魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
伯爵さまからジークとリンに手紙が届いた数日後。
――クルーガー伯爵がジークとリンに会いたがっている、らしい。
意訳だけれど公爵さまといつもやり取りしている手紙にそう書きこむと、直ぐに返事が返ってきた。手紙のやり取りの回数を増やして、妙な事態にならぬよう連絡を密にするようだ。
ジークとリンの意思が大事だから無理矢理に伯爵が行動を起こしそうならば連絡を寄越せと、有難い言葉を頂けた。あとジークとリンが伯爵さまの家に入るなら、貴族間のバランスが崩れる可能性もあるから慎重に行動しろとも。
伯爵さまの奥さま、ようするに伯爵夫人からすれば自身が産んだ子供を嫡子に据えているのに、今更ぱっと出の愛人が産んだ子がその座にすげ替われば、そりゃ伯爵夫人としてのプライドが許さないだろう。
「ジーク、リン。公爵さまからの返事が来たよ」
夜、教会宿舎の私の部屋で勉強をしようと集まっていたので、いち段落がつき話題として丁度良いと切り出したのだった。
「そうか、公爵さまはなんと?」
「会うだけなら大丈夫だって。でも伯爵さまが妙な話とか行動に出たりすれば、一旦保留にして持ち帰って相談しろだって」
「だが、伯爵が無理矢理に話を詰めてくる場合もあるだろう。――その時は……」
平民がお貴族さまに逆らえる訳がないので、強硬手段に出る可能性はあるけれど、今回は大丈夫じゃないのかなあ。流石に嫌がっている相手、しかも『会いたい』と言っている相手だし無理強いすると心象が悪くなる。
関係を良好にしたいのならば下手な行動には出ないはずだし、伯爵夫人という抑止力もある。
「公爵家の名前を出せって」
「……――そうか。なら、ある程度はどうにかなるな」
うん、公爵家の名前を出せるのならばそうそう無茶なんてすまい。安堵したように息を吐きながらジークは目を伏せる。まつ毛長いなあと横目で見ながら、ジークとリンもまだ十五歳で多感な時期。今更、親だと名乗り出られたところで困るだけである。既に教会騎士として自立しているから困っていないし。
学院に通っているのは、公爵さまの好意を断れなかったことと、せっかく通うならちゃんと目的を持って通うと決め、知識や技術を手に入れて将来の為に役立てようと三人で相談した結果だ。
ただ血縁者……本当の家族が出来るのならば、それも良いことではないかとも思える。
前世でも孤児で施設育ちで今世も孤児で親の顔なんて知らないし、親からの愛情なんて一ミリも分かりはしないけれど。
街で見かける親子が仲良さそうに手を繋いで歩いていたり、一緒にご飯を食べていたりするところを見ると、正直いいなあと感じることがある。
だから二人が幸せなら、伯爵さまが家族として二人を大事にしてくれるのなら、良いことなのだろう。
「ナイ?」
「ん、リン。どうしたの?」
椅子に座っているのだけれど立っている時と同様に、リンの顔を見上げる形になる。
「どうしたのって、ナイの方がどうしたの?」
「……」
「変な顔してたよ」
首を傾げると捕捉するリンに苦笑する。どうやら考え込んでいたらしい。
「二人が幸せなら伯爵さまの所に行くのもアリなのかなーって考えてた」
「え?」
「おい……」
「家名を名乗れるならやっかみとかは収まるし、今よりも良い生活ができるでしょう」
ぶっちゃけ教会の宿舎は寒い時期になると隙間風とか入ってくるし、伯爵邸ならキチンとした屋敷だからここよりも環境は数段上になる。
自立しているから侍従や侍女なんて必要はないけれど、手伝ってくれるならそれはそれで楽である。自分が出来ることを人にやってもらうのは気持ちいいって言われてるしなあ。
「お前をっ! みんなを置いて俺たちだけが行ける訳がないだろうっ!」
「そうだよ。ナイやあの二人を放って兄さんとだけ行っても意味ないよっ!」
二人が本気でキレてる。リンがこうして感情を荒らげるのは珍しい。それほど彼女の琴線に触れるものだったのか。
「でも、貴族として恩恵を受けられるのは良いことじゃない?」
まあそれなりに振舞わなきゃいけないけれど、二人なら問題はないだろう。教会騎士として教育を受けているので、それなりにはやっていける。パーティや夜会に出るなら、社交を学ばなければならないけれど。
「そんなのいらないよっ! だってそんなものがなくても生きてきたっ! みんなと一緒に、どうにかして乗り越えてきたんだっ! それを、それを……!」
「ちょ、リンっ!」
思いっきり立ち上がってリンは部屋から出ていき、どうやら自分の部屋に戻ったようだ。少し遅れて扉の締まる音が、こちらまで聞こえてきたから。
「……お前は……もう少しリンの気持ちも考えてやれ。俺やお前みたいに物事を広く見るには、アイツはまだ少し時間が掛かる」
ジークも随分と頭にきていたようだけれど、リンが先に怒ったせいでクールダウンしたようだ。
「いや、ごめん。――あそこまで怒るなんて考えてなかった」
