魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0031:伯爵さまの話。

 リンと同じベッドに寝たのはいいけれど、抱きしめられた腕に締められ――魔力で肉体強化されて抜け出せない――息苦しさで目が覚めた、数日後。

 

 伯爵さまと面会すると言って、ジークとリンは王都にある伯爵邸へと向かった。いつも一緒に三人いるが、こればかりは一緒に行けないのでお留守番である。手持ち無沙汰なので、教会に併設されている孤児院へと赴いて、子供たちの相手をしている。

 

 「聖女さま!」

 

 久方ぶりに姿を見せた私が珍しく感じたのか、子供たちがわらわらと寄ってきていた。時折、お菓子を持っていくこともあるから、それを狙っている可能性の方が高いけど。

 

 「どうしたの?」

 

 一人の子が手を取って私を見上げる。

 

 「前みたいに文字を教えてっ!」

 

 どうやら文字を覚えることに意欲的になってくれたようだ。王国内の識字率はお世辞にもよいとは言い難いので、覚えて損はない。

 子供たちの中に将来天才に育つ可能性だって捨てきれないし、そうならなくとも役に立つものである。

 

 「わかった。外に出ようか」

 

 「やった!!」

 

 子供に手を引かれて孤児院の横にある小さな庭に出る。庭といってもなにもない空き地のようなもの。適当に拾ってきた枝を筆代りに地面に文字を書く。

 

 王国の文字なんて全く読めなかった幼き日、貧民街の大人に聞いても読めない人が殆どを占めていたから、街中から聞こえる声と看板の文字とにらめっこをよくしていた日々が懐かしい。

 

 「ナイ、どうしてここに?」

 

 地面へしゃがみ込んで子供に文字を教えていると影が差す。聞き覚えのある声に顔を上げると同時に立ち上がり、礼を執る。

 

 「ごきげんよう、ソフィーアさま。――すぐそばの教会宿舎で寝泊まりし、時折こちらの教会に顔をだしております故に」

 

 突然、簡素ではあるが身なりの綺麗な女性が現れて子供たちが驚いているけれど、ソフィーアさまは気にしていない様子。なら、子供たちの相手よりも彼女を優先させる方がいいだろうと言葉を紡いだ。

 

 「そうだったのか。祖父が支援している孤児院だと聞いて慰問にきてみたが、こんなこともあるのだな」

 

 ふ、と短く笑う彼女の笑みは、以前とは変わり穏やかなものになっている――気がする。

 

 「?」

 

 「笑ってくれて構わんぞ。白紙になって王子妃教育を受けなくて済むようになったからな、時間が余って仕方ない。力を持てば私のやりたいことが叶うと考えていたが……」

 

 「考えていたこと、ですか?」

 

 「ああ、いやすまない。大したことではないんだ。お前のように、小さなことからでもやれることがあると気付かされただけさ」

 

 少し要領の得ない言葉に、彼女の言いたいことは何だろうと考える。

 

 「はあ」

 

 彼女は王子妃教育を受ける為に学院が終わった後、足しげく王城へと通っていた。

 そうして数週間前の第二王子殿下による婚約破棄劇で、八歳の頃から結んでいた婚約を白紙へと戻る。

 彼女が国外の高位貴族に嫁ぐことはないだろう。王子妃教育を受けていた身だから、アルバトロス王国の内情に詳しい人を外に出すなんて、王家が許さないし王家へ忠誠を誓っている公爵家も国内のお貴族さまへ嫁がせることを考えるはず。

 

 「気にしないでくれ。――さて、文字なら私も教えることが出来るが、何故地面に書いているんだ?」

 

 「紙を使うのはもったいないので。ここならばタダで文字が書けて消すこともできますから」

 

 黒板とチョークは高価だから用意できる訳もなく。地面になら誰にも咎められることなく書けるので、ここで青空教室を開いている。

 ソフィーアさまには屋外で座学を受けることが意外だったようだ。まあお貴族さまだから、仕方ないともいえる。

 

 「む。――そうだったのか、無知で済まない」

 

