魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
長期休暇も残す所少し。ハイゼンベルク公爵領の屋敷から王都のタウンハウスへ戻っていた私は、自室の窓から外を見ていた。
――リーム王国第三王子殿下、ギド・リームとの婚約が決まる。
突然、祖父と父に呼び出され婚約の打診を受けたのは、長期休暇前のこと。私の祖父であるハイゼンベルク公爵の執務室へと呼び出され、いつまでも私の婚約者が空位では格好がつかないとギド殿下の紹介を受けたのだ。私、ソフィーア・ハイゼンベルクは一度婚約を白紙にされた身の上である。原因は相手にあれど、ある意味で傷物なのだから精々国内の高位貴族の後妻にでも充てられると考えていたのだが。
随分と良い話に驚きながらも、アルバトロス王国でなすべきことをリーム王国でやり遂げるだけで、自身のやりたいことに変わりはない。幼い頃、黒髪黒目の少女を見て『理不尽な状況を変えたい』『救いたい』と願った気持ちは、十年近く経っても消えていないのだから。
祖父と父に確りと視線を向けて、私はギド殿下との婚約話を呑んだ。
分かった、と答える祖父と父に頭を下げて部屋から出て行った。婚姻はせず、ナイの側仕えをずっと続ける腹積もりだったのだが。意外な所に良縁はあったようだ。
リーム王国の第三王子殿下とは何度か言葉を交わしたことがある。朴訥とした大柄な騎士といえば良いだろうか。女性慣れしておらず、ナイと話をしたそうに教室の自席に座っている所をよく見ていた。ナイはリームを救った陰の立役者だ。
彼女がリームの聖樹を枯らしたと噂もあり真相を知る者は少ないが、リーム王国のギド殿下が留学を続けていることを踏まえれば、リームはアルバトロスに不満を持っていないと直ぐに分かる。そしてリームはアルバトロスに、特にナイに感謝しているのだ。ギド殿下と私の婚約はアルバトロスとリームの繋がりを強化する為、ナイとの繋がりを維持する為に話が上がったのだろう。
私は、国に忠誠を誓う貴族の端くれだ。ナイほどではないが、アルバトロスの為ならば、喜んでリームへ向かおう。向こうでなにがあっても耐えてみせよう。今まで死に物狂いで身に着けた知識を生かして、リームで困っている人たちの助けになろう。できることならば、ギド殿下と愛を育み子をなして、祖父と祖母のような夫婦になれればいいのだが。
婚約話を呑んだ時、ミナーヴァ子爵家の家宰を務めるエーベルバッハさまとセレスティアには直ぐに伝えた。暫くナイには黙っていて欲しい、という願いも同時に告げて。ナイは私の中で特別な存在となっている。なんの意味もない婚約破棄の現場に、躊躇わず突っ込み元第二王子殿下に頭を下げた。ナイの本心は知らないが、本当になにをしているのやら。
城の魔術陣に魔力を補填する聖女という立場を盾にして突っ込んできたのだ。衆目の前で婚約破棄を告げる元第二王子殿下に怒り、私も衆目の前で元第二王子殿下の愚行を諭そうとした。ナイの登場によって頭に上っていた血が下がり、元第二王子殿下を諭すことなく頭を下げることができた。
もし私があの時、声高に殿下の愚行を叫んでいれば、私も殿下と同じ愚かな行為をした者と噂される可能性があった。元第二王子殿下の方が悪いが、公爵令嬢という立場を利用して王族を蔑んだと言う者も現れよう。もっと穏便に済ませられたのではないかと、悪知恵の働く者であれば心無い噂を流す。
だから私はナイに感謝している。
無茶と馬鹿をしたと呆れてしまうが、まあナイだ。深く考えずに行動したか、ちょっとしたことの礼だと言うのだろう。婚約者が失態を犯した私とセレスティアの地位を維持する為に茶会を催し、魔獣討伐で名が売れたナイを利用した時に持って帰った茶菓子の礼だとか言い出しかねん。
本当に妙な所で感謝を忘れず、私が貴族令嬢としての価値を下げることない道筋を知らぬ間に用意してくれていた。
偶然かもしれないが、この一年本当に楽しかった。……ナイが破天荒なことばかりを起こして、困惑したり驚き過ぎている所もあるが。彼女が好き好んで事件を起こした訳ではないのだから、責めるのもおかしな話。備わっている魔力が多すぎて、竜や幻想種に好かれているのは本当に不思議だ。
