魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――閣下。
フェルカー伯爵を呼ぶ。爵位的に私の目の前に腰掛けている男性が上なので、一応の敬意は払っておかないと。公爵さまが同席しているのに『閣下』と呼ぶのは、なんだか微妙な感じだけれど。爵位が同じか下の方ならば『卿』って呼ぶ日はくるのかなあ。そうなるとお貴族さまとしてずっぷりと沼に嵌っている気がする。ま、先の日は後で考えれば良いとして、今は目の前に座るフェルカー伯爵のことである。
子を持つ親として云々と抜かしたけれど、胸糞悪い話を平然と繰り広げたことには驚きを隠せない。私に親はいないし、殺伐とした日々を送ったこともあるけれど、平穏な一般家庭とか人の気持ちとかは理解できている……はず。
価値観は人によって違うものだが、流石にコレは認められない。というか男性の行動を諫めて、私との面会を望まないで欲しかった。さっきから私の後ろに控えているジークとリンがブチ切れそうな雰囲気だし、ソフィーアさまとセレスティアさまのオーラも凄い。
横に座っている公爵さまと辺境伯さまに、宰相さま、教会の面々、護衛の騎士さまたちは歯軋りをし始めそうな雰囲気なのだ。みんなお貴族さまなのだから、雅にしていないとお貴族さまとしての面子が保てないぞ、と冗談吹かしたくなるくらいには。
――みんな、私の為に怒らないで!!
なんてゲームのヒロインよろしく言えれば良いが、残念ながら私は子爵位を持つ当主兼聖女な訳で。お仕事として会談の場にいるのだ。
「如何しましたか、ミナーヴァ子爵?」
フェルカー伯爵が小さく顔を傾ける。黙って聞いていた私が突然口を開いたことは、彼にとって不思議だったようだ。フェルカー伯爵の感情は読み取れない。常にフラットというか、ずっと昔話を語っていたというのに表情に変化はなかった。言葉にはやたらと抑揚をつけて聞く側を飽きさせないようにしていたけれど。
「私の父と名乗る男性の謝罪を受け取る前に、提案がございます」
上手くいくと良いのだけれど。話を聞いて相手に遠慮をする必要はないと判断して、唐突に思いついた策だけれど百戦錬磨の商売人に凡人の悪知恵が通用するのかは賭けである。バレたら軽くあしらわれ、男性の謝罪を受け取るだけになるので阻止したい。
「左様ですか。して、いかがなことでございましょう?」
フェルカー伯爵は雰囲気が変わったことを悟り、膝の上に手を組んだ。
「閣下は巨万の富を築いたフェルカー家のご当主さま。商人として国内外を飛び回っていることでしょう。そしてアルバトロス王国の貴族として、国へ貢献を齎されているのだと」
適当に褒めちぎっておく。こんなことで機嫌がよくなるなら儲けものだけれど、そうはいかないだろう。巨万の富を築いた伯爵家のご当主さまだ。一筋縄ではいくまい。目の前の人が無能の可能性も捨てきれないけれど。
「そうですね、商売人としても貴族としても誇りを持っておりますよ」
膝上で手を組んだままのフェルカー伯爵が口元を伸ばして笑う。どうやら商人としても貴族としても自信があるようだ。
「では、わたくしがアルバトロスの聖女であり貴族だということはお知りでしょうか?」
愚問だろうけれど、念の為に聞いておく。
「ええ、それは勿論。亜人連合国との橋渡し役に、聖王国の腐敗していた神職に就く者たちの一掃、アガレス帝国でのご活躍。上げればキリがありません」
活躍は不本意だけれどそうなってしまったのだから仕方ない。まあ、名声はこういう時に活用するものかなあ。
「取引をお願い致したく。私は男性を血が繋がっていようがいまいが、父と認める気はございません」
「!!」
私の言葉に男性が物言いたげな顔をしたけれど、フェルカー伯爵に御されて声を出すことはなかった。
「ただ男性が謝罪したいというのであれば受け入れましょう。しかし条件がございます」
「ほう、その条件とは?」
「男性は閣下の庇護を受け面倒を見ているとお見受けします。男性が私の下に赴いた際は、フェルカー伯爵家から金貨一枚を教会か王国へ寄付をお願いいたします。二度目となればその倍を。三度目は二度目の倍額をお願いいたします。継続する場合も同様です」
