魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
公爵さまの話の数日後、ジークとリンと私が住んでいる王都の教会近くにある教会関係者用宿舎に入試対策の為の資料がどっさり送られてきたり、家庭教師が現れたりと少々騒ぎになっていた。
周囲の人たちは私たち三人が学院へと入ることを歓迎してくれていて、聖女としての仕事は以前よりも減っているし、魔物討伐の遠征も公爵さまから入学の話を貰ってから請け負っていない。権力を持っている人の圧力って本当に効くんだなあと、目の前の本へと視線を向け、ふと隣に座っている彼女の方へと顔を向けた。
「リン。そこ間違えてる」
「?」
かりかりとペンを走らせながら入試対策の為にジークとリンそして私、三人で集まって勉強会を開いていたのだけれど、リンは勉強が苦手なようで。よく頭を抱えて悩んでいるし、所々でこうしてミスをしている。今も私が指摘した理由が分からず、首をひねっていた。
「ほら、ここ。――あてる数式はこっちだよ」
「……本当だ。ありがとう」
さりさりと紙に二重線を描いて訂正するリン。助言すればこうして気付いて正解を書き込めるのだから、問題はなさそうだ。真剣に問題を解いている彼女を見ながら、笑っていると横から声が掛る。
「ナイ。お前はお前で間違えてるぞ」
「え?」
「数学や化学の難しい問題は解けるのに、何で簡単なはずの地理や文化はてんで駄目なんだ……?」
呆れた声でジークが頬杖を突いたまま、間違えている所を逆の手で指差した。だって仕方ないだろう。数学や化学は前世での知識が役立っている。
前世も孤児として生まれ、ものの見事に荒れに荒れた若かりし頃。
学生時代は不良と呼ばれても差し支えないくらいの行動をとっていた。そんな私が高校を卒業して社会人になったのだけれど、学生時代の悪行が祟ったのか、就職先はまともな企業とは言い難かった。ブラックという噂だけあって仕事内容は過酷を究め、このままでは自殺か過労で死んでしまうなぁとおぼろげに感じ始めた頃、精神より肉体が先に悲鳴を上げてぶっ倒れたのだ。
そうして仕事を辞め次の仕事先を見つけたのだけれど、そこは大手企業の百パーセント出資の子会社。労働基準法で定められている三六協定も順守していたし、有休消化にも積極的。仕事に必要な資格試験は会社負担だったり、割安で通信教育なんかも受けられた。――実にホワイトだ。
仕事内容も専門職で、全くの素人でも出来るようにとマニュアルはあるが、深く掘り下げるためには知識が必要だった。そのことに関して職場の上司は意欲的に教育してくれたし、分からないことがあれば丁寧に教えてくれていた。
学生時代よりも学ぶことが楽しかったし、仕事自体も楽しかったから、学生時代に嫌いだった勉強も苦にはならなかったのだから不思議である。そうした経緯から修得した専門知識のお陰で理系や化学の知識はそれなりに詳しかったから、こちらの世界のものにも転用できたので割とあっさりと覚えられた。
逆に苦手なものは、この世界の常識や知識、地理に歴史だった。それらはゼロからのスタートだったし、覚えるべきことも大量にあったので苦戦していた。割とすんなり覚えていた二人をうらやましく思うくらいには。
入学試験に受かるには問題ないレベルには到達しているそうだが、成績優秀者は学費が免除されるのでソレを狙っている。公爵さまにお金の心配は要らないと伝えられているけれど、出来ることならば自力でどうにかしたいものだし。
あとは実技試験、ようするに魔術関連の実技があるのでそっちをどうするべきかを考えるだけなのだけれど、初歩的な魔法を使えるならば問題はないそうだ。
