魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0305:過去と先の話。

 ――島にきて二週間が経った。

 

 空飛び鯨や大蛇さまを助けたり、地下遺跡を見つけたり、納豆ができたりと割と充実した日々を送っていた。

 竜の方たちやダークエルフの方々に妖精も島で自由に過ごしている。小さな集落が形になってきており、次は畑の開墾作業に移るのだとか。島には野生生物も沢山いるし、海で魚を獲ることもできるから食事には困らない。自給自足生活が可能だけれど、真水の入手に少々困るのが手痛い所かも。

 

 夜。天幕の中でクロと一緒に過ごしていた。側にはロゼさんとヴァナルもいて、私の横にはいつも誰かがいる。リンも私が過ごしている天幕にくる予定だ。ジークと明日の警備計画でも立てているのだろう。島に着いても私の側にはジークかリンどちらかは護衛として控えてくれているから。

 

 「半分、終わっちゃったね」

 

 ベッドサイドに腰掛けて、籠の中にいるクロに声を掛ける。籠の中で丸くなっていたクロが顔を上げて、こちらを見た。長期休暇が始まって二週間、島の滞在時間も残り二週間となってしまった。アルバトロス王都に戻ると、長期休暇残りの一ヶ月は子爵領で過ごすことになっている。

 子爵邸で採れたとうもろこしさんを領の方でも栽培を始めているし、使われていない田畑を転用して果樹園にした場所も拡大する予定だ。教会の治癒院にも偶には顔を出さなければならないし、お城の魔術陣に魔力の補填も行う予定もある。学院がお休みじゃないと忙殺されそうな勢い。

 

 『直ぐに時間が経ったねえ』

 

 クロが私の言葉に答えてくれたあと、翼を広げて私の隣に飛んできた。いつもならば肩の上に乗っているのに、どうしたのだろう。

 本当にあっという間だった。島に着いてから、なにかいろいろと事件が起こっていたから。まあ、暇なよりは全然いいかな。報告しなくちゃいけないから、書くことが多くなるけれど日記みたいで楽しい。時折情報が抜けて怒られることがあるけれど、ジークとリンも報告しているので大丈夫。……多分。

 

 『まだ二週間ある!』

 

 ロゼさんが地面の敷物から飛び上がって、クロがいる反対側のベッドの上に乗った。ぷよぷよのスライムの身体を揺らしながら、私を見上げている。

 島は広くてまだ全容を掴んだ訳じゃない。竜の方たちは空を飛べるので把握しているかもしれないが、地上組は地道に足で歩いて地図の作成や遺跡等の人工物がないか捜索中。もちろん空からも捜索できるので、全容解明は通常よりも早い期間で終わるだろうけれど。

 

 「そうだね、ロゼさん。まだなにか見つかるかもしれないし、残りの二週間も楽しまないと」

 

 ぶっちゃけると、もうお腹一杯。残りの二週間は磯で釣りでも洒落込みたい所なのだけれど、釣り竿とリールがないのでどうしたものか。

 竹竿でも作ってみようかと考えたけれど、釣り針が一番難しい。鍛冶屋さんかドワーフさんたちに頼んで釣り針を作って貰っておけばよかった。ちょっと準備不足だったから、来年の長期休暇の際はもう少し荷物を考えておかないとなあ。

 

 『……』

 

 ヴァナルが無言で床から立ち上がり、私の目の前でお座りをして膝上に顎を乗せた。フェンリルのヴァナルの毛は長く、ふさふさ。手を伸ばして、頭と耳の間に手を置いて撫でると気持ちいいのか目を細めてじっとしたままだ。どうやら気持ちいいようで、もっと撫でろとせがまれているようだった。

 クロとロゼさんはつるつるなので、手触りが違う。どちらも甲乙つけがたいけれど、ヴァナルのもふもふは幸福感を呼び寄せる。私の手はヴァナルの頭から耳、首へと移動しながら撫でる場所を変えていく。うにうにと両手でヴァナルの頬を挟んで肉を摘まむ。案外伸びるのでどこまで伸びるかなあ、なんて伸ばし始めたその時。

 

 「ナイ、邪魔するぞ」

 

 声が聞こえ、どうぞと返事をすると天幕の入り口が開く。声の主はソフィーアさまで、彼女の横には何故かリンが立っている。珍しい組み合わせだ。ソフィーアさまの隣に立つのは、立場上セレスティアさまが多い。おそらく私の天幕に来る途中で合流したのだろう。リンはソフィーアさまへ声を掛ける事はないだろうし、元々喋ることが苦手だから、ソフィーアさまが気を使って『一緒に行こう』とか言って誘ったに違いない。 

 天幕の中に灯された明かりに照らされ、リンの赤髪とソフィーアさまの金髪が凄く目立つし、顔も良いから羨ましい限りだ。私も目鼻立ちのはっきりしている美人になりたかったとソフィーアさまとリンを見ていると、天幕の中へと入ってきた。

 

