魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
異能の所為で影が薄いと言われるシャッテン外務卿が部屋から出て行った。外務部の仕事はこの一年で随分と増えて、日陰者だった外務部の連中は生き生きとしているから問題はなかろう。
甥が先ほどシャッテンに告げた言葉。ナイの婚約者ないし婚姻相手は国内から選出すると決めた。しかし、あの者の目に留まる男がいるのかどうかが一番の問題か。ひとつ国を落とすよりも難しいかもしれん、とほくそ笑むが……後ろ盾としてはやはり婚約者を付けておくべきだろうと考えてしまう。
「取り敢えずは、こんなものか……宰相、公爵、ヴァイセンベルグ辺境伯も構わぬな?」
アルバトロス王である甥に声を掛けられ、確りと頷く。他の二人もワシと同様に大きく頷いた。
「陛下、ご決断なさいましたな」
甥に言葉を掛ける。諸外国から有象無象の釣書が大量に届いていたことも問題であるが、これを引き起こしているのはナイに相手が居ないことが一番の理由だ。
釣書を断ると知らせを入れても、決まらぬ限り止まることはないだろう。もちろん、良識がある者であれば国からの通達に従うが、妙に気合の入っている者が止まることはない。良い炙り出し方法であるが、迷惑を被るのはその者たちが所属する国だ。おいたをするくらいならば構わんが、アガレスのように馬鹿をする者も出てこよう。
なるべく早く決めて、余計な芽は摘んでおくに限る。
婚姻はナイの意志に任せる予定であったが、状況が状況だ。シャッテン外務卿や陛下の下へ舞い込む釣書が止まらぬし、ワシの所やヴァイセンベルグの下にも届いておる。笑って突き返していたが、馬鹿が止まるはずもなく。
一年前までは楽観していたが、状況が変わってきている。まだまだアヤツはやらかすだろうし、関わる国も多くなる。
格下や同格であればあしらえばいいが、我々ですら無下にできぬ者が出てくれば、ナイに任せる他ない。仮に相手が怒って戦になるとすれば、それでもかまわん。だが、ナイの心情を考えれば避けねばならぬこと。アレは妙な所で気を使う節がある。
「いや、まだこれからだ。ミナーヴァ子爵が好む男を見つけなければならぬ。骨が折れるだろうな」
確かに骨が折れるだろう。ナイは色恋より食い気。欲があるなら男の一人や二人侍らしても良いものだが、アレは一向に色気を出さんからな。
相手を見繕うよりも、命令して夫婦とした方が早いであろが、ナイの意志を無視すると亜人連合の者たちが怒る。流石にワシも亜人連合国を相手取るには無茶がある。まあ、向こうがくるというなら相手にするが。
「女としての機能がない可能性もあると聞いている。ミナーヴァ子爵に直接問うことは憚られる故に、どうしたものか……」
甥が机に両肘をついて手に顎を置き、表情の読めない顔となる。ワシが男である故か、まったく気にしていなかったのは失態であった。ナイの側仕えとなったソフィーアとヴァイセンベルク辺境伯嬢から報告された時は驚いたものである。
しかし、幼少期の栄養不足と多大な魔力量による成長阻害が原因やもしれぬから、単純に体が成長しきっていないだけかもしれない。魔術で解決するならば一番楽でいいが、そのようなことができる魔術師や聖女が存在するのかどうか謎だ。教会にも問い合わせるべきか。筆頭聖女を通せば、口を堅く閉じるだろうからナイの秘密を知られる可能性は低い。
「我々は男ですから……こればかりは。女性の機能については女性に頼る他ないかと」
宰相が甥に気を使い言葉を掛ける。この失態は甥だけではなくワシも同罪だろう。気が付いていれば、早く手を打てていた。とはいえ今更悔いても仕方のないことで、なにか良い方法を探すべきである。
ミナーヴァ子爵家で働く女たちにも、なにか手立てがないか命を下した。女の話には女が適任であるし、男が安易に立ち入るべきではない。どうにもこうにも行かなくなった場合にのみ立ち会うだけだ。ナイ本人も現状がこのままではいけないことは、理解しているはずだ。……少々の不安はあるが。
「ミナーヴァ子爵に貴族の男を宛がうとして、彼女は、どのような者が好みなのか。公爵閣下はどうお考えですか?」
ヴァイセンベルクがワシに問いかける。話題を変え、重い空気を払おうという気遣いなのかもしれない。陛下の御前であるが執務室であるし、ナイの話の為に集められた面子だ。