一応、教会の聖女として治癒魔法は十二分に使えるし、魔物討伐の遠征にも出るから基礎魔法は使えるのだ。だからこちらに関しては問題ないだろうと、何も対策をしていない。兎にも角にも筆記試験を頑張る、という状態だった。
ジークとリンも騎士科に受かる為のボーダーラインは超えていて、実技試験も難なくクリアできるレベルに達しているとのこと。私は普通科に通うつもりなので、二人とは分かれてしまうけれど登下校や休み時間は三人で過ごすことも出来るだろう。
「うーん。苦手な所、もう少し力を入れないと駄目かなあ……」
「だな」
「頑張ろう」
前世の学校生活は小学生の時から荒れていたという黒歴史全開の我が人生をやり直すことが出来るのは幸運。――異世界でだけれども。
貴族の人たちと一緒というのは少々の不安要素ではあるけれど、どんな学生生活になるのか楽しみだと、三人でテーブルの上で拳を軽くぶつけ合うのだった。
◇
そうして十五歳になる少し前――入学試験当日。
どうやら貴族の子女の皆さまは試験は免除――後から聞いた話であるが一定の教育水準まで各家庭で施されている為――だそうで、会場では平民の人のみで試験が取り行われるようだった。それでもなんとなくではあるが商家やお金持ちの人たちとそれ以外では隔たりがあるようで、試験前の会場となった学院の教室は見えない線引きがあった。
「机に記載されている番号に従い着席してください」
かたりと教室の引き戸を開けて、試験官が数名やってきて、部屋へと入るなり教壇に立ち声を上げる。
受験者数はさほど多くはないので、当日に試験結果が出るという早業。夕方には結果に関わらず公爵さまへと報告に行かなければならないので、今日は忙しくなりそうだ。まあ、何日も試験結果を気にしながら過ごすよりも、こうしてすぐ結果が出る方が心穏やかでいられるだろう、捉え方次第だろうけれど。
「机上には試験番号と受験票、そして問題用紙と回答用紙が揃っていますね? もし、揃っていない場合があれば申告を――」
こうして試験官からの諸注意から始まり、開始の合図までそう時間はかからず。静かな教室内は独特な雰囲気に包まれ筆を走る音だけが響いていた。
筆記試験は無事に終了し実技試験へと移行する為、試験会場から出て学院に併設されている運動場へ受験者と共に向かうことになる。学科別で筆記試験が行われたので、別の学科の人たちとも合流。きょろきょろと辺りを見渡せば、背の高い二人を簡単に見つけたのでそちらへと足を向けた。
「ジーク、リン」
少しざわついているグラウンドだったけれど声が聞こえたのか、こちらへ視線をくれた。二人とも笑ってゆっくりと体を私が居る方に向けた時、ちょうどその場へと辿り着く。
「ナイ、手ごたえは?」
「ん、それなりに。二人は?」
「そうか。――多分、大丈夫だ」
「騎士科は筆記より実技が重視されるから……そっちで頑張る」
それなら気張らないとねぇとリンの言葉に返事をする。騎士科や魔術科は机上での勉強よりも実地でどれだけ動けるかの方が重要だそうだ。
もちろん貴人の護衛等を行う時もあるので礼儀作法も必要となるのだけれど、それは在学中にということだろう。騎士科と魔術科が普通科や特進科よりも受験者の数が多いのは、騎士や魔術師といった職が、安定した就職先プラス高給取りとしてよく知られているからである。街で職人や商家に弟子入りして腕を磨くよりも、強さに自信があれば良いのだから。
「番号を呼ばれた者は、開始線へ」
小声で雑談をしていると、どうやら始まったようだ。いまグラウンドで相対しているのは騎士科受験の少年二人だった。
「剣技を競うんじゃあないんだね」
そう。騎士科なのだから剣の扱いに長けた者を合格者にしそうなものだけれど。無駄話をしていると、一番初めに呼ばれた組の手合わせが、試験官の開始の声と共に始まった。
「訓練を受けていないと、木剣でも流石に危ないからな。問題が起こり辛いように、徒手空拳で実力勝負をすることになっているらしい」
