魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
討伐遠征最終日。時刻は陽が沈む時間になっていた。
隊列の後方を歩いている私の後ろには、泣き女さんがしずしずと歩いて付いてきている。後ろを振り向くとぴたりと歩みを止め、進むと泣き女さんも進み始める。ちなみに泣き女さんの両隣りにはロゼさんとヴァナルががっちりガードし、私の後ろにジーク。右横にはリンがいる。さっきの事がショックで、リンの服の袖を掴んで歩いているのはご愛敬。
副団長さまも左隣を歩いてくれて、にっこりと笑みを浮かべているのだけれど、普段より笑みの度合いが強いような。もしかして面白がっているのかと怒りを覚えるが、アンデッドとか存在するのに幽霊が怖いと宣う聖女が珍しいのだろうなあ。死体とか見ても平気だけれど、一度幽霊と考えるとどうにも怖さが先行する。ずび、と鼻を啜って一歩一歩確りと前へと進む。
「…………」
泣き女さんはこのまま私に付いてくるのだろうか。足があるし、さっきより存在が確りしているから恐怖心は随分と減った。減ったのだけれど、やっぱり苦手。
『ナイ、機嫌直してよ。精霊は悪気はなかったんだし、懐いていた主が亡くなって寂しかったんじゃないかな?』
クロが慰めなのか、諦めて泣き女さんを連れて帰ろうと説得しているのかよく分からない言葉を紡ぐ。私の機嫌は平常であるんだけれど、周りの人たちにみっともない所を見せた羞恥心があったりする。泣き女さんを放置して転移できないかな、とか考えてしまうけれど、みんな歩いているんだし勝手はできない。
「寂しかったのは分かるけど……もう少し穏便な方法で対面したかった……」
いや本当に。だってアレだと故意じゃないかなあと疑ってしまうのだ。
『そこは仕方ないよ。精霊だから、ナイの気持ちに疎いところがあるからね。驚かせるつもりはなかったはずだから許してあげて』
言葉を言い終えて、ぐりぐりと顔を擦り付けるクロ。怒っているつもりはないのだけれど、怒っているように見えてしまうのか。まあ、あまり意固地になるのも駄目だよなあと、後ろを振り返る。
あ、ジークが私の後ろを丁度歩いてて、泣き女さんとロゼさんとヴァナルの姿が彼の身体で塞がれて見えない。ちょっと体の位置をずらすと、視界に捉える事ができた。ジークは私がなにか考えていることを悟って、少し笑いながら位置を半歩ずらしてくれる。
『マスターを驚かせちゃ駄目!』
『キュウニ姿ヲ現ス、オドロク』
ぴょんぴょん地面を跳ねるロゼさんとゆっくり地面を四本足で歩くヴァナルが、泣き女さんを挟んでなにやら喋っている。泣き女さんは泣き女さんで、彼らの言葉に首を傾げていた。
『ダメ?』
かくん、と首を傾げる泣き女さん。なんだか人間に不可能な角度で首を傾げているような。
『マスターには駄目! あとマスターが気に入っている奴にも駄目!』
『イッショ二居タイナラ、ヤメタホウガイイ』
『ワカッタワ。ガマンスル』
そういえば泣き女さんは黒いフードを被っていたけれど、今は白いフードを身に着けている。主が死んで喪に服していたけれど、喪から明けたという意思表示なのだろうか。
「心強いですねえ、聖女さま」
ロゼさんとヴァナルの様子を一緒に見ていた副団長さまが私に声を掛けた。確かにロゼさんとヴァナルは前ならこんなことはしなかっただろうなあ。あ、いやヴァナルはするかな……どうだろう。
「ですね。しかしこのまま連れ帰ってもいいのでしょうか?」
「家に棲み付く精霊なので、問題はありません。特に害もありませんから、精霊の好きにさせてあげてください。精霊の被っているフードが黒から白へ変わっているのがなによりの証拠ですよ」
副団長さま曰く、泣き女さんが哀しむことを止めた証拠なのだとか。次の主を見つけて、また新しい家に移り住むって。というか、王都の子爵邸に住むのか。
「妙な顔をされていますねえ」
「いえ、子爵邸で働く方々への説明をどうしようかと……」
副団長さまのように、一瞬で物事を理解するのは難しいような。しかも不思議な案件である。
「今更でしょう? クロさまにロゼさんとヴァナルくんがいますし、天馬のエルさんとジョセさんにルカくんもいます。お隣は亜人連合国の代表さまにエルフのお二人だっていらっしゃるではありませんか」
今更、精霊が一体増えたところで誰も驚きはしないとのこと。……え、あれ……? そういえばみんな順応して『ああ、またか』くらいにしか捉えないかも。
