魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0287:ドワーフ職人さんの道楽。

 今日はドワーフさんたちの現場を見学させて頂くし魔力も注ぐから、昨日はご飯と睡眠は確りと取って準備をしてきたから絶好調である。

 ぶっ倒れたとしても、二、三日ならば、お城の魔術陣への魔力補填まで間に合うし、仕事に支障はないので無問題。

 ドワーフさんが事前にある程度鍛えた剣を見せられたのだが、魔石で鍛えられているからか、不思議な色合いをしていた。

 

 「刀身が透明で綺麗ですね……」

 

 「魔石で鍛えたからな。嬢ちゃんが注いだ魔力と最後の仕上げで金属感がでるぞ。俺たちも最後までどんなものができるのか分からないから楽しみだ」

 

 話もほどほどに剣を鍛える準備が整った。カン、カンと剣を打つ音が鍛冶場に鳴り響く。軽快なリズムで剣の形を整えられていた。

 魔力を注ぐタイミングはドワーフさんたちに一任され、声を掛けられたら魔力を一気に注ぎ込む。注ぎ込む魔力量は、いくらでもとドワーフさんたちから助言を頂いている。

 同席しているディアンさまはなにも言わないので問題ないのだろう。最初に邪竜の意志を閉じ込めた魔石を鍛えていた。

 

 「堅いな……流石、悪さをしていた竜の意志が閉じ込められているこたーある!」

 

 鎚を打ちながら、声を上げるドワーフ職人さん。使用している魔石が堅くて苦心しているようだ。

 もう少し先かなあと待っていると、剣を打つ音が変わり、音が高くなってきた気がする。

 

 「嬢ちゃん、頼む!」

 

 「はい!」

 

 側に控えていた私はドワーフさんの合図で魔力を剣へ注ぎ込む。注ぎ込む量は適当で良いらしいが、せっかくなので陛下に贈る剣の時よりも多く注ぎ込む。

 魔力を注ぎ込むと剣を打つ音が更に変質した。表現するのが難しいけれど、聞き心地の良い音になっている。注ぎ込む量を調整していると、汗が流れてくる。

 魔力の放出はなにも考えずに放出する方が楽だけれど、やりすぎると素材の魔石が壊れてしまう可能性があるから、割と気を使う。

 ドワーフさんたちが打ち続ける間、少量だけ注ぎ込むというのがとても難しい。

 

 「嬢ちゃんもういいぞ。後は俺たちの仕事だ!!」

 

 魔力を注ぎ込むのを止めて、ドワーフさんたちが打ち続ける姿をしばらく眺めていると、打ち終わったようだ。

 

 「刀身が藍色だな。これはこれで味がある色に仕上がったし、嬢ちゃんの魔力の影響で持ち主の特性に合わせて刀身が変化するはずだ」

 

 なんだか凄い代物が仕上がったなあと、邪竜の意志が宿った魔石を鍛えた剣を見下ろす。陛下に贈った剣のように淡く光っているけれど、刀身が藍色だった。

 もしかして邪竜の鱗の色なのかと考えていると、

 

 「長老!? どうしてこちらに!」

 

 ドワーフさんたちが驚き、長老と呼ばれた長く伸ばした白髪と髭に垂れ下がった眉毛が特徴的なドワーフさんが現れた。

 長老と呼ばれたその人は、職人さんが持っていた鎚を受け取って側にきて私を見る。

 

 「面白いことをしていると聞いてな。血が騒いで見にきたのじゃよ」

 

 長老さんの現役時代は、ドワーフさんたちの間で伝説の鍛冶師と呼ばれていたのだとか。引退して時間が経っているが、面白そうなことをしているので様子を見に来て血が疼いたのだとか。

 次に鍛える剣は長老さんも加わるようだ。伝説の鍛冶師と言われていただけあって、また打つ姿がみられるとドワーフさんたちが盛り上がっていた。

 小休止を取って、体力を回復させてから取り組むことになった。

 差し入れしたレモンのはちみつ漬けも好評なようでなによりだ。フィーネさま曰くオレンジとかでも代用できるそうなので、今度試してみないと。

 

 「次、さらに気合入れていくぞ!」

 

 ドワーフさんの掛け声に応えて、鎚を高く掲げる皆さま。長老さんが現れたことで士気が上がっていた。そうしてまた魔石を打つ音が、鍛冶場に響いて暫く。

 

 「嬢ちゃん、長老が鍛えてくれたからなんの遠慮は要らねえ! 全力で注いじまっても問題ねえぞ!」

 

