魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
ミナーヴァ子爵邸で働き始めてもう直ぐ一年。
あっという間の一年だったけれど、職場の人間関係にも恵まれているし、ご当主さまが提案している年に二回の『賞与』や『有給休暇』なんて他のお屋敷では聞かない制度が凄く良い。
小さな子供が居ればお屋敷の中に併設されている『託児所』に預ける事ができるし、施設の職員の方が文字の読み書きや簡単な計算も教えてくれるって。産休休暇もあるし、退職の際には『退職金』も頂けるそうだ。孤児出身のご当主さまが、突飛なことを思いつくのか不思議だけれど、家宰さまや侍女頭さまが認めているので良案なのだろう。
騎士爵家出身の侍女だというのに、蔑む人もいない。友達と呼んでも良い同僚もいる。一年前はどうなるのか心配だったけれど、ずっと勤めたいと思えるお屋敷だ。
ご当主さまの傍には竜とスライムにフェンリルが侍り、子爵邸の中庭には天馬さまが過ごしている。お屋敷の隣は亜人連合国の方々がいらっしゃって、時折子爵邸に遊びに顔を出している。
最初こそ驚いたけれど、慣れない人は精神的に疲れるかもしれない。私はこの一年で慣れてしまったから問題ない。幼竜さまは穏やかで、私たちにもお声がけくださる。ご当主さまの介添えで部屋へ赴くと、朝は『おはよう~』と首をこてんと傾げたり、果物を食べている際もついばむ姿が凄くお可愛らしい。
スライムはご当主さまにしか懐いていないけれど、誰かに危害を加えることはない。フェンリルは大人しくて、賢い犬と同じだ。時折、尻尾を振りながらこちらをじっと見ていることもあるし、落ち込んでいると横にちょこんと座り様子を伺って気にしている。
子爵邸のみんなを群れのメンバーと認識しているんじゃないかって、同僚のみんなと話していた。天馬のエルさまとジョセさまは、私が庭に出るといつも挨拶をくださる。重い荷物を持っていると背中に載せて運ぶと仰ってくださるし、託児所で預かっている子供と遊んでいることもある。黒天馬のルカさまは巣立ちをしてしまったが、今はどこでなにをしているのやら。元気だと良いのだけれど。
ご当主さまが趣味で始めた小さな家庭菜園では、お野菜が凄い勢いで育っている。畑は妖精がお世話しているとのことだ。勝手に籠の中にお野菜が放り込まれていたり、お野菜に付いている虫が空を飛んでいることがある。『びゃああああああああああああ』と叫んで走り回る人参にも驚いたけれど、菜園で育てているお野菜が大量に採れる上に、味が凄く美味しい。
子爵領でもオレンジが鈴生りだそうで、余ったオレンジを持って帰っても良いよと分けてくださる。普通のお屋敷であれば、こんなことはあり得ないけれど、平民から成り上がったご当主さまならではだろう。
違うお屋敷で侍女として働く友人から話をすると、子爵邸で働いているのが羨ましいと愚痴を零していた。やはり爵位が低いと見下されることがままあるし、待遇が悪いこともあるのだとか。
ご当主さまが長期休暇で南の海の島に旅立たれて五日が経った。ご当主さまが留守ということで、私たち侍女組は暇である。ご当主さまやご家族のお世話が侍女である私たち最大の仕事だけれど、お世話の対象である方がいらっしゃらないのだから当然だ。
屋敷のお掃除はメイドや下女の方たちの仕事だから、彼女たちの仕事を取ってしまう訳にはいかない。ご当主さま、早く戻って下さらないかなあと深い息を吐きながら窓の外を見る。中庭が見えるけれど、エルさまとジョセさまがいらっしゃらない。裏庭にでも足を運んでいるのかしらと、考えが過ったその時だった。
「おーい、そろそろ時間だよ~」
「はーい!」
同僚に呼ばれて返事をして、集合場所へと足を向ける。今日は子爵邸で働く女性陣に集合が掛かっていた。
侍女頭さまから、ご当主さまのことでお話があるということだけれど、一体なんだろうか。呼ばれた理由は知らされていないから、一緒に部屋へと向かった同僚と顔を見合わせる。部屋へ入ると女性陣みんなが集まっていた。側仕えであるハイゼンベルグ公爵令嬢さまとヴァイセンベルク辺境伯令嬢さまはご当主さまと一緒に島へ旅立っていらっしゃるから除外されるけれど。
