魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――討伐遠征、二日目。
一日目は問題なく間引き作戦を終えた。二日目は昨日とは違う森の入り口から部隊を進軍させる。昨日よりも強い魔物が出やすいらしく、聖女さまの配置が初日とは違っていた。経験豊富な聖女さまを部隊の中間に配置して、治癒とバフ係をお願いされている。私も中間地点に配置され、森の中を進んでいた。
昨日よりも木々が鬱蒼と茂っている森の中は、日中だというのに陽の光が差し込み辛く薄暗い。クロは興味深そうにキョロキョロと森の中を観察しているし、ジークは私の前を歩きリンは直ぐ後ろを警戒しながら歩いている。明らかに昨日より緊張の度合いは上がっていて、私もいつでも補助魔術が発動できるようにと、魔力を体内に張り巡らせながら歩いていた。魔物は現れないか、なんて考えていると前から一人の若い騎士さまが下がってくる。
「前の連中が接敵した! こっちに残った魔物が流れてくる可能性がある。十分に気を付けろ、流れてきてもここから後ろには通すなよ! ――聖女さま方、前線の部隊に補助術をお願いいたします! 火蜥蜴が現れました!」
火蜥蜴が現れたことで聖女の応援を頼んでこいと、使い走りにされたのだろうか。私と同行していたベテラン聖女さまが騎士さまの言葉に頷いて前へ走り、私も追随しようと走り始める。ちょっと足が遅いのは仕方ないけれど、必死に走っていれば辿り着くもので。前線で火蜥蜴一匹と遠征部隊の方々が対峙をしていた。火蜥蜴が相手ということで、少し気後れしている方もいるようだ。
「聖女さま方が参られました!」
聖女さまを呼びにきた若い騎士さまが大きな声で告げると、安堵の声が漏れ士気が上がる。期待されているのは有難いけれど、前を見て注意を払って下さいな。ベテラン聖女さまと互いに頷いて、右手を前に翳す。
「一班、二班、突っ込めぇ!」
現場指揮官さまが叫ぶと、二人一組で火蜥蜴に向かい咆哮を上げながら突っ込んでいく。私の隣に立つ聖女さまが、何の魔術を行使するのか分からないのだが……地面に浮かぶ魔術陣は補助系のモノというのは分かる。身体強化というよりも――。
「――”曲がらず、折れず”」
やはり武具の強化か、と口を伸ばして私も魔術を発動させる。
「――”吹け、吹け、吹け”」
被らなくて良かったと安堵しつつ、遠征部隊の動きを早くする魔術を行使した。私の魔術に慣れているジークとリンならば遠慮なく全開でいくけれど、少し抑え気味にしている。
術に魔力を注ぎ込む量で威力が決まるから、気をつけて術を行使しないと。副団長さまとダリア姉さんとアイリス姉さんとシスター・リズに、魔術制御を習っておいて良かった。習っていなければ今頃遠征部隊の方たちが火蜥蜴に頭から突っ込んでいただろう。
部隊の行動を見守りながら、後ろで補助を担うのも聖女の仕事だ。今回は魔術師団の方々は不在だから、声が掛かる機会が多くなるはず。殲滅作戦ではないけれど、魔物の脅威は打ち払わなければならないし本当に判断が難しいな。私たち聖女は遠征部隊にくっついているだけなので、粛々と自分の仕事を果たすだけだけれど。
「……難儀していますね」
私は様子を伺いつつ、隣に並ぶ聖女さまに声を掛けた。
「倒せないこともないでしょうが……あと一手が足りない気がします」
補助術を行使しても討伐部隊は火蜥蜴に難儀していて、何度も火蜥蜴に攻撃を加えているが決定打にはならない。時間を掛ければ倒せるかもしれないが、時間が掛かると疲弊するだけ。
別の術を使い戦闘力を上げるべきか、まだ様子を見守るべきか。過剰に術を使えば、次の討伐遠征で困る場合もある。ジークとリンにお願いする手もあるけれど、二人が動くときは私の身に危険が迫った場合のみ。