「へえ。じゃあ本格的に剣を扱うのは学院に入学してからなんだね」
身体能力の高い人を集めるだろうし、基本的な剣技の習得は早そうだ。騎士を目指して騎士科に入るのだから、ある程度の嗜みはありそうだしね。ただ試験で事故が起こって責任問題となると困るのだろう。学院に入ってから起こっても問題かもしれないけれど、一筆書いてもらっていれば回避できるだろうし。
魔法もあるし、王政なんてものをとっている国が多いので命の価値が安いからなあ、この世界。人権が保障されるような文化レベルになるには、もう何百年か必要になりそうだ。
「うん。慣れたら実習で王都近くの魔物が住む森に行ったりするみたい。……全学科合同訓練もあるって聞いてるから、一緒になれるといいな」
リンと私で頷きあう。入学すればそんな行事があるのだと聞いているのだけれど、一緒になれる確率はどんなものなのだろうか。
「決着がつきそうだな」
ぼそりとジークが呟く。どうやら第一試合が終わりそうになっていたらしい。視線をそちらへと向けると、確かに対戦相手の片方は満身創痍で肩で息をしている。素人目でも分かるのだから、もう終わりなのだろう。しばらくしてボロボロだった方の少年が白旗を上げたのだった。
「次の者、前へ!」
「……行ってくるね」
ざっと力強く踏み出して袖をまくりをしながら開始線まで歩いていくリン。そのリンと同じように開始線へと歩いていく対戦相手は、がっしりとした少年だった。
「相手は女かよっ! 相手にならん! 試験官殿、相手の変更を求める!!」
切りそろえた短い髪を逆立て興奮した様子で抗議している。女の子で騎士科の試験を受けているのはリンだけなので、対戦相手が弱いおかげで勝ったのだと他の面子から揶揄されるのを恐れているのだろうか。
身なりも小綺麗なので、お金持ちである程度の教養と実力は持っているようだった。自信があるというのに、相手は背が高いとはいえ細身の女子である。だから彼は余計に腹立たしく対戦相手の変更を求めた。
「ジーク、対戦相手強そうだけれど……大丈夫なの?」
心配になりジークを見上げると、にっと笑い顎で彼女の方を指した。それに習い視線の方向を変えると、リンは無表情のまま静かに様子をうかがっている……というか何も考えていないかなアレは。
「大丈夫だよ。アイツだぞ」
言葉を聞き、それもそうかと視線を戻して開始線へと向かったリンを再度見る。彼女は私たち三人の中で一番単騎での物理攻撃能力が高いのだから。
彼の対戦相手変更の願い出は許可されることなく、不満たらたらといった様子で開始線へと立つ。
「おい、女が相手だからって手ぇ抜くんじゃねぇぞっ!」
「よかったじゃないかっ! 楽が出来て合格できるなんてっ!!」
仕合を見届けている人たちのヤジと笑い声を聞いてふと思い浮かぶことがあった。
「……これって勝敗で試験結果決まるのかな?」
「さあな。一度手合わせをしたくらいじゃあ能力有無の判断は難しいと思うが。――まあ内容次第じゃないのか?」
筆記試験の成績はともかく、実技である。良い試合内容であれば勝敗は関係なさそうに思えるんだけれど。それを見定める為に試験官が複数名グラウンドに居るのだろうし。ちなみに試験官の説明では勝った方が受かる、とは言っていなかった。
その為合格基準が謎ではあるが目の前の勝負が始まったので思考を止める。リンは構えも取らず自然体のままだった。自分の護衛を務めてくれているのだから、彼女の実力は知っている。知ってはいるが、不安になるものである。ずっと一緒につるんでいたし、仲が悪いわけでもない。むしろこれまでのことを考えれば、リンやジークを含めた孤児仲間は家族のようなものだから。――だから。
「リン、頑張ってっ!!」