ギド殿下との婚約話を雇い主であるナイにいつ告げるべきか迷っていたが、南の島で話すことができて良かった。離れてしまうのは寂しいが、お互いにそれぞれの道を歩んでいかなければ。ナイだって、きっと分かっていて何も言わず、静かに私の話を聞いていてくれたのだから。
――改めて有難う、ナイ。
幼い頃にあの光景を見なければ、第二王子殿下の婚約者は務まらなかっただろう。夢や目標があれば、人間は頑張れるものなのだと教えてくれて。なんの心置きなくリーム王国へ旅立つことができる。あと二年弱、それまではナイの側仕えとして確りと働こうと、窓から視線を外すと不意にノックの音が聞こえた。
「お嬢さま、お館さまがお呼びでございます。執務室へ参るようにと仰っておりました」
ノックの音で侍女のものと直ぐに分かり、部屋へと通す。どうやら祖父に呼ばれたようだ。
「わかった。直ぐに参るとお伝えしてくれ」
しずしずと部屋から出て行く侍女を見送り、少し遅れて自室から出て廊下を歩く。住み慣れた屋敷の廊下を二年後には歩くことはできないのだな、と考えると感慨深い。
いつもより少し遅く歩いて執務室の前に立って扉を叩く。入れ、の声にドアノブに手を伸ばして、なるべく音を立てぬようにと静かに開く。部屋には祖父と父の姿があり、ソファーに座るように促された。一体なにごとだろうと首を傾げたくなるのを堪えて、ソファーに腰を下ろし祖父と父の顔を見る。
「ソフィーア、改めて問う。リームの第三王子との婚約に不満や不明な点はないのだな?」
祖父が真剣な面持ちで告げた。不満などないし、不明な点などなにもない。妥当な婚約話だし、文句をつける所などないのだから。
「はい。良き縁談を纏めて頂き、感謝しております」
何度も言うが、年の離れた高位貴族男性の後妻になるよりマシであるし、リームに赴いてアルバトロスで学んだことを試すのも悪いことではない。
「そうか。ではリームの第三王子がお前さんの婿になることも文句はないのだな?」
「はい。――はい?」
ん、祖父は、お爺さまは今なんと仰った? 私の婿と言ったか。リームの第三王子が私の婿となる……ということは私が嫁で彼が婿。いや、なにか違う。
なんだろうか、祖父の言葉に驚きすぎて考えがきちんと纏まらない。厳しい王子妃教育を受けいついかなるときも、一つの事象に対していくつもの答えを出し最善を選び取れと訓練してきたというのに。突然の展開になにが起こったのか分からないのだが。私の頭はどこに行ったのだろうか。
「はあ。ソフィーア、公爵家の者として従順なのは良いが、疑問を呈せずワシの言葉を鵜呑みにするのもどうなのだ。自身の価値を考えれば、お前を国外に出すのは悪手でしかないぞ」
祖父が呆れた顔で私を見ながら教えてくれた。最初からリームのギド殿下との婚約は、公爵家が持っている別の爵位を私に継がせ、彼が婿入りする手筈だったそうだ。少々堅物な気のある私を試す形で、嘘は吐かず『第三王子殿下との婚約が決まった』とだけ告げたのだと。
私はまんまと祖父の策略に嵌り、なにも疑問をぶつけることなく話を呑んだことに頭を抱え、いつ気付くかと待っていたが気が付く様子がない。流石に二ヶ月以上騙したままでは不味かろうと、本日ちゃんと話を告げたという訳だ。
「父上、我々もソフィーアを公爵家の駒として育てて参りました。ソフィーアだけの責ではないでしょう」
父が祖父へ苦言を呈していた。国の為、家の為と言われながら育てられたが、彼らからはきちんと愛情を受け取っている。厳しい側面もあったが、ちゃんと私を愛してくれていた。もちろん彼らは貴族としての責任がある為、大っぴらにすることはなかったが。
「確かに。しかしソフィーア、己の価値をきちんと見定めねば、今回のように勘違いを引き起こす可能性がある。十分に気を付けろ」
祖父は『お前さんもまだまだだな』という顔になって告げ、私は確りと頷いた。確かにきちんと考えれば、正しい答えが導きだせていた。どうにも婚約話となれば、女は嫁に入るという固定概念が私の中であったようだ。祖父に出し抜かれた形となり、まだまだ未熟だなと反省するばかりだ。
「最後にもうひとつ。――ナイの父親を騙る者が現れた。本当に父親なのかまだ分からぬが、十分に気をつけておけ」
