魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0324:葬送or浄化。

 騎士と軍の方々を前にして森の中を少し進むと、小さな家が見えたきた。家というより小屋と表現した方が的確かもしれない。小屋の前には黒いフードで顔を隠した細身の女性が扉の前に座って泣いている。人が現れたというのに、こちらを一切気にした様子はなく、ただただ泣いているのだった。

 

 「では我々は小屋の中の確認に参ります」

 

 指揮官さんが声を上げ、部下の方に指示を出す。そうして小屋の前に座っている泣き女さんの横を通り過ぎ、小屋の中へと入って行った。小屋なので捜索に時間は掛かからず、直ぐに中へ入った人たちが外に出てきた。指揮官さんたちの下へ駆け寄り、報告を行っている。騒がしいので、おそらく中で誰かが亡くなっていたのだろう。

 泣き女さんは幽霊じゃなく精霊と分かったけれど、一度幽霊と思ってしまうとなかなか頭から拭い去ってくれない。リームの聖樹の妖精さんとか怖くないのに、どうして泣き女さんには恐怖を覚えるのか。まあ、地面に座って泣いている泣き女さんの雰囲気は暗いし、嫌な雰囲気はないけれど泣いている所為か、彼女の周りはジメジメしている気がする。

 

 「黒髪の聖女さま。小屋の中で何者かが亡くなっているようです。……葬送か浄化儀式が必要かの判断が我々には分からないので、ヴァレンシュタイン殿と一緒に中へ向かい判断をお願いしたいのですが」

 

 指揮官さんが一旦言葉を止め、再度口を開く。

 

 「その、あまり中の状況がよろしくなく。女性が見るに堪えない光景だと、先ほど中を調べに行った者たちが口々に申しておりまして……」

 

 どうやら小屋の中の状況、というより亡くなった方の状態がよろしくないみたい。貧民街時代の経験と職業柄、慣れているので問題はない。

 

 「お気遣い感謝いたします。お亡くなりになられた方の葬送や浄化儀式は聖女の務め。今の状態のままでは、亡くなられた方が神の身元へ参られるには難しいでしょうから」

 

 口八丁で指揮官さまを納得させるけれど『聖女さま……』となんだか感動している。私的には泣き女さんの横を通らなきゃいけない方が問題だ。こうお化け屋敷よろしく、通った瞬間に脅されたりしないよね、と戦々恐々なのだけれど。

 

 「では聖女さま、参りましょう」

 

 小屋が狭く、人数をかなり絞って中に入ることになった。指揮官さま一名と副団長さまにジークとリンと私の計五人。中がどんな状況か分からないけれど、騎士や軍人の人が気を使うような状況なので、リンを中に連れていくのは憚られる。それに、リンに待機をお願いしても付いてくると言うだろうしなあ。むう、と悩みつつも致し方ないと諦める他ない。

 

 「…………」

 

 横、通りたくないなあと微妙な顔になる。

 

 「ナイ、手繋ぐ?」

 

 リンが私の顔を覗き込みながら、にっこりと笑った。手を繋ぐ機会が減っているから、ここぞとばかりに手を繋ぎたいようだった。

 

 「流石に恥ずかしいよ、リン……って言いたいけれど、服掴ませて」

 

 私の言葉を聞いて、くすくすと笑うリンとなんとも言えない顔をしているジークに、近くに居た副団長さまがによによと笑ってる。まあ、馬鹿にされないだけマシだよねと息を吐いて、泣き女さん横を通る腹を決める。

 

 「はい」

 

 流石に利き手の右は出せないようで、左の手を差し出される。そうしてリンの服の裾を握る。

 

 「ありがと」

 

 代表者五人、顔を合わせて頷いて小屋の入り口を目指す。泣き女さんの横を通る時は男性陣が壁になって私の視界に入らないように遮ってくれた。すすり泣く声が大きくなって、小屋の扉の前に立つ。季節は冬。夏ではないから遺体の状態は酷いものではないと願いたい。

 

 「開けます」

 

 指揮官さまが扉に手を掛けて中へと進み、私たちも小屋の中へと足を進める。リンの裾を握っていた手はいつの間にか解いており、一番前を指揮官さま、二番手をジーク、三番手私、四番手にリン、そして最後尾を副団長さまが進む。奥へと続く短い廊下を進み、奥の部屋に入るとベッドの上に横たわった遺体が横たわっていた。確かに騎士さん方や軍の方が心配した通り、ちょっと頂けない光景にはなっているけれど耐えられないものじゃない。