声を張る。嬉しそうにこちらを向いて笑って一つ頷くと、前を向き先程までと同じ顔へと戻った。こういう時どう声を掛ければいいものか迷ったけれど、多分きっとこれでいい。
「双方、共に礼!」
リンは表情を変えないまま、対戦相手の少年は苛立ちを隠せないまま礼。試験官の『始めっ!』の合図が鳴ったのだった。
「――余裕そうにしやがって……――はっ!」
開始の合図から数秒、一足飛びで相手がリンとの距離を詰めつつ利き腕であろう右を後ろへと引き絞った。
「大振り過ぎだ」
冷静に状況を見ていたのだろう。私の横に立つジークが小声で呟くと同時、少年は引き絞った腕を前に出す為に射程圏内へ入ると一瞬だけ動きを止め腰を入れ踏ん張った。
「シッ!」
吐き出される呼気と共に腕がかなり早い速度で繰り出された。私の目では捉えるだけが精一杯で、ジークのように観察しながら状況を察するというのは無理だった。
「……っ」
絞り出された腕を体の軸をずらして相手の懐へと踏み込み難なく弾き、小さく二歩だけ動き相手の背に回るリン。
「ごめんね」
小さく呟いた声がたまたま風に乗り聞こえた直後、手刀を繰り出し相手の意識を刈り取ったのだった。
「――……勝負ありっ!!」
一瞬の事で目を白黒させつつ試験官が勝敗がついたことを告げる。意識を失った少年は、どこかに控えていたのだろう職員たちが担架に乗せられてどこぞに運ばれていった。ゆっくりとこちらへリンが戻ってくれば、ジークが声を掛けていた。
「筋は良いと思う」
「相手が悪すぎたな」
一瞬で勝敗がついたけれど、相手の少年もどうやら実力はそれなりなのだろう。ジークやリンの年齢で、私の護衛といえども魔物討伐に駆り出されるのが異常なのだ。実戦経験のアドバンテージがあるので少年には不利な相手だった。リンもリンで手加減をすれば失礼だと考え、一瞬で終わらせたのかも知れない。
「次は俺の番か」
「兄さん、手を抜いちゃ駄目だからね」
リンが真剣な眼差しでジークに声を掛けるのには理由がある。公爵さまから学院に通えと打診された時、通う意味が本当にあるのだろうかと三人で疑問を呈していたのだ。
公爵さまの好意は有難くはあるが、もう既に働いているのである。成人になるにはまだ時間はあるが、平民ならば働いていてもおかしくはない年齢だ。だからあまり学院に通う意味が見いだせなかった。
――でも、良い経験にはなるんじゃないかな?
貴族の子女も通っているので少しばかり特殊な環境下ではあるけれど、学ぶということに関してならば王国国内では最高の学び舎である。それに世間を知らない孤児出身ということもあるから、いろいろと足りていない所もある。
これから将来どんなことが起こるか分からない。
魔物が攻めてくるかもしれない、他国が攻めてくるかもしれない。地震雷火事オヤジというように、自然災害だってあるだろう。そういう時に知識がなければ途方に暮れる場合もある。だから学ぶことは悪いことではないし、二人は騎士として、私は聖女として吸収できるものがあるのならば良いことだと三人で結論付けた。
「行ってくる」
「気を付けて」
ぐっと握りこんだ拳を軽く上げ、土のグラウンドを踏みしめてジークが開始線を目指す。ジークは騎士科受験生の中でもっとも身長と体格が良いのであまり心配はしていない。
ジークもリンに負けず劣らず強いけれど、指揮官としての適性が強いと魔物討伐の時に一緒になった軍の隊長さんが言っていた。街で偶然会った隊長さんと話し込んでいると、騎士科を卒業した後は軍学校に入らないかと誘っていたので、実力というか将来性が高いのだろう。
「お互いに、礼っ!」
すらっとした背の高いジークの相手は、筋肉をしっかりと纏ったパワータイプ……のように見える。素人だから彼がどんな実力なのかは、始まらないと分からないけれど。