「さて、今日のお話の内容でございます。――大事な話となりますので、決して口外しないように」
侍女頭さまが神妙な顔を浮かべ、いつもより低い声で言い放つ。あ、これはちゃんと聞いておかなければならないと悟った。この部屋に集まっている女性たちも、侍女頭さまの言葉に背筋を伸ばして、彼女を見ている。
「――ご当主さまに、女性である証が訪れておりません……」
侍女頭さまの言葉は遠回しだけれど、要するに月のものが訪れていないということだ。ご当主さまのお世話を始めて一年になるけれど、一度もその場面に出くわしていない。ご当主さまの十五歳という年齢を考えると、少し遅いくらいだ。貧民街で一緒に過ごしたというジークリンデさんには、ちゃんと訪れているし周期も一定。
ご当主さまは彼女に月のものが訪れているのは知っているので、知識がないという訳ではない。というかジークリンデさんに知識を教えたのは、ご当主さま本人である。訪れていないことの危うさを認識しているはずだけれど、全く話題に上げない。ハイゼンベルグ公爵令嬢さまとヴァイセンベルク辺境伯令嬢さまも認知していらっしゃるはずだ。
貴族という血の重みを知っていれば、今まで問題視していない方がおかしい。
ご当主さまは、一代限りの法衣子爵として貴族となられたけれど、永代の男爵位を賜っている。後に統合されてから、次代に後を継がせてミナーヴァ子爵としての血を残すことが可能だ。ご当主さま本人はあまり興味がないようで、お相手を探したり、舞い込んでくるはずの釣書もない……。
あれ、アルバトロスで今一番貴族として名を馳せているというのに、どうして釣書が舞い込んでこないのだろう。あ、もしかして。家宰さまか側仕えのお二人の所で阻止されているのだろうか。下手をすればミナーヴァ子爵の後ろ盾であるハイゼンベルグ公爵さまとヴァイセンベルク辺境伯さまが、こっそりと処分している可能性もある。
そしてアルバトロス王家も加担しているかもしれない。だって、ご当主さまのお名前は東大陸のアガレス帝国にまで轟いている。ご当主さまと縁を繋ぐことができれば、かなりの益を得られるはずだ。亜人連合国、聖王国、リーム王国に王太子妃の母国であるマグデレーベン王国とも繋がりができるだろう。
東大陸のアガレス帝国とも可能だし、出世欲の強い貴族の方たちから見れば喉から手が出るほど欲しいはずだ。腐っても貴族なのだから、年若い女性の身で子爵位を手に入れたご当主さまを御しやすいと考える方もいる。
それがないということは、やはり揉み消されているのだろう。王家と公爵家に辺境伯家を敵に回すのは怖いだろうし、ご当主さまには亜人連合国の方々も協力的だ。無理な婚約なんて結ぼうとすれば、彼らが黙っていないか。
「いいですか? ご当主さまは女性としてまだ未成熟です。ですが、このままでは駄目なことははっきりとしています」
侍女頭さまが告げる。確かにこのままでは危うい。孤児だった所為かご当主さまの発育は順調とは言い難い。
同じ環境下で育ったジークリンデさんは女性として十分な魅力を持っているというのに、ご当主さまは……子供である。骨が細い上に肉付きもよろしくない。幼少期にきちんと食事を得ていればと悔やむが、悔やむだけでは前に進めない。
「このことは後ろ盾である二家と王家には知らせてあります」
それはそうだろう。知らないとなれば大問題だし、婚姻後ご当主さまに子供を残す能力がないなら大騒動となり、子爵邸の評判も落ちかねない。
「皆さま、女性に良い食べ物やまじない……この際なんでも構いません。知っているならば情報を! ミナーヴァ子爵家存続の危機の可能性があるのです。決して手抜かりのないように」
体が未成熟なので、気長に待つのも一つの手段だろう。でも、結婚適齢期になっても成長なさらないというのは問題だ。爵位の低い私たちにも傲ることなく、いつも柔和なご当主さまには幸せであって欲しい。貴族として婚姻を果たすことが、彼女にとって幸せかどうかは本人次第だけれど。
婚姻可能年齢まであと二年。せめてそれまでには、と願わずにはいられなかった。
