魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――ナイ!
私の名前を呼ばれた方向へ振り向くと、クロとソフィーアさまとセレスティアさまが慌てた様子で駆け寄ってきた。
息を切らせながら呼吸を整える間もなく、言葉を発しようとしたソフィーアさまとセレスティアさまが何度かむせ込んだ。クロは竜なので息切れなどしておらず、私の服の裾を噛んでどこかに連れて行こうとしている。
「向こうの岸に弱っている生き物がいたんだ。すまないが診てやってくれないか?」
「息も絶え絶えで、クロさまの見立てではあまり長くはないと……!」
ソフィーアさまとセレスティアさまが立ち直って、状況を教えてくれた。クロが早く行こうと、服を噛んだまま引っ張るので歩を進める。騒ぎを聞きつけた人たちが、私の周りに寄ってくる。ジークとリンは元々側にいた。クレイグとサフィールも、何事かと私の下に。
ロザリンデさまとアリアさまも顔をだし、ディアンさまとベリルさまも騒ぎに気が付いた。ダリア姉さんとアイリス姉さんもだし、島に移り住んでいるダークエルフの方もお姉さんズと一緒にやってくる。
『死にたくないって言っているんだ。寿命ならしかたないけれど、まだ若い仔だから助けて、ナイ!』
クロは服を噛んだまますごく聞き取りやすい言葉で、生き物がどう考えているのか教えてくれた。寿命でもなく、生きたいと願っているのならば、聖女の出番だ。治療相手が人ではないから、治癒代は頂けないけれど。
「私にできることなら」
病気か怪我か。はたまた喧嘩でもしたのか。理由はどうあれ助けてくれというならば、無視はできない。島に生きる生き物ならば、これから共生することになる。仲良くなれる切っ掛けになるかもしれないから、快くお三方の言葉に頷いた。
「走るぞ!」
「急ぎましょう!」
ソフィーアさまとセレスティアさまが令嬢とは思えない速さで走る。他の皆さんも大事だと判断したようで、クロとソフィーアさまとセレスティアさまの言葉に頷き走り始める。私も走り出した、まではいいのだが……歩幅が違い過ぎて、クロとお二人に直ぐに置いていかれそうになる。
「リン」
「分かった、兄さん」
ジークがリンに声を掛ける。それと同時に訪れた浮遊感と、目に映った光景が上下に反転した。
「ぐぇ!」
妙な声が出た。またしても足の遅さを理由にリンが米俵の様に私を担いで、凄く速いスピードで砂浜を駆けて行く。リンは揺れないように気を使ってくれているが、それでも振動が直接伝わる訳で。
長い時間抱えられていると酔いそうだと苦笑いをしながら顔を上げると、後ろを走っているメンバーに遅れが出始めていた。鍛えている人と鍛えていない人の差が如実に出始めたようで、クレイグとサフィールにロザリンデさまが確実に遅れている。
ロザリンデさまが遅れていることに気がついたアリアさまが彼女に駆け寄って、右手を引っ張る。体力がない人にそれはキツイのでは、と思いつつ、アリアさまは気遣いのできる優しい子だ。麗しき友情に目を細めていると、後ろの惨状に気が付いたソフィーアさまが声を張る。
「――間に合わぬ者は、ゆっくり追いつけば良い! 私たちの足跡を追えば辿り着く!!」
海辺の浜を走っているから、足跡が確り残っているから問題はないだろう。それに気が付いたことで、先頭集団はさらに加速するのだった。
それにともない揺れも激しくなってくる。とはいえ息も絶え絶えと聞いたし、我儘をいう訳にもいかないと口を一文字に食いしばる。暫く走っていると砂地から少し岩が増えはじめ、少しばかり様相が変わった。こんなところにどんな生き物がと疑問に思い始めたその時、リンの走る速度が落ちていく。
「着いた! ――まだ、生きているな……!?」
「間に合いましたか!?」
ソフィーアさまとセレスティアさまの声が聞こえる方向へ顔を向けた。お二人は巨大な黒い塊の傍に寄って、なにかを確かめ。
