったりと鉢合わせした。
「おはようございます」
「……おはようございます、ミナーヴァ子爵」
男性の名前を簡単に告げる訳にもいかず挨拶だけに止めたのだけれど、メンガーさまは気付いてくれたようで返事をしてくれた。
協議の場で気を失ったメンガー伯爵の様子が気になるが、二日後にフィーネさまとメンガーさまと私がサロンに集まる機会がある。それまでの我慢だなと、自席について一時限目の準備に取り掛かるのだった。
◇
――居心地が悪い。
学院に入学した頃。俺はモブとして、静かに学院生活を送るはずだった。いや、送っていたのだ。一学期、乙女ゲームの主人公であるアリス・メッサリナが第二王子を始めとした攻略対象を手籠めにして、ああこれはハーレムルートに入ってるなと俺は安堵していた。
そこから、いろいろとあって二学期になれば、リームとヴァンディリアからゲーム通りに王子二人が留学してきた。普通科に編入してきたアリア・フライハイトが目的だと知っていたので、一学期とは違って落ち着いた学院生活が今度こそ送れると思っていたのに。黒髪の聖女が……ミナーヴァ子爵が乙女ゲームのシナリオを崩壊させた。それも三学期の時間軸となる三作目まで巻き込んで。
ゲームを上回る結果となって、二年生に上がる為に春休みを謳歌していればアガレス帝国に拉致された。
何故と疑問になったが、召喚に巻き込まれた五人はもれなく転生者であり、日本人であり、元黒髪黒目だったのだ。例外がミナーヴァ子爵だった。前世も今も黒髪黒目という特異な存在。東大陸では黒髪黒目を信仰しているらしく、東大陸では黒髪黒目の存在が確認できず召喚儀式を執り行ったと。
まあ、それはどうでもいいのだ。終わったことなのだから。それよりも今が問題である。
朝、教室に入るなりミナーヴァ子爵に挨拶されたのだが、教室のみんなが驚く始末。男も女子も俺を見ながら、ひそひそと話している。素知らぬ顔をしているのは、張本人であるミナーヴァ子爵と公爵令嬢と辺境伯令嬢。
リームの第三王子のギド殿下。聖王国から新たに留学してきた大聖女さまとアリサ。クルーガー伯爵家のマルクスは俺を一瞥して溜息を吐いていた。
事の発端を知っている、公爵令嬢と辺境伯令嬢はスルーを決め込んでいるが、腹の内では俺の事をどう思っているかが全く分からない。聖王国の大聖女さまも一緒に拉致された所為で事情を知っているから、妙な視線を俺に送らない。
ミナーヴァ子爵自体は、おそらく何も考えていないだけだ。聖女兼貴族として立ち回っているが、どこか抜けている節がある。
前世の記憶がある所為だろう。俺だって、前世の記憶がある所為で貴族とは言い難く、上昇志向は強くない。本当に生粋の聖女と貴族であれば、もっとスキがないはずだ。それに、しがない伯爵家の子息でしかない俺に気軽に声なんて掛けるはずがない。
「エーリヒ、いろいろと大変みたいだな」
特進科二年となったが、面子はほぼ変わらない。一年の時に仲良くなった友人が、苦笑いを浮かべながら自席に座っている俺の下へとやってきた。
「わかっているなら、なにも聞かないでくれ……」
本当に。機密事項もあるからおいそれと喋る訳にもいかないし、ボロを出してヘマをする訳にはいかない。
「少し前にエーリヒと親父さんが登城したって噂になっているな。ミナーヴァ子爵と聖王国の大聖女と一緒に、サロンに何度か入っていたのはそれが理由か?」
確かに登城したから、城に働く人たちに見られていたのだろう。メンガー伯爵家は領地貴族だから登城する機会なんて、代替わりの叙爵くらいのものだ。そんな家の者が登城したとなれば、領地に問題があって陛下との謁見を望んだか、何かしらの手続きをするくらいか。
「そんなところだよ。何故か俺も召喚に巻き込まれたからな」
ミナーヴァ子爵が自領から王都へ戻る際、突然消えた事件はアルバトロス上層部を随分と騒がせた。彼女といつも一緒にいる幼竜が居場所を突き止めてアガレスへ向かい、後追いで軍と亜人連合国の竜が編成された。
無事に戻ったことも、大々的に知らされたが、俺や聖王国の大聖女さまに、アリス・メッサリナと銀髪野郎が一緒に拉致されたことは、極少数が知るのみだ。