◇
今日も今日とて、私、ことアーベル・シャッテンは外務卿としての仕事を部下と共に処理している。
一年前までは静かで目立たない外務部であったが、ゲルハルト王太子殿下とミナーヴァ子爵が亜人連合国へと向かってから、外務部の忙しさは飛躍的に上がった。
障壁で国を護る国是故、西大陸の各国からは『アルバトロスは引き籠り』と揶揄されて久しいが、彼女のお陰で随分と各国からの印象が随分と変わりつつあるようだ。
聖王国やリーム王国で起こったこと――彼女自身は不本意だろう――や、アガレス帝国での出来事。ヴァンディリアの元第四王子に詰め寄られたりと、日々彼女の身にはなにかしらの問題が降り注いでいる。ミナーヴァ子爵自身も我々王国上層部との価値観の違いで、頭を悩ませるようなことを引き起こしているから愉快な方だ。
「相変わらず、凄いですね」
私直属の部下が感心しているのか、呆れているのかよく分からない声で、大量の釣書を見ていた。これらは全てミナーヴァ子爵に宛てられたものだが、有象無象からの打診故に彼女の下へ届くことはない。
「凄いな。釣書の出し主はミナーヴァ子爵に直接手渡したいのだろうが、伝手がないからな。アルバトロス王家を頼って、どうにか繋がりを持ちたいようだが……無理だろうなあ」
異能のお陰で、影が薄いと長年言われ続けているが、外務卿である私は諸外国の方々に名前や顔を認めて頂けるようになった。引き籠りのアルバトロスと馬鹿にされることも少なくなっている。
むしろ、諸外国はミナーヴァ子爵を中心にして、アルバトロスに関心を持ち始めていた。陛下は各国の王族とのやり取りを、外務に携わる我々は文字通り各国の外務担当の方々との接触があり、こうして釣書と格闘している訳だが。
「中身を確認してリストに纏めて陛下方に報告だな。――ミナーヴァ子爵に妙な方を紹介してしまえば、相手の国にも迷惑を掛けてしまう……」
下心ありきの釣書がほとんどを占めているのだから、子爵自身に知られるようなことがあってはならないと陛下からのお達しだ。まあ、ミナーヴァ子爵邸にも個人的に届いているだろうが、彼女の周りを固めている有能な方々がソレを許さないだろう。子爵が知らないまま握りつぶされているのがオチだ。
以前、冒険者ギルド本部で釣書を選定していた時に、子爵は婚姻に全く興味がない様子だった。普通の貴族のお嬢さま方であれば、他国の有名貴族の子弟であれば喜んで婚姻するだろう。
釣書を何枚も見ているのに『この方、凄く素敵です!』とか『カッコいい!』なんて、年頃の少女があげそうな声を一切出さず、微妙な顔で釣書を眺めているだけだった。もう少し興味を持って頂いても良いのではなかろうかと心配になりつつも、私はしがない外務卿である。黙っていた方が長生きできると判断した訳だが。
ミナーヴァ子爵はアルバトロスに従順だ。
アルバトロス王家に逆らう気はないだろう。陛下とゲルハルト王太子殿下に最高級の贈り物を贈ったことがその証だ。国を簡単に落とせる人間が陛下方にかしずくのは、服従しているという意思表示である。
もちろん鵜呑みにする訳にはいかないし、きちんと彼女の動向は把握しておかなければならないが。
だが、彼女の身に危険がひとたび訪れれば大きな力が動く。彼女といつも一緒にいる赤髪の双子に、幼竜さま、果ては最近一緒に過ごしているというフェンリルにスライム。子爵邸には天馬が住みつき、猫又も居付いたと聞く。それだけでも過剰だというのに、亜人連合国の竜にエルフはミナーヴァ子爵に好意的。
アガレス帝国は黒髪黒目を信仰しているから、ミナーヴァ子爵に災いが起こればアルバトロスに抗議くらいはするだろう。もしくはそれ以上。アルバトロスの竜騎兵隊のワイバーンたちもミナーヴァ子爵にとても懐いているうえに、順調に数を増やしているから、子爵の一声で多くのワイバーンが動くだろう。
子爵たちがアガレス帝国へ拉致された時のように同じことが起これば……考えたくもない。確実に実行犯は精神的に死ぬであろうし、その周囲にも甚大な被害が及ぶことになる。
