魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0288:ちょっとした小話。

 ヴァナルがセレスティアさまと共にタウンハウスへ戻って行った翌朝。

 

 学院へ行こうといつものメンバーで馬車へと乗り込む。馬車の対面の席へ腰を下ろしたアリアさまが、にこにこと笑いながら私を見ている。彼女が子爵邸の別館で暮らし始めてから随分と時間が経った。

 子爵邸の庭の惨状や天馬が住んでいること、別館の方に時折妖精さんたちが姿を現しているのに、彼女は驚きもせず飄々と受け入れていて凄い。何かある度に驚いているロザリンデさまやクレイグが普通の反応なのだろう。私は常識人と名乗るならば、彼女と彼を参考にして振舞った方が良いのだろうか。

 

 アリアさまがいつもより上機嫌な気がするのには理由があった。

 

 「今日はナイさまと一緒にお弁当を食べれるなんて、夢みたいです!」

 

 ということである。数日前、ジークとリンと私で昼休みの中庭でご飯を食べていた所が噂で流れてきたようだ。普通科二年生の彼女は特進科でも騎士科でもないので、ジークとリンと私の学院内の行動は基本的に知らない。

 昨日の学院の帰り道で、ソワソワもじもじしているアリアさまにどうしたのかと問うてみると、お弁当を私たちと一緒に食べたいということだった。二学期になれば彼女も必然的に一緒に昼食を取ることになりそうだが、それまで待てなかったらしい。

 

 『良かったね、アリア』

 

 私の肩の上に乗っているクロが、滅茶苦茶嬉しいとうオーラを放出しているアリアさまに声を掛けた。

 

 「はい! 料理長さん方が作ってくださったお弁当も楽しみなんです」

 

 えへへ、と笑うアリアさま。学院の昼食は基本食堂で済ませているけれど、天気のいい日は外で食べている。

 翌日の天気はリンに聞けば大体当たるから、彼女が明日は晴れそうといえば料理長さんたちにお弁当を三人分お願いしていた。リンの天気予報が外れたら、お弁当を持参している平民の人とお貴族さまに開放されている空き教室を借りて食べるから、雨が降っても不都合はない。

 

 料理長さんたちが作ってくれるお弁当はいつも凝っていて、かなり美味しい。残念なことは、日本のお米が食べられないことだ。お米自体はあるけれど長米品種なので、ピラフとかパエリアに向いているヤツだもの。もちろん、ライスとして存在するけれど、私は銀シャリのおにぎりさんが食べたい。

 

 梅干しに、かつお、鮭、こんぶ、混ぜご飯も良いし、炊き込みご飯をおにぎりさんにしても美味しいのだから。冷えていても十分に美味しい。

 卵があれば卵焼きを作って貰えるし、ウインナーは普通に存在している。値が張るけれど。ミートボールは存在したかなあ……材料と大体の作り方を料理長さんに伝えれば再現してくれるかな。あと、お弁当に定番の料理ってなんだっけ。あ、唐揚げも捨てがたい。唐揚げかあ……。唐揚げもこちらの世界では見たことがないな。

 

 「ナイさま?」

 

 アリアさまの声で、日本的お弁当の材料から思考が離れた。どうしました、と聞き返すと彼女は苦笑いを浮かべた。

 

 「なにか美味しい食べ物のことでも考えていましたか?」

 

 「……う!」

 

 何故、バレたのだろうか。決してアリアさまの話を聞いていなかった訳じゃない。お弁当のことを考えていると、白ご飯を思いだしてしまいお弁当のおかずに脱線していただけ。

 

 「ナイさまはお顔に出やすいですから」

 

 『だよね。ナイは分かりやすいから、みんな分かっているよ』

 

 特に気を抜いて考え事をしている時が一番分かりやすいとのこと。変なことは考えていないから、思考を読まれても問題はないけれど。もう少し猫を被るか、ポーカーフェイスを学ぶかした方が良いのだろうなあ。お貴族さまの世界で生きていくなら必須事項だが、お貴族さまとしての私に必要かは微妙な所。

 

 「料理長さんたちが作るご飯が美味しいから。仕方ないよ。時々、食べ過ぎて動けないことがあるし……アリアさまもそう思いませんか?」

 