 リンがベッドサイドの近くに立って控えると、ソフィーアさまが『気にしなくていい』とリンへ声を掛けていた。

 とりあえずソフィーアさまには簡易椅子に座って頂いて、侍女さんがいつでも淹れられるように用意してくれていたお茶を手に取って、ティーカップへと注ぎ込む。お屋敷でこんなことをすれば、当主が雑用なんてするなと怒られるけれど島だし、特殊状況下なので見逃してくれていた。

 

 「有難う……すまないな、こんなことをさせてしまって。――私が前に話をしたいと言ったのは覚えているか?」

 

 ソフィーアさまは苦笑いを浮かべながら私の顔を見る。ゆっくりと首を何度か左右に振って、お茶を私が淹れたことは気にしないで欲しいと伝えた。リンにもお茶を渡そうかと思ったが、私の護衛として控えるようで立ったまま動かない。この状況じゃあ仕方ないかと諦めて、ソフィーアさまの顔を見た。

 

 「もちろんです」

 

 島に辿り着いて直ぐの頃、ソフィーアさまが私に話したいことがあると言っていたのは覚えている。直ぐに話さないイコール仕事の話ではないことも推測がつく。真面目なソフィーアさまのことだから、私のように抜けていることもあるまい。

 さて、彼女が私に話したいことなんてなにかあったかなあと、椅子に座るソフィーアさまの顔を確りと見据えた。

 

 ◇

 

 夜。天幕の中は静寂に包まれていた。

 

 簡易椅子にはソフィーアさま。私はベッドサイドに腰掛ける。クロは籠の中で大人しくしているし、ロゼさんとヴァナルは影の中へ消えていった。

 リンは護衛として私たちの傍に控えている。――ソフィーアさまが私と話したいことがあると言って、対面しているのだけれどさてはてなにを言われるのやら。しっかりと私と視線を合わせているソフィーアさまだけれど、その感情はうかがい知れない。

 

 「今更話すことではないが、知っておいて欲しくてな……時間を取らせてすまない」

 

 ソフィーアさまは公爵家のご令嬢である。正確には孫娘だけれど、面倒だし訳が分からないことになりそうだから公爵令嬢で良いのだろう。ひょんなことから私の側仕えとなったのだが、公爵家のご令嬢だというのに平民出身の私を毛嫌いすることなく普通に接してくれるお方である。

 その辺りは彼女の祖父である公爵さまに似たのかもしれない。公爵さまも平民どころか孤児出身の私の後ろ盾になってくれた気さくな方だ。筆頭聖女さまの件もあるかもしれないが、将来性の分からない人間をよく選んだものだ。

 

 「気になさらないでください。休暇中で、時間はいくらでも取れますから」

 

 忙しい日々だけれど、彼女と話す時間くらいは取れる。私的な話を交わしたのは数えるほどしかないのだし、ゆっくりと面と向かって話をするのは良い機会だろう。ティーカップ、というよりもマグカップを両手で包みながら持って微かに笑うソフィーアさまを見ながら彼女が切り出す瞬間を待っていた。

 

 「ナイやジークリンデにとって聞きたくないことかもしれないが……――」

 

 ソフィーアさまがゆっくりと穏やかな口調で話し始めたのだった。彼女がいうには、アルバトロスの第二王子と婚約したのはとある事件を目撃したことが切っ掛けだそうだ。幼い頃、ご両親と一緒に馬車に乗って王都の街を移動していた際に目撃した光景。馬車の前を横切った孤児に腹を立てた貴族が、切りかかった凄惨な現場。

 

 あれ、と頭のなにかに引っ掛かる。馬車、孤児、貴族、切りつけ。それらの単語が随分と昔の記憶を思い出させた。孤児仲間を貴族に切られたこともあった。

 その時は切られた仲間を抱えて、貴族に文句を告げるのが精一杯だったけれど。随分と無茶をしたものだ。自分も切られてもおかしくない状況だったし、周囲の目線を気にして見逃してくれたとしても、誰か使いを寄越して私を殺すことは簡単だったはずだ。今、生きていられるのは本当に運が良かったのだろう。

 

 「あの時の光景を今でも忘れられないよ。見ていることしかできなかった自分に腹が立ったし、同じ年頃の子供がボロボロの姿で生きていることも信じられなかった」

 

 ソフィーアさまが目を伏せる。住む世界が違っているのだから、信じられなくても仕方ない。お貴族さまなら、それもご令嬢ならば血なんて見ることもなかっただろうに。切り付け現場なんてものに出くわさなければ、今のソフィーアさまは居なかった可能性もあるのか。

 本当に人の人生なんて少しのことで変わってしまうものなのだなあと感慨深い。彼女は乙女ゲームの悪役令嬢で、本来であれば第二王子殿下に惚れていた故に破滅の道を歩んでいた。

 目の前にいるソフィーアさまが失敗することなんてあり得なさそうだけれど、乙女ゲームの結末もひとつの結果なのだろう。ただ、少しのズレで進む道が変わったのかも。乙女ゲームには私という存在はなかったそうだから、私も大きく影響しているのだろうか。

 

 「切られた子供を抱えて、啖呵を切った子がいたんだ。ずっと私の中で残っていてな」

 