大昔、米粒一粒で百日間倍々方式で頂戴と強請って、一粒だけに目が行って痛い目を見た武士がいたという。詳しい経緯や内容は忘れてしまったが、目先のモノにだけ囚われている人には安い話に見えてしまうらしい。
金貨一枚って結構な価値があるのだけれど、大金持ちの人からみればはした金になるかもしれない。まあ、これは男性を私の下に足しげく通わせない為の方便であるけれど。話を聞く限り、時間的なものは符号する。後で副団長さまか、教会の魔術に精通している方が調べて真実が分かるかもしれない。お金が取れるなら謎のままでいい、とも考えてしまう。
「ふむ。では私も取引を宜しいでしょうか?」
流石商売人、食いついた。でもなにを言われるかなあ。それ次第で話の流れがまた変わってくる訳だけれど。
「閣下のお返事を聞いておりませんが」
「まあ、良いではないですか。私も貴族であり商売人です。上手い話には乗りたいですし、お互いに損はしたくないでしょう?」
「確かに。では、どうぞ」
フェルカー伯爵からの返事を聞いていないので、私も返事をはぐらかすことは可能である。ソフィーアさまから『何をする気だ!?』という気配を感じたが、無視を決め込むしかない。
まあ、フェルカー伯爵が仰る通り損をする気はないので、妙なことにはならないはず。商売に関してはド素人なので、その辺は気をつけて発言をしなければならないけれど。頭はよろしくないので、ノリと勢いで乗り切らねば。
「亜人連合国が近々王都に開く店と取引を行いたく。ミナーヴァ子爵からご紹介頂けませんか?」
フェルカー伯爵の言葉に、ぶすくれているディアンさまの顔と、ダリア姉さんが親指を立ててにっこりと笑う姿に、アイリス姉さんが悪い顔を浮かべている姿が目に浮かぶ。紹介だけなら問題ない。あとは亜人連合国のお店とフェルカー伯爵とのやり取りで話を付けるのだから。これでマケて欲しいとかお友達価格でとか言い始めると断らなければならないが。
「では、フェルカー伯爵はわたくしの条件を呑んでいただけるのでしょうか?」
フェルカー伯爵の願いに対しての返事はしない。返事を先にするときっと負けだから。ぴくり、と片眉を上げたフェルカー伯爵が深い息を吐いた。
「承りました、子爵の条件を呑みましょう」
商人であればキリの良い所で、男性を私に近づけさせなくなるだろう。
「では、わたくしも閣下のお話を確約いたしましょう」
ま、お店を紹介するだけでそれ以上の手助けなんてしないし、取引を拒否されても知ったことではない。テーブルを挟んで片手を伸ばして握手を求めたフェルカー伯爵には手を伸ばさず、宰相さまに紙と筆の用意をお願いする。控えてきた騎士さまに告げると『こんなこともあろうかと!』という速さで紙と筆が私の前に差し出される。
契約書の作成はイマイチ理解していないけれど、ここには宰相さまがいらっしゃるわけで。宰相さまが聞いていた内容をサラサラと紙に書いて、私とフェルカー伯爵、国、教会用と四枚の契約書だか誓約書が作成された。教会と王国用があるのは私が巻き込んだから。宰相さまや教会の方たちが微妙な顔になっているけれど、許して欲しい。だって、タダで転ぶわけにはいかないし。やられっぱなしも癪だしね。
「ミナーヴァ子爵は随分と欲深い方だ。聖女の身でありながら、そのようなことを申されるとは。金に目を付けない聖女さまと噂が立てば困るのは貴女さまでございましょうに」
フェルカー伯爵が片眉を上げながら、宰相さまの手元を見ていた。やはり気が付いたか。男性が私の下に訪れる度に倍々方式で寄付金額が上がっていくのだから。大金持ちの人からすれば金貨一枚は安いだろうけれど、回数が増え十回目の謝罪になれば、フェルカー伯爵は金貨五百十二枚を寄付しなきゃならない。
まだはした金かもしれないが地味に痛いはず。目端が利けば、男性を止める理由にもなるだろうと交渉させて頂いた訳だ。私の下には一銭も入らないけれど、美味しいご飯でも食べさせてくれるかもしれないし、子爵領の開拓費をちょっぴり融通してくれるかもしれないのだから。
「ええ、そうですね。ですが、聖女であり同時に貴族でもあると申しました。その為の取引でございます」