公爵閣下率いる軍人は口が堅いし、同行していた官僚も口の堅い人ばかりだったから、俺も拉致されていたという事実を知っている人は限られていた。打ち合わせの際に父と一緒に登城した後、少し噂が立っていたが、アガレス帝国がアルバトロスへ謝罪にやってきたことで、俺や大聖女さまが拉致されたことが皆に知れ渡った。
「ふーん。で、アガレスで何か良いことはあったのか?」
さぐりを入れられているな。アルバトロス上層部とミナーヴァ子爵には、今回の件を全て話しても問題ないと許可を頂いている。
だが、向こうで起きたことをそう簡単に誰彼に吹き込むわけにはいかない。単身で攫われていたら、俺は生きていないか、捕まって良いように扱き使われているか……だ。ミナーヴァ子爵がいたからこそ、アルバトロスに戻ってこられたのだから、恩を仇で返す訳にはいかない。あの人なら、俺が恩を返した所で石ころくらいの価値しかないのかもしれないが。
「あれば良かったんだけどな。美人の婚約者でも捕まえられれば良かったんだが、手ごたえは全くナシだ」
俺だって、人なりの幸せは手に入れたい。しがない伯爵家の三男だから、働き始めてから相手を見つける方が誠意があるかもしれないが、彼女が欲しいという気持はある。
若くして死んだ前世じゃあ、彼女がいなかった。生まれ変わると顔はこの世界の平均だが、悪くはない。爵位は普通。俺が頑張って良い所に就職すれば、王都で普通の生活が送れるはず。そこさえ納得してくれる相手がいれば、お付き合いしたいと朧気には考えている。
「あの二人とは?」
「身分が違い過ぎるだろう。子爵家の当主と他国の大聖女さまだ。俺とは釣り合わない」
本当に遠い存在だ。俺はしがない伯爵家の三男で彼女たちは既に立場を得ているのだから。それに俺が彼女たちの横に立っている姿が全く想像できないし。
「……悲しいな」
「悲しいもんだな」
身分の差は、非情にも現実を突き付ける。美人度合いならば、公爵令嬢や辺境伯令嬢の方が美人なんだがな。俺には彼女たちも高嶺の花だから、無理だ無理。
「でも、女子連中が騒いでいたぞ。出世有望株かもしれないってさ」
「俺が?」
「ああ。メンガーさん
マジか。どうしてそんな考えに至ったのだろう。あ……帝国からの賠償金はかなり大きい額となったし、気絶から目が覚めた親父は帝国と取引できるならばと領地で売れそうなものを探すと言っていた。
既にその話が漏れているのだろうか。耳の早い貴族家ならばあり得そうだな。俺がミナーヴァ子爵や大聖女さまに呼ばれて、サロンに赴いていることもバレバレだしな。サロンに赴いているのは、味噌と醤油の作り方を書いた書類を子爵に提出する為だ。命を救われたのだから、そのくらい安いものだし、俺も醤油と味噌が手に入るならば悪い話じゃない。
「美人で気立てが良いなら問題ないんだが……」
そういえば、朝や夕方に女子から挨拶を受けることが多くなったような。たまたまだろうと考えていたのだが、まさか俺と縁を持つきっかけにしたかったのか。いや、俺を介してミナーヴァ子爵や大聖女さまと縁を繋ぎたい可能性の方が高い気がする。
「美人で気立てが良いなら、ハイゼンベルク公爵令嬢狙いか?」
「ぶ! おい、聞こえたらどうする!!」
止めてくれ。確かにあの人は真面目でかっちりしているが、他人を視線で射殺さんばかりのお方なんだぞ。俺がアガレスで拉致されて、ミナーヴァ子爵と縁ができたから、朝の挨拶を許されているだけ。
そんな人と結婚……まあ、外側しか俺は知らないから、案外家庭的なのかもしれないが。
ゲームだとヒロインに負けて退場していたのだが、描写自体はさらっとしたものだった。公爵令嬢の本心も描かれていなかったし謎だが……あの人、仕事人間の匂いがするからな。それに公爵令嬢ならばもっといい家の人間を選ぶだろう。
「俺たちのことなんて目に入ってないさ」
「そりゃそうかもしれんが、どこで誰が聞き耳を立てているか分からん」
貴族は噂が命の部分があるからな。注目されているというなら、目立つ行動は避けた方が無難だ。けれど、なあ。ミナーヴァ子爵たちとの話し合いが数日後に控えているんだよなと、遠い目になるのだった。――親父のことは笑えないな。