 頭を下げることはないけれど、お貴族さまが謝罪を口にするのは珍しいのだが、別に謝る必要もないような。

 生真面目な所があるよね彼女、と苦笑して適当に拾った枝を渡すと地面へとしゃがみ込み文字を書き始める。突然現れたどこの誰とも知らない女の人に戸惑っていた子供たちは、どうすればいいのか迷っていた。

 

 「こっちにおいで」

 

 手招きをしてソフィーアさまが書いた文字を指差して、一人の子供に読めるか聞いてみる。少し考えた末に正解をだした子の頭に手を置いて褒めると、無邪気に笑って次の問題をと強請られ。

 ソフィーアさまと子供たちに私とで暫く文字を地面に書きながらやり取りをしていたのだけれど、子供たちは飽きてしまったのか気ままに遊び始めていた。

 

 「無邪気だな、子供は」

 

 まだ十五歳で成人していないのだから、私たちも子供である。ただ背負っているものが、他の人たちより少々重い立場の人間だった。

 

 「ええ、本当に」

 

 「今日、ここに来てよかったよ。――時間は掛かるかもしれんが、お前には見ていて欲しい」

 

 「何をですか?」

 

 ソフィーアさまが何が言いたいのか分からず、質問で返してしまった。失礼にならなければいいのだがと、彼女の顔を見る。

 

 「そうだな、私が貴族として立派に振舞えているかどうか、かな」

 

 またしても要領の得ない彼女の言葉に首を傾げると、私を見ながら片手を腰に当てて奇麗に笑う姿に見惚れて。

 

 「私には目指すものがある。――取り敢えず、それだけ知ってくれていればいいさ。ではな」

 

 じゃりと革靴の音を鳴らして、颯爽と帰っていくソフィーアさまの背中をただ見送ることしか出来ない私だった。

 

 ――あ、教室からいつの間にか居なくなっている緑髪くんと紫髪くんのこと、聞くの忘れた。

 

 ◇

 

 クルーガー伯爵家へ招待されていたジークとリンが戻ってくる。

 空は青から茜色へと変わっており、伯爵との話し合いは時間が随分と掛かったようだった。

 

 「おかえり、ジーク、リン」

 

 「ああ、ただいま……」

 

 「……ただいま、ナイ」

 

 教会の馬車から降り疲れた様子を見せる二人を見て、私はなんとも言えない顔になる。伯爵さまが父親だったとして、今更二人に会いたがっている目的は何だったのだろうか。とはいえ伯爵さまとのやり取りを私から聞くのは不味いだろう。二人のプライベートな部分だから、覗いてはならない。

 

 「もうすぐご飯だって。着替えて、みんなで食べよう」

 

 暗くなる前に済ませる家庭が多いので、王都の街中にはいい匂いが漂っていて空きっ腹には刺激が強い。少し重い空気を変えようと、笑ってみたもののあまり変わらず。

 

 「ああ」

 

 「うん」

 

 普段より元気がない二人が気掛かりだけれど、かける言葉が見つからない。

 こういうものは時間が解決してくれるだろうと、三人一緒に宿舎へと入り二人は自室へと向かっていった。その後姿を見送って、食堂へと向かう。

 広くはない食堂には既に人がちらほらと入っており、各々好きな席へ座って食事を摂っていた。待っていれば二人はそのうち来るだろうと、定位置になっている席へと座る。

 

 ぼーっとしながら食堂のいつもの景色を眺めて、時間を潰す。

 

 「親、かあ」

 

 前世も今世も私には親というものに縁がなかった。家族というものが、どんなものかも理解できていない。

 教会にいる多くの人は親が居ないから、時折『家族』や『家庭』を持てるのかと会話をしている。自分以外がどう考えているのか興味深い話だったので、聞き耳を立てていた。親が居ても居なくても自力で生きていくしかないのだから、歯を食いしばって前を向くしかないのだと結論付けていた。

 