緊張した様子も見せず落ち着き払った様子で口元を真一文字に結んで片端を歪ませているから、こういうことには慣れているのかも。ジークもジークでいつも通りなので大丈夫だと思うけれど、実力差は見ただけでは分からないのでどうなることか……。
「――始めっ!!」
試験官が真正面へ伸ばした右腕が真上にあがり、試合が開始されたのだけれど互いに動かない。その様子に試合を観戦していた人たちからどよめく声が聞こえ始める。意図が分からずリンの方を見ると、私に気が付いたのか少し苦笑いをみせて、こう言った。
「……兄さんの悪い癖が出てる」
ジークの悪癖は物事を進める際に凄く考えながら行動を始める。訓練でもいろいろ試しており、なるべく動かず相手の力を利用して勝つことが多いと聞いている。試験だというのに、ジークは何か思いつき試すつもりなのか。でも騎士科の実技試験は魔術の使用は禁止されているから、出来ることも少ないように思えるけれど。
「焦れた相手が先に動いたね」
表情ひとつ変えずただ開始線で立っているままの相手に焦りを感じたのか咆哮を上げて前進すると同時、距離を詰められまいとようやく動き、長い足を生かして後ろへと下がるジーク。後ろへ下がることを想定していなかったのであろう相手は、一瞬きょとんとした表情を見せたのち顔を紅潮させ怒りを露にした。随分と短気だと思考がよぎり、ジークはコレが目的だったのかと悟る。
「この野郎っ! 馬鹿に、するなああああっ!!」
体格の良い少年は勢い任せに左右から大振りの拳をジークの顔に当てようとするけれど、軌道が単純で読まれていることに気が付かない。落ち着いた様子でしっかりと目を向けて、その軌道を読み当たる直前で小さく体の軸をずらして避けているジークを睨みつけ、怒りの炎をあげる対戦相手。
「……あ~」
「挑発に乗ったから、兄さんの意図通りかな」
あまり感情の変化を見せないのはこの双子の兄妹の特徴なのだろうか。ジークも澄ました顔をしているし、試合を観ているリンも顔色ひとつ変えていない。
周囲はジークの挑発にようやく気が付いてざわざわとし始める。リンの試合がすぐ終わってしまったので、血気盛んな若者はこういう展開を望んでいたようだ。明らかにボルテージが上がっていた。
「どうするつもりなんだろう」
「ね。早く終わらせればいいのに」
妹のリンですらジークの行動は理解できないようだった。そうして対戦相手の両の腕から放たれる幾回もの攻撃を軽くあしらいながら、途端視界から消えた。
「え」
自然とそう声が出た刹那、相手は地面に転んだ。
「足払、だね」
リンの言葉でようやく理解が追い付いた。どうやら自ら倒れ込み地面へぶつかる寸前に片手を付き、それを回転軸にして足払いを相手に放った。
おそらく相手の勢いと向きも計算の内に入っていて、軽い足払いで済んだのだろう。視界から消えてしまったのは、地面へとしゃがみ込んだから。長い手足を生かし寝技に持っていき体重を乗せながら首を絞め、意識を奪い取るつもりらしい。
「――このまま落とすこともできるが、どうする?」
「…………っ! 降参だ」
二人の言葉を聞き試験官が『それまでっ!』と勝負がついたことを告げると同時に、ゆっくりと腕を解き立ち上がるジークに周囲の受験生は静まり返る。
「どうしてあんな遠回しに? ……兄さんの実力ならすぐに勝てた」
「最近習った足技を試したかっただけだよ」
こちらに戻ってきたジークにリンが問いかけていた。教会騎士の人から試験が近いからという名目で二人は扱かれていたから、その鬱憤が溜まっていたのかも。
なんだか妙な空気が流れていると感じつつ試合は順調に進み――泥仕合だったり、長丁場になったりと面白い――騎士科受験の人たちの試合が終わり、次は魔術試験へと移行し先に魔術科への入学を希望する人たちから実技試験が始まった。