 クロの言葉に返事をして、アリアさまにも問いかける。

 

 「美味しいですよね、食べ過ぎてしまうのが少し問題ですが……あ、食べ過ぎで思い出しました! 実家の薬草畑がようやく陛下方に献上できそうなんです! ……――」

 

 アリアさまは胸の前で両手をぱん、と合わせて私と目線を合わせた。どうして食べ過ぎで思い出すのかなと首を傾げ、彼女の言葉を待つ。フライハイト男爵領で見つかった薬草畑は、国と教会の協力を得て薬師さんが派遣され、ようやく人工栽培ができるようになったのだとか。

 

 露地栽培だから、収穫量は天候に左右される部分があるけれど、薬草は貴重なので領の財源として十分な稼ぎを齎してくれるとのこと。アリアさまは暇なときに領地に戻って、麦畑に麦を蒔いたことを思い出し、魔力を注いでみたそうだ。

 派遣されている薬師さんからの報告だと、魔素の量が多くなるからアリアさまが魔力を注いだ場所の生育が良いのだとか。もちろん魔力を注がなくとも質が良いらしく、高品質のものが採れる。国と教会から協力を得ていたので、そろそろ献上品として薬草を納入できるのだとか。

 

 薬師さん曰く、薬草の使い方や調製の仕方を変えれば、大体の薬が作れるのだとか。風邪薬に整腸剤、胃薬、頭痛薬。火傷に対応した塗り薬とか。

 森の中一面に自生していた薬草がそんな効能を齎すなんて意外である。てっきりなにか一つに効果があるだけと考えていたけれど、調製方法で変わるものなんだ。食べ過ぎで思い出したのは、整腸剤や胃薬が作れるからか。

 

 「人の出入りも盛んになっていますから、領の皆さんが喜んでいて私も嬉しいです!」

 

 魔石の鉱脈開発で国や利権に絡んだ家から人材が派遣されているらしいから。採掘作業にまだ移れていないけれど鉱脈があることは確実だから、時間の問題だろう。あとは掘削作業や有毒ガスの有無に坑道建築になるのかなあ。労働災害が起こらなければ良いけれど。怪我であれば大抵のことは魔術で対応できるけれど、死んだ人は生き返らないから。

 

 「フライハイト男爵領が栄えているようでなによりです」

 

 一度訪れた時は、田舎の男爵領という感じがありありとしていたけれど。以前よりは変わっているのだろうか。様子見してみたいけれど、私が向かうとご迷惑になる可能性もあるから駄目かな。他領のことに口出しや手出しするのは内政干渉のようなものだから、アリアさまからこうして話が聞けるなら良いか。

 

 「はい! これもナイさまとロザリンデさまのお陰ですね。それにアルバトロス王国の皆さまにも助力して頂きました。そのお礼を少しずつでも返していけると良いのですが……」

 

 アリアさまが嬉しそうに笑いつつ、最後の方は真剣な顔に変わっていった。生真面目な子だなあ。

 

 「王国を守る障壁維持に貢献しているのですから、返しているではありませんか」

 

 十分じゃないかなあ。国は魔石の採掘権を得ているし、薬草開発も益になると判断したから薬師さんを派遣した訳で。教会も同様の理由だろうし。アリアさまは聖女として城の魔力補填や治癒院に参加しているから評価が高い。その辺りも考慮されているだろうから。

 

 「もっともっと頑張らないとですね!」

 

 ふん、と胸の前で握り拳を作ったアリアさま。いや、もう十分なのではと疑問に思っていると学院へ着いたようで、馬車がゆっくりと止まる。

 扉が開いてリンが顔を出した。今日はリンがエスコートを務めるらしい。先にアリアさまが降りると、もう一度リンが顔を出す。私が席から立ち上がって一歩踏み出すと、へらりと笑った彼女は手を差し伸べた。

 

 「ありがとう、リン」

 

 ステップをゆっくりと踏みながら降りて、リンを見上げてお礼を告げる。

 

 「ううん。気にしないで」

 

 そうして前を見ると、いつも校門前で合流しているセレスティアさまの姿が見え、小さく頭を下げる私たちだった。

 

 ◇

 