 リンとジークは大丈夫かなと視線を向けると、いつも通りだった。部屋の中は本の山に囲まれ、随分と読書家だったようだ。他の人の気配はなく机の上に重しを置いた紙が一枚鎮座している。なんとなく視線が行って見つめていると、副団長さまが紙を取って口に出して読み始めた。

 

 「――私を見つけた物好きな方へ。この紙に目を通しているならば私は死んでいるだろう。迷惑を掛けて申し訳ないが、見つけた縁だ。できれば埋葬を願いたい」

 

 死んだ人には家族はおらず、人間嫌いを拗らせて晩年を森の中で一人で過ごしていたようだ。森の中で一人、誰にも憚られることなく好きな魔術の研鑽に勤しんでいた。残したものは彼を見つけた人に譲ると明記され、好きなように使え、彼の遺体は小屋の側に埋めて欲しいとのこと。

 

 「あと一つ心残りがある。私を気に入り、面倒を見てくれていた精霊がいる。もし彼女が悲しんでいるのであれば、私の事など忘れ好きに生きろと伝えて欲しい――だそうです」

 

 読み切った紙を机の上に戻す副団長さま。どうやらこの部屋の本は魔術関連の本のようだ。物好きな魔術師なら自分で魔術を開発しているだろうから、面白いものが見つかるかもしれないし、禁忌指定されるような物騒な魔術もあるかもしれない。

 

 「では、この遺体の願い通りに?」

 

 副団長さまの言葉に、指揮官さまがどうすべきかを口にした。

 

 「小屋の側に埋葬して、聖女さまに葬送して頂くのが良策でしょうねえ」

 

 遺体から嫌な雰囲気は感じないし、魔術的処置を施している気配もない。それなら手紙の主の望み通り、小屋の側に埋葬して葬送儀式を行うのが鉄板だろう。

 呪いを発したり、狂化していなくてよかったと安堵する。そうなると面倒なことになっていただろうし、魔物の異常発生ではとどまらなかったかもなあ。遺体がアンデッド化して、森の中を彷徨い狩人を襲ったりすることもあるし。

 

 指揮官さまが副団長さまの言葉に頷いて、部下の人たちを呼びに行った。おそらく埋葬する為に遺体袋に出来そうなものや、スコップ等々を用意するのだろう。討伐遠征だから死者が出ることも想定しており、荷駄部隊に道具が積んであるのだし。

 

 さて、葬送が決まったのだ。聖女としてやるべきことをやりますか、と気合を入れる。

 

 「ジーク、リン。統括官さまに『葬送』が決まったから道具を用意して欲しいって伝えて貰って良いかな?」

 

 ジークとリンに顔を向ける。二人は私が聖女として振舞い始めたと気付き、騎士の顔になっていた。

 

 「わかった、俺が行こう。リン、少しの間頼む」

 

 「うん」

 

 ジークは私の言葉に答えるやいなや大股でさっき歩いた廊下を進み、リンは私の横にすっと控える。敵意を持っている人は誰もいないけれど、残っているのが指揮官さまと副団長さまの男性二人だ。リンが道具を取りに行くと女の人が私一人しか居なくなる。状況をよく見ているなあと感心しながら、私の肩に乗るクロを見た。

 

 「クロ。リンの肩に移って貰って良い?」

 

 『うん。理由を教えて欲しいかな、ナイ』

 

 クロもリンも理由が分からないようで、右側に首を傾げていた。何故か一人と一頭はシンクロしていて、ちょっと可愛い。

 

 「葬送前に清めの儀式、みたいなことをしなくちゃいけなくて。で、亡くなった方と聖女の一対一じゃないといけないって教えて貰っているから。ごめんね」

 

 クロに右手を差し出すと、すりすりと顔を擦り付けた。聖女って割といろんな仕事を担うよねえ。特に『死』に関することが多い気がする。

 

 『謝らなくていいのに。教えてくれてありがとう。――じゃあロゼとヴァナルも?』

 

 「あー、どうだろう。念のために離れて貰った方が良いかも……?」

 

 正しいのかどうかは分からないけれど、一対一がルールというなら離れて貰った方が良いのか。ロゼさんとヴァナルに声を掛けると、影の中からしゅっと出てきて私の足元にぷよんと揺れるロゼさんと狼ほどの大きさのヴァナルが現れた。