流石は魔術科を志望している人たちだけあって、魔術行使に淀みがない。慣れていないと詠唱に手間取って威力が落ちたりもするし、緊張で魔術が発動しないとか結構あるのだけれど、自信を持っているのだろう。そういう人は居なかった。派手な魔術には歓声が上がり、威力が高く行使することが難しいといわれている魔術にはどよめきが上がる。
流石、王国内での最高機関を受ける実力のある人が集まっただけはあるなとひとりごちていると、普通科の番になるのだった。
◇
普通科だというのに魔術試験が行われる理由は、埋もれている優秀な者を逃さない為だそうで声が掛れば栄転として魔術科へ転科する人もいるそうな。魔力は全ての人々に備わっており、魔術を使えるかどうかは魔力量とその人が持つ魔術に対するセンスが重要になるそうだ。だから教育を施せば魔術師として芽が出そうな人を、普通科から引き抜く。
魔術が使えるようになれば、冒険者となってパーティーを組み一儲けできることもあるから夢を見たい人はそっちを目指すし、危ないことが嫌ならば普通科で勉強して役所や城勤めに就けるように励む。
とはいえ普通科を目指す人たちの魔術のレベルは高くない。本当に稀に適性の高い人が居て、偶に引き抜くくらいだそうで。
私はもう就職先は決まっているので気楽なものである。ぶっちゃけ公爵さまの好意を無碍にしても良いのなら、落ちても構わないとは思ってるけれど後が怖いから全力を尽くす所存だ。
――そんなこんなで考えごとをしていると、私の出番がやってきた。
「君の得意な魔術は?」
「治癒です」
「――ふむ。だがここに怪我人や病人はいない、他には?」
わざと怪我人や病人をつくる訳にはいかないし、骨を折られてそれに治癒を施すのも気が向かないし試験官の人がまともで良かった。教会で治癒魔術を教わった際に、教えを請うた人の思考がヒャッハーだったのか自分で骨を折ったからなあ。レンガをひとつ持ち出し顔色一つ変えず振り下ろして骨を折ったあの音は、今でも耳にこびりついている。
ちなみにその人は魔術で無痛状態にしており、私が失敗しても他の聖女さまが治してくれるからと、とても素敵な思考をしていた。よくよく考えると怖すぎるその思考回路に、その人には絶対に逆らわないようにと心に誓っている。
「基礎魔術なら一通り使えますが……」
「君は普通科志望だな、ならばそれで構わない。君の全力を持って魔術を行使しなさい」
流石に魔術となると危険なので、試合形式にはなっていない。少し離れた場所に的があり、その的へ魔術を当てればそれで終わる形だ。それぞれ得意な魔術を披露して、的に当てたり壊したりしていた。今回公爵さまの好意で送られてきた家庭教師には魔術を教える教師もいたので、治癒しか使い道がなかった魔術に新たな可能性を見出せた。
けれど魔力量が高すぎるので、危なくて仕方ないからと基礎や初級魔術しか教えて貰えなかった。魔術科を目指す訳でもないし、ソレで十分だろうと家庭教師は判断したのだと思う。
高威力の魔術にも興味があったのだけれど、教わらなければ使えないし仕方なく諦めた。学院に入って併設されている図書棟で魔術を指南している専門書を読めば、自分で習うことができるらしいのでそれに期待していたりする。何が起こるか分からない魔物討伐の時、身を守る方法は多い方がいいに決まっているんだし。
「はい」
試験官の言葉に返事をして、さてどうしたものかと考える。一応基礎ならば大抵のものを行使できるのだけれど、建物に延焼しそうな火や雷系統はあまり使わない方がいいだろう。
とはいえ派手さに欠けるよなあと頭の隅によぎるけれど、これは試験である。魔術の起動速度や魔力消費とかも合否判断に加味されるだろうから、地味でもいいのかと考えを改めた。
「"吹け、一陣の風"」
かなり小声で口ずさむ。恥ずかしいんだよね、この詠唱。ひゅっと吹いた風が的に当たり、その威力で前後に数度揺れた。