 馬車から降りて学院の正門を目指そうと前を向くと、凄く機嫌のいいセレスティアさまの姿。彼女の横にはヴァナルがちょこんとお座りして私たちを待っていた。私の姿を確認するとセレスティアさまが歩き出し、ヴァナルも一緒に歩き始めてこちらへと歩き始める。

 セレスティアさまが私の前で立ち止まり、ヴァナルは私、ジーク、リン、アリアさまの順番でくるりと一回りして、私の影の中に入った。ソフィーアさまがこの場に居れば、私の後にソフィーアさまの周りをまわってジークたちへといったのだろう。何気にきっちりと序列を理解しているのは、群れ社会で生きてきた狼時代の記憶があるからだろうか。

 

 「セレスティアさま、おはようございます。ヴァナルはご迷惑をお掛けしませんでしたか?」

 

 「おはようございます、ナイ。迷惑などとんでもない、わたくしの言うことをちゃんと聞いてくださいましたし、約束通り一緒に寝ましたわ!」

 

 セレスティアさまは鉄扇を広げ口元を隠してから、ふふふと笑う。迷惑は掛けなかったかもしれないが、ヴァイセンベルク家のタウンハウスで働く人たちは驚いただろうなあ。

 その辺りを聞いた方が良いのか、聞かない方が幸せなのか。武闘派と名高い辺境伯家で雇っている方たちならば、問題ないかなあ。セレスティアさまが幻獣や魔獣が大好きというのは周知の事実である。

 

 「それは良かったです」

 

 エルとジョセのことは一時的に忘れているのか、それとも思い出さないように振舞っているのか。落ち込んでいるセレスティアさまなんて似合わないから、空元気だとしても嬉しいかな。そうこうしているうちにソフィーアさまが私たちと合流。

 いつものメンバーで各教室を目指し、授業を受けると昼休みの時間になった。料理長さんに作って貰ったお弁当を手に取って、中庭を一目散に目指す。仕事でも学校の勉強でも、一番の楽しみはお昼ご飯だ。みんなでワイワイと食べるのは楽しいし、今日はアリアさまも一緒だ。

 ソフィーアさまとセレスティアさまは食堂で済ませるとのことで、途中で別れている。次の機会があれば一緒に食べようと約束をしたので、子爵邸で打ち合わせをしなければ。こうしてお弁当を持ち寄って食べる機会なんて、学生時代だけだろうし、今のうちにしかやれないことはやっておくべきだろう。何十年も経って、懐かしいと茶飲み話になるのだろうから。

 

 中庭のいつもの場所に着くと、まだ誰もいなかった。授業でも長引いたかなあと、芝生の上にハンカチを敷いて腰を下ろす。肩の上に乗っているクロがきょろきょろと辺りを見回して、誰かこないかの確認をしている。

 ぺしぺしと尻尾を揺らしながら器用に前脚を浮かせているのだけれど、よく落ちないな。爪を立てている訳でもないし、本当に不思議。昼休みなので、ロゼさんとヴァナルが私の影の中から飛び出てくる。今日は梅雨晴だから、日向ぼっこは気持ちいいよねとロゼさんのつるんとした体をなで、ヴァナルのふさふさな体も撫でた。

 

 なにか楽しい話があればいいけれど、と考えながらみんなが来るのを待っていると、一番に顔を見せたのはアリアさまだった。

 

 「ナイさま、お待たせしました! ジークフリードさんとジークリンデさんは?」

 

 アリアさまは急いでやってきたのか、少し息を乱していた。そんなに急がなくてもお弁当は逃げないのにと苦笑いを浮かべる。

 ジークとリンなら必ず来るから、そう心配しなくても。まあその辺りは付き合いの長さ故だから、仕方ないのか。きょろきょろと周りを見渡すアリアさま。クロみたいだなと思ったのは仕方ない。

 

 「まだ来ていませんね。二人が遅くなるようなら先に食べてしまいましょう」

 

 軍の人や騎士の方は常在戦場を常としていて、早食いを心がけている。ジークとリンもお弁当を平らげる時間はかなり早い。

 ちゃんと噛んで食べなよと伝えても、私が食べている間に平らげているから。ラウ男爵夫妻との月に一度の食事会では、ゆっくりと食べているようだけれど、本当に大丈夫なのかどうか。二人も騎士としてテーブルマナーは習っているから、恥は掻かないはずだけれど付け焼刃だから。