 何度か私に触れて副団長さまの方へと向かい、ちょこんとお座りするヴァナルとヴァナルの頭の上に鎮座するロゼさん。クロもリンの肩に飛び乗った。そうこうしているうちにジークが布鞄を抱えて戻ってきた。

 

 「ナイ」

 

 「ありがとう、ジーク。指揮官さま、申し訳ありませんが暫くの間、我々以外の方は部屋の立ち入りを禁止して頂けますか?」

 

 ジークから布鞄を受け取って、指揮官さまに声を掛けると『承知』と言って近くにいた騎士の人を捕まえて命を下した。指揮官さまと副団長さま、そしてジークとリンて少し打ち合わせを行う。

 打ち合わせを終えた私は机の上に道具を並べた後、ベッドの横に立って魔力を少し練り部屋の中にいる四人の顔を順に見て、クロとロゼさんとヴァナルにも視線を向けた。

 

 「この場にいる皆さまには、見届け人となって頂きます。壁際に控え、決して口を開かぬように。――"神よ、我らを見届け給え"」

 

 清めの儀式というのは、所謂エンバーミング、死化粧師みたいなものだ。もちろん遺体の修復なんてできないけれど、亡くなった方をなるべく綺麗な状態に戻すことが目的。

 蛆が湧いていれば取り除くし、流れている血があるならふき取って綺麗にする。そうして無理矢理に身体の位置を整えて、棺に入る状態にするのだけれど……まあ、多くは語るまい。神父さまかシスターがいらっしゃれば彼らの仕事であるが、討伐遠征には同行していない。だから彼らの代わりに聖女がその仕事を担う。

 

 ああ、死後硬直の所為で手が組めないなあ。仕方ない。身に着けていたストールを遺体の腕に巻いて固定する。死者がお腹の上で手を組むというのは、アルバトロス王国では凄く大事に位置付けられていた。理由を聞いた気がするけれど、随分と前のことで忘れてしまったが。

 

 「――"吹け、一陣の風"」

 

 この世に、後悔も未練も残さぬように。最後に神父さまが祈りを捧げた聖水を掛けて終了となる。精霊が気に入るほどの御仁である。私のような若輩者が葬送を担うなんて嫌かもしれないが、どうか天国への旅路を何事もなく進みますようにと願うのだった。

 

 ◇

 

 清めの儀式が終わり、遺体袋に小屋の主を納め軍人さんや騎士の方が丁重に担いで外に出る。葬送儀式が始まっているので、

 私が先頭に立ちジークとリンが後ろに並び、剣を抜いて掲げて歩く。その後ろに遺体袋を担いだ六名に、その後ろに指揮官さまと副団長さま。クロはリンの肩の上に。ロゼさんとヴァナルは副団長さまの後ろを歩いている。短い廊下を歩いて、小屋の出入り口の扉に手を掛けて開く。

 

  ――びやぁ……。

 

 泣き女さんが小屋の前にいたことをすっかり忘れ、扉を開けて私の視界に入った瞬間、大声で叫びそうになったのを既のところで我慢した。視線を向けると怖いから、なるべく見ないようにする。

 葬送儀式が始まっているからお喋りは厳禁だし、死者を弔う為に騎士と軍人さんたちが埋葬場所まで並び道を作ってくれている。私以外の聖女さま七名と教会の統括官は、深く掘られた穴の側で待機していた。

 

 騎士さん方や軍人さん達の列を抜けたのは直ぐだった。遺体袋をゆっくりと深い穴の中へ納めて、私が最初に土を手で何度か被せ、他の聖女さま方も同様に土を被せる。残りは軍の方や騎士さん方に任せて、暫くじっと立ったままで待っていると綺麗に土が盛られ、教会のシンボルマークの墓標が掲げられた。

 

 「――"突風の馬車で君を迎えよう"」

 

 魔力を練って術を一節唱えると、風がふっと吹いた。自分の魔力なのか、自然の風なのかは分からないけれど、亡くなった方の魂が天へ無事に向かうことができますように。泣き女さんも満足できるといいのだけれど。ずっと泣きっぱなしなんてしんどいだけだし、気に入った御仁と一緒になれると良いのだが。

 

 「葬送はこれで終了ですね。皆さま、お役目ご苦労様です」

 