 聞き耳を立てていた話に、心の中で同意している自分が居ることに気がついて苦笑が漏れた。結局は己の人生なのだから、自分自身の手でどうにかするしかないのだから。

 私は恵まれている方だ。教会から保護命令が下り、無事に見つけ出されて聖女として働くことができるのだから。あのまま貧民街で生きていれば、いつかは力尽きていただろう。

 

 「すまない、待たせた」

 

 「ナイ、先に食べてても良かったのに」

 

 考え事をしていた頭の上から声が掛った。いわずもがなジークとリンで。

 

 「先に食べるのも気が引けるから待ってた。――さ、ご飯貰いに行こう」

 

 私の言葉に頷いて三人そろって食堂の職員さんへと声を掛ける。付き合いの長い職員さんと一言二言何気ない言葉を交わし、食事を受け取った。

 教会のいつもとそう変わらない質素なメニューに苦笑いを浮かべながら、席へと着き手を合わせる。暫く無言で食べ進めていると、ジークが真剣な顔をして口を開いた。

 

 「聞かないのか?」

 

 「伯爵さまのこと?」

 

 形の良い目を細めてジークが私を見る。隣に座っているリンも彼の言葉で、食べることを一旦止めた。

 

 「ああ」

 

 「気にはなるけれど、二人の問題だから私が口を出していいことじゃあないし、聞くことでもないでしょう」

 

 「そういう訳にもいかんだろう。公爵さまに報告しないと後でなにを言われるか分かったもんじゃない」

 

 「あ、公爵さまに手紙出したの忘れてた」

 

 ジークとリン、二人で悩むべきことだと決めていたからすっかり忘れてた。ぽんと手を叩いた私を二人は呆れた顔で見る。

 

 「お前なあ……」

 

 大袈裟に溜息を吐いてジークが肩を落とす。うん、公爵さまに頼ったことを忘れてた。問題がなくとも報告しないと、助力を願った公爵さまに失礼になってしまうから。

 

 「ごめんって。――問題になりそうなことは言われたの? てか、伯爵さまとジークとリンって本当に血の繋がりがあるの?」

 

 「血の繋がりはあるはずだ。髪の色と目の色は同じだし――なにより伯爵さまはリンにそっくりだったからな」

 

 「うん。兄さんに凄く似てた」

 

 「そっか」

 

 遺伝子鑑定なんて便利なものはないから、似ているのならそういうことだろう。伯爵さまが認め、周りの人間も似ていると判断したなら事実となる。

 

 「伯爵家の籍に入らないか、とは言われたな。あとは愛人だった母の最期の様子を聞かれたよ……」

 

 ジークの言葉に何とも言えない表情を浮かべているリンに、彼の大きな手がリンの頭の上に置かれた。気にするな、と言わんばかりにわしゃわしゃと頭を撫でられて、猫のようにリンは目を細めた。

 なら二人は伯爵さまの落胤となるのか。母親が亡くなって路頭に迷った子供を救い出すのが遅いような気もするけれど、声を掛けるだけマシと言うべきか。

 

 「他には?」

 

 「俺たちを籍にいれることに伯爵夫人がごねているが、なんとかするからもう少し待って欲しいそうだ」

 

 おや、伯爵夫人はあまり快く思っていないようだ。まあそうだろうねえ。赤髪くん、もといマルクスさまはやらかしているから、ジークが嫡子に変えられると困るのは伯爵夫人である。実家に顔向け出来ないだろうし、立場もメンツも潰れてしまう。そりゃ伯爵夫人の態度には理解できるものがある。

 

 「その言い方だと二人は伯爵さまの家の子になるつもりなの?」

 

 「――まさか。ある訳がない」

 

 「うん」

 

 伯爵さま議論の余地もなく断られている。ならば二人から断るよりも、公爵さまに圧を掛けてもらった方が、良さそうだ。

 

 「わかった。公爵さまにジークとリンに伯爵家の籍に入る意思はないって伝えておく」

 

 「ああ、頼む」

 

 「ごめんね、ナイ」

 

 そう言って少し冷めたご飯に再び手を伸ばすのだった。

 

 

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