 

 「あ、せっかくなら一緒に食べ始めたいなあと……」

 

 アリアさまも芝生の上にハンカチを敷いて、私の隣に腰を下ろした。確かにみんなと一緒に食べようと楽しみにしていたのだから、手を合わせるタイミングは合わせた方が良い。

 

 「なら、もう少し待ってみましょうか。授業の終わりが少し遅くなっただけかもしれませんしね」

 

 「はい!」

 

 アリアさまが威勢よく返事をしてくれてから、待つこと五分。背の高い赤毛のそっくりな顔が並んで、私たちの下へやってきた。

 ジークとリンの右手にはお弁当箱が下げられている。少し違和感を感じてジークの左手を見ると、手紙を握っている。今まで手紙なんてジークが持っていることはなかった。何故と首を傾げるけれど、授業で受け取ったのかもしれないし、無粋に突っ込むのも気が引ける。

 

 「すまない、待たせた。――待たせて申し訳ありません、フライハイト嬢」

 

 「ナイ、お待たせ。――ごめんなさい」

 

 ジークとリンが私とアリアさまに頭を軽く下げた。学院だから、聖女として貴族として扱わないで欲しいと言っているから最低限のものだ。

 

 「気にしないで。二人とも座って食べよう」

 

 「私も気にしていませんから! 皆さんとお昼ご飯を一緒に食べるのが夢だったんです、願い事が一つ叶いました!」

 

 アリアさまはジークとリンを見上げて、にっと笑った。彼女は子爵邸の別館で生活しているけれど、ご飯は分かれているから。幼馴染組で一緒に食べていると聞いて、何か思うことでもあったのだろうか。

 ご家族と離れて暮らしているし、寂しいこともあるのだろう。私だって、家族と思っている四人がどこか遠くへいったりすれば寂しいから。アリアさまは叶えるべき目標を沢山持っているそうだ。で、その内の一つが今日叶ったのだって。

 

 芝生の上にハンカチを敷いてジークとリンが座る。この面子となると話の中心はアリアさまだ。人懐っこいというか、物怖じをしないから言葉少ないジークとリンにも話を振ってくれる。

 ジークは無難に言葉を返し、リンは言葉短く彼女の問いに答えていた。ジークとリンはアリアさまと私がまだ食べ終えていないというのに、お弁当箱の中身を空にさせていた。いつの間にと不思議になるけれど、早食いは騎士としての基本といわれるだけだから気にしてはならない。アリアさまが目をぱちくりさせているが、気にしちゃならないのである。

 

 「ナイ」

 

 「どうしたの、リン」

 

 リンが誰か居る場所で――今の場合はアリアさま――私に問いかけてくるのは珍しい。リンは誰かいると黙り込んで、居なくなった後になにか言いたいことを伝えるのがデフォなのだけど。

 

 「兄さんが、恋文を貰ってた」

 

 「……リン!」

 

 リンの言葉にジークが語気を強めて咎める。私には知られたくなかったのだろうか。もしかして今日来るのが遅れた理由はそれかな。左手に握っていた手紙がソレだとしたら納得できる。しかしまあ、ジークに春がやってきたのか。

 ジークが恋愛を楽しんでいる所を想像できないけれど、好きな相手や興味のある女の子とデートするくらいなら問題はないだろう。お貴族さまだから、制約は多いだろうけれど理由さえあればデートくらいできるだろうし。

 

 「あれま」

 

 「わあ! 素敵です!」

 

 手紙の中身が気になる所だけれど、当人同士の問題だから……といいたいけれど、私たちはお貴族さま。手紙を受け取って良いものかの判断もつかないうえに、敵対している家の女の子ならお付き合いは無理だろうし、ラウ男爵さまたちに相談案件かな。ジークはどう考えているかも気になるけれど。

 ジークは微妙な顔、リンは言いたいことを言った為普段通りの態度、アリアさまは喜んでいる。とりあえずは、相手がお貴族さまかの確認やジークがどうしたいのかを聞き出してから、ラウ男爵に相談だねえと告げる。お貴族さまというものを理解している面子だからか、私の言葉に頷くジークとリン。アリアさまは少し残念そうだけれど、ちゃんと立場を理解できている子なのでそれ以上は何も言わなかった。