祖父が先ほどの空気から一転、怖いくらいの覇気を出して私に告げた。名を馳せたナイの血縁者を騙る者が出るとは予想していたが、まさか父を名乗る者が出るなど。しかも珍しく王都の街へ繰り出していたナイを目敏く見つけたようだ。なにか怪しいと勘が告げ、祖父と父に一礼して、執務室を後にするのだった。
◇
長期休暇も残す所あとわずか。領から戻り、自領の土産をナイに渡そうとミナーヴァ子爵邸に赴いた。丁度セレスティアも戻ってきており、辺境伯領の土産をナイへ渡そうとやってきたようだ。ミナーヴァ子爵家当主であるナイの部屋へと向かう前、家宰殿に呼び止められて別室へとセレスティアと共に入る。彼の口から告げられた言葉は、昨日祖父から聞いたことと同じ内容だった。
「――ナイの父親ですってぇええええ!! どういうことですの! ソフィーアさん!!」
セレスティアが魔力を纏わせて声を上げた。わざわざ魔力を込めて大声を出すことはなかろうに。耳に響くから以前から止めろと何度も伝えているのだが、こうしてなにかあった時は必ず魔力を纏わせていた。彼女が話を知らないのはヴァイセンベルク家に齎される報告が遅れたか、セレスティアが領から直接子爵邸へと赴いたのか。どちらにしても、今知ったようだ。
「っ、セレスティア、何度も言うが声がデカい。少し自重しろ」
私が苦言を呈すとセレスティアは鉄扇を広げて口元を隠した。反省していないなと息を浅く吐くと、代わりに家宰殿が答えてくれる。
「まだ詳しくは分かっておりませんが、ご当主さまと接触を試みたようです。流石に護衛のみなさまに遮られ、言葉を交わすこともないまま立ち去ったようですが」
祖父の話ではナイと亜人連合国の方を護る為に就けられていた護衛の者が後を追ったそうだ。いつの間にか撒かれてしまい、姿を見失ったと聞いている。問題が問題故に公爵家や辺境伯家、王家から影や兵士が王都をしらみつぶしに探していると聞いた。時間が経っても見つからないのであらば、怪しい者と判断されるだろう。
「今更でございましょう! ナイが貧民街で生活していた時ならいざしらず、名を上げてから現れるだなんて! 血が繋がっていようがいまいが、一体どういう考えでナイの前に立ったのですか!」
確かにナイが貧民街で暮らしていた時に手を差し伸べるべきだったのだ。自立して助けが必要のない今、遠くで見守る程度に留めておけばよかったものを。本当に父親であれば、ナイは気にするだろう。ナイは妙な所で情が深いところがある。
「怒りはわかるが声量を落とせ、ナイに聞こえたらどうするんだ」
今の時間であればジークフリードとジークリンデたちと一緒に自室にいるだろうが、邸の中は自由に動き回れるのだから。不用意な言葉を聞かせる訳にはならない。
「っ、失礼。取り乱しましたわ。――しかし何故、今更」
「確かに今更だな。金目当てとしか考えられんが……ひとつの考えだけに囚われる訳にはいかないな」
個人で動いているのか、誰か後ろについているのかは分からない。なんの情報もない今、大きな視野で見て考えなければ大事なことを見逃す可能性だってある。
「お二人のお考えは?」
家宰殿が私とセレスティアの顔を見る。意見が分かれてしまえば面倒なことになるから、避けたいのだろう。ナイが居ないこの場で。子爵邸で働く者たちの意思統一をしておくつもりか。
「アルバトロス上層部と教会の考え次第だが、ナイの意思も尊重してやらんとな……」
接触を試みた人物が彼女の本当の父親であれば母親のことも分かるだろうし、生きている可能性だってあるのだ。ナイが会いたいと望めば会わせてやることだってできるが……。果たしてそれを国や教会が許可を出すかは未知数だが。
「……ですわね。なるべくナイの意思は汲み取るべきでしょう」
セレスティアも私と同意見だったようだ。彼女と顔を見合わせて確りと頷く。家宰殿も同じ意見のようで、ゆっくりと頷いた。
ルカを襲った者は謎のままであるが、日常は続く。悪いことに囚われ過ぎて、前に進めなくなったり周りが見えなくなるのは悪いことである。一人であれば悩んだままだったかもしれないが、こうして皆と話し合うことができるのだから。三人でこれから起こりうることを上げたあと、ナイの部屋へと赴く。