「ナイの男の趣味なんぞ一切聞いたことないな。金持ちでなくとも良いだろうし、相手の爵位にも興味が薄い。根っからの貴族であれば、家からの命令として男と添わせることも可能だが」
ナイの周りに男はいるものの、ジークフリードと孤児二人だ。本人が三人の内の誰かを望むなら、養子に出して貴族籍を手に入れてから婚姻すれば良いだけ。
三人はナイにとって家族のような立ち位置だから難しいだろう。ワシの言葉を聞いて甥と宰相が微妙な顔になる。貴族として命を下せば反感を買いかねんからな。仕方ない。
「彼女は己の身一つで爵位を手に入れましたからね。ヴァンディリアの元第四王子の口説き文句にも靡かなかったようですし……」
「ああ。まあ、爵位も欲しくはなかっただろうが、こればかりは諦めて貰わねばならん。――ヴァンディリアのアレは論外ではないか?」
ナイに爵位を与えたのはアルバトロスから逃げられないようにするための囲い込みだ。それは本人も理解して不満を零しつつも、叙爵したのだ。その覚悟はあるだろう。だがナイのことだ。一代で終わらせて、国へ返上する気で受けた可能性も捨てられない。跡継ぎがおらず爵位が返上されて国が管理するようになった例はいくつもある。おそらく知っていただろう。
男は明日をもしれない命となると、生存本能として子を残したくなるものだが……女の場合はどうなのか。数年後、ナイが女として役目を果たせるのならば良いのだが。こればかりは神のみぞ知るというヤツだな。もしくは運を天に任せようと祈るしかないか。
ヴァンディリアのアレは話にならないだろう。せめて距離を詰めてから取る行動だろうに。初手から告白など、悪手でしかないと思うのだが。
「例に出した者が悪すぎましたな。失礼を」
ヴァイセンベルクが片眉を上げて、目だけで礼をした。ワザと話題に出したのかと、この場にいた全員が苦笑いを浮かべる。
「気にするな。――陛下、ナイが子を残さぬのはアルバトロスとしては大きな損失。方々手を尽くすしかないでしょう」
やれることは全てやるべきであろう。国外から余計なチャチャは入れられぬだろうし、仮にナイ本人に直接話をしたとしても落ちる可能性はかなり薄い。
「確かにな。だが、彼女が子を残したとして……その子供を巡ってなにか起きる可能性もある。やはりことは慎重に運ばねばな」
甥が神妙な顔で、未来に起こりうることを述べた。ナイが子を残せば、子供にもいろいろと問題が降りかかる場合がある。いらん手を出すならばアルバトロス王家や公爵家に辺境伯家が許さぬが。
本人の意志を尊重するが、貴族であれば婚姻の覚悟も持って貰わねば困る。成人まであと二年の時間があるが、ナイにその覚悟が備わるかどうか。期待は薄そうだなと、執務室の窓から外を見るのだった。
◇
――嬢ちゃん……有難いけどなあ……。
軍の仕事はなにも魔物を倒したり、他国に侵攻したり、侵攻してきた敵国を相手にするだけではない。街道の補修や新規の敷設だったり、水路の整備なども担っている。ここ最近、魔物の出現が少なくなっていることもあり、街道修繕に新規に道を造る任務に就いていた。
馬車が通るために基礎工事は地面を掘って、一番下に大きな石を敷き詰め、次に一回り小さな石を、更に小さな石を敷き詰め、地面を固める。かなりの重労働だが、これも国の発展の為だ。道が整備されていなければ、国内外の物資が滞ってしまうし、人の行き来もなくなり寂れてしまう。
俺たちが手を抜けば、馬車が泥濘に嵌り困る人も出てくるだろう。亜人連合国がアルバトロス王都に店を開くと聞きつけた国外の商人たちがアルバトロスに入国しやすいように、街道の整備を始めている。
で、俺たち軍の人間が駆り出されている訳だが……。
『たいちょ』
『たいちょう~。コレどこに持って行くの?』
小さな竜――といっても五メートルくらい体長がある――が荷物を引きながら、俺に声を掛けてきた。亜人連合国がアルバトロスの王都で店を開くことになり、街道の整備と新設を聞いた彼らは『力仕事や重労働ならば役に立とう』と言って竜を寄越してくれたそうだ。
