魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
名前、名前。私の名前って何だったかしら。長く生きてきた所為か、どうにも記憶があやふやだ。私の存在を知る者たちは、外見の特徴から『黒い女魔術師』なんて呼んでいるけれど。実際、呼称なんてなんでも良い。
魔術による加齢遅延措置で肉体は若いままだが、頭が耐えられず若かりし頃の記憶が抜け落ちている。しかし措置のお陰で肉体が老いる速さは通常の十分の一以下に抑えられているし、記憶が抜け落ちても知識と情報は保存されているので問題は少ないが。
魔術師として西大陸を彷徨っていた私は、ある時一冊の魔導書を見つけ転機が訪れた。古の大賢者が記したとされる五冊の内の一冊、五冊全てを集めれば魔術師の格上の存在である大賢者になれるという、幻の魔導書。
魔導書は相応しい持ち手を選ぶ性質があると聞いていた。私の目の前に現れたということは、目の前にある一冊を従えても良いということである。期待に震えながら頁を捲っていくと生物の命を伸ばす魔術が記されており、魔術の深淵を覗き見ることを目標に据えていた私は期待に胸を膨らませた。
魔術を極めるには、人間が生きる時間で学ぶには短すぎる。人間が生きられる時間は七十年程度とされているが、たった七十年では魔術の基礎を齧った程度。
時間さえあれば魔術より上の存在である魔法に辿り着き、ついには賢者となって魔術と魔法を昇華した根源に辿り着くという。根源に辿り着けば、大地の命を伸ばしたり、生き物の格を上げ長く生かし自身の使い魔とする。根源に辿り着いた賢者は多くの生き物を従え、人間や亜人をも服従させて世界を統一する神にほど近い亜神となるのだ!
その為には高位の魔術師を何十何百と集めた数の魔力が必要となり、一人の人間では到底賄いきれない。
古代人がほど近い存在だと言われているが、彼らが世界を統一したという事実は残されておらず、亜神となるにはあと一手足りなかったのだろう。魔導書を手に入れた私は知識と術を手に入れた。魔術師の最盛期とされる三十代手前で老化を止め二百年。記憶という思い出は抜け落ちてしまうが、知識と情報は頭の中に確りと残っている。
仮に抜け落ちたとしても私のすべては魔導書に移されている。魔導書は常に進化を続ける。主人となった持ち主の手によって。
私の魔導書は手に入れた頃よりも更に進化を遂げているし、強くもなっている。魔石を取り込ませて、魔力を喰わせてた。魔獣が落とした魔石も喰わせているので、随分と進化したはず。もっともっと私の役に立って貰わなければ、と手元にある魔導書に視線を落とす。古い装丁の魔導書は私の手の中で、淡い魔力光を灯して己の存在を主張していた。
はたはたと黒の外套が風で靡く。闇に染まるアルバトロス王都を囲む壁の上で、街並みを見下ろしていた。城にほど近い貴族街の一角、ミナーヴァ子爵邸へと視線を向ける。邸の中には黒髪黒目の少女がいる。
――面白い子よね。
見れば見るほど面白い子。強大な魔力に愛された黒髪黒目の少女は、己の力に囚われない。本来であれば魔術師として出世して西大陸を手に入れてもおかしくはない存在だというのに。力を誇示すれば国を手に入れ大陸を統一し、望めば世界さえ手に入れられそうな魔力を有しているのに。アルバトロス王国の貴族として甘んじている。
まだ年若い銀髪の男魔術師が彼女に指南しているようだが、アレもアレで欲がない。何故黒髪黒目の少女を自身のモノとしないのか謎だった。洗脳を施して自身に服従させれば、良い駒となるのに。肩の上に乗っている白銀の竜もスライムもフェンリルも従うであろう。
『手に入れるのか?』
私の肩の上に乗る漆黒の竜が問いかける。魔導書を手に入れて直ぐ……確か百年ほど前であったか、従属の魔術を施し手に入れた竜だ。本人曰く五百年ほど生きており、大陸を渡りながら各地で暴れ回っていたのだとか。
西に赴いた際に私と出会い、戦いで負かし従属させた。持っている魔力も高く、体の大きさを自由に変えられ移動手段として重宝するし、単体で偵察に赴かせている。
少々時間は掛かってしまうが大陸間移動も可能で、東に渡ってみたが魔素が薄く留まる理由がなく、五大魔導書がないと分かると西大陸へ戻ってきた。