 

 恋バナに花を咲かせられないのはしょうがないことだよねえ、と梅雨晴れの空を見上げるのだった。

 

 ◇

 

 ジークが恋文を受け取って三日。

 

 恋文を受け取った当日に、ラウ男爵さまと子爵家の家宰さま、他もろもろの関係者に通達されていた。そこからの対応は早いもので、相手の子の身上調査やらが始まる。

 平民とお貴族さまでも問題があるし、お貴族さま同士でも問題がある可能性があるから仕方ないとはいえ、自由に恋愛ができないことに少しもにょってしまうのは前世の記憶持ちだからか。

 

 ジークが受け取った手紙の持ち主は豪商の女の子で、付き合うかどうかの返事をする価値もない相手と判断されていた。ただジークが未来を約束したいと思える相手ならば、付き合ってみても良いのではという言葉も同時に頂いている。

 平民の皆さまの間では、お見合い結婚、恋愛結婚――ようするに自由恋愛が普通に受け入れられていた。爵位の低いお貴族さまたちにも最近は受け入れられているそうだが、メジャーではないとのこと。

 

 ラウ男爵からはジークとリンに貴族家から婚約の打診がきているから、どうするのか教えてくれとも。

 受けるも断るのも自由と告げられた辺り、相手の家は政治的価値の低い方なのだろう。

 ジークとリンに春が来たなあと喜んでいたけれど、二人は『面倒』という顔をありありと浮かべていた。一方的に送られたものだし、恋愛に興味がなければそうなるかと私は苦笑いだったけれど。

 

 幼馴染五人、子爵邸の食堂で朝食を取っていた。目の前には料理長さんたちが丹精込めて作ってくれた料理が並んでいる。夕食は侍女さんたちが配膳してくれるが、朝食と昼食は大皿に料理が盛られて取り分ける形式を採用させて貰っていた。

 給仕の方が付いていると落ち着かないので、ちょっとした我儘をお願いしている。品数が多いし、おかずは美味しい。流石、料理のプロが作るだけはあるなあと、毎回美味しい、美味しいと食べていた。

 

 「ジーク。返事はどうするの?」

 

 私がジークに問いかける。報告を受けた昨夜は、相手の出自と対応の仕方を告げられただけで、本人がどうするのかは話題に上がることはなかった。

 話をきちんと把握していないクレイグとサフィールは、なんだとジークと私の間で視線を行き来させている。ジークが手紙を受け取ったということしか知らないから、二人のその顔は不思議じゃないけれど、少し面白かった。

 

 「済んだ話だろう。返事をする必要もない相手と判断されたなら、俺には関係はないからな」

 

 ジークはすました顔で言い切った。確かに面識も興味もない相手からの恋文なんて困るだけだし、お貴族さまでもない相手に気を使う必要もないから。身分に上下がある国限定で、だけれど。身分制度は西大陸のほぼすべての国が当てはまる。ないのは亜人連合国くらいじゃないだろうか。外交窓口は必要だし、部族の代表として各人が選出されているようだが。

 

 「そうだけど。ねえ、相手の子が返事を求めてきたら、ちゃんと答えてあげてね。ジークの言葉でいいからさ」

 

 無理強いはできないし、私が言えることはこれくらいかな。思春期の男の子にこんなことを言えば『こいつウザい』と思われそうだが、恋文を送った相手の気持ちを考えると返事くらいはと願ってしまう。

 

 「わかった」

 

 ジークは一瞬だけ眉間に皴を寄せたから、私の言葉を良く受け取っていないなと苦笑い。本心を言わないことや喧嘩にならないだけ、ジークは精神的に大人なのだろう。返事の言葉が一刀両断の容赦のないものでも、はっきりとしたものなら次に進めるだろうから。曖昧な態度や言葉で示すより、誠意があるはずだ。

 平民とお貴族さまという壁が邪魔をしているけれど、相手の女の子もこの世界で生きているのだから、ジークが断る理由は分かるはず。まあ、家を通さないで直接恋文を渡したことはお叱り案件かもしれない。

 学院内ならばある程度は許させるかもしれないが、これ以上の行動は咎められるだろうし、公の場――学院も公の場だから妙な言い回しだが――であれば暴挙と判断されて周囲の人間に止められていただろう。