『怪我を治せる子を連れてきたよ! 頑張って!』
クロは巨大な生き物の視界に入るなり、言葉を掛けていた。浜に打ち上げられていた生き物……鯨だった。それもかなり大きいサイズ。十五メートルほどはありそうな感じかな。顔が陸側、尻尾が海側に浸かっていた。じっとしたままでほとんど動いていない。
「息はしているが……」
「状況がよろしくありませんわね」
ソフィーアさまとセレスティアさまが苦悶の表情を浮かべて、小さく呟いた声が耳に届いた。
波打ち際の波が押し引きしているというのに、体の上の方に波が全くかかっていない。お二人のいう通り息をしているものの、呼吸が浅いというべきか。体の傷も酷く、ぱっくりと傷が開いて赤い肉が見えている上に、そこから血が流れている。流れた血は波にさらわれ海へと流れているが、鮫を引き寄せないかと嫌なことが頭を過った。なにより治すべき傷の数が多いというのが頭を抱えてしまう原因だ。
私は範囲回復――無理矢理やればできるが無駄な魔力を使うのでやらない――は苦手だし、一つの傷に対する治療時間がそれなりに掛かる。とはいえ後からアリアさまとロザリンデさまがいらっしゃるし、ダリア姉さんとアイリス姉さんもいるのだ。治癒の魔術や魔法を使える方に協力を願おうと、腕まくりをして声を張る。
「一番酷い傷の場所を見つけてください! そちらから治療に取り掛かります! あと、できるだけ鯨の身体が乾かないように気を配ってあげてください!」
私一人で大きな傷を探すには骨が折れる。横たわっている鯨に近寄って探すと、体全体が見えなくなるから悪手だ。こういうのは数を頼りに、みんなに見つけて貰うのが一番だろう。
「ナイちゃん、私も手伝うわ!」
「私も手伝うよ~。どうしてこんなことになったのか分からないけれど、放っておく訳にはいかないしね~」
ダリア姉さんとアイリス姉さんが、名乗り出てくれた。有難いから『お願いします』と即答して、お互いに頷き合う。
『ナイ、こっち!』
クロが私を呼ぶけれど、自力で指定された場所に行けない。ジークとリンにお願いしようかと振り返ると、小さな竜の方が――といっても三メートルくらいはある――私に背を向けて乗ってと告げた。
時間もないので遠慮なく竜の方の背に乗ると、ひゅっと内臓が置いていかれる感覚に襲われる程度の早さで浮き上がって一瞬で鯨の真上に辿り着く。鯨の身体にぱっくりと開いた切り傷。原因を考えるよりも、治癒を掛けないと命が危ない。
『頑張れ!』
『負けるな~!』
『この傷、大きい!』
いつの間にか集まっていた小さい竜の方たちが、思い思いに鯨に声を掛けたり、傷を一緒に探してくれる。彼らは飛べるので人やエルフの方々が見えない場所の傷を直ぐに見つけてくれるので有難い。
ダリア姉さんとアイリス姉さんも鯨の傷を治してくれていた。いつもであれば歌うような詠唱が耳に心地いいと聞いているが、今は気にしている余裕はなかった。傷の大きさや深さを考えて何節詠唱するか考えなければならないし、どの傷を治せば鯨の命にとって一番良いのかも判断しなければならない。
「鯨さん?」
「初めて見ましたわ……鯨って凄く大きいのですね」
アリアさまとロザリンデさまが遅れて合流した。クレイグとサフィールも一緒だったようで、息を切らせながら初めて見る巨大な生き物に、なんとも言えない顔を浮かべていた。
彼女たちも砂浜に流れ着いた鯨を知識として知っており、実際に目にした巨大な生き物に驚いているが、今はそんな暇はないと遠慮なくお二人に声を掛けて治癒をお願いする。まだ残っている傷に気が付いて、お二人も酷い傷を探し当てて治癒を施し始めるのだった。
◇
砂浜に流れ着いていた大きな大きな鯨。あちこちについた傷の一部は致命傷に近いものがあった。それでも生きていたのは鯨の生きたいという思いなのか。