「暫くは機嫌が悪いぞ、リンは」
はあとため息を吐いてリンが倒した椅子を元に戻すジークに、後ろ手で頭を掻きながら苦笑いをする。本当にリンがあそこまで怒るのは珍しかった。
「ちょっとリンの部屋に行ってくる」
「ああ、頼む」
そう言ってジークと一緒に部屋を出て、私はリンの部屋の前に立つのだった。
◇
木で出来た扉を二度ノックするけれど、返事はない。仕方ない、勝手に入るかとドアノブに手を掛けて回すと蝶番の軋む音。
普段よりもゆっくりと開けた扉の先、真っ暗な部屋の中にベッドの上がこんもりと盛り上がっているのが、暗闇にまだ慣れていない目でも見ることができた。
「リン、入るね」
「……」
沈黙を保ったままだけれど、寝てはいないようだ。私の声に反応して、こんもりとなっている掛け布団が少し動いたのだから。
「――座るよ、リン……よいしょっと」
ぎし、と私の体重でベッドが沈む音が鳴るともぞりと動く塊は沈黙を保ち布団の中に潜ったままで、出てくる気配がない。その姿に苦笑を浮かべる私は体をよじり、布団からはみ出ている彼女の頭に手を置くのだった。
普段から喋る方でもなく、私たちの会話を咀嚼するように静かに聞いていることが多い。部屋から出て行ってしまった気まずさもあるのだろう。
「正直、リンがあんなに怒るなんて驚いた。私は二人が伯爵さまの家の子になっても、離れるだなんて考えていなかったから……」
二人が伯爵さまの籍へ入れば嫌がらせのほとんどは止まるはずだ。聖女の護衛を続けるのならば、良い盾となってくれるだろう。
「私は伯爵さまの下へ二人が行くことが悪い話だとは考えてないよ」
伯爵さまに悪評や悪い噂があるならば『止めておけ』と公爵さまに忠告されるはず。それがないということは『個人』として問題ないのだろう。
「私の側に居れば学院でも……多分卒業してからも絡まれることが一杯あるだろうから、そういう意味でも伯爵の名前の恩恵は大きいだろうなって」
「…………」
リンの頭を撫でていた手をゆっくりと離して、もう一度口を開く。
「でも、それって私の勝手な考えに過ぎないから。――リンとジーク……二人で考えて答えを出さないとね。私は二人が出した答えならどちらでも肯定するよ。……言いたいことは言えたから、おやすみ、リン」
ベッドから立ち上がろうとした瞬間に私の袖口へとリンの手が伸びていた。それに気付いて中途半端になっていた腰をベッドへと戻して、布団から覗かせているリンの顔半分を見て笑う。
「どうしたの?」
「……ナイは、どこにも行かない?」
「どこにも行かないよ。――行くところもないからね」
お金はあるので生活には困らないけれど、住む所を新しく探すとなると大変だ。王都の平民が多く住む区域の賃貸物件はほぼ満室で、地方からの移住者が空き待ちをしていると聞く。
地方も地方で伝手がないと物件を探すのは難しいと聞く。だから今のままが一番なのだろう。孤児上がりの平民に、世間は優しくない。
王国を出て周辺国へ行くとしても旅券がなければ身元の保証ができないので、怪しい人物とみなされる。
「本当?」
「本当。――私はこのまま聖女として働くしかないからね」
私が学院の入学試験を合格できたのは前世の知識が役に立ったことと、公爵さまから寄越された家庭教師が優秀だったから。
王都で仕事を探すには親の家業や伝手がないと難しいそうだ。飛び込みで『働かせて欲しい』と営業をかけても門前払いがオチ。聖女として四年も働いているのだし、今更職を変える気も起きない。
「だから……どこにも行けないんだよ」
尻すぼみになっていく私の言葉が分からなかったのか、見つめるリンの紫色の目が細くなる。彼女は……リンとジークには自由でいてもらいたい。
私が王国から離れることはないだろう。自身が多大な魔力量を所持していることは理解している。
それを国や教会が利用しているのも、公爵さまに思惑があって後ろ盾になってくれることも。ソフィーアさまとセレスティアさまが私と接触しているのは、なにかしらの益があるからだと。
もちろんそれが全てではないことも理解しているつもりだ。
聖女として務めを果たし余計なことをしなければ、彼らは国へ忠誠を誓っている人間として裏切ることなく私の、私たちの生活を保証してくれる。
「ナイ」
「うん?」
体をずらしてベッドの端に寄り、布団を持ち上げたリン。
「こっちに来て……一緒に寝よう」
「珍しいね。ここ最近、そんなこと言わなかったのに」
「偶にはいいかなって。それに久しぶりだから」
リンの言葉に頷いて布団へと潜り込むと、彼女の腕の中にすっぽりと体が納まった。
貧民街で暮らしていた頃、満足な寝床がなくて一緒に雑魚寝をしていたけれど、教会へ保護されてから歳を経ると部屋を分けたので、こうして一緒に寝ることは次第に少なくなっていた。偶にはいいかと、私の背に回った腕の温かさを感じながら、目を閉じる。
「おやすみ、ナイ」
「リン、おやすみ」
深い眠りにつくまで、そう時間は掛からなかった。