魔術を使う際には必ず詠唱を行うのが決まりだそうだ。出来れば使いたくはないのだけれど、起動の為には必要なモノらしい。
「詠唱から発動までの時間が早いな。もう少し威力があれば良かったが……君の番は終了だ、下がりなさい」
あっさりとした試験官の対応に、塩だ塩と苦笑いを浮かべながら元の場所へと帰る。まあ魔術科志望の人たちの実技が終わった時点で、普通科はオマケのようなものだ。魔術にセンスがあるのならば、魔術科を受けるだろうし。栄誉の転科なんてそうそう起こるはずもなく。
「お疲れ」
「お疲れさま」
二人に迎え入れられ言葉を交わしながら、後に続く人たちの試験を眺めていた。普通科を受ける人だけあって大体の人は魔術に関してはどんぐりの背比べ状態。見ていることに飽きた人たちは欠伸をしたり、知り合いと雑談を始めたりしていた。そうして時間を持て余していればようやく実技試験は終わって。
「筆記試験の結果が張り出される。実技の結果も追ってすぐ張り出されるので各自、自分の合否を必ず見てから帰宅するように!」
どうやら実技試験の間で採点を行っていたようだ。えらく早い仕事に驚きつつ、採点作業も魔術を利用すれば出来ないことはない筈だから、それが理由かと納得して。
掲示板に張り出された紙には、無事三人の名前が載っていた。実技については二人とも問題なかったようで、そちらの方にも二人の名前が記載されていた。ちなみに普通科は例外なので実技は採点されない。普通科から魔術科への転科があれば特記事項として名前が書かれ呼び出しされて、どうするのかを決める面談があるそうだ。
「みんな合格、よかった」
「ああ」
「これで一緒に通えるね。嬉しい」
右の拳を三人でぶつけ合いながら、満面の笑みを浮かべる。この一年弱、あまり知識や常識のない私たちはその辺りには苦労したのだから、この喜びは当然である。公爵さまが寄越した家庭教師や教会の人たちにも感謝しなければ。彼らの協力がなければ、筆記試験は危うかっただろう。
「さて、公爵さまの所に行かないとな。今日はどっちに呼び出されたんだ?」
「うん。――公爵邸の方にって」
公爵さまは執務があるなら王城の方へ来るようにと手紙にしたためてあったので、おそらく今日はオフの日なのだろう。まあ王城へ向かうより、公爵邸の方が気楽ではある。貴族の人たちの視線が刺さりまくるので、苦手なのだ王城は。
「歩いて行くの?」
「そうしよう。教会に戻るより、公爵邸の方が近いから」
王都は王城を中心に円状に区画が決まっている。王城に一番近い第一区画が伯爵以上の爵位を持つ人たちが住む居住区となり、第二区画が伯爵以下の爵位を持つ人たちが。第三区画は騎士爵や準男爵、そして豪商の人たちが住む区域と併設されるように立ち並ぶ高級商業施設。第四区画は商人や宿泊施設に職人たちが住む区画。で、王都を囲む城壁沿いが第五区画となり平民や貧民が住む区画となっている。
きっちりと円状にという訳ではないけれど、ざっくりと簡単に手っ取り早く説明するとこうなる。
公爵さまの住む家、というかほぼ城にちかいような滅茶苦茶お金を掛けている屋敷は勿論王都の中心部。爵位の高い人が住む地区なので治安も良く学院も近くに建てられており、移動は徒歩でも安全。
仮に、第五区画を学院の制服で歩けばすぐにスリに会う羽目になるから、身を護る術を持たない人は近寄らない方がいい。元孤児だから分かる、極上のカモでしかない。
「行こうか」
「ああ」
「うん」
そうして学院の門をくぐり外へと出る。整備された道は石畳で整えられており歩きやすいし、馬車用と歩行者用に分かれているので通行人にさえ気を配ればいいのだが、貴族街なので歩いている人などほとんど居らず気楽なものだ。