そういえば屋敷に時折現れる、妖精さんの悪戯にも動じていない。特に侍女の皆さま方は。クレイグとサフィールも驚きはするけれど事態を一瞬で飲み込んでいるし、貧民街時代と比較してどちらかマシか天秤に掛けて判断するから、天秤の傾きがどちらに傾くかなんて分かり切っている。
託児所の子供たちも随分と逞しいし、下働きの人たちも直ぐに事情を呑み込んでいるものなあ。あれ、子爵邸で働く人たちの肝って、凄く大きいのでは。ソフィーアさまとセレスティアさまも動じないし、家宰さまも動じない。
むしろ屋敷の中で一番驚いて、恐縮しっぱなしなのは厨房の人たちかもしれない。亜人連合国のドワーフさんに頼んで、包丁や鍋などの調理器具を作成して貰い調理場に導入している。
料理長さんを始めとした料理人の皆さまは『ご当主さま、もう十分です!』と遠慮しているけれど、プロなのだから道具は良いものを使った方が絶対に良いに決まっているし、美味しいお料理が食べられるのは嬉しいし。
とりあえず、副団長さまの言葉に同意するのは癪なので抗ってみる。
「…………現実を突き付けないでください」
抗えていないね。認めてしまった。
「おや。聖女さまは希代の魔力量持ちです。まだまだこのような事が起こりましょう。僕は楽しくてしかたないですよ」
そりゃにっこりと笑っている副団長さまは楽しいかもしれないが、私は至って普通に過ごしたいだけなのに……どうしてこうなってしまうのか。
屋敷に閉じこもっているだけじゃあつまらないし、そこは諦めるしかないのだろうか。諦めて開き直るともっと大変なことになりそうである。んー、魔力制御できる魔術具でも作成するべきか。
クロとロゼさんとヴァナルを始めとした人間じゃない方たちと沢山関わるようになった。大変なことが起こったけれど、結果的にみると良い事しか起こっていない。
苦労もあるけれど、案外楽しんでいる部分もあるんだし。なら後ろをしずしずと歩く泣き女さんを怖がって拒否するよりも、ちゃんと向かい合って屋敷に戻った方が良いのかな。
――よし、決めた。
上手く喋れるか分からないけれど、このまま泣き女さんがついてくるならば挨拶を交わそう。ロゼさんとヴァナルに挟まれた泣き女さんは相変わらず、後ろを付いてきている。
拠点まではあと少し。ちょっとドキドキしながら前を向いて、森の中を抜けて拠点へと辿り着く。野営の天幕は既に片付けられていて、撤収準備は大方済ませているようだ。聖女さま用の天幕が据えられていた場所まで歩いて、軍と騎士団の人たちとの距離を取る。聖女は力仕事には参加しないので、邪魔にならないようにという側面もあるけれど。
そうして暫くジークとリンと、何故か副団長さまもいて時間を潰していれば、泣き女さんとロゼさんとヴァナルが一緒にやってきた。少し怖くておっかなびっくりだけれど距離を縮めて前に立つ。
「えっと……先ほどは失礼いたしました。ナイ・ミナーヴァと申します。よろしければ貴女のお名前をお聞かせください」
白いフードを被った泣き女さんと対面して、名乗りを上げた私。大丈夫かなあと心配になるが、こればかりはなるようになるしかない。
ロゼさんとヴァナルとの間では会話をしていたので喋れない訳じゃないし、私に喋りかけていたものなあ。――またしても私の方が背が小さい。泣き女さんは長い睫毛に整った目、高い鼻筋。流石、精霊さん。お美しい顔でございます。
『ジルヴァラ。サッキはゴメンナサイ』
「私も必要以上に怖がってしまいましたから、お互いさまということで」
挨拶をきっかけに泣き女さん、もといジルヴァラさんのことを知る。小屋で亡くなっていた主がどんな人物かの手掛かりが欲しかったようで、副団長さまと指揮官さまたちも彼女の話には耳を傾けていた。
小屋の主は実力のある魔術師だったそうだ。ジルヴァラさんの名前は、彼がつけてくれたとのこと。魔術を究めていたので延命も可能だったが彼が望んだとおり、ひっそりと穏やかに寿命で息を引き取ったとのこと。ジルヴァラさんは彼が森の中に棲み付いた頃からの付き合いで、割と長い月日を共に過ごしたそうだ。
小屋の主に家族はおらず孤独だったけれど、そんなところが気に入ったのだとか。で、随分と長い間泣いていたけれど、部屋の主が望んだように埋葬されたから、もう泣く必要はないって。
あのまま誰も見つけなければ、彼女はあの場所でずっと泣いているだけだったらしい。魔物の発生が活性化されたのは、もしかすれば泣くことしかできない彼女が誰かに家の主を見つけて欲しいという願いだったのかも。