敷設用の石や木材の荷運びを頼んでいるのだが、竜たちは何故か俺に懐いている。それが理由で竜たちに指示を出す仕事を俺が担うことになった。何故、そうなると愚痴を零したくなるが竜の彼ら曰く、聖女さまと仲が良いからときたもんだ。竜たちはみんな賢く、俺たちに従順なので問題がないのだが、俺になんでこんなにも懐いているのやら。ふう、と息を吐いて俺に寄って来た竜の顔を見る。
「おう。少し進んだ先に空き地があるからソコに置いてくれるか」
俺の言葉を竜は首を傾げながら聞いている。デカくて少々おっかないが、まだ子供なのか言葉遣いが幼い。十メートルほどの大きさの竜になると、幼さが抜け喋り方も随分と確りして敬語を使うしなあ。
『はーい』
『分かった~』
賢い故に人間の言葉をきちんと理解し、荷物を空き地へ運ぼうと歩き始めた。荷馬車用の馬車を引きながら、器用に縄を咥えて引っ張っていく竜二頭。本当、一年前までは考えられなかった光景だと、苦笑いを浮かべる。
「懐かれてるッスねえ、隊長」
若手の部下が俺の側に寄って、声を掛けた。暑いのか上半身裸で作業していたようだ。軍のトップである公爵閣下が最近始めた『暑熱対策』で倒れるヤツが減ったことに驚きである。十分な水分補給と休憩に少量の塩を舐めるだけで、効果があるなんてなあ。前日の睡眠時間も大事らしく、よく食べてよく寝ろと教えられた。
仕事終わりに配給されるレモンのはちみつ漬けも美味い。夏場の労働は嫌われているが、俺たち兵士の扱いが良くなった気がする。まあ、倒れられると仕事が進まないという元も子もない理由もあるのだろうが。
「懐かれているが、嬢ちゃんのお陰だぞ」
竜が俺を慕っているのは嬢ちゃんと知り合いだからだ。俺自身は貴族でもなんでもない。確かに嬢ちゃんとは縁があり話すことはあるがまさか竜が懐くなんて。
「貧民街のやせっぽっちの子供だったのに、出世したっスねえ」
「筆頭聖女さまが予見したからな、嬢ちゃんは。まあ、貴族に興味はなかっただろうがなあ……」
出会った頃、十歳と聞いて驚いたものだ。貧民街暮らしが長かったのか、周囲の子供たちよりも小柄で小さい。だが大人顔負けの態度と言葉だったし、軍のトップであるハイゼンベルグ公爵を後ろ盾とした。教会で暴れたツケらしいが、普通は公爵家が貧民街の子供の後ろ盾になんてなるものか。おそらく聖女としても人としても認められ、公爵閣下のお眼鏡にかなったのだろう。
だがなあ……おそらく嬢ちゃんは貴族になんてなりたくはなかっただろうな。上手く言えないが、野心は全くなく幼馴染が平穏無事に暮らせるならそれで良い気配があった。
金に汚いならば、治癒代をぼったくるはずだがそれをしない。平民相手には教会が設定した最低料金で治癒を施している。治癒を施したあとも効果がなければ、もう一度指名依頼を出せと告げるのだ。俺の妻も命を救われているうえに、普通に世間話をする仲だ。
城の魔術陣に魔力を補填する聖女は通常の聖女とは違い、重宝されている。その立場に驕る聖女がもちろん居るが、嬢ちゃんはそんな気配を見せない。治癒院にもまだ参加して、平民との繋がりを持っている。本当、変わったヤツだ。
「確かに聖女さまは興味なさそうだったっス。けど、やったことがやったことですからね~」
「まあな」
嬢ちゃんが『どうしてこうなった!』と頭を抱えている姿が浮かぶ。城の魔術陣に魔力を補填しているのだから、魔力量を多く持つ人間だというのは誰でも分かる。
貧民街から教会に拾われ公爵閣下の後ろ盾を得て、学院へと通い魔獣討伐の補助を担い、大規模討伐遠征では竜の浄化をし、教会の腐敗を正した上に本山である聖王国の腐敗も正した。噂ではリーム王国にも介入したようだし、アガレス帝国に拉致されて暴れたようだ。亜人連合国との仲も良いようで、長期休暇は南の島で楽しんでいるらしい。
ま、嬢ちゃんが楽しいならソレでいいか。
嬢ちゃんの人生が良い物かどうかは、嬢ちゃん本人が決めることだ。俺は俺の人生を歩み、嬢ちゃんは嬢ちゃんの人生を歩む。嬢ちゃんはまだ十五歳だ。これから先、長い人生が待っている。まだまだやらかすだろうし、そんな嬢ちゃんの相手を務められるヤツはいるのかどうか。
『たいちょ』
『たいちょう~、なにをすればいい?』
荷物を置いた竜たちが俺の下に歩いてきた。最初こそ驚いていたが、こう懐かれると悪い気はしない。
「おう、今行く! ほら、お前も行くぞ』
「うッス!」
竜に呼ばれて作業に戻る俺たちの遥かかなた上の空を、漆黒の竜が飛んでいたことなど知らなかった。