すれ違う人は燕尾服やクラシカルなメイド服に身を包んでいる人が歩いているので、主人から用事でも頼まれたのか、仕事で野暮用でも済ませる為なのだろう。そうしてどこからともなく馬車を引く馬の蹄の音が近づいて大きくなり、また遠くなっていく。
「なんだか、こうして歩くのって新鮮かも」
「基本、移動は馬車だからな」
ジークの言う通り基本の移動は馬車である。王城に行く際は教会が所有している馬車を利用するし、魔物討伐の際も最後尾の方で幌付きの馬車に乗り込むことが殆ど。
歩くことって少なくなったよなあと、取り留めのない会話を交わしながら、高級区画をしばらく歩いていればようやく公爵邸が見えてきたのだけれど、端から門までがまた遠いのが笑えてくる。
「貴族ってよくこんな広い家に住めるよね。維持管理が大変だし、無駄な気もするんだけれどねえ」
元々孤児で貧乏性だからこういうことにはあまり憧れないし、掛かる費用とかが凄く気になる口である。
「まあ見栄やら栄誉やらで、ああせざるを得なくなった連中だ。一応、優秀な血で代を経てるんだから、問題ないだろう?」
「ジーク、辛辣だね」
「かもな」
鼻を鳴らして不機嫌になるジークは、あまり貴族が好きではない。貴族から治癒依頼の要請があり、私と一緒に護衛でくっついて来たときに偶々その貴族が横暴な人だったので、その辺りが関係しているのだろう。
私はその貴族からお金をぶんど……ふんだ……いや違う、寄付という形で頂くものは頂いているので、悪態をつかれようが暴言を吐かれようが、命にかかわらない限りはどうでもいいと割り切っているけれど、若いジークには無理からぬことのようで。
大きな門柱横に立つ警備をしている公爵さまが雇っている私兵に声を掛け手紙を見せると、屋敷の中へと案内され絵画ルームを通り抜けて客間へと通された。
公爵さまはまだ部屋には来ていないので、屋敷の使用人が呼びに行ったのだろう。壁際で立っているジークとリンには申し訳ないけれど、ここでは仲間ではなく聖女とその護衛となる。
「済まない、待たせたかな?」
「大丈夫です、閣下」
座っていたソファーから立ち上がり、部屋へとやって来た公爵さまに頭を下げる。手紙でのやり取りは月に一度程あるものの、そうそう簡単に会える人ではないので久方ぶりに会った。また少し皺が増えたなあと感慨深く、立ったまま公爵さまの動きを見守り『座れ』と言われてようやく座る。
「さて、お前さん相手に貴族のやり取りなど不要だろう。――結果は?」
「閣下のお陰もあって、みんな合格することが出来ました。ご支援とお心遣い感謝いたします」
そう言って着座したままではあるが頭を下げた。
「かまわんよ、気にするな。それにまだ若いのだ、聖女としての務めも大事だろうがそれ以外にも道はある。学ぶこと知ることは選択肢を多く増やすということだ。学院で何を得て何を掴みとるのかもお前さん次第、精進しなさい」
「はい。――では用も済みましたので、これで」
「ああ、また手紙を送ろう。近況の知らせはそれで頼む」
片手を挙げて従者の人に送り届けてこいと合図を送る公爵さまに、また頭を下げて退室し、長い廊下を歩きエントランスホールへと辿り着くと、従者の人が立っており馬車で送ってくれるそうな。断る理由もないので快諾し、教会の宿舎へと帰路についたのだった。
一方、屋敷を後にする私たち三人を、公爵さまは私室の窓から見ていたようで。
「――年を取るものではないな。我ながら似合わぬことをしている」
「御館さま? ――ええ、確かに珍しいことではありますが」
「聖女としての役割を理解して大人のように振舞ってはいるが、あの暴れ馬が大人しく学院で過ごせるのか……さて、あの子はどんなことを仕出かしてくれるやら」
公爵さまとお付きの老執事がこんなやり取りを交わしていたことなど露知らず、私の学院生活がもうすぐ始まるのだった。