竜を手に入れて東に渡ったのが九十年前、西へ戻ってきたのが五十年ほど前だ。竜に乗って空を移動するのは、とても凄く愉快だ。
高高度に対して警戒の薄い国々は空の上を飛ぶ私に対して攻撃手段を持っていない。魔術を放って地上にいる人間を焼き払うのも楽しいだろうが今は我慢だ。引き籠りであったはずの亜人連合国の者たちが、国外へ進出しようと考えを変えたようで、西大陸の空を頻繁に竜が飛んでいる。
「いずれは手に入れるけれど……まだ早いわね。ヴァイセンベルク辺境伯領の大木にリーム王国の聖樹。肩の上に乗る白銀の竜。面白おかしいものが彼女の周りに増える可能性がまだ残っているわ」
体が成長しきっていない黒髪黒目の少女を手に入れても仕方ないし、魔術師にとって面白いものが彼女の周りに集まっている。まだ十六歳の少女と聞くし、大量の魔力で体の成長が遅い。
ならば子を孕めるようになってから手に入れ、少女の周りにいる幻想種や貴重なものを丸っと私が奪ってしまえばいいのだ。方法はいくらでもある。
頭の弱い子であれば甘い言葉だけで騙されるだろうし、洗脳して私に従わせてもいい。子を孕めるのならば、優秀な男を探して犯してみるのも面白いかもしれない。いや、私が男になって少女を犯せば良いのか。屈辱に歪む顔を見下ろしながら、快楽に染めるのもまた一興。あの魔力量だ、さぞかし優秀な子を残すだろう。
「それに、扱える魔力は増えているみたいだし、限界を超えさせてまだまだ強くなってもらわないと」
服従させるにしろ、洗脳するにしろ精神と肉体が弱っている方が楽。何か弱みはないかとアルバトロスの王都を探っていると、偶然にも彼女の父と名乗る者を見つけた。治癒院に聖女として赴いた少女を、男は教会の外から誰にも気付かれないように見守っていた。心に弱い部分を持っている人間を操るのは簡単だ。
甘い言葉を吐いて、少女に会えると信じ込ませ精神を弱らせた。偶々、街へと降りていた少女に偶然出会った男は、今まで我慢していた感情を高ぶらせて少女に親と名乗り出た。
思わぬ展開に舌打ちをしたが、少女はまだ功績を上げ上り詰める可能性が残っている。親と名乗り出るには遅いのかもしれないが種を蒔く良い機会だと、都合よく男の雇い主がフェルカー伯爵という大富豪だったので、伯爵を洗脳して国と教会と少女に接触を図らせた。
『既に人間の枠は超えているが……まあ、お前が言うなら。俺もおこぼれを貰えるだろうからな。俺が強くなれるなら百年でも千年でも待ってやろう』
「フフフ……そうね。根気強さは必要よ。残念なのは黒髪黒目の少女が精神的に完成されている所ね。なにかしら弱みでも掴めると良いのだけれど」
この点だけは悔やみきれない。少女の精神は随分と強く、洗脳するには向いていない人間だ。
「さあ、暫くは雲隠れしましょうか。南に面白い一族がいるようだし、引っ掻き回してみるのも暇つぶしになるわ」
アルバトロス王国は魔術師の質が高い。特に銀髪の魔術師は要注意人物である。亜人連合国の者も散見されているし、派手に動くと目立ってしまう。
取り敢えずはほとぼりが冷めるまで、違う国へと旅立とう。アルバトロスに波乱を齎す仕掛けは既に施している。恐らく仕掛けが稼働すれば、黒髪黒目の少女が活躍するに違いない。魔力が枯渇して倒れるほどに疲れてくれれば良いのだけれど。
『あまり無理をするなよ。胎に子が宿っているのだろう?』
「流れたら、流れた時よ。強い生き物ではなかった証拠ね」
面白半分、期待半分で黒髪黒目の少女を生み出した種を、自身の胎に仕込んだ。男は拒んだが、閨を共にしなくとも仕込むことはできる。最低でも五回程度は……と計算していたのだけれど、一度で済んだ。
黒髪黒目の少女が古代人の先祖返りであるならば、私が孕んだモノも十分に古代人の素質を持つ可能性がある。父親や、黒髪黒目を崇めていたという一族は古代人の因子を持つのかもしれないのだ。
古代人の妊娠期間は一年と、ある古文書を読んだ記憶が残っていた。胎に異物を十ヶ月以上も宿しておかなければならないのは面倒だが、私の探求心を満たす為である。生み落とした子が古代人であれば魔術師として育て、普通の子であれば殺すか、都合の良い駒として育てればいいか。自分の身一つだけだと足りぬこともあるし、手駒は多い方が良い。