領から持ってきた土産を理由に、いつものように彼女の部屋へと足を運ぶと、いつも通りに私たち二人を迎え入れてくれた。
「お久しぶりです、ソフィーアさま、セレスティアさま」
ナイは小さく頭を下げながら、椅子へ座るようにと導いてくれる。一ヶ月前にみたときと変わらないようで良かった。父親の件で気落ちしているならば、どう慰めたものか分からない。父や母、家族を持っている私が彼女に掛ける言葉はかなり少ない。辛気臭いのは駄目だなと考え、表情を取り繕って声を上げる。
「ナイ、久方振りだ」
「お久しぶりですわ、ナイ。――去年と変わりませんが我が領からの土産でございます」
椅子に腰を下ろして、セレスティアと共にナイの顔を見る。机に並べた土産を興味深そうに覗いているが、彼女が気に入るものはあるのだろうか。装飾品であれば亜人連合国の方が作るものの方が質が良く、彼女の眼も肥えているはず。とはいえ一流の職人が作ったものや、領民が精を出して作ったものである。
多少なりともナイの役に立つならば構わないし、亜人連合国産と我々が作った物の差を感じて貰えば良いか。ナイは出自と突然の成り上がりによって、価値観がぶっとんでいる所があるので教育素材として丁度良いだろう。
「去年に引き続き、ありがとうございます」
ナイが頭を下げる。私たち従者であるというのに、平民時代の癖が抜けないようだ。
「気にするな。――ナイ、話は聞いた。父親が名乗り出たそうだが、ナイはどうしたい?」
「国や後ろ盾、ミナーヴァ子爵家とも関係なくナイ自身の気持ちをお聞かせくださいませ」
セレスティアの顔を見る。どうやら私と彼女の気持ちは同じらしい。公的な立場を優先するなら、父親と名乗った男を捕え、洗い浚い吐かせてから罪に問うべきだろう。本当の父親であると発覚した場合は、ナイの気持ちと男の態度次第だろうか。ナイに不利益を与えるようならば、彼女に知られぬまま処分するのが最善か。
「とにもかくにも報告を待つしかないかと。尾行した騎士の方が取り逃してしまったと聞いておりますが、王都をしらみつぶしに探しているようですから……背後関係もはっきりとしておらず状況を判断するには情報が少なすぎますね」
割と確り現実を受け止めているようだ。父親が名乗り出たことを悩んでいるかもしれないと考えていたが……良かった、とは言えないな。本当に血が繋がっていようがいまいが、どうしてもナイの名声で出てきたのだから。
「ナイ。本当のお父上であればどうなさるのです?」
セレスティアは血の繋がりが気になるようだ。
「どうもしません。関わる気はなく、本当の父親であったとしても実感は全くありませんしね……」
本当に父親だった場合は国や公爵家に辺境伯家はどう判断を下すのだろうか。ナイは関わる気はないと言っているが、国に益を齎す人物だとしたら。不利益を与える人物だとしたら。どちらにしろ良い結果にはなりそうもないなと、嫌な予想しか湧いてこない。
「男が母親に会える、なんて言い出せば?」
セレスティアが続けて問うた。父親がいるということは、母親もいたっておかしくない。生きているなら喜ばしいことだが、相手に言われるまま受け入れる訳にはいかないだろう。
「会いません、関わりません。私の前に現れて物語のように抱きしめられても、誰だろうこの人って感じでしょうから」
ナイが肩を竦めながら方針を語った。彼女が私たちに嘘を吐く必要はないし、嘘を吐いた場合のリスクも考えられるヤツだ。孤児時代を経験し既に自立している彼女に両親は必要ないのだろう。前世の記憶があると聞き、前世も孤児で親の顔を知らないまま育ったと聞いている。
――本当に今更の話だな。
正直、ナイの父親と名乗った男には不信感しか湧かない。ナイが自分で付けた名前を叫んでいたそうだが、どこで情報を掴んだのか。
仮に本当に父親だったとして、名前も付けぬまま捨てたか放置した子に接触を図る必要性。ふつふつと腹の底から怒りが沸いてくる。ナイの心を踏みにじる者であれば……容赦はしないと心に誓うのだった。
あ……婚約話の真相を何時ナイにきちんと伝えるべきか……。格好つけて別れの挨拶をしたというのに、まさかこんな事態になってしまうとは。切り出すタイミングが難しい、と頭を捻るのだった。