 ドワーフさんがサムズアップしそうな勢いで、そんな言葉を私に投げた。お世話になったのだから彼らの期待に応えるべきだと、魔力を練って剣に注ぎ込む。流石に島に注ぎ込んだ時のようにはいかないけれど、それでもいつもより多めというか結構な魔力を注ぎ込もうと、魔力を練り放出していた。

 

 『協力する!』

 

 『魔力、魔力!!』

 

 『手伝う!』

 

 私の魔力に惹かれたのか、妖精さんたちが鍛冶場に現れた。協力するっていったい何をと妖精さんたちの行動を見ていると、剣に鱗粉を掛けていた。

 なにか効果があるのかなあと首を傾げながら、魔力を更に注ぎ込む。ドワーフさんたちは気まぐれな妖精さんが現れたことで一瞬驚いていたけれど、直ぐに鍛えることに意識を戻した。急な事態に臨機応変に対応する姿はプロだなと感心しながら魔力を注ぎ込む。大丈夫という声が掛からないし、まだ注ぎ込んでも大丈夫なようだ。

 

 ならばもう少しギアを上げるかと放出量を上げれば、妖精さんがさらに増えて剣に降る鱗粉の量が増した。

 

 「……やべえ! 嬢ちゃんもういい! 限界だ!」

 

 「流石にこれ以上は魔石が持たぬのう。お嬢ちゃん、もうよいぞ、ありがとうな」

 

 ドワーフさんと長老さんに止められたので、放出していた魔力を閉じる。鍛冶場には随分と私の魔力が満ちているようで、妖精さんたちがきゃっきゃと魔素を吸い取っていた。仕上がった剣に群がっているドワーフさんたちと、魔素を吸い取ることに必死な妖精さんたち。なんだかカオスな光景だけれど、剣はどんな感じに仕上がったのだろうか。

 

 「嬢ちゃん、こりゃすげえぞ! 妖精が鱗粉を掛けたお陰で、持ち主の傷は軽いものなら勝手に治るし、魔力が込められているから魔法や魔術を使える奴には重宝されるだろうな!」

 

 「本当にこりゃ凄いわい。惜しむらくはワシが現役だったらもっと良い物を打てたのじゃが……」

 

 テンションの高いドワーフさんに、昔を懐かしんでいる長老さん。お二人にお願いして剣を見せて貰うと、見る角度によって色が変わるし、なんだか淡く光っている。妖精さんの鱗粉が剣の周りを飛んでいるし、不思議な剣が仕上がっていた。

 

 「凄いですね……こんなものが打てるなんて」

 

 本当に凄い一品だと思える。剣が放つ空気が通常の品より段違いだ。

 

 「嬢ちゃんが協力してくれたからな」

 

 「ワシ、もう一度現役に戻るかのう……」

 

 ドワーフさんたちの声を聞きつつ、これから鞘と柄を拵えると聞いた。せっかくなら鞘にも魔力を仕込もうと、もう一度ドワーフさんたちの鍛冶場に訪れる約束を取り付けるのだった。

 

 ◇

 

 とんでもない代物が出来上がった気がする。

 

 側で見ていたジークとリン曰くあれはかなりの業物になると口を揃え、ソフィーアさまは『お前は自重を知らんのか!』と私に怒気を放たれ、セレスティアさまは『一度は手にしてみたいですわね』と鍛え終わった剣を眺めていた。

 次は柄と鞘を仕上げるから、ついでに魔力を注ぎ込んで欲しいとお願いされたので頷いておいた。ソフィーアさまが頭を抱えていたような気もするが、保管は亜人連合国になるし、妙な人には売らないだろう。ドワーフさんたちが剣の扱いを決める権利を持っているので、私は頼まれたことを粛々とこなすだけだ。

 

 長剣ばかり仕上げていたので、他の武具は作れるのかとドワーフさんたちに聞けば、もちろん可能だと教えてくれた。

 フルプレートの鎧でも革鎧でもなんでもござれなのだそうだ。宝石を持ち込めば、装飾品に加工してくれるとのことだったけれど、そっちには全く興味がない。普通のお貴族さまであれば興味を持つかもしれないが、私は新興貴族であり、聖女なのだから派手なのも考えものだ。

 

 貴金属にお金をつぎ込むよりも、美味しい食べ物を買い付けた方が何倍も嬉しい。果物ならばクロが喜ぶし、お野菜さんや果物ならば領地の特産物になる可能性がある。子爵邸の家庭菜園でお野菜を育てるのも――妖精さん頼りだけれど――楽しい上に、託児所の子供たちや邸で働く人たちにも喜ばれているから。