 ちゃんとしたお葬式ではないので、簡略化されているけれど。聖女さまたちの顔を見、指揮官さま二名を見る。

 

 「あ、泣き女の声が……」

 

 指揮官さまの声に耳を澄ますと、ずっとすすり泣いていた泣き女さんの声が収まっていた。気になって、泣き女さんがいる小屋の前に視線を向けると彼女は忽然と姿を消している。きっと小屋の主と一緒に空へと昇ったのだろう。怖くて仕方なかったけれど、この世に未練を残さず逝けたなら葬送儀式を執り行った甲斐がある。

 

 「小屋の主の下へ参られたのでしょう。――小屋の主の身元や残った小屋の中の書物や荷物をどうするかは、この地の領主殿に相談ですね」

 

 指揮官さまが言葉を口にした。小屋の中には大量の魔術関連の本があった。資料的価値は高そうだし、燃やして処分するよりも売り払ってお金に換えるか、領主さまが保管するのか。副団長さまがうっきうきの顔をしているので、領主さまと交渉するつもりかな。仕事はきちんと終えたし、後処理やら事務処理は専門の人に任せれば良い。

 

 「魔物に警戒しつつ、拠点に戻りましょう」

 

 この場にいる人たちが、彼の言葉に確りと頷く。さて、三日間の行軍はこれにて終了かな。まだ拠点に戻った訳じゃないから気は抜けないけれど、魔物の数は随分と減らしたはず。危険度は初日よりも下がっているだろうし、最後尾でのらりくらりと歩いているだけだ。

 

 「ジーク、リン、お疲れさま。まだ少し予定が残っているから頑張ろう」

 

 拠点に戻って撤収作業を行い、領主さまに挨拶をしなければならない。そこから副団長さまの転移で戻るので、他の方たちより楽なので『早く王都に戻りたいね』とは言えなかった。

 

 「ああ」

 

 「うん」

 

 ジークとリンが返事をくれ、リンの肩の上に乗っていたクロが私の肩へと飛び移る。何度か肩の上で足踏みして、体の方向を変えて視線を合わせる。

 

 「クロもお疲れさま。お付き合いありがとう。ロゼさんとヴァナルもお役目、お疲れさま」

 

 『うん』

 

 私の言葉にクロが返事をして、顔をすりすりと擦り付けた。満足するとすりすりを止めて、長い尻尾で私の背中を何度か叩く。

 

 『マスター、ロゼちゃんとできてた?』

 

 『チャントデキタ?』

 

 「ロゼさんとヴァナルもちゃんとできてたよ。影の中から追い出して、ごめん」

 

 多分、ロゼさんとヴァナルが私の影の中にいても問題はなかった気がするけれど、死者と聖女の一対一と教えられている。これで失敗して、泣き女さんが満足できなければ魔物を誘引する原因になるだろうしなあ。本番で実験する訳にもいかないし、本当に判断が難しい。ロゼさんは、葬送に興味があったようで上機嫌だし、ヴァナルはヴァナルで意味が分かっていないけれど、大事なことをしていたとは感じたようだ。

 ロゼさんのつるつるボディを撫で、ヴァナルの顔を撫でる。何故か側にいた聖女さま方が、目をひん剥いてこちらを見ていた。何でだろうと首を傾げてみる。嗚呼、そうか。普通は肩の上に竜を乗せていないし、スライムさんとフェンリルを撫でたりしないなあと、彼女たちが驚いている理由に気付いてしまった。

 

 「準備ができたな。――行軍再開だ。皆、気を抜くなよ!」

 

 隊列が整うと指揮官さまが声を上げ、行軍が再開された。拠点までは二時間ほどあるけば辿り着く距離だ。行軍が始まるので、ロゼさんとヴァナルが私の影の中に入って貰う。さて、魔物と対峙しなきゃ良いけれどと願いながら、足を一歩踏み出す。

 

 『――ワタシもイッショにツレテッテ』

 

 ふっと耳元に息が掛かると、聞き慣れない声が聞こえた。私の肩に乗るクロの反対側の位置から、頭の中に直接届くような感覚。歩こうとした足を止めて、ぐぐぐ、とゆっくり視線だけを動かした。白いフードを目深に被り、長い髪をフードからはみ出して私の顔を覗き込んでいるナニか。

 

 『……ンフフ』

 

 艶めかしい笑い声が聞こえると、生白い腕が伸びてきて私の顔を撫でる。――…………っ!