ダリア姉さんとアイリス姉さん、アリアさまとロザリンデさまと私の総勢五人で、傷ついた鯨の治療にあたっている。大きな傷は粗方治し終えてあとは小さな傷を治すだけと、安堵の息を吐く。ロザリンデさまが疲れた様子を見せていたので、先に休んで貰っていた。
「大きな傷は治したわね」
「うん。あとは小さい傷だけだよ~」
ダリア姉さんとアイリス姉さんが鯨を見上げながら、ゆっくりと私の方へ近づいて声を掛けてくれた。
見える部分は粗方治し終えたようだが、砂浜、ようするに地面に触れている面がどうなっているのかが分からない。鯨の息は随分と整ってきているから、致命傷の傷はないと思いたいが、野生の生き物がそんな主張をするはずも……――。
『――痛い所が随分と減ったって!』
クロが私の近くに寄って滞空飛行したまま、鯨の様子を教えてくれた。大きい傷を見つけ終えたあとは、鯨とずっと話をしていたようだ。うん、ごめん。クロが大概の生き物と意思疎通できるのを忘れていた。
「そろそろ我々の出番だな」
「ですね、若」
ディアンさまとベリルさまが声を上げた。お二人は竜の方たちを指揮して、鯨の身体に海水をかけてくれていたのだ。ソフィーアさまとセレスティアさま、ジークとリン、クレイグとサフィールもバケツ片手に水を必死にかけつつ、鯨に声も掛けていた。
みんなの努力が実って良かった。もう少し傷の手当を終えたら、大型竜の方に鯨を引っ張ってもらい、沖に戻す予定だから。あとは豊富な餌場に案内できればいいけれど、流石に海の中の状況までは分からないし、島の周辺は浅瀬なので鯨にとって良い環境とは言えないから。
「もうひと踏ん張りですね」
私は魔力が多い所為か、持久力だけはある。まだ小さな傷が残っているから術を施そうとした時、アリアさまもギブアップしたようでロザリンデさまの横にゆっくりと座り込んでいた。こちらを申し訳なさそうにみているが、無茶をして倒れればせっかくの長期休暇が台無しになる。ゆっくりしていてくださいと口を動かせば、アリアさまは小さく頭を下げたのだった。
「そうね。もう少し頑張りましょうか」
「ん。頑張る~」
ダリア姉さんとアイリス姉さんは疲れているようだが、魔力切れは起こしていないようだ。鯨に残っている傷と、砂浜に埋まっている側を竜の方にお願いして変えて頂く。こちらの面にも大小の傷があり、ダリア姉さんとアイリス姉さんが少し嫌な顔になっていた。
お二人を見つつ、現れた傷の治療を始める。大きい傷、というか致命傷は塞がっている為に急ぐ必要はなく、落ち着いて処置ができる。
その為か、傷の治りが綺麗になった気がする。しかしまあ、本当に大きい鯨だ。こんな巨体の鯨がどうやって打ちあがったのか謎だけれど。
「もう少し、かな」
言葉を呟きながら、傷を治していく。ゆっくりと治療をしているから、時間が掛かってしまったけれど。クロが鯨の状態を逐一教えてくれるので問題はないうえに、体が乾きすぎると竜の方々の手に寄って沖に連れて行ってもらうつもりだった。
「終わったよ。もう痛くないはずだよね?」
治療が終わって鯨の目の傍に近寄って、体に触れる。言葉は分からないだろうけれど、気持ちの問題だ。もし伝えたいことがあるなら、クロが通訳してくれる。だが自然に生きる鯨だから人間に関わらない方が良いだろうと、クロにお願いすることはないまま。
――ありがとう。
鯨がそんなことを言った気がするけれど、幻聴だろう。助けたことに対する自己満足が、きっとこんな幻聴を聞かせたに違いない。何度か鯨の身体を撫でていると、大きな白い竜がこちらへ飛んできて、海の中へ身体を浸けた。
ベリルさまが竜化して鯨を沖にまで運んでくれるようだ。相変わらず大きな巨体で、海の中に体を沈めてもほとんどが露出している。ベリルさまの尻尾が鯨の尾鰭を器用に巻いて、しっかりと繋がったようだった。他の竜の皆さまは鯨の周りの砂をかきだして、少しでも進みやすいように水深を稼いでいた。
『行きますよ』