 ソフィーアさまが伏せた目を上げて私を確りと見た。あれ……状況が凄く似通っている。でも、まさか。アルバトロス王都の貧民街の子供が死ぬなんて、多々あることだ。世情的に誰も気にしないし、気にしたところで得する訳でもない。だから貴族の人が気に留めることなんてあり得ないというのに。

 

 「黒髪黒目の女の子だったんだ。――ナイ、お前だよ」

 

 は、恥ずかしい。黒髪黒目は私以外に王都にいないはずだから、ソフィーアさまの断言は間違いない訳で。

 

 あの時の私は仲間を切られたことに怒っていたけれど、既に心の整理はつけてある。まさかこのタイミングで掘り返されるなんて誰が思うだろうか。リンもリンで過去のあの話に微妙な顔になっている。とはいえ、見ていただけのソフィーアさまに怒りをぶつけるのはお門違いも良い所。

 もう終わったことで、クルーガー家の手によって仲間を切った男はガレー船送りとなっている。……本当に終わったことだった。ただ、このタイミングでソフィーアさまが話を切り出したのかが謎である。

 

 「理不尽なことが許せなくてな。一番手っ取り早く叶える方法が王族の末席に加わって、世の中の意識を変えれば少しでもマシになるかもしれないと考えたんだ」

 

 ソフィーアさまが笑えるだろう、と自嘲した顔で言った。手始めに貧民街の状況改善や国営の保護施設などを考えていたそうだ。

 ヒロインちゃんのお陰で、元第二王子殿下との婚約は白紙となって頓挫したとのこと。幽閉塔にいる彼は今頃どうなっているのやら。正気を取り戻してくれるといいけれど、難しいのだろうか。

 

 「だが難しいな。子供が描いた絵空事を叶えるには、無理があると知ってしまった」

 

 ソフィーアさまは子供心に、誰もが幸せであって欲しいと願ったようだ。でも現実で叶えるにはかなりの無茶が必要だ。地位があるなら社会主義でも唱えれば、一時的には叶うかもしれない。

 現状を大きく変えるには多大なエネルギーが必要だ。人ひとりの力で叶えるには、かなり無謀だろう。でも、種を蒔くことならば。礎を作ることならばできるはずだ。花開くのは、ずっとずっと先かもしれないが、なにか行動に起こすならば無駄ではないはず。

 

 「全員が幸せになる、というのは難しいのかもしれません。でも、誰かが動かなければ、気持ちも現状も変わりません。だからきっと、無駄じゃないし無理でもないはずです」

 

 こういうことは小さいことからで良いのだろう。だって、文明が進んでも貧民街や孤児に棄民なんて世界には腐るほどいるのだから。日本が平和だから感知し辛いことだけれど、少し視点を変えれば不幸なんてどこにでも転がっている。戦争だってもちろんあるし、馬鹿な人が馬鹿を犯すことだってある。

 

 「ありがとう、ナイ。話せて少し気が楽になったよ」

 

 ソフィーアさまは真面目である。もしかして第二王子殿下との婚約が白紙になったことを悔いているのだろうか。

 新たな恋に進めば良いと言える立場でもなく、彼女は公爵家のご令嬢である。家の利益で婚姻を結ぶだろうし、第二王子殿下との婚約だって公爵家と王家の都合だろう。生真面目なソフィーアさまの新たなお相手が現れるなら、どんな方が宛がわれるか分からないけれど、ソフィーアさまにはお世話になっているので幸せになって頂きたいものだ。

 

 「ああ、そうだ。あとひとつ」

 

 少しすっきりとした表情でソフィーアさまは、話を切り出した。

 

 「?」

 

 私は一体なんだろうと、頭に疑問符を浮かべながら彼女の言葉を待つ。

 

 「まだ公表はされていないが、リームのギド殿下との婚約が決まった。二年後、私はリームに赴く」

 

 あ、あれ。リーム王国でロザリンデさまとギド殿下が一瞬良い雰囲気を醸し出していたけれど、あれは一体なんだったのだろうか。

 ま、まあ……恋愛に関してはド素人だから、他人さまのことに口を出す権利もない訳でして。ソフィーアさまは王子妃教育を受けていただろうから、国家機密とか知っているだろうに。そんな人を国外にお嫁さんに出して良いのだろうか。それとも彼女が裏切らないというアルバトロス王家からの絶大な信頼があるのか。お貴族さまや王族の婚約は訳が分からないと困惑顔でいると、彼女が椅子から立ち上がった。

 

 「アルバトロスでできなかったことをリームで成し遂げるよ。それまではナイの側仕えを務める。あと二年と短いが……それまで、よろしくな」

 

 随分とスッキリとした顔で私を見下ろすソフィーアさま。他国の第三王子殿下のお相手を務めるのは大変だろうし、あちらの国の文化や風習にも馴染まなければならない。アルバトロスの第二王子殿下の婚約者よりも難しい道を選んだのではないかと微妙な顔になってしまう。

 

 ――でも。

 

 彼女が決めたならば、応援するしかない。ギド殿下の人となりは知っているので、問題は少なそうだ。しかしまあ、急だよねえと天幕で遮られた空を見上げる。漆黒の夜に溶けて、真っ黒な竜が空を飛んでいたことなど知らずに。

 

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