噂の方はどうにでもなるだろう。真実をぶちまけて話を流せば、どちらに同情が集まるのかは目に見えている。もっと早く名乗り出ていれば、まだマシだったかもしれないが遅すぎた。
「仕方ありませんね。――ではお互いにサインを」
公爵さまも辺境伯さまも黙って見守っているだけなので問題はないはず。ただお貴族さま的な面子とかには問題がでてくるかもしれないし、男性を処分しないのは甘いと言われてしまうかもしれないが。
貴族だけれど、私は聖女でもある。間接的にでも誰かを殺めてしまうと評判によろしくないのだし。これが精一杯の報復じゃないだろうか。男性からお金を頂くのは嫌だし、庇護しているフェルカー伯爵からお金を頂く方がまだマシで金払いも良いだろうし。筆圧の高い私の文字に苦笑いを浮かべると誰かの視線に気づいて顔を上げた。
ふと、黒いフードを目深にかぶった人物を見て、入って来た時にあんな人居たっけと疑問が浮かぶのだった。
◇
フェルカー伯爵の護衛には私的に雇っている騎士と魔術師の方たちが数名控えていたけれど、王国側と私の護衛の人たちの数が上回っていた。数にして二倍ほど違うので『戦いは数だ』を主張する私としては、フェルカー伯爵がやらかす可能性が低くなると見ていたのだが。
ふいに護衛の人たちの中から向けられた視線はあからさまに興味を持って私を見ています、という感情が流れてきた。とはいえ此処は公式の場である。自身の感情を優先させて行動すれば、雇い主であるフェルカー伯爵の意向を無視する形となる。
雇われ魔術師ということは実力者なのだろうが、結局はサラリーマンと変わりない。雇用主には逆らえず、後ろでじっとしているのが精々。
黒いフードを被った人には申し訳ないが、私と接触したいなら家か王国か教会を通してくださいと願うしかなかった。
椅子に座り直したフェルカー伯爵が、私を見る。
「さて、取引は終えました。どうか娘に謝りたいという彼の願いを叶えてくださいませんか?」
フェルカー伯爵の言葉に軽く頷けば、伯爵が男性に視線を向けて深く頷いた。これで一度目、金貨一枚が国か教会へ寄付されることになる。ああ、しまった。接触時間でも金額を割り増しになるようにお願いしておけばよかった。
とはいえ、自分の首が飛びかねない行動を平気で起こす男性である。放置されればまた私の下へ赴くだろうし、注目を浴びているから王都の中で有名人になるだろう。これから先、浴びせられる周囲の視線に耐えられるかどうかが問題だろうか。
すると勢いよく男性は立ち上がり、私の側に近寄ろうとして騎士の方々に制止させられた。一般人であろう彼が騎士の方々の力に敵う訳はなく、その場で足止め。ジークとリンも私の両サイドの半歩前に立って、万が一の為に備えている。
「ナイ、ナイ! 本当に済まなかった……!」
男性は目尻に涙を溜め込んでいた。これで父親として私の前に立つと宣言した男性の願いは叶った形になるのだろうか。フェルカー伯爵との契約は、男性が私の下へくればお金を頂くということしか明記していない。ということは騎士の方々に制止されている男性を、無下に扱っても問題はない。
「……どうしてその名を呼ぶのですか?」
私の名前は、名前を付けられていなかったから自身で付けたものである。もしかすれば私を引き取った身形の良い夫婦が名前を下さったのかもしれないが、生憎と記憶に残っていない。肉体に宿っていた主が死んだことで私が入れ替わったようだから、覚えていないのは仕方ないのかもしれないが。
「え、あ、ああ。ナイの母親が生まれて直ぐに亡くなり、男の私は君の扱いに苦労した。名前を決めることよりも君の世話をしなければならず、途方に暮れていたんだ」
必死な男性に私はかなり落ち着いた様子で見ているので、私の態度が不思議だった男性は少々戸惑っていた。再会すれば『お父さん!』なんて言ってお互いを抱きしめ合う感動の再会を思い描いていたのであれば、随分と幸せな頭をしている。
小さな赤子の世話は女性の仕事である。確かに母親が産後三日目で亡くなれば、男性はどうすればいいのか分からないだろう。こういう時は隣近所を頼って女性の諸先輩方に頼るのだが、ご近所付き合いはなかったのだろうか。