ベリルさまが大きな翼をゆっくりと広げて、沖へと進み始める。それと一緒に鯨の巨体がゆっくりと浜辺から沖へと引き摺られる形で、浅瀬から少しずつ水深が深くなり乾いていた鯨の身体が海水に浸かりどんどん姿を隠していく。適当な所でベリルさまの巻き付いていた尻尾は離れていた。
鯨の身体全体が体を海水が包むと、潮を吹いた。巨体故かかなり上にまで水しぶきがあがって、偶然にも虹が浮かんでる。雨上がりによく見る光景だけれど、海の上に掛かる虹は初めてみた気がするなあ。何度か潮を吹いたあと、巨体を海面から大きく跳ねさせて、波しぶきが大きく立つ。テレビの自然特集の映像を観ているようだった。
「どうやら無事に海に帰れたみたいだな」
「ですわね。一時はどうなることかと案じていましたが……」
ソフィーアさまとセレスティアさまが胸を撫で下ろしていた。鯨を見つけたのは彼女たちだし、貴族のご令嬢が砂浜を走るなんて重労働を普通はしない。
息を切らしながら、声を上げて訴えることもしないというのに。鯨のことを案じて私たちを呼んだ。クロと彼女たちの訴えにみんなが応えて協力し、鯨を海に帰すことができたのだ。
「なんとかなったわね。偶には良い事もしないとね」
「頑張った甲斐があったよ~」
ダリア姉さんとアイリス姉さんも嬉しそうに、海を眺めている。ダリア姉さんが問題発言をしたような気がするが、気のせいだと頭を振る。アリアさまとロザリンデさまも大海原に消えていった鯨を名残惜しそうに見ていた。ジークもリンも、クレイグもサフィールも。手伝ってくれた竜の方々にダークエルフの皆さまも。
「どうしてあんなに傷だらけになっていたのかな?」
本当に不思議である。あんな巨大生物に傷をつけるのは大変だろう。もしかして誰かが捕鯨でもしていたのだろうか。食べる為に捕ること殺すことは致し方なく、それを責めるならば動物の肉を食べることができなくなるし。極端なことをいえばお野菜さんだって生きているのだから、食べちゃだめってなるから。
『分からないけれど、助かって良かったよ。みんなにもお礼をいわなきゃね』
「そうだね、クロ。私一人じゃあ助けられなかったから」
私の肩にとまったクロと顔を見合わせながら、みんなにお礼を述べようと後ろを振り返ったその時。
「なっ!」
「え!?」
「……っ!」
「……」
「凄いです!」
「なっ、なっ……!」
「嘘だろぉ……!」
「ええ……」
凄く驚いた顔をしているソフィーアさまとセレスティアさまに、平静を装っている物の驚いているようなジークとリン、感嘆の声を上げたアリアさまにドン引き中のロザリンデさま。クレイグは何か受け入れられずにいるし、サフィールもどこかしら引いている。一体何だろうと陸から海へと視線を向け直した。
――鯨が空を飛んでる……。
先ほど怪我を治した鯨と更に大きな鯨が寄り添って空を飛んでいた。あり得ない、と叫びたいけれどここはファンでタジーな世界。
魔力が存在するし、竜や天馬といった魔物、魔獣、などの不思議生物か住んでいるのだから、鯨が空を飛んでもおかしくは……いや、やっぱりおかしくないかなあ。世界観が統一されていないというか、空飛ぶ鯨なんてファンタジーな世界で聞き辛いけれど。まあ、作品によると言われればそれまでだが。
「空飛び鯨だったのね」
「珍しいよね~」
どうやら亜人連合国の皆さまは存在をしっていたようだ。名前、まんま過ぎじゃないかなあという突っ込みは無粋なのだろうか。なんにしても怪我が治って自由に過ごすことができるならば、問題ないのかなと開き直るしかないのだった。――あれ?
「ところでクロ。クロが大きくなれば早く辿り着いたんじゃあ……?」
『……あ』
クロ、小さい姿に慣れ過ぎて大きくなることを忘れていたみたいだ。クロが大きくなってソフィーアさまとセレスティアさまを乗せ、私たちの所へ戻りもう一度浜辺に行けばかなり時間が短縮されたのでは。不味いことを聞かれた所為か、珍しくクロが私から視線を逸らして体を丸くするのだった。