『確かに。強い生き物で思い出したが、黒い天馬の鬣はどうするんだ?』
竜が散歩がてらに空を飛んでいたら偶然見つけたらしい。不意打ちをして、襲った記念に鬣を持ち帰っていた。
「嗚呼、魔術の触媒ね。貴重だから慎重に選ばないと。さ、目立たない場所に転移しましょう。それからあなたの背に乗るわ」
魔術を発動させる。――刹那、アルバトロスの城壁に私の姿は消え去っていた。
◇
――冬休みが訪れた。
その間に謹慎処分を受けていたフェルカー伯爵が服毒自殺――直ぐ侍従と監視の騎士さまに見つかって、処置を施したので一命を取り留めた――を図ったり、黒い女魔術師の情報が一切つかめずアルバトロス上層部の人たちはヤキモキしていたり、私も私で外に出る回数が減って学院と城と屋敷しか移動しなかったり。無為に時間だけが過ぎて新たな展開とはならず、黒い女魔術師はアルバトロスを出て行ったのではというのが上層部の見解である。
最初こそ厳しかった警備も通常体制に戻っており、冬休みをきっかけに教会の礼拝や治癒院に赴いても良いという許可が下りた。許可が下りて早々、教会から治癒院が開かれるという知らせが入る。参加するかしないか迷ったけれど、アリアさまとロザリンデさまの話を聞くに毎度大変な様子なので、力になれるなら出向くべきと判断して参加すると返信しておいた。
治癒院が開かれる当日。私は通常の聖女さまたちと同じ扱いとはいかず、別室で治癒を施すようにと教会からお願いされた。沢山人がごった返してがやがやとした雰囲気が、忙しい忙しいと心の中で唱えつつも気に入っていたのだけれど……まあ我慢するべきか。なにかあってからでは遅いのだし。
「いつものことだけれど、盛況だね。ジーク、リン」
私の下には以前に治癒を施した方が優先して通されていた。少し前に収まった噂が頭に浮かぶようで、気になる人は私の顔をちらちらと覗き込んでいる。
苦笑いを返しつつ施術していつものように注意点を述べてからお帰り願っているけれど。まあ、こんな調子なので普段よりはやく患者さんが私の下へ来なくなり、本来治癒院を執り行っている部屋の様子を陰から見ていた。
今まで中に居る側の人間だった為に、野戦病院のような慌ただしさに驚いてしまう。忙しなく訪れた人たちを誘導する神父さまにシスター、自身の下へ訪れた患者さんに治癒を施す聖女さま。護衛の教会騎士の方々は周囲を警戒しながら、聖女さま方に危害を加える人間がいないか状況を事細かく見守っていた。
「ああ。――こうして眺めることなんてなかったから、新鮮だな」
「ね、ナイ。兄さん」
ジークとリンが私の護衛を担いながら、言葉を交わす。がやがやとした独特な雰囲気は、聖女として五年の時間を経ても変わらない。
「おい、早く俺を治療しろ!! こんな怪我を負っているんだ、早く通してくれても良いだろう!」
唐突に治癒院が開かれている場に大声が響く。うわ、コテコテの我儘な男性が現れた。教会の入り口付近で、一人相撲を始めていた。
時折、こういう人も訪れるので教会騎士という用心棒が配置されている訳だけれど。治癒に訪れていた人たちを誘導していたシスターたちが、男性の勢いに引き気味になっている。荒事に慣れているシスター・ジルとシスター・リズが今日は参加していないようで、威勢の良い男性に声を掛けられるシスターが居ない。
「おや、どうしましたか。――これは大変な怪我を。直ぐに順番は回ってきましょう。列に並んでお待ちください」
こうなると神父さまの説得から始まるのだけれど、毎度効果は薄い。困り顔を浮かべた神父さまが大声を上げた男性の説得に向かって声を掛けるけれど、聞く耳は持っていないだろう。
「あぁ? アンタ神父の癖に怪我を見てそんな余裕こいていられるのかよ! 血が流れているんだぞ、他の連中より優先しろよ!!」
確かに男性の腕からは血が流れているけれど命に障る状況ではなく、貧血も起こさず元気が有り余っていた。説得を試みる神父さまに今にも殴り掛かりそうな勢いだった。状況を見かねた教会騎士が数名、男性に相対する。