『カナシカッタケレド、マタデアエタカラ。ワタシはシアワセ』
はらりと一筋の涙を流して、笑顔を浮かべるジルヴァラさん。小屋の主とどんな生活を営んでいたのかなんてしらないし、彼女が元主人にどんな気持ちを抱いていたのかなんてしらないけれど。
「そっか。なら、これからよろしくお願いします」
どうか彼女が抱いた悲しい気持ちが小さくなりますように。そして子爵邸のみんなと仲良くなれるようにと願うのだった。
◇
――無事に討伐縁遠征を終えた。
泣き女さん、もといジルヴァラさんと一緒に子爵邸に戻ると案の定、邸で働く皆さまは飽きれた顔を浮かべ。クレイグとサフィールにま『またかよ……』『ナイだからね』と予想通りの反応を頂いた。解せない。
ジルヴァラさんもジルヴァラさんで私と初接触した時のように子爵邸の誰も脅かしたりしない。なんで私だけ……と微妙な顔をしているとクロが慰めてくれた。討伐遠征から戻ったので、いつも通りジークとリンと私で教会と王国に提出する報告書と格闘しながら完成させている。あとは提出するだけなのだけれど、教会はまだ良いとして王国上層部は『また増えた……』と渋い顔をしそう。
お昼前。報告書は書き終えたので、溜まっているはずの子爵邸の仕事を捌こうと執務室へ入ると、家宰さまか侍女さんから話を聞いていたお二人が出迎えてくれ。
「ナイが外にでると、なにかしらと出会っているな」
「そうですわね。しかし問題がある訳ではありませんし、屋敷の者とも打ち解けているようですから、喜ぶべきことでしょう」
で、ソフィーアさまとセレスティアさまの第一声がコレである。子爵邸で働く家宰さまと側仕えのお二人が優秀なので仕事はほとんど終わっているけれど、どうしても当主が判断しなくちゃならないものがある。流石にソレまで丸投げする訳にはいけないし、学院を卒業すれば当主として判断を迫られるものが増えてくる。今の時点で投げ出していると、後で痛い目を見るのは当然で。
以前はお貴族さまなんてと一歩引いてみていたが、ご当主さまのお仕事は結構大事。領地運営の方針とか付き合いのあるお貴族さまとの今後をどうするかとか。ミナーヴァ子爵家の場合、お貴族さま付き合いは重視していないけれど、多少は気にしている所だし。領地のご近所づきあいもあるから、馬鹿にはできない。
「ああ、そうだナイ。お爺さまと宰相閣下からの呼び出しと、代表殿から領事館にきて欲しいと連絡がきているぞ」
「急ぐものではないと聞いておりますが、なるべく早く返事をする方が無難でしょうね」
ソフィーアさまとセレスティアさまが至極真面目な顔になって教えてくれた。内容に関しては彼女たちは知らされていないようだ。教えられているならば、ざっくりと呼び出しの内容を教えてくれただろう。
「一体何でしょうか……」
知らせられないような重要な内容なのだろうか。面倒事が舞い込む未来しか見えないのは何故だろう。しかも王国と亜人連合国から同時に、なんて。
「悪い知らせではあるまい。悪い事であれば私たちにも教えられているだろうしな」
「今までが今まででしたから、ナイが身構えるのも仕方ありませんわ」
確かに悪い話であれば、内容を先に知らせて状況を理解して話し合った方が進みが早い。お二人が大丈夫というのならば、悪い話ではないのだろう。まあ、呼び出しの内容が今まで碌な内容ではないという、経験則に基づいてのものだからなあ……。
「えっと、流石にどちらもお待たせする訳にはまいりませんので、相手方の都合の良い時間を教えて頂いたら参ろうかと」
代表さま、ディアンさまには私から連絡を入れるとして、国には使いの人を出すことになった。使いの人を出して先にお伺いを立てなきゃならないのは面倒だけれど、これも慣れなのだろうなあ。
取り敢えず、執務室で喋っているだけでは前に進まないので、自室に戻ってディアンさまと連絡を取ると、いつでも大丈夫とのことだったので直ぐに向かうことにする。宰相閣下と公爵さまの呼び出しは、使者さんの返事次第だけれどおそらく近々の内に行うことになるだろう。
いつもであれば護衛のジークとリンと私だけで向かうのが常だけれど、ソフィーアさまとセレスティアさまも一緒にきて欲しいと請われたので、お二人も誘うと快諾されて。
紹介したい方がいると聞いたのに、なんでだろうと首を傾げながらも、直ぐに亜人連合国領事館に向かう。お隣さんのお屋敷に入ると、妖精さんたちが玄関先に現れ暫く待っていると、ディアンさまとダリア姉さんとアイリス姉さんが現れた。