地味な釣書の選定も大事な仕事。委細漏らさず、上層部へ報告するのが外務卿を務める私の使命だ。不用意にミナーヴァ子爵の下へと届けて、彼女に相応しくない者を宛がったなんて噂が立てば私の地位が危ない。
釣書の中身を確かめながら、紙に氏名や身分をつらつらと書き込む。一度断ったというのに、懲りずに釣書をまた出す者もいる。そういう輩にはアルバトロス王からその国の王へ苦情が伝えられる。きっと国での地位を落としているに違いない。
「――流石に休憩か」
釣書から視線を外して、椅子の背凭れに背を預けて背伸びする。それと同時、部屋の扉からノックの音が聞こえた。警備の者が陛下からの使いがきたと告げ、部屋へ入るように促した。一体なんだろうと待っていると、使いの者が私を見て一言。
「シャッテン卿、陛下がお呼びです」
「分かった、直ぐに参りますと伝えしてくれ」
使いの者に返事をすると、一礼して部屋を出て行った。さて、直ぐに参ると伝えた手前、ゆっくりなどしていられない。部下に残りの仕事を預けて、私は身嗜みを簡単に整えて部屋を出る。
陛下からの呼び出しということだが一体なんの用だろうか。アガレス帝国がアルバトロスに謝罪に参った時が一番忙しく動き回っていたが、ここ最近は落ち着いていたというのに。速足で歩き、陛下の執務室へと辿り着く。近衛騎士に私が参った旨を伝えると、陛下に取り次いで入室を促された。
「失礼いたします」
いつきても緊張する。アルバトロス王国の最高権力者である陛下の威厳は凄まじいもので、凡夫の私には纏えないものだ。
「シャッテン、突然すまないな」
執務室の椅子に座る陛下が私に顔を向けて、口を開いた。陛下の隣には彼の叔父である、ハイゼンベルグ公爵とヴァイセンベルク辺境伯に宰相殿の姿も。
「いえ、陛下のお呼び出しでございます。直ぐに駆けつけるのがこの国に忠誠を誓う者の務めかと」
私は一体なにごとだと考えつつも、陛下の言葉に答えて頭を下げた。執務机の前に立ち、直立不動の姿勢になる。
「楽にしてくれ。――今日、卿を呼んだのは少し話しておきたいことがあってな。突然ではあるが……――」
陛下の真剣な表情にごくりと息を呑む。なに、私なにかしちゃった? もしかして首? あまり目立たない外務部だから、役立たずと思われていたのだろうか。そんな、今の今まで国の為にと働いていたというのに。部下たちの顔がゆっくりと脳裏に過ぎる。最近、子供が産まれたと喜んでいた部下に、好きな女性に結婚を申し込むと意気込んでいた部下。
ああ、すまない。私の力不足でこんなことになろうとは……。どうしよう、いい年こいているのに目に涙が浮かんできた。
「ミナーヴァ子爵の婚姻相手を決めようと思ってな。先ずは他国からの釣書は受け付けぬことにした」
え、違うの? なんだミナーヴァ子爵の婚姻相手を決めるのか。陛下もようやく彼女に相応しい相手を見繕ったのだなあ。
先ほどまでの心配は吹っ飛んで、国外からの無限釣書地獄から解放されると陛下の顔を見る。いつも威厳を讃えたそのお顔は、今日も変わらず威厳に溢れている。なるほど、ハイゼンベルグ公爵とヴァイセンベルグ辺境伯がこの場に居られるのは、彼女に関わることだからか。
「――国内の者から選出することとした。これを覆すことはない」
国益を考えれば、陛下の言葉は順当な選択だろう。しかし、国内で彼女に相応しい相手はいるのかどうか。
「あの、陛下」
おずおずと片手を上げて、陛下へ問う。
「どうした?」
「ミナーヴァ子爵の目に適う方はいらっしゃるのですか?」
「…………」
沈黙がおりた。冒険者ギルドの時も感じたが、ミナーヴァ子爵に結婚願望のようなものは希薄である。あの容姿故に、男に興味があるのかどうかさえ謎である。
「………………………………いらっしゃらないのですね」
「それに関しては時間が解決してくれることもあろう。ただ、他国の者に渡す訳にはならんと決めた。――シャッテン、断りの知らせを各国に」
陛下は咳払いをしながら告げた。話を逸らされた気もするが、陛下の命に従うのは貴族としての務めである。
「はっ!」
腹に力を入れて、短く返事をすると退出を命じられ、執務室から出て行く。まだまだ忙しい日々は続きそうだと、外務部の皆が待つ部屋へと歩くのだった。