まあ他国からアルバトロスに居付いた人みたいだし、知り合いや助けてくれる友人も少なかった、と言われれば納得できるが。何故、黒髪黒目で生まれてしまっただろう。
黒髪黒目が数を減らしていったということは、遺伝的に、生物的に劣っているという証拠なのだけれど。科学が進んでいないから、解明するのはずっと先の未来かな。
「そしてとある夫婦が私の前に現れて、君を引き取った。私の下で暮らすよりも、血が繋がっていなくとも母親と父親がいる方が幸せだと判断したんだ。――しかしナイを引き取った彼らが裏切った……!!」
生んでくれた母親には申し訳ないけれど、生みの親も育ての親も糞じゃないか。自分たちの都合で生まれて間もない赤子を振り回しているのだから。これなら血反吐を吐きながらでも父親とどうにか生き抜いて力尽きた方がよっぽど幸せなんじゃないかと思えてくる。ま、まあその相手は目の前の男性だから、なんとも言えない感情が湧いてくるけれど。
「私が君に名を付けることはなかったが、君が自身で名を付けたというのであれば……私が呼んでも問題は少ないはずだよ!」
男性の気持ちだけを優先して、私のことなど考えていないのだなあと思い知る。血は繋がっているかもしれないが、私の記憶というか人格は、赤の他人である。なんだか滑稽な悲劇だよね。
男性は自分の子と信じて止まないし、話を聞く限り時間は合致しているから、私が彼の子である可能性は高くなっている。大嘘を吐いていた場合は別だけれど、その時は彼を庇護していたフェルカー伯爵家ごと追放されるか、何かしらの罰が下るはず。
「私を引き取ったというご夫婦が貧民街へ捨てたと仰ったならば、貴方は直ぐに赴くべきでした。貧民街の方々に『黒髪黒目の子の行方をしらないか?』と問い小金を握らせれば直ぐに答えを得られていたことでしょう」
新参者の子供の価値なんて、貧民街に住む人たちからすればその日の食糧より小さいものだ。黒髪黒目は珍しいし、新参者はかなり目立つ。だから、目の前の小金に気を取られぽろっと情報を手渡し酒でも買いにいくのだろう。
「親の責任を放棄したのです。貴方の娘としてその名を呼ぶのはお止めください、不愉快極まりない。名を呼んでもいいのは貧民街で一緒に生き抜いた仲間と、わたくしを支えて下さる方々のみ。私欲で接しようとした貴方に、我が名を呼ぶ資格はありません」
「なっ、そんな! 私は君の父親だ! 黒髪黒目がその証拠だ!! 私の妻は黒髪黒目の赤子を生んだ! 絶対に嘘など吐いていない!」
男性は必死に叫び、こちらへ近づこうとするが騎士の人に阻まれたままだ。ジークとリンの殺気に気付いていないし、周囲の人たちを逆撫でていることも理解していない。
いいなあ、周りを見ずに自分の感情だけを優先させて行動できるのは。まあ、そんなことをすれば破滅が待っている訳だけれど。さて、そろそろ切り上げようと話を終わらせるべく、口撃しようと男性を見る。
「フェルカー伯爵よ。真相はともかく、ここらが潮時ではないかね?」
公爵さまが唐突に口を開いた。今まで静観していたのに、どうしたのだろう。
「公爵閣下。貴方は立会人で見守っているだけなのでは?」
フェルカー伯爵が邪魔をしないで欲しい、という顔で公爵さまを見る。おお、殺気を醸し出している公爵さまに面と向かって言葉を発することができるなんて。流石伯爵さま。私は公爵さまが殺気を飛ばすと、おしっこを漏らしてしまいそうになるかも。そのくらい迫力があるんだよね、公爵さまは。
「そうだがな。これ以上の道化芝居は見ていられんのだよ。ワシは子爵の後ろ盾を長年務めていたのでな、彼女が国と教会に貢献しているのは十分に知っておる。今や、どこぞの伯爵家よりも価値は高い」
公爵さまが一拍おく。
「……――無能な男を野放にした責任を取って頂くぞ」
更に殺気を増やした公爵さまは、男性を先に下がらせた上で、私たちミナーヴァ子爵一行も先に退出させた。会議場に残ったのは公爵さま、辺境伯さまと宰相さまに教会の主だったメンバーとフェルカー伯爵。会議場から外に出て、ご愁傷様フェルカー伯爵、と手を合わせるのだった。