「よく来てくれた。――さあ、中へ」
ディアンさまが微笑むのだけれど、背丈の差でかなり見上げる形となる。ダリア姉さんとアイリス姉さんはいつもどおり、にっこりと笑って手を振って私たちを迎え入れてくれた。来賓室に案内されながら雑談を交わす。どうやらディアンさまたちには、ジルヴァラさんの事が既に伝わっていたようだ。ジルヴァラさんと出会った経緯を話していると、私の目の前がぱっと光る。
『私がいるんだもの、当然知っているわ! 妖精と精霊のことなら任せなさいな!』
腕組みしたお婆さまが唐突に姿を現して、えっへんと笑っていた。妖精と精霊のことを任せられるなら、幽霊と間違うような現れ方は止めて頂きたいのだけれど。
『それは無理ね。精霊と妖精はイタズラが趣味みたいなものだし、アイデンティティーでもあるの! それを奪うようなことはできないわ』
存在意義……あれ、存在理由だったっけ。もっと違う言葉だった気もするし、考え込んでも仕方ない。精霊も妖精も大変な宿命を背負ったものである。
「ごめんなさいね、ナイちゃん。これが妖精だから」
「誰かを驚かせることが大好きだからね~。私たちは慣れちゃったけれど、やっぱり苦手な人は苦手なんだね~」
ダリア姉さんが困った顔を浮かべ、アイリス姉さんが微妙な面持ちでフォローしてくれた。まあジルヴァラさんの件は私が驚きすぎたというのもある。驚いて魔力をばら撒いて、ジルヴァラさんが私に懐いたような気もするが。そうこうしていると来賓室に辿り着く。会わせたい人って誰だろう。亜人連合国の一部の方しかしらないので、今までお会いしたことのない方に会わせていただけるのだろうか。
なんにしろディアンさまたちの紹介だから変な方ではあるまい。そうして来賓室の扉が開かれるのだけれど、誰もいない。あれ、と首を傾げながら椅子に案内され、着席を促される。暫くすると白竜さま、ベリルさまがいらっしゃり大きな箱を二つ抱えていた。軽々と持ち上げているあたり凄いなあと感心しつつ、机の上に箱が置かれて留め具を外して中が見えた。
『あーー! 狭っ! 俺をこんなところに閉じ込めやがってなにを考えているんだ! あんたらは!!』
『本当に五月蠅いわね、駄剣。けれどどこに連れてこられたのかしら? ――っ!!』
箱の中に鎮座する二本の立派な長剣が声を上げた。黒い剣からは、粗野な感じの男性の声が。白い剣からは透き通った女性の声が聞こえたのだ。
え、剣が喋った。剣が喋ることなんてあるの? いや、あるわけない。そうだこれは夢を見ているんだと、私の後ろに控えている視線を外してソフィーアさまとセレスティアさまを見る。ソフィーアさまは少し顔を引きつらせ、セレスティアさまは愉快そうに笑っている。
ジークとリンは『またナイがやらかした』と言いたげだった。私の肩に乗っているクロは首を傾げているけれど、面白そうな視線を長剣に向けているし、ロゼさんとヴァナルは影の中で大人しくしているから、二本の長剣に敵意はないみたい。
「君が魔力を注ぎ込んだ剣が喋り始めてな。一応、報告しておいた方が良いだろうと来てもらった訳だ」
ディアンさまが剣に視線を向けてから私の顔を見る。どうやら以前ドワーフさんたちと一緒に鍛えた剣が、どうしてだか喋り始めたらしい。普通は長い年月をかけて存在の『格』を上げていき、大量の魔力を帯びて喋るようになるらしいのだが、私が魔力を注ぎ込んだことで格を上げる過程を短縮したとのこと。
『マスター! 私のマスター! お会いできて光栄です! どうか私を貴女の細腕の中に抱いてくださいませ!』
『うわー……引くわ……』
白い剣がなにやら妙なことを口走り、黒い剣がぼそりと呟いた。え、マスターって一体どういうことと若干引きながら、どうしたものかとディアンさまに無言でお伺いを立てる。
「できれば望みを叶えてやって欲しいが……発言が不穏に聞こえるのは気のせいか?」
珍しく微妙な顔のディアンさまに、彼の横にいたダリア姉さんとアイリス姉さんが白い剣に視線を落として口を開く。
「不穏ではなくて、変態ね」
「そうだよ、変態だよ~。それにナイちゃんには大きすぎるんじゃないかなあ」
微妙な空気が流れ始めたなあと感じながら、白い剣の願い通りに行動すべきか……いや、お願いを叶えると妙な事態に発展しそうだなと、亜人連合国領事館来賓室の天井を仰ぎ見た。