 

 「びやぁぁぁあああああああああああああああああ! あああああああああああああああああ!!」

 

 目を見開くと口も開いて勝手に大声が出て、勝手に足が動いて走り出していた。

 

 『うあ! ちょっ、ナイ!? って、魔力が駄々洩れしているよ!』

 

 肩からクロが落っこちて、影の中からロゼさんとヴァナルが弾き出される。すちゃっと着地したヴァナルとコロコロ地面を転がるロゼさんを横目にしながら、私は全速力で走って逃げようと試みる。

 周りのみんながぎょっとして走る私を見ている気がするけれど、それどころじゃない。怖い、怖い、怖い、怖いから。なんで幽霊がでるの。霊感なんて持っていないから見えないはずなのに。非科学的なものは苦手なのに。誰か早く幽霊のメカニズムを解明してよ。というか幽霊が顔に触れないでよ。超、怖いって。私の黒髪が凄く揺れているけれど、走っているから仕方ない。

 

 『マスター?』

 

 『ドウシタノ……コワイってツタワッタ』

 

 きょとんとしているロゼさんと困り顔のヴァナルを放って、私は必死に足を動かす。行軍の隊列を勝手に離れてから、数秒。

 

 「……ナイ!」

 

 「ナイ!」

 

 私の後ろにいたジークとリンが声を上げて、地面を蹴り私を追いかけると直ぐに追いつかれて、リンが私の腕を掴んでジークが回り込んで私の前に立ちはだかる。聖女さま、と困惑する声も聞こえるけれど、私の心臓がばっくんばっくん五月蠅く音を立てていてあまり気にならない。

 

 「ナイ、大丈夫だよ。怖くないから」

 

 リンが私の背に腕を回して抱きしめて視界を塞いでくれた。リンの隣にはジークの気配があって、ゆっくりと息を吐いていた。多分、私が遠くに行ってしまわないか心配だったのだろう。そうして私の肩にクロがゆっくり降り立って、顔をすりすりと撫で付けてきた。

 

 「幽霊じゃない、精霊だ、ナイ。あとヴァナルが掴んで、ナイに近づけないようにしてくれている。取り敢えず落ち着け」

 

 ジークが私の肩に手を置いて、何度か軽く叩いた。少し離れた所から『マスターの所にいっちゃ駄目!』とロゼさんの声が聞こえる。どうやらロゼさんも幽霊を監視してくれているらしい。

 

 「聖女さま、ジークフリードくんの言う通りですよ。そもそも泣き女が人に危害を加えることはありません。恐れる必要はないのです」

 

 ふふふと笑いながら、副団長さまがこちらにやってきたようだ。理解はできるけれど、一度思い込むと幽霊という刷り込みは中々拭えない上に、わざわざ私の肩に乗って声を掛けたのである。私が苦手なことを知らなかったとはいえ、もう少しマシな接触の仕方があったのでは。

 

 「聖女さま、急にどういたしました?」

 

 副団長さまから遅れて指揮官さまもやってきた。あ、しまった。どうやら行軍を止めてしまったらしい。

 

 「申し訳ありません。泣き女が聖女さまを気に入ったようで、突然姿を現しました。唐突に出現なされたので、聖女さまが驚いてしまったのです。いやはや、精霊ですからね。きっと精霊なりの挨拶だったのでしょう」

 

 副団長さまが私の代わりに答えてくれた。いつまでも怖いと震えている場合じゃないなあと、リンからおそるおそる顔を離して指揮官さまに向き直る。

 

 「ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。隊列に戻ります」

 

視線を合わせてから、確りと頭を下げた。これで私になにかあれば、指揮官さまの責任を問われるからなあ。なにもなくて良かった。

 

 「いえ。ヴァレンシュタイン殿の話だと、急に出現したようですので。それに聖女さまの騎士が止めたのです、問題はありません」

 

 あのまま森の中を大暴走していたら、滅茶苦茶迷惑を掛けたのだろうなあ。無意識の行動だったけれど気を付けないといけない。いけないけれど、いきなり顔の横に顔が現れたら誰だって吃驚すると思う。ふう、と息を吐いてヴァナルとロゼさんの方を見る。そこには白いフードを被った私より少し背の高い泣き女さんが、じっとこちらを見ていたのだった。

 

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