 

 「なんだ、ジーク。堅物真面目なお前が恋文を貰うなんてなあ」

 

 「確かにちょっと意外だね。ジークは貴族になったから、男爵家を通したものなら話は分かるけれど」

 

 クレイグとサフィールが食事をほとんど食べ終わったので、会話に加わった。興味もあるのだろう。ジークを見ながら、からかいの表情を浮かべている。

 

 「男爵家を通してくれれば、こんなことにはならなかったんだがな……――」

 

 婚約話はラウ男爵家の籍へ入ったからしばらくした後、ようするに亜人連合国に赴いて戻ってきて少し経った頃から舞い降りていたそうだ。ラウ男爵には断って欲しいとお願いしていたのだとか。最近は舞い込んでくる見合い話も増えて困っているのだとか。

 

 「貴族なら適齢期だしな。婚約者がいねえなら相手探しは必死になるか。ジークとリンは騎士でナイの専属だからな。ナイを直接狙うことは出来ねえだろうし、手近なところを攻めている、とかか?」

 

 片肘を突いた手を顎に乗せながら告げるクレイグに驚きを隠せない。え、ジークとリンはイケメンと美女だからモテていたんじゃないのか。二人は確かに私の功績に連なっているから、そういう解釈もあるのだろうけれど。

 

 「だろうな。今回は、ラウ男爵に伝手がなかったんじゃないか」

 

 ジークはクレイグの言葉に同意して、夢も希望もないことをサラッと言い放った。さっき説教じみた言葉を発した私が恥ずかしいのだけれども。

 

 「相手の子も大変だね。家からの命令かもしれないし、抜け駆けしたことが噂にならなきゃいいけれど……リンにはその手の話は舞い込んでいるの?」

 

 サフィールまで夢も希望もないことを言い始めちゃった。確かに家からの命令も捨てきれないから、恋文を貰ったと単純に浮かれることは難しいか。最後はジークからリンに興味が向いたのか、サフィールが彼女に視線を向けながら問いかけた。

 

 「うん。でも、全部断っている。私はナイの騎士だから」

 

 リンは相変わらず即答して、相変わらず私を一番に考えている。有難いけれど、自分の幸せもきちんと考えてね。まだ十五歳だから早いのかもしれないが、二十歳を超えると行き遅れといわれる場合もあるからね。

 

 「リンらしいね」

 

 サフィールがくすくすと笑いながら、私を見る。そんな彼に私は肩を竦めて、やれやれと苦笑い。

 

 「つーか、それならナイの所に舞い込んでいてもおかしくねえんじゃないか?」

 

 クレイグがはっと思いついたように、私に声を掛けた。

 

 「話はきてないよ。そういえば全く聞かないね?」

 

 亜人連合国に赴いたあと冒険者ギルドで休憩している時に、外務卿さまと陛下が私に舞い込んできた釣書を仕分けていたけれど、あれも結局どうなったのか分からず仕舞いだ。もしかして、公爵さま辺りに握りつぶされているのかな。公爵さまなら国に益を齎す相手じゃないと認めなさそうである。

 

 「僕たちに疑問で返されても困るよ、ナイ」

 

 クレイグに向けていた視線をサフィールに変えると、彼は困った顔をして言葉を放った。まあ、私も返答に困るから、誤魔化す為に疑問形で聞いたから。

 

 「ナイが誰かと連れ添っている所なんて、想像つかねーな!」

 

 クレイグが椅子の背凭れに体重を預けて、両腕を頭を後ろに回してにっと不敵に笑う。揶揄われているな、と思いつつも幼馴染の言葉である。腹は立つこともなく平然と受け入れて、彼と同じように不敵に笑みを浮かべた私。

 

 「私もクレイグが女の子と一緒に居る姿が思い浮かばないけどね!」

 

 「失礼だな!」

 

 はいはい、言い合いはそこまでにしようねと止めるサフィールの言葉に頷くクレイグと私。自由恋愛は難しいご時世なのかもしれないが、幼馴染の彼ら彼女にいい出会いがありますようにと願うのだった。

 

 微妙な顔をしながら、私を見ているジークのことなど全く気付かないまま。

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