 

 亜人連合国から子爵邸に戻った翌日。今日は学院へ向かう日である。昨年はいろいろとあったけれど、二年生に進級してからは落ち着いたもので平穏な日常を送っている。

 時折刺さる視線が痛いものの、無茶ぶりくん、もといカルヴァインさまのような無茶をする方は現れず、視線にさえ目を瞑れば問題はない訳で。料理長さんにお願いして作って貰ったお弁当を久方ぶりに中庭で食べようと、ジークとリンと私で外に出ていた。

 建国祭が終わって六月中旬。アルバトロス王都の空は晴れ渡っていた。そろそろ梅雨の時期になるけれど、日本のようにジメジメしてはおらず期間も短い。髪がぐねることがないので有難い限りだと、お弁当を食べ終え晴れた空を見上げる。

 

 「平和だねえ」

 

 本当に。去年の慌ただしさが嘘みたいである。だって、去年の今頃は元第二王子殿下がソフィーアさまに婚約破棄をいい渡して、学院中大騒ぎだったのだから。

 私もしゃしゃり出てしまい、謁見場に呼び出される羽目になったけれど、ソフィーアさまと縁を持てたのだから、無駄な行為じゃなかったはずだ。でなければ、彼女は私の侍女になるなんて申し出てないだろう。IFを考えてもしかたないけれど、考えてしまうのが人間というもので。

 

 「平和だな」

 

 「ね」

 

 ジークとリンが私の言葉に同意してくれた。私の立ち位置は変わってしまったのかもしれないが、一人の人間としては何も変わったつもりはない。二人とクレイグとサフィールの幸せを一番に願っているし、お嫁さんやお婿さんが欲しいと彼らが言えば、私は私の持てる全力で彼らに合うよい人を探さなければ。

 その時は公爵さまや辺境伯さまを頼ればいいし、最悪アルバトロス王家やリーム王国にヴァンディリアも頼れる。脅せ……お願いすればマグデレーベン王国や王妃さまの母国にアガレス帝国も打診できるかなあ。あと亜人連合国も。ただ私の大事な友人がお嫁さんかお婿さんを探していると願い出て、対応してくれるかどうかは疑問だけれど。

 

 『平和だねえ~』

 

 クロは私の膝の上で日向ぼっこをしている。目がとろんとしているから、ご飯を食べ終えて少し眠たくなっているのかも。寝ても良いよと背中を撫でていると、限界がきたのかクロは目を閉じて寝息を立て始めた。その姿にジークは目を細めて笑い、リンは『寝ちゃったね』と呟く。

 昼休みの終わりを告げる合図が鳴れば、必然的に目を覚ますだろうけれど、それまではゆっくりしていればいいか。昼休みが終わるまでまったりすることを察知したのか、ロゼさんとヴァナルが私の影の中から出てきた。

 ロゼさんは私の左横に、ヴァナルは私の後ろで伏せをしながら体を寄せる。クロを右手で撫でながら、ロゼさんのつるんとした体を撫でる。ヴァナルが気配を察知したのか、鼻先で私の背中をぐいぐい押すので、左手をロゼさんから離して撫でると満足してくれたようだ。

 

 「ジークフリードさまよ!」

 

 「カッコいい!」

 

 ジークの姿を目にした女子生徒から黄色い声が上がった。きゃっきゃと嬉しそうに友達とはしゃぎながら、私たちがいる中庭を通り過ぎていく。ジークはラウ男爵の籍へ入ったから、可愛らしく騒いでいた女子生徒たちは、男爵位くらいなのかな。流石に高位貴族のご令嬢さまには目を付けられないと思うけれど、ジークは背が高くてイケメンだし人当たりも良い。

 

 「モテるね、ジーク。誰か気になる子はいないの?」

 

 良い人がいるなら、おばちゃんが全力を持って調べ上げて、問題ない人物と判断されたら公爵さまとラウ男爵に報告と相談をした上で『どうにかなりませんか』とお願いするよ。

 十六歳になったし、思春期真っ盛りなのだろうに。遊びでもなんでもいいから、女の子に慣れておいた方が良いんじゃないのかなあ。もちろん遊びすぎは良くないし、貴族としての体面もあるから派手にはできないだろうけど。騎士団や軍の方たちと交流があるから、そういうことの知識はあるだろうし。男性の『性』に口を出す訳にはいかないので、黙ってはいるものの。

 教会騎士として働いて収入も確りある上に、養子とはいえ男爵子息、高身長イケメン。性格は……戦闘面はえげつない所があるけれど私生活だと穏やかだし、身の回りのことは自分でできる。料理以外、と注釈がつくけれど。

 

 「…………いないな」

 

 ジークが間をおいて答えてくれた。私には知られたくないことかと、少し寂しくなるけれど秘密にしたいことの一つや二つあるだろう。無理に聞き出す必要もなく、話の種として聞いただけだから、答えてくれただけマシか。

 

 「そっか。リンは気になる人はいないの?」

 

 「ナイが気になる」

 

 リンは私の質問に即答だった。私が気になるって性的な意味でなのだろうか。気持ちを否定する気はないけれど、私が彼女へ向けている感情は家族愛なのだけれど。

 そういえば『気になる人はいないのか』と聞いただけで『気になる男性はいないのか』と直接的に聞いていない。リンは少々鈍いところがあるから、言葉の意味を深くとらえずに素直に答えた可能性が大きいな。

 

 「私?」

 

 「うん」

 

 へらりと笑うリン。この顔に弱い私は、これ以上突っ込む気にはなれず黙り込む。リンの思春期は遠そうだなあと、クロの背を撫でていれば昼休みの終わりを告げる鐘が鳴るのだった。

 

 ◇

 

 ――雨が降っていた。

 

 子爵邸の執務室で決裁の書類に目を通して、判子を押していた。封蝋に近いもので、指輪にミナーヴァ子爵家の紋章が彫られたものを、蝋に押し付けるだけ。朱肉が欲しいなあと考えてしまうのは、日本の判子文化に染まっている証拠なのだろうか。不動産屋さんのことと王都の不動産事情の説明を簡単に受けてから、家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさま、私の四人でもくもくと書類作業をしている最中だ。

 

 クロはお猫さまと一緒に籠の中ですやすやと寝息を立て、ロゼさんは私の足元に、ヴァナルも側で丸くなって寝ている。ジークとリンは部屋で勉強中。雨の音が響く部屋で、忙しくも穏やかな時間が流れていた。

 

 「ギャブリエル……ジョセフィーヌ……いつ戻ってくださるのかしら? ルカも元気でございましょうか……嗚呼、梅雨の時期でございましょう? 濡れて風邪でも引いて寝込んでいるのではと考えてしまいます……」

 

 セレスティアさまが珍しく溜息を吐きながら……というか溜息を吐いたところを初めて見たかもしれない。窓の外に視線をやって、雨が降る子爵邸の庭を憂鬱そうな顔で覗いていた。そんな彼女を見たソフィーアさまも溜息を吐いて、視線を私に向けた。

 

 「すまないな、ナイ。彼らが居なくなって、セレスティアはどうにも寂しいらしくてな。……ほら、仕事をするぞ、セレスティア!」

 

 ソフィーアさまがセレスティアさまの肩を揺らして、彼女の意識を戻そうとしている。軽く揺らしてもどこ吹く風で、窓の外に視線を向けたままのセレスティアさま。

 

 エルとジョセが暫く留守にしますと言い残して、子爵邸から去ってから結構な時間が過ぎていた。当初、二頭は直ぐに戻ってきますと告げていたのだけれど、帰ってくる気配がない。

 自然に生きる生物なのだから、子爵邸に居付いているのが不思議なことだし、気にすると気になるから思考の外に追いやっていた。セレスティアさまはそれが無理だったようで、随分とアンニュイな様子だ。外は雨だし、梅雨の時期よろしく気分も落ちているのかも。

 

 「セレスティア、いい加減にしろっ!」

 

 ソフィーアさまが語気を荒げ、思いっきり彼女の肩を叩いた。ぺしん、とかなり良い音がなったけれど、セレスティアさまは何も感じていないのか微動だにしない。逆に彼女に良い一発をいれたソフィーアさまが、彼女を叩いた右手の手首を握り痛みに耐えていた。

 ああ、うん。武闘派令嬢と名高いセレスティアさまと、万能型のご令嬢であるソフィーアさま。鍛えていた精度に差があったようで、ソフィーアさまが負けてしまっていた。

 

 「……筋肉め」

 

 ソフィーアさまがボソリと呟いたけれど、聞かなかったことにしておこう。ソフィーアさまとセレスティアさまの仲だからこそ言える台詞で、私がセレスティアさまに同じ言葉を発すればキレるだろう。

 

 「嗚呼、ギャブリエル……ジョセフィーヌ!」

 

 ハンカチを手に持っていれば、口に咥えて引っ張っていそうだなあ、セレスティアさま。はしたないと理解しているのか、やりはしないけれど。

 エルとジョセの名前を付けたのは誰であろうセレスティアさまだ。思い入れがあるのだろうし、暇さえあれば庭に出て二頭のお世話を買って出ていたから。鬣や体の毛の手入れをしているセレスティアさまの顔がヤバくて、子供たちに見ちゃ駄目と止めたこともあるくらいだ。

 

 「重症ですね」

 

 「みたいだな……はあ」

 

 私がソフィーアさまに言葉を掛けると、彼女は深いため息をありありと吐いた。女性の問題には口を出す気はないのか、家宰さまは苦笑いを浮かべながら作業を続けている。サボる訳にはいかないと私も手を動かしているけれど、武闘派で名を馳せているセレスティアさまであるが、事務作業もそつなくこなすので、戦力が減っている状態。

 

 このままでは予定の時間を過ぎてしまうなあと、書類の山に目をやった……その時。私の足元で寝ていたヴァナルが不意に顔を上げてむくりと立ち上がり、セレスティアさまへとすたすた歩いて行き彼女の隣に腰を下ろしてお座りの体勢になった。

 屋敷の中ということでヴァナルの大きさは狼サイズだ。ヴァナル曰く、子爵邸の魔素が多いから割と好きなサイズに変わることができるとのこと。今のヴァナルは狼の成犬サイズが最小だそうで、最大のサイズは狼の十倍くらいになれるのだとか。時間が経てば更に大きくなれるらしく、一体何処まで成長する気なのやら。

 

 『サミシイ?』

 

 ヴァナルは椅子に座っているセレスティアさまの膝の上に顔をちょこんとおいて、上目遣いで彼女を見上げた。なんだかあざとい気もするし、上の空のセレスティアさまをどうにかしようというのがバレバレだけれど、簡単に騙される人がいた。そう、誰であろうセレスティアさまその人である。

 

 「ヴァナル……わたくしを慰めてくださるのですか!?」

 

 セレスティアさまは視線を窓からヴァナルに移して、すごーく嬉しそうな顔になっていた。ヴァナルはそんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、膝の上から顔を上げて首を傾げている。あざとい。

 

 『ムレのダレカ、イナクナル。――サミシイ、カナシイ』

 

 片言でヴァナルは告げた。そうしてまたセレスティアさまの膝の上に顔をちょこんと乗せて、息をふんと吐く。

 ヴァナルがどうして生まれたのか、フェンリルになったのかは知らないけれど、ヴァナルはどうやら群れで暮らしていた記憶があるようだ。群れで暮らしていたなら、別れもあったのだろう。自然に生きていたならば、厳しい条件下で暮らしていただろうし。

 

 『エルとジョセハ、モドル』

 

 だから元気を出して欲しいとヴァナルは言った。そんなヴァナルの頭をセレスティアさまは撫でると、じっとしたまま受け入れている。尻尾がぱたぱたと揺れているから、嫌ではないようだ。

 

 「……わたくしが悲しんでいても仕方ありませんわね」

 

 セレスティアさまは機嫌を持ち直して、仕事に取り掛かった。現金だなと思わなくもないが、元気になったのならなによりだ。積みあがっていた書類が減っていくのが分かるし、これなら時間通りに終わるだろうと、私はソフィーアさまを見て苦笑い。

 その日のヴァナルはセレスティアさまの傍を離れず、彼女が席を立ちどこかへ行こうとするとヴァナルは後ろを付いて歩き始める。魔獣が自分の後ろを付かず離れず一緒に歩いてくれることが嬉しかったのか、セレスティアさまは凄く上機嫌。セレスティアさまが仕事を終えて、辺境伯家のタウンハウスに戻る為に馬車に乗り込むその時。

 

 『イッショニネル、ヤクソク、ハタス』

 

 「!!」

 

 ずっと後ろをくっ付いて歩いていたヴァナルがそんなことを言いだした。狼くらいのサイズならばいっしょに寝ることは可能だけれど、まさかベッドの中に潜り込む気なのだろうか。

 少し心配になりつつ、セレスティアさまを見るととてもすごく嬉しそうな顔になっていた。私に顔を向けて確認を取るセレスティアさまに、小さく頷くとまた凄く嬉しそうな顔になり。そうしてヴァナルはセレスティアさまと一緒に馬車に乗り込んで、一人と一匹はタウンハウスへと戻っていくのだった。

 

 辺境伯さまのタウンハウス、大騒ぎにならないかな……。

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