「あまり騒ぐな、落ち着け。大人しくしなければ追い出すことになる!」
ガタイの良い男性だった。恐らく力仕事を担っているのだろう。力強いことに自身があるようで、騎士さまたちが男性に詰め寄っても、怯まない。むしろ状況に火がついてしまったようで、勢いが増してしまった。
「あ? アンタらは教会騎士だろう? 追い出すのかよ!!」
「規律を守らなければ追い出されるのは当然だっ! 他の方々がお前の態度を恐れている。周りをきちんと把握しろ!」
騎士さまは気の長い方なのか、男性の説得をまだ試みている。命に別状はなさそうなので、気の短い騎士さまだと早々に追い出されることもあるのだが、騎士さまは行わない。
「お前こそ状況を把握しろよ! 俺は怪我をしているんだ! 早く治せ!」
「十分に理解している。そんな剣幕では聖女さま方も困るだろう! 先ずは落ち着け!」
騎士さまは騎士さまらしく、優しいね。私ならイラッときて追い出して頂くけれど。長引く状況に、周りの方たちは固唾を飲んでいた。聖女さま方も治癒を施す手が止まっており、時間を無駄にしている。
「収まりそうもないな……」
「……迷惑」
ジークとリンが状況を見守りつつ、私の顔を見た。
「だねえ。どうしようか、コレ」
男性の剣幕に現場の聖女さまは萎縮しているから、マトモに治癒を施せるのか疑問である。騎士さまも温和な方で対応に苦慮しているみたいだし。怪我を治したいのだけれど、男性が言うことを聞いてくれないみたい。子供の駄々じゃないのだから大人しくすればいいのに、怪我を負っていて正常な判断が出来ないのだろうか。
「俺が行っても良いか?」
ジークが向こうへ行っても、この場にはリンが控えているので問題ないけれど。クロとロゼさんとヴァナルも居るし、子爵家に派遣されている護衛の方々もいらっしゃる。
「良いけれど、どうするの?」
私はジークの顔を見上げながら問うた。
「ナイの下へ連れてくる。――ヴァナル」
『?』
「男に威圧できるか?」
ジーク、割と手酷い仕打ちだと思うけれど……。一般人にフェンリルをけし掛けてどうするの、と言いたいが落ち着いて貰うには良い方法だろうか。男性にお灸をすえる形となるけれど。
『ワカッタ。ガンバル』
ヴァナルの返事を聞いてジークが足を踏み出した。足が長い所為か一歩の幅が広くて進む速さが尋常じゃない。
「ヴァナル、頑張らなくていいから。少しで良いんだよ。凄く加減してね」
男性に倒れられても困るのでヴァナルには滅茶苦茶加減して貰うようにとお願いする。ジークが男性を連れて私の下へ戻ってくると、ヴァナルが私の横で小さく唸ってる。
「ひぃ!」
一瞬怯んだ男性を見て、すかさず声を掛けた。
「怪我を負われていますね。袖を上げて、腕を出してください」
「…………」
男性は私の声に従いつつ、ヴァナルの行動が気になるのか黙ったままで袖を捲り上げた。血は多く出ているけれど、怪我自体は軽いものだった。先に水で患部を洗い流して魔術を施すと、傷も残らず綺麗に治った。
「もう大丈夫ですよ。教会への寄付をお願いいたします」
迷惑料として、いつも私が請求する額よりも一割ほど高くしておくか。治療を終えるやいなや、すぐさま男性は私の下を去って行く。あ、ちゃんと寄付してくれるかな。未払いだとジークとリンが回収に向かうのだけれど。まあ、その時はその時か。
――三日後には討伐遠征依頼が入っているし、踏ん張らなけらば。
安心のチンピラ。
【お知らせ】
・突然で大変申し訳ないのですが、三月上旬まで更新停止します。
理由は、発売まで時間に余裕があるので、一巻部分のブラッシュアップとレーベルカラーに合わせたものにしようとなりました。作者は本を読まずに文字を書いている変わり者です。
そのツケが今になって現れました(苦笑 てにおは、文章構成の重複、読みやすさ等々を意識して、内容はそのままで初っ端から打ち直ししようかなあと。
WEBの更新を止める気はなかったのですが、金賞を頂いた書籍化なので無責任なことも出来ないので、腰を据えて書籍一巻の質向上を目指したいと思います。
期間が長くて申し訳ないのですが、再開した際はよろしくお願いいたします!
ではでは~!┏○))ペコ