「無様を晒すな! ――我々は国を護る兵士であり騎士だ! 火蜥蜴ごときに後れを取るなぞあってはならん! もう一度、かかれぇ!!」
現場指揮官が気合を入れ直すと、その声に兵士と騎士が気合を入れ直して、もう一度火蜥蜴へ向かう。先ほどまで単調だった攻撃に変化が現れ、波状攻撃や火蜥蜴の視界を遮るようにして工夫をしていた。
「どうやら無用な心配だったようですね」
ベテラン聖女さまが前を向いたまま声を出した。
「そのようです」
私が同意の言葉を呟くと同時、致命傷を負った火蜥蜴が地面に横たわる。何度か息をして、命の灯が消えた。強い魔物を倒したことで安堵する遠征軍の皆さま。ベテラン聖女さまと私も彼らと同様に安堵の息を吐いた。さて、火蜥蜴の死体を始末しなければならないし、少しの間足止めになるだろう。
足止めされている間に怪我を負った方たちの治療をすべきだと判断して、遠征軍の方たちと合流して怪我を負った方たちの下へ行き治癒術を施す。四肢を欠損した人が居なくて良かった。私は欠損した方の傷は治せるけれど、四肢を再生することは不可能だ。
魔力もかなり消費するらしく、非効率だからと辛い決断を下さなければならない時もある。欠損した方が一人ならそれで良いけれど、何人も現場に居て一人だけ治すことになれば不都合が生じるだろう。腕のいい聖女さまと噂されるか、一人だけ救い他の者を見捨てたと噂されるか。聖女さまにも遠征部隊の人たち、両方に得がないなら……本当に難しい。
「聖女さま方、助けて頂き感謝いたします」
指揮官さまがベテラン聖女さまと私に頭を下げた。
「いえ。火蜥蜴を倒したのは皆さんのお力です」
「助力は致しましたが、敵に立ち向かったのは皆さまのお力ですよ」
聖女さまと顔を見合わせて頷く。火力特化の聖女さまがいらっしゃれば嬉々として前線に立つけれど、今回はいらっしゃらない。指揮官さまが私たちの下を去り、指揮に戻る。全ての方の治療を終えて、火蜥蜴の死体の始末も終えていた。遠征部隊はさらに森の奥を目指そうと進軍が始まる。今日はまだ始まったばかり、後一体何度魔物と遭遇するのかと空を仰ぐのだった。
◇
ナイが討伐遠征へ向かい、当主不在のミナーヴァ子爵邸は随分と静かだが、いつも通り執務室で作業を行う約一名は通常通り。
外の庭を散歩している天馬のエルとジョセとルカを眺めて、うっとりとした表情を浮かべているのだから。私、ソフィーアは溜息を吐きながら、貴族令嬢として不味い顔を浮かべる彼女に声を掛ける。
「セレスティア、そろそろ仕事を再開しろ」
私の声を聞いたセレスティアがこちらを向きむっとした顔になり、同室で作業をしていた家宰殿が苦笑いを浮かべた。
「あーら、ソフィーアさん。まだ休憩時間は残っていましてよ。……しかし、ナイは無事でしょうか?」
彼女の言うとおり休憩時間は残ってはいる。だが放っておけばセレスティアはいつまで経ってもエルとジョセとルカを眺めているだろうに。休憩終了の一分前に声を掛けたと言うのに、この言い草だ。ナイと一緒に遠征に向かった、クロさまとヴァナルが居なくなって寂しい気持ちもあるのだろうが、幻獣や幻想種好きも拗らせると目の前の女のようになるのだな、とまた溜息が出た。
「ナイが怪我を負ったり、魔物に負ける姿はまったく想像できないが、な」
本当に。だが、なにが起こるか分からないのが戦場だ。用心しておくべきだし、何事にも対応できる心構えも必要である。
貧民街の暮らしが長かった所為か空気の流れには敏感だし、有能な護衛のジークフリードとジークリンデに、クロさまとロゼとヴァナルが侍っているのだ。今、この場で心配していても仕方ないし、ナイの側仕えとして目の前の仕事を捌くべきだ。
「確かに。まあ、ナイが怪我を負ったなら、アルバトロス上層部が大騒ぎになるでしょうし、黙っていない方々もいらっしゃるでしょう。他国だというのに、元気ですこと……」
ナイが怪我を負えば、亜人連合国にアガレス帝国がしゃしゃり出てくるな。アガレスはどうだか知らないが、亜人連合国は政治抜きで彼女の心配をするだろう。それほどに彼らはナイを気に入り、可愛がっている。ご意見番さまの浄化儀式を成功させたことが大きいのだろうが、アルバトロスに領事館を据えるほど気に入っているとは。
「仕方ない部分もあるだろうに。ナイはそれだけのことを成し遂げた。彼女がアルバトロスに齎す益は多大。そこは目を瞑るか、我々が確りとせねばならぬ部分だろうな」
本人に功績を上げた自覚があまり備わっていないのが、手痛い限りだが。何度も伝えているのだが、自覚が薄いうえに金を貯め込む癖もある。老後は金が沢山必要だと言っていたのだが、老後の金を心配せねばならぬ領主などあり得ない。
領地経営を盛大に失敗しない限りは傾かないものだし、法衣の子爵位もある。城の魔術陣への魔力補填代もかなりの収入だというのに。ナイの金銭感覚があまり理解できなかった。
「知っておりますわ。亜人連合国の皆さまは別ですが、ナイにすり寄る輩が多すぎますし、現にこうして無理難題を吹っ掛けてきますもの。嫌になりますが、馬鹿を選別するには良い指標ですわね」
執務机にある手紙にセレスティアの呆れた視線が向けられた。その机の上には国内外の貴族と有力商人からの手紙が置いてある。
中身を読んで、捨て置くか断りの手紙を認めるか決めているが、利益を得ようとナイに近寄りたい欲が透けて見えていた。せめてもう少し取り繕えと言いたくなるが、自分自分で押しが強い連中だから無理からぬことなのだろう。ふうと長い溜息を吐く。
「ソフィーアさん。今から予定があるのでは?」
「ん、ああ。もうそんな時間か。エーベルバッハ殿、セレスティア、先に失礼する」
セレスティアが備え付けの時計に目をやって、時間を教えてくれた。話し込んでいたら、随分と時間が経っていた。今日は予定があると家宰殿とセレスティアには告げてあるので、この場を辞するのは問題ない。
「ええ。いってらっしゃいませ」
「残りの仕事は任せてください。お気を付けて」
セレスティアはニヤニヤとした顔を浮かべ、家宰殿は至って普通に私を送ってくれた。セレスティアは、私が普通の貴族令嬢のように振舞う姿が面白いのだろう。私がこれから向かう先はハイゼンベルク公爵邸、王都の屋敷なのだが、今日は大事な客人を迎えなければならない。しかし、私もこのようなことになるとは、一年前の婚約破棄からは考えられないが。
本当に人生なにが起こるかわからない。まあ、新たな婚約の件はお爺さまの茶目っ気なのかもしれないが、あの人がハイゼンベルグ公爵として間違えた選択を取ることはない。だから私も安心してお爺さまと父の言葉に従うことができるのだ。少々、不意打ちを頂いてしまったが。
馬車に揺られてほどなく。公爵邸に辿り着き、侍女の手に寄って着替えを済ませ約束の時間まで客人を迎える為の指示を出していた。
今回の訪問は客人からの願い出だ。本来であれば私が客人の方へ赴くべきだろうが、少々特殊な環境に置かれているが故に、公爵邸の方に来て頂くことになったのだ。客人を迎えるべく、公爵邸の皆を連れて馬車回りに出る。時間ピッタリに、客人が乗る馬車がやってきた。御者によって開かれた扉からは、よく見知った顔。
「ギド殿下。ようこそ、いらっしゃいました」
馬車から降りたのはリーム王国第三王子殿下、ギド・リーム殿だった。彼はゆっくりと歩いて私の前に立ち対面する。既に婚約の顔合わせを済ませ、何度か個人的に会っているのだが、まだ緊張しているようだった。
そう硬くならなくて良いし、ある意味でキズモノである私を引き取ったのだから……いや、違うか。彼もまたナイとの繋がりの維持を望み公爵家に婚約を打診し、公爵家もまた利益があると判断してリーム王国との繋がりを持ったのだ。
「ソフィーア嬢、出迎え感謝する。今日は俺の願いを叶えて貰って済まないな」
今日の面会は彼が望んだことだ。リーム王国からアルバトロス王立学院に入学している為、アルバトロス城で過ごしている。誰が聞き耳を立てているか分からない城で面会をするよりも、公爵邸の方が落ち着いて話をできるだろうと彼から請われた。
「その……女性に贈るなら宝石やドレスが良いのだろうがアルバトロスでは伝手がない。城の庭で君の瞳の色と同じ花を見つけてな。許可を取って少し分けて貰ったんだ……」
ギド殿下が困ったような顔を浮かべて、おずおずと私の前に小さな花束を差し出した。流石に髪や瞳と同じ色の花を贈ることの意味を彼は知っているはずである。多少なりとも私の事を思ってくれていると考えて良いのだろうか。思えば第二王子殿下とは、事務的なやり取りしかやってこなかった気がする。
元婚約者からの贈り物はあったが礼儀的なものだったし、私も彼へ礼儀的なものしか贈っていなかった。もう少し、やりようがあったようにも思うが、今考えても仕方ないことだ。ならばちゃんと前を向いて、今目の前に立つその人とより良い関係を築けるように努力しなければ。同じ失敗を繰り返したとあれば、情けないことこの上ない。
「殿下、ありがとうございます」
彼から小さな花束を受け取って、花の香を楽しむ。花に詳しくないが、おそらくビオラだろう。多年草で、鉢植えにも適していると聞く。殿下は勝手にアルバトロスの王都を闊歩できる身ではないし、彼がちゃんと考えて贈ってくれたものだと理解できる。しかし、困った。
私は彼になにを返せばよいのだろうか。頂くだけでは駄目だろうし、婚約者なのだから私も彼のようにきちんと考えて贈り物を贈らねばならないが……彼はなにが好みなのだろうか。個人的なことは全く知らないなと、ため息が出そうになる。
「……婚約したのだから他人行儀なのは止めないか? 名で呼んでくれると嬉しいのだが」
顔と耳を赤くしたギド殿下が申し出る。良いのだろうか。一国の王族の名を簡単に呼ぶなんて。まだ仲を深めた訳でもなく、婚姻した訳でもない。
「…………」
「黙っていると、反応に困るのだが……君にとって無理難題だっただろうか?」
考え込んでしまい答えが遅くなると、殿下が痺れを切らしたのか妙な顔を浮かべた。ああ、失敗してしまったなと反省し、口を開く。
「ギドさま、でよろしいでしょうか?」
確りと視線を合わせて言葉を紡いだ。私は間違ったことを言っていないだろうか。どうにも色恋は苦手だ。だが目の前の彼は距離を詰めようと努力してくれている。
「さま付も必要ないし、君の普段の口調で構わない」
私とナイのやり取りを知っている所為か、私の口調が普段と違うことも知っているようだ。確かに楽ではあるが、立場があるのだから少々無理がある。
「流石に呼び捨ては不味いかと」
人目があるし、な。
「そうか」
「ギドさま。わたくしの呼び方もソフィーアで構いません。婚約者同士です。問題はないでしょう」
しょぼくれた犬のような顔になっているギド殿下。距離を詰めようと彼が提案してきたのだ。私も距離を少しでも詰めるべきかと、口にする。
「……感謝する。ゆっくりで良い。君との仲を深められるなら、俺は嬉しい、ソフィーア」
異性に己の名前を呼ばれるむず痒さを感じながら、彼を客室へと案内する。そこからは何度か面会した時のように、お互いのことを聞いたり答えたりだ。話せないこと、言えないことはある。当然、彼にもあるだろう。国に忠誠を誓っているのだから当然だが、ままならないなと考えつつ、彼との仲を少しでも進展